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第九章 花魁道中3

「私は、つくづく愛する人に逃げられてしまう運命にあるようですわ」
 ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)は、自嘲気味につぶやいた。
 通りの茶屋二階から華やかな花魁道中を独りで眺めていても、彼女の心は満たされない。
「遊郭で花魁道中があると聞いて、あの方のことだから、惹かれて現れはすまいかと思ったけど……」
 ルディが諦めて席を立とうとしたとき、部屋の入り口に立つ男をみて、彼女は凍り付いたように動かなくなった。
「……鬼城 貞康(きじょう・さだやす)様!? ……いいえ、貴方は……鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)様の方ですわね」
 ルディから貞継と呼ばれて、彼は頷いた。
「花魁道中でたまたま見かけて追ってみたら……そなたと貞康公のことは、天空から見て知っていた」
 貞継の意外な言葉にルディは驚いていた。
「では、何もかもご存じですわね。貞康様といつか別れが来るとわかっていても、認めたくないものでしたわ」
 ルディが視線を逸らし、外を眺める。
 貞継は彼女の横に並んだ。
「気の毒とは思うが、あれは貞康公も望んだこと。気にやんではならん」
「私にはこのような別れがお似合いなんですわ。だけどせめて、お会いできたことが幸せだったと、貞康様にお伝えしたかった」
 ルディはただ寂しそうに笑うばかりである。
 貞継は彼女の肩に手をかけた。
「哀しいのであれば、もっと話をきくぞ……」
 そのとき、窓の外から飛んできた物体が貞継の頭に直撃した。
 どうやら『中華風の髪飾り※P16』のようである。
 意識を失い昏倒する貞継。
 ルディが慌てて抱き起こすと、パチリ目を開けた彼はにんまりと笑った。
「アブナイ、アブナイ。子孫とはいえ、やはり鬼城の血は争えんにゃ。油断も隙もないもんだ!」
「さ、貞康様(さだやす)!? 本当に……?」
「いかにも鬼城 貞康(きじょう・さだやす)である! ……ん? ルディ、そなた髪を切ったのか。よく似合ってたのにもったいないにゃー」
「私なりのけじめです。出家するつもりで切りました」
「出家だと? ならん、儂がゆるさんぞ……!」
 貞康は鬼気迫る形相で言うなり、ルディの着物をたくしあげた。
 彼女の白い太股が露わになる。
 喪服のためと着た黒い着物とのコントラストが美しい。
「そんなことをしたら、こんなコトができんではないか。本当ならそなたをこのまま連れて行きたいのだが、あっちの世界でも色々とあってな」
「大変ですのね。でも後悔はしていません。貴方様とまたこうしてお会いできたのですから……ん」
 息が続かないくらい長い口付けをかわす二人。
 ルディが空気を求めて喘いだ。
「私には……まだするべきことがあります。だから……貴方様の所へは行けません。でも、私の心にはまだ貞康様がいらっしゃいます。ですから……」
「良い。もう言うな。そなたを想う新しい男が現れたら、その男とともに生きればよい。しかし、今は儂のものだ。儂の為だけに……ないてくれ」
 貞康が両手で彼女の頬を包み、唇をまた自分の方向へ向けさせる。
 遠くでお囃子が聞こえる。
 やがてそれも互いの熱情によって、彼らの耳には入らなくなった。

卍卍卍


 花魁道中で大騒ぎしている途中で、お忍びで見学していた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が瑞穂睦姫の手を引いてそっと連れ出す。
「せっかくだから、花魁道中まで店を回ったり、飯食ったりして時間を潰そう」
 早々と場所を確保すると、睦姫を強引に引き寄せた。
 突然のことに、完全に不意打ちをくらった状態だ。
「……え? なに……」
 睦姫は赤くなりながら、騒音のせいにして聞こえないフリをした。
「俺と世界を一緒に見ないか。家族にならないかといったんだ」
「一生、私の家来になるというの?」
「家族に上も下もない。ただ、傍にいたい。一緒に飯を食って、笑って、同じものを見て、同じ時間を過ごしたいだけだ」
「今だって……そうじゃないの」
 そういって彼女はむくれ、笑った。
「そうか。そうだったかな」
 先のことを思えば不安にもなる。
 瑞穂藩を復興という、彼女の、彼らの肩に重くのしかかる現実もある。
 だが、今ある重みを唯斗は心地よく思った。
「俺はさ、睦姫の背負ってるモノも重さはわかってるつもりだよ。だけど、それだけで精一杯になってしまうのは、もっといやなんだ」
 唯斗は以前、日数谷 現示(ひかずや・げんじ)に言われた『女の幸せを得てほしい』を、同じように大事に考えているといった。
 睦姫は唇を少しかみ締めたように、その言葉を聴いていた。
 彼女が頭を上げる
「私もこと好きって言うなら、瑞穂のことももっと愛してよね」
「あ? ……ああ、もちろんそのつもりだ」
「ね、あっちのほうがよく見えそうよ」
 そういって、睦姫が彼の肩によりかかった。
 唯斗にはそれが何よりもかけがえのないものに感じていた。