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第四章 影蝋屋にて1

 マホロバの遊郭には、他国にはあまりみられない遊女の男性版ともいえる『影蝋(かげろう)茶屋』というシステムが存在する。
 ここでは遊女のように、男性が男性客または女性客をもてなすのである。

 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ははじめ、遊女や影蝋が身に着けている着物や装飾品に興味を持ちはるばるマホロバへやってきたのだが、繊細な仕事ぶりに感銘を受けた彼はついに見ているだけではなく、実際に身につけたいと思った。
 それをパートナーの吸血鬼ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)に打ち明けたところ、吸血鬼は猛烈に反対した。
「何を考えてる、グラキエス。お前は自覚がなさすぎるぞ、どんな不埒な輩に目を付けられることか!」
 確かにグラキエスは、この国の影蝋たちに比べたら良い体格をしている。
 筋肉質であまり女性的とはいえない。
 しかし、ベルテハイトは知っている。
 グラキエスの無駄のない引き締まった細身の身体、柳腰といっていい腰のライン。
 つい触って確認してしまいそうになる。
 ベルテハイトの剣幕にどう説得したらよいものかと考えたグラキエスに、もう一人のパートナーエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が悪魔的解決法を提案した。
「でしたら、私がグラキエス様の客になります。何もかもすべて、私がサポートいたしますから。さあ、着物は歩きづらいでしょう。お手をどうぞ」
 そういってエルデネストは、吸血鬼の承諾もないままにグラキエスを路地裏の薄暗い建物へ連れ込もうとしている。
 ベルテハイトにはただ財布だけが残された。
 悪魔は物腰も柔らかに、しかしはっきりと言う。
「それで櫛でも買ってきてください。ああ、おつりはあなたに差し上げますよ。お駄賃として」
「ふざけるな。私が……財布持ちなどと。グラキエス、私が客では駄目なのか!?」
 愕然とするベルテハイト。
 何とか二人の説得を試みようとしたときに、ガタイのいい影蝋に声をかけられた。
「よう、客かい? だったら、我がお相手しようかい!? なに、三人まとめてでも構いやしねえよ」
髭を生やした大男秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が着物の袖をまくっている。
 丸太のような腕だ。
「これに比べたらぬしたちは細くて、顔も綺麗すぎるが……俺は影蝋だからな。タフで筋肉がある男を満足させられたら、それでいいんだ。どうだい、しっかり気持ちよくするぜい!」
 相手はプロ中のプロである。
 グラキエスが本気で影蝋の素質に目覚めてもらっては困る。
 それだったら、まだ悪魔のほうがまし……かもしれない。
 ベルテハイトはようやく結論に達した。
「いや結構だ。……グラキエス、エルデネスト二人で行くがいい。私はここで待ってるから」
 ベルテハイトは丁重に断ると、『闘神の書』はカラッとした口調で答えた。
「おう、気が変わったらいつでも声をかけてくれよな! さて、仕事仕事〜!」
 『闘神の書』は別の路地へ入っていく。
 実は彼は売れっ子である。
 パートナーの待つ、茶屋へと急いだ。

卍卍卍


「はあ……妻帯者の俺がどうしてこんなことを」
  ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は煙草をふかしながら、影蝋茶屋の庭先で石の上に座っている。
 中からは、野太い男たちの吼え声が聞こえる。
 影蝋秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)を指名してきた客たちを、ラルクが仲介してやったのだ。
 『闘神の書』は彼の趣向と同じくする客たちによって、たちまち予約がいっぱいになっていた。
 やがて『闘神の書』の部屋からは、うなり声とともに、中からは打ち付けるようなぎったんばったんな音がし始めた。
 ラルクは気になって、そっと襖を覗いてみた。
 そこは――

 乱れぶつかり合う筋肉と筋肉。
 飛び散る汗と、『何』か。

 『闘神の書』は恍惚の表情で叫んだ。
「どうでぃ? なかなかすげーだろ。頑張り次第ではもっとサービスするぜぃ! 我にとってはプライドかけてるしな!」
 どうやらこれが一晩中続くらしい。
「……これは妻にはみせられんな。いや、見せてみようか……な? 何事も実践あるのみだしな」
 ラルクはがさごそとズボンをまさぐり、ライターを取り出して火をつけた。
 今夜の仕事は長引きそうだ。
 彼は妻への愛情と人肌恋しさ抱えながら、煙草を補充するため通りの方へ繰り出すことにした。