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第二章 東雲の後に1

「『月影』です……お見知り置きを」
 そうやって『あの人』に初めて出会った。
 前世では男で影蝋で、いつのころからか人々から『東雲の皇子』と呼ばれていた。
 それでも旗本の男との恋など、所詮、身分違いなもの。
 亡き妻の面影を追い続ける男を癒そうと、懸命に尽くした。
 やがて、男に身請けもされた。
 それなのに……
 男には、月影の知らないところで心を通じた遊女がいた。
 女は子まで宿していた。
「彼の隣には、彼女がいたほうが幸せになれる……いや、すでに幸せかもしれない」
 月影は男に別れを告げ、自分から身を引いた。
 そして……命がつきた。
 深い傷と悲しみを負った魂は、生まれ変わって『月華』となる。

「ルナ……『我が姫』、落ちついたかい」
 ルナティエール・玲姫・セレティ・ユグドラド(るなてぃえーるれき・せれてぃゆぐどらど)は、遊郭にある自分の布団の中で目を覚ました。
 傍らには夫のセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)がいる。
「セディ……どうして」
 ルナティエールはまだ夢うつつにいる。
 セディは妻の流れ落ちる涙を唇ですくった。
「姫が過去との決着をつけるために、再び遊郭に揚がるといったんだ。それで姫が救われるならと夫として許可した。ただし、客はただ一人、俺だけだ」
 ルナティエールは次第に昨夜の情事が思い出された。
 セディはいつも優しく、力強く彼女を抱いてくれていた。
「セディ、俺は……いつ、この魂から解放されるんだよろうか。いつ、本当の意味で生まれ変われるというんだ?」
 ルナティエールの問いは誰にも答えられない。
 しかし、夫は彼女にこう言った。
「俺はいつまでも待つよ。あなたが戻ってこられる場所も、俺のもとだけだと信じてる……『我が姫』」
 口付ける二人の元へ、夕月 綾夜(ゆづき・あや)麗華 月読(うるは・つきよみ)が朝食を運んできた。
 綾夜は朝粥の膳をおきながら、ルナティエールに言った。
「僕もルナを支えるよ。ルナがずっと……舞い続けるために」
 ルナティエールも自分は舞うに生まれてきたのだと思う。
 今は前世とは違い、恋も舞うための舞台も手に入れた。
 このマホロバという地で起こったこと、生きた人々のことを『遊郭譚』として後世へ伝えていくと選択したことを後悔はしていない。
 あとはただ……演じきるだけだ。
「それでは、食事にしようか。あ、これ。昨日のお代。ここにおいとくから」
 セディは揚げ代と称して、大判を彼女の枕元においた。
「また、こようか?」
 夫の言葉にルナティエールは微笑む。
「ああ。俺を指名してくれ」
 舞姫は騎士の首筋に抱きついた。

卍卍卍


 着物問屋の若旦那久我内 椋(くがうち・りょう)と番頭坂東 久万羅(ばんどう・くまら)は、『竜胆屋』の楼主である海蜘に挨拶していた。
 椋は近々別の土地で店を開くためにここを離れ、椋に仕える坂東 久万羅(ばんどう・くまら)は、マホロバに残りしばらくこの東雲遊郭で働きたいという。
「込み入った事情があるようじゃないか。なぜ、とは聞かないよ。野暮ってもんさ」
 と、海蜘が言う。
「お前さんがまだ……命があるようだったら、いつでも帰ってきなよ。そのころには、アタシはくたびれたお婆さんになってるかもね」
「そんなこというものではないですよ。海蜘さんは見世で桔梗、明仄と、二人の天神を失った上に、こんな厳しい世で遊郭で、楼主として立派にやってる。俺は商売人として貴女を認めてる」
「商売人、ね」
 海蜘は年季の入った煙管をふかす。
 『竜胆屋』が火事で焼け落ちたときも、これだけは持ち出せたらしい。
「これでもまだ女だけどね」
「……綺麗ですよ。貴女は」
「嘘が上手だね、若旦那様は」
 海蜘が微笑む。
 椋は少し困った顔をする。
 久万羅は頭をかいた。
「今日は詫びに来たんです。客になれというのなら、それはそれで仕方ないですが」
「見世の売り上げを心配しなさんな。客になりたいと思ったときに来たらいいよ」
 楼主は嬉々として笑った。
「お前さんが誰を指名するか楽しみだね」

「あっしは良い雰囲気じゃないかと思いましたがね」
 久万羅は『竜胆屋』を後に見世を出たとき、椋に言った。
「何が?」
 椋は聞こえなかったフリをして、見世を振り返る。
「この遊郭がか?」
 海蜘が、まだ彼らを見送っている。
 遊女は客の姿が見えなくなるまでじっと立ちつくし、名残惜しそうに送るのが常だ。
「それもありやすが……旦那のことですよ」
 椋はここに初めて来た日のことを思い出していた。
 彼の仕入れた反物に群がり、楽しそうに買い物をした遊女たちのことを。
 自分は彼女たちに、ひと時の夢を与えることができただろうか。
「あっしはまだこの国のことが気になるんで」
「……そうだな。あのひともこの郭で生きつづける女(ひと)」
 こうして時も人も流れても、生き続けるものがあるのだろう。
 ここの女性は今日も慎ましく、逞しく生きている。
 彼は新地へ、別の土地へ旅立つ――