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第三章 浮世絵屋3

 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が浮世絵(ブロマイド)売りの前を行ったりきたりしている。
「なんだお前さっきからうろうろと。迷子にでもなったか?」
「い、いいえ。ちょっと、その……」
 少女とも少年ともつかない、まだ子供のようではあるが大人である。
 着物で歩くことに慣れていないのか、怪しい動きをする客である。
 日数谷 現示(ひかずや・げんじ)は訝しみながらも、遙遠の前にバサバサと絵を広げた。
「ほらよ。これが欲しいのか?」
 遊女の絵もあったが、中には着物の裾がはだけた『あられのない格好』の美声年の絵もある。
 むろん、師王 アスカ(しおう・あすか)先生のアドバイスによるものだ。
 遙遠は顔を両手で覆いながら小さい悲鳴を上げた。
「だ、だめです。ハルカ、いえ遙遠には理解しがたい内容です。でも、折角だし……ちょっと手を出しましょうか…いやいやいやいや
蛇の道は邪! 絶対踏み込んではいけません!」
 ……そういいながらも指の隙間からチラ見する遙遠の視線は、一点に集中している。
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)とパートナーの酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が、精神の葛藤に苛まれている遙遠を取り囲んだ。
 崖から突き落とするかのように追い打ちをかける。
「ははは、素直になれ! 少年少女たちよ!」
 陽一が高笑いしながら、どこからともなく持ち込んだ刷り機で浮世絵の大量印刷を試みていた。
 刷り機からは次々といかがわしい絵が吐き出される。
「これが美由子の金に物言わせた力だ!現示の描いた絵を、刷って刷って、売りまくるぞ!」
「ちょ、ちょっと待て! 俺はこんなの描いた覚えねーぞ!」
 大量に撒かれ、ヒラヒラと舞い落ちた一枚の絵を見て、現示の顔が青くなった。
 そこには眼帯・銀髪長髪の男が、着物の胸元をはだけさせて眠りこけている姿がある。
 どう見ても……自分に良く似ている。
 いや、本人である。
 美由子が瞳をキラキラさせながら、現示に向かってびしっと指を突きつけた。
「ふふふ、愛らしいゲンヂーの写真集よ!」
「盗撮かよ! ってか、ゲンヂーなんだよ!」
 他にも、稽古後の汗をぬぐっているところや行水姿など、明らかに何かを狙ったアングルがちりばめられていた。
「何を言ってる。これも瑞穂藩を救うためじゃないか!」
 陽一が現示をたしなめ、美由子は現示の肩に寄りかかった。
「そうよ〜。ゆくゆくは瑞穂藩中の男衆のお宝ボディ写真を集めた【瑞穂♂コレクション】をマホロバ、いえ、世界中に売り捌くのよ! ……というわけで、おひとついかが?」
 美由子から渡された写真集に眼が釘付けの遙遠。
「こここ、これは……!」
 ごくりと唾を飲み込んだ。

「……まったく、人様の通る往来で何をやってる。お、瑞穂藩士が浮世絵を描いてるのか。どれどれ、俺にもみせろ」
 マホロバ幕府の幕臣武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)がひょいと顔を出した。
 どうやら、陸軍奉行並自ら市中見回りのようである。
 かねてよりマホロバ幕府とは因縁だった現示は、さっと身構えた。
 牙竜が制止する。
「こんなところで刀を抜く気か。やめとけ。……にしても、確かに腐女子に喜ばれそうな内容ではあるな」
 腐ったオナゴと書いて【腐女子(ふじょし)】。
 男性同士の恋愛を愛(め)で、己の感性のままに生きるその生態は、地上最強(凶)と言われ、鋼の精神を持つシャンバラ国軍軍人でさえ恐怖すると言う。
 むしろ、軍服姿の男性など、ましてや和装男子など、彼女たちにとっては美味しいご馳走である。
 瑞穂藩や幕府のひと癖もふた癖もある連中と戦ってきた牙竜でさえ、この人たちは敵に回さないでおこうと思う。
 彼は現示に向かってこっそり囁いた。
「腐女子のみなさんに見つからないよう、今から言う女の子の絵を一枚頼む。名前はセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)。規制のかからないギリギリのエロスで頼むわ」
 そういって、牙竜はこの数年自分の脳内にインプットしてきたセイニィの特徴を、必要以上に詳細に語った。
「でな、胸はちっさめ……サイズは……」
 筆を執る現示はそっと目を閉じる。
「どうした?」
「……黙ってろ。今、想像してんだからよ」
「想像って何を」
「セイニィって女の裸に決まってんだろ。見たことねえ奴なんだから、頭の中で思い浮かべるしかねえ。『妄想はすべての萌えに通ずる』アスカ師匠の弁だ」
「ちょっと待て。じゃあ、今お前の頭の中では……」
「ああ、ひんむいてるなこんな風に。□■□■■(※モザイクにつき閲覧注意)」
「うわああ待て! なんてけしから……いや、俺だってまだちゃんと見たことないのに他の男がセイニィのちっぱいを……頭の中であんなことやこんなことを! うわああ!!」
「なんだよ、どっちだよ。描いてほしいのか、ほしくねえのか」
 そういいながら現示は再び筆を滑らせる。
 牙竜は悶絶しながら転がっており、ときどきふと正気に返って紙の中を覗いては、また叫んでいた。
「すみません、すみません。うちのモンが迷惑かけて。すぐ立ち直ると思いますので……」
 通行人たちに必死に頭を下げているのが、牙竜のパートナー重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)である。 
 同じく武神 雅(たけがみ・みやび)も、あきれたように冷たい視線で愚弟を見下ろしていた。
「遊女で遊べる場所があるというのに、二次元に情熱を注ぎ込むとは……まぁ、人の性的思考はそれぞれだが……」
 そういいながらも、かつて女装した牙竜のピンナップを特殊な薬品で防腐加工、半永久保存用に所持している雅。
 牙竜の妹的存在になりながらもストーカー気質の龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)は、現示にこっそり耳打ちしていた。
「あの……モデルが必要なら目の前の私と牙竜の濃厚な絡みを絵に……ああ、雅姉さまも入れてた絵もお願いします」
 目がすわっている灯はかなり本気だ。
 現示がこの一行に身の危険を感じ始めたとき、彼の名を呼ぶ女の子の声が聞こえた。

「あー! 現示みっけ。ちかちゃん画材買ってきたよ。現示をからかって遊ぼうよ。瑞穂藩で色々あったのも忘れて、元気になるかもね!」
 桐生 円(きりゅう・まどか)は同じ百合園学園で友人の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)瑞穂の睦姫とともに、東雲遊郭にやってきていた。
 歩が振り返り、金髪のゴスロリ少女に問いかける。
「からかって元気になるのかなあ。ねえ、睦姫さま?」
 睦姫は、円に正体を隠すように言われて変装していた。
 どうやら自身でも気に入ったらしく、案外ノリノリである。
「面白そうじゃない。円、遊んであげましょうよ」
「りょうかーい!」
 円は『ちぎのたくらみ』によって外見年齢十五歳の少年に化けると、浮世絵師に近づいていった。
 現示の目に付く適度な距離を保ち、画材を取り出す。
 そこへわざとらしく通りかかった歩と睦姫に声をかけ、すかさず絵を描き始めた。
「素敵なお嬢さんたち、できましたよ」
「わー、すごーい! 可愛い、綺麗! 着物も描いてもらっちゃた」
 歩が声を上げる。
 彼女の歓声に引き寄せて、ようやく掴みかけていた客がまたなびいてしまった。
 円は勝ち誇ったような顔で現示を見た。
「いえ、気に入ってもらえて良かったですよ。絵師は人に喜ばれてこそ、ですから……」
 にやにやと笑う円にかちんと来たのか、現示がずかずかとやってきた。
「おいガキ。人の商売の邪魔すんじゃねえ。大人にはルールっつうもんがあんだよ」
「絵に大人も子供もないと思いますが。そういう貴方はどんな絵を描いてるんです?」
 そいいいながら現示の絵を見て、プッと笑う円。
 彼はたちまち真っ赤になった。
「てっめ、このガキ……容赦しねえぞ!」
 現示が円の首根っこを押さえつけようとしたところで、睦姫が正体を明かし、ぴしゃりと言い放った。
「大人げないまねはおよしなさい、日数谷。侍の恥を知りなさい!」
「あ……貴女は陸姫様!? なぜ、こんな所へ……」
 円が変装を解いて、ぺろりと舌を出す。
「やーい、おこられたー。ゲンジくんのほうが子供だね」
「うっせえ……って、お前、あんときの娘か!」
 ようやく現示が円たちの正体に気がつき舌打ちする。
 歩がにこやかに話しかけた。
「円ちゃんたち、これでも心配してたのよ。良かったぁ元気になって。あ、できれば現示くんにもあたしたちの絵を描いてほしいなあ。睦姫さま、ポーズポーズ!」
 歩に促されてモデル並に可愛いポーズをとる三人。
 現示は結局、その場の勢いで三人の絵を描かされることになった。
「ありがとうございますー大事にしますね」
 つたない絵ながらも歩は満足そうである。
 円は唐突に陸姫に尋ねた。
「ところで、ちかちゃんは現示くんのこと好きだったりするの?」

 ブーーーーーッ!!

 休憩に口一杯含んだ茶を現示が噴き出した音である。
 睦姫がじっと現示を見つめた。
「日数谷……今、期待しましたか」
「は、はい。い、いいえ! わたくしめなどがそんな……滅相もない!」
 くすくすと笑う睦姫。
 そして円と歩。
 笑い合う三人の少女たち。
 現示はからかわれたと知って、茹だりたてのような真っ赤な顔で叫んだ。
「くそ! 人をおもちゃにして遊びくさりやがって。今日はもう店じまいだ。撤収だ、撤収ー!!」
 半ばやけくそにそこら中の画材を集め、逃げるように去っていく現示。
 背後から酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が大量に刷られた浮世絵をもって彼の後を追った。
「ゲンジー待ってよー。まだ『仕事に打ち込む男の横顔』撮ってないわー」
 その中から、ひらひらと一枚舞い落ちた浮世絵を、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が拾い上げた。
「う、うん。これは拾ったんですからね。決して自分から買ったわけでは……は、ははは」
 遙遠はすでに一歩、足を踏み入れてしまったようである。