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第六章 空京放送局マホロバ支局1

 空京放送局マホロバ支局。
 ここはマホロバで放送される番組を取り扱う地方(ローカル)テレビ局
である。

 レギュラー番組(TV2本、ラジオ3本)を抱える売れっ子マスコットであり、雇われディレクターでもあるうさぎの プーチン(うさぎの・ぷーちん)は、通常自分が出演する番組では決してみせない『やさぐれた』態度で、瞬時に出される視聴率を凝視していた。
「ふむう、契約者による過激アクションバラエティ『風雲マホロバ城』が6.9%で、イケメン侍グループ時代劇『MHB浪士47(マホロバろうししじゅうしちし)』が8.01%……これは厳しい」
 今日のテレビ事情を反映する数字である。
 プーチンは企画書を持ち込んだ葛葉 明(くずのは・めい)に、もっと大胆な企画を出すように催促した。
「バラエティに時代劇だけじゃあねえ視聴者は納得しないんだよ。もっと惹きつけるものがないと。やっぱりお色気だよ! 旅番組で使う『くのいち』の入浴シーンはどうなったのかな? まさか温泉の効能を説明させておしまい、じゃないよね?」
「ちょっと! これは番組を通して、マホロバに観光客を誘致する計画でもあるのよ。大奥も協力してスポンサーになってあげてるんだから、あまり変なの流さないでよね」
 大奥取締役として企画を持ち込んだ明も簡単には引き下がらない。
 彼女はマホロバ復興と発展のため、あくまでも文化的に外貨を得ようとしたのだ。
 しかし、失敗させるわけにもいかない。
「二桁いけばいいんでしょ。……やっぱり、アクシデントがつきものかしらね」
「そうそう、女子リポーターのポロリね。あと、時代劇お約束の入浴シーンと帯ぐるぐるね。これがあれば視聴率15%は固いんだよ!」
 頭の上に乗っけたうさんくさいサングラスを手に取り、握りつぶすプーチン。
 そのとき、思いがけない『特ダネ』が飛び込んでくる。
 海京にいる明の双子の妹葛葉 杏(くずのは・あん)である。
「ねえ、プーチン。マホロバの代官に収賄疑惑がもちあがってらしいんだけど、どうしよっか?」
 杏のパートナー橘 早苗(たちばな・さなえ)は「杏さんはさすがですぅ。超スクゥプゥですぅ」とほめたたえていた。
「すぐ現場に行ける?」と、杏。
「もちろんだよ! 現場を押さえるんだよ! 事件は会議室でおこってんじゃないんだよ!」
 プーチンの指示により、撮影・音声機材が次々に運ばれる。
「なんというアクシデント……願ったり叶ったりだわ」
 明はほくそ笑みながら、密かに『マホロバ瓦版』へ飛脚を飛ばした。
「これで30%越えは固いわね……!」
 問題は夜の報道番組『マホロバ報道駅』に間に合うかどうか、であった。

卍卍卍


「ぶはは、控えおろう! 控えおろう! この【悶】……もとい紋所(もんどころ)が目に入らぬかー!

「南臣お代官様の御通りぃ〜! 頭が高い、頭が高いぃ〜!」
「は、はは〜!」
 東雲遊郭にある高級料亭では、女将から料理人、奉公人にいたってがずらり三つ指をつき、マホロバ代官南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)を出迎える。
 料亭の主人と幕府官僚が揉み手をしながら、深々とお辞儀した。
「東雲遊郭が新しくなって、マホロバの観光地として敷居が低くなったとたん、価格の低い方へとお客様が流れてしまって。老舗料亭はえらい憂き目にあってございます。南臣様、様々でございます」
「うむ。で、俺様の言ったとおりに用意できた? 今晩は超VIPが来るじゃん。誰にも知られないようにお忍びでな!」
「もちろんです。手抜かりはございません。しかしまさか、マホロバ幕府のお代官様とマホロバの将軍後【見】職の鬼城 慶吉(きじょう・よしき)様の御密談の接待をお手伝いさせていただけるなんて……いやいや口が滑りましたかな」
 宴会の席には『エロいヤルガード 御一行様』とカムフラージュされた看板が下げられていた。
 ひと目でバレることは……ないだろう。
 やがて光一郎たちが通された座敷は、この日のためにと敷き詰められた黄金畳であった。
 マホロバ城大奥にあった、ゆうに百畳の大広間にも匹敵する広さだろう。
 金色に輝く大判小判がびっしりと並べられている。
 つかさず幕臣の一人が懐から紙包みを取り出した。
「お代官様。山吹色の菓子でございます。どうぞご賞味ください」
「ふはは、お主もワルよのう! 苦しゅうないぞ!」
 扇子の影から高笑いの光一郎。
 お約束フルコースが振舞われる。
 まず、いかがわしい接待にありがちな、なぜか下からのぞきこむような位置に置いてある『しゃぶしゃぶ』や人体を皿に見立て新鮮な刺身や寿司が乗った『盛り』が運ばれた。
 どれも特注品である。
 彼らはひとつひとつを箸でつまんで楽しんだ後、さらに運ばれてきた巨大マグロ(まるごと一本)に舌鼓を打っていた。
「愉快愉快。マホロバ城にあった黄金の蔵。俺様が有意義に使ってやろう」
「なんなんだ、これは……!?」
 遅れてやってきた鬼城 慶吉(きじょう・よしき)はその光景におののいた。
「初代将軍鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公が残された黄金が……! マホロバの財産が……なんという無駄遣い!」
 どこかの白襟立てた人が見たら、真っ先に仕分け対象にされてしまうだろう。
「あ、遅かったじゃんヨシキ。先にやってたからさ」
 光一郎は意にも返さない様子で、町娘の帯を駒を回すようにふりほどいている。
 慶吉は怒りを通り越してあきれ顔だ。
「なぜ、お前のようなものがマホロバの代官などと」
「えー、やっぱり人望じゃないスかね。誰かさんのように最終回で金蔵開けることになっても、誰も味方してくれなかったりとは違うし……」
 痛いところをつかれる将軍後【見】職。
 確かにあれは想定外だった……とは言わないよ、絶対。
「ん、どうした鯉君。さっきから黙り込んで。全然楽しんでないじゃん」
「いや……それがしは、このような場所は性に合わぬゆえ」
 光一郎は、座敷の隅っこで小さくなっているとオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)に気がついた。
 実は『前に見習い遊女だったティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)にもらった遊郭割引券を使えずいまだ大事にもっていることが光一郎にバレれば光一郎のこと、これをネタによからぬ小遣い稼ぎをするのではそれがしが守らねばゴゴゴ……』ということを考えていたのだ。
 しかし、隠したいときに限って裏目にでてしまうのもまたお約束である。
「ちと小用に」とオットーが立ち上がったとき、懐から滑り落ちた遊郭割引券がひらひらと足下に落ちた。
 光一郎が拾い上げる。
「なーんだ、コレ?」
「い、いかん! それは……!」
 オットーが飛びついて割引券を取り戻そうとしたときだった。
 強烈なフラッシュがたかれ、視界が一瞬真っ白になった。


「スクゥプ!スクゥプだよ! 我々取材班はたった今、マホロバ代官と幕府の収賄現場を押さえただよ!!」
 変なうさぎのきぐるみうさぎの プーチン(うさぎの・ぷーちん)がマイクを持って叫んでいる。
 光一郎たちはたちまち報道陣に取り囲まれた。
 まばゆい閃光が彼らを襲う。
「ちぃいい! 謀ったな、YOSHIKI!」
「知らん! 私は知らんぞ! このヨゴレナマズじゃないのか!?」
「それがしナマズではない、鯉でござる! ヨゴレでもござらんぞ。それがし清廉潔白、無実無罪、無根○根でござるー!」
 その様子は随時、生放送されていた。

卍卍卍


 番組の途中ですが、『まほろば温泉紀行』の予定を変更して、臨時瓦版(ニュース)をお伝えします。
 マホロバ幕府と地方執政官である代官においての収賄容疑が明らかとなりました。
 現在、中継が繋がっています。
 現場のプーチンさん? プーチンさんきこえますかー?



「おめでとうございます、明様。視聴率39%。マホロバ支局をあげてお祝いしなければなりますまい」
 マホロバ放送局報道スタジオでは祝賀ムードにわいていた。
「熱心な視聴者から、旅番組で『くのいち』の入浴シーンがカットされたというクレームもきていますが、後日『はぐれ同心純情派』と差し替えますので」
 スタッフの報告に葛葉 明(くずのは・めい)は「ふっ」と頷く。
「『マホロバ報道駅』も間に合ってよかったわ。これからマホロバは、クリーンなイメージで売っていくわよ。ヨゴレとはいわせないわ……!」
 大奥取締役の新たなる野望は、続く――かもしれない。