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地球に帰らせていただきますっ! ~4~

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地球に帰らせていただきますっ! ~4~

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 ■ 子供連れの里帰り ■
 
 
 
 孤児院シャングリラに帰省するたび、神父とシスターが孫の顔孫の顔とうるさくて仕方がない。
 なので今回は武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)樹月 刀真(きづき・とうま)は相談して、お子ちゃまたちを連れて帰ることにした。小さな子供を連れて行けば、2人も少しは黙ってくれるのではないだろうか。
「2人とも今から行く所の神父とシスターの相手を頼む」
 ちょっと色々あれな人だけど子供は好きな人だから、と刀真は十五夜 紫苑(じゅうごや・しおん)アネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)に頼んでおく。
「とーま、しんぷとシスターってなんだ?」
 尋ねる紫苑に、刀真は答える。
「ん〜、俺たちの父さんと母さん、かな」
「おとーさんとおかーさん?」
「俺たちに戦い方を教えてくれた師匠でもあるかな」
「がりゅ〜と刀真しゃんの師匠? 強い人?」
 目を輝かせるアネイリンに、それは間違いないと答えてから牙竜も刀真と同じように付け加える。
「まあ、ちょっと色々あれな人だけどな」
 
 
「ここががりゅ〜のお家?」
「あ、アネイリン、待て!」
 無警戒に扉を開けたアネイリンを、牙竜が腕の中に庇いながら地面に押し倒す。次の瞬間、牙竜をかすめるようにしてナイフが飛ぶ。
「クソジジィ! いきなり気配殺して襲撃してくるなよ! 子供たちが真似したらどーするんだよ!」
 教育に悪い、と牙竜が神父を怒鳴る。
「ジジイ危ないだろう。今回は子供がいるんだ。ババアただいま〜」
 入り口に立つシスターに気付いて刀真が声を掛けると、こら、と優しい声がした。
「刀真ちゃん、そんな呼び方をしちゃダメよ」
「姫姉さん、来てたのか」
 シスターの背後から現れたのは長い紫の髪が特徴的な女性……竹月 姫だった。
「姫ねぇ、久しぶり」
 そう声を掛けながら、牙竜はなるほどと思う。昔から灯は姫のことを苦手なタイプだと言っていた。灯が急にこっちではなく実家に行くと言い出したのは、姫がいるのを知ってのことなのだろう。
 シャングリラで一緒に育った姫は、自分より年下の子供たちの面倒を良く見ていた。刀真たちも世話になったくちだ。
「牙竜ちゃん久しぶり。神父とシスターに新年のご挨拶に来ていたの。まさか刀真ちゃんや牙竜ちゃんに会えるなんて」
 嬉しいわ、と姫は微笑んだ。
「久しぶりね……刀真ちゃんも元気だった?」
「ああ久しぶり。元気だよ見て分か……頭を撫でるなよ」
 懐かしそうに頭を撫でてきた姫の手を刀真は払いのけた。けれど、途端に悲しそうになる姫の表情に、気まずそうに手を下ろす。
 昔から姫は怒る時には怒らないで悲しそうな顔になる。刀真が独りで好き勝手に無茶していた時もお節介を焼いてきて、自分で決めたことだと刀真に突っぱねられると、こんな顔をしたものだ。その顔には逆らえなくて、刀真はいつも結局姫の言うとおりにしていた。
 今もやっぱり逆らえなくなって、大人しく頭を撫でられる。
「ん、姉さんただいま」
「刀真は相変わらず、お姉ちゃんの悲しそうな顔に弱いね」
 そんな刀真を見て笑うと、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は紫苑たちをシスターの元に連れて行った。
 子供を前にしたシスターは、とろけそうな笑顔になっている。微笑ましい、というよりは、お菓子の家の魔女みたいに見えるのは取り敢えず考えないでおこう。
「おや可愛い子達だね〜。名前は何て言うんだい?」
「オレ紫苑! シスター、こんちは!」
「シスターちゃま、あけまちぃておめでとうごちゃいます。ボク、アーたん! 騎士の中の騎士の王、アーサー王の英霊のアネイリンでちゅ!」
「紫苑ちゃんとアネイリンちゃんって言うのかい。良い名前だね」
「ボクは騎士だからお姫様を守りゅのが勤めなの。刀真しゃんはおっぱい鷲掴みするから、てきー! いつかやっちゅける!」
「おお、それに頭も良いようだねぇ」
 良い子だ良い子だと、シスターは2人の頭を撫でくり回す。
「シスター優しい! しんぷは面白い! しんぷはとーまやがりゅーに戦い方を教えてたんだろ? かっけー! オレにも教えてくれよ」
 紫苑に優しいと言われたシスターは一層笑みを深め、自分の名前を聞きつけた神父もやってくる。
「よしよし。何より大切なのは基本だ。ここにいる間にいろいろと伝授してやろうぞ」
 先行きが楽しみだと神父は紫苑を連れてゆく。
「刀真ちゃんと牙竜ちゃんが子供を連れてくるなんてね」
 自分も二児の母である姫は、母親の顔をして紫苑たちを見た。
「刀真ちゃん、優しくなったわね……」
「ん?」
「昔は誰も寄せ付けなかったのに、今はちゃんと隣に月夜さんの場所を作っているから」
 姫に言われ、刀真は別に優しくなった訳じゃない、と否定した。
「月夜は俺の物で俺の命は月夜に預けてる。だから俺の隣に月夜がいるのは当たり前だ。――ん? 月夜、紫苑は大丈夫だったか?」
 シスターの所から戻ってきた月夜に尋ねると、月夜はにこにこと頷く。
「何でそんなに嬉しそうなんだ?」
 月夜のご機嫌の理由が分からず刀真が首を傾げていると、姫までが月夜ちゃん良かったわねと嬉しそうな顔で言う。
 2人が何故そんな顔をしているのか分からずに、刀真はただ戸惑うのだった。
 
「その子は牙竜ちゃんの娘さん?」
 姫に聞かれ、牙竜はまさかと首を振る。
「こんなクソガキの親になった覚え……」
「うるちゃい!」
「いてぇ!」
 がぶりと頭に囓りつかれて牙竜が叫ぶ。
「アネイリンちゃん噛んじゃ駄目だよ。ただでさえお馬鹿な牙竜が更にお馬鹿になっちゃうじゃないか。……今、大変なんだろう?」
「地球にいてもお見通しか」
 シスターの言葉に苦笑する牙竜に、姫は心配そうな視線をあてた。
 
 
 対面が済むと、夕食の場へと通された。
 成人した刀真たちは酒を飲みながら料理をつつく。
「しかし、生きているうちに孫の顔が見られるとはな。いろいろ計算があわないが、過程をすっ飛ばして結果を出すとはあっぱれだ」
「てめジジィ、妄言吐くなよ。話聞いてなかったのか?」
「チッ、ということは貴様ら童貞か!」
 がふっと酒に咽せかけた刀真が自棄になって言い返す。
「ああオレは童貞ですよ! 文句あっか!」
「まったく情けない……かつて天下人になった徳川家康の妻妾は知る限りで16人……側室お六との年齢差は実に55歳。男子たる者、死ぬまで盛んだった家康を見習うべき! 俺も未だ現役!」
「ほう、現役……?」
 じろりと視線を投げてくるシスターに、神父は慌てて否定する。
「う、浮気なんぞしておらぬぞ?」
 白兵戦のスペシャリストであり、不気味な威圧感をまとった神父も、シスターには弱い。これぞ惚れた弱みというべきか。
「俺たちに16人の側室を作れと言いたいのか?」
 刀真は呆れ顔だが、月夜は真剣な顔でシスターと話している。
「孫はまだなの。おばあちゃんのアドバイス通りにしているけど、刀真手を出してこないんだもん」
「月ちゃんは言いつけを守っているのに刀真が手を出さないのかい? 意気地なしだねぇ」
「大体刀真、玉ちゃんや白花にも警戒しないから色々されすぎ! おばあちゃん、どうすれば良いかな?」
「他にも女がいるのかい。それなら……」
 ごにょごにょとシスターは月夜に囁く。
「ババア月夜に変な入れ知恵するのはやめてくれ」
 相変わらずの光景に、はあと刀真は大きなため息をついた。
「まだ結婚もしてないのに側室16人なんて……あ、マホロバは大奥があるから……」
 側室という制度も遠いものではないかと考えた矢先、牙竜はこちらを悲しげに見ている姫とばっちり目が合う。
「姫ねぇ、タンマ! ジジィみたいにあっちこっちに女に手を出してないから、そんな汚ねぇモノ見る目で見ないでくれー!」
「ぬ? あっちこっち?」
 シスターが鋭い目で神父を窺う。
「しておらぬ。断じて! 絶対に! ……多分」
 神父はぶんぶんとかぶりを振った。
「そんなに怖ぇなら悪さなんかしなけりゃいいのに」
 シスターと神父のやりとりに思わず牙竜が失笑した時、また姫と目が合った。
「だから違うって……」
「ううん、そのことじゃないの。マホロバってどんな所なのかなって思ってただけ。大奥があるなんて昔の日本みたいね」
「ああ、それは……」
 牙竜はマホロバについて簡単な説明を姫にすると、自分はそこで奉行をやっていることを話した。
「書類仕事が増えて、姫ねぇの旦那さんが結婚式の時に、社会人は書類との戦いだと言ってた意味を実感してる」
「御奉行様も大変なのね」
 その言葉の響きが面白かったのか、姫はくすくすと笑った。
「マホロバも冬なのかしら? うちの旦那様みたいに書類に突っ伏して寝て、風邪引かないようにしてね」
 その言葉にふと牙竜は身にしみた冬の寒さを……子供の頃のことを思い出す。
 母親に捨てられたことを認めきれなくて、夜中に屋根の上で1年間ずっと待ち続けた。雪が降った夜も待っていたけれどやはり母は来てくれなくて、しんしんと身を苛む寒さと共にようやく捨てられたことが牙竜の心にしみこんだ。気温より冷えてゆく心の痛みをこらえながら明るい窓を見れば、両親と笑顔で過ごしている同年代の子がいて……憎かった。
 どうしてあの幸せは自分に与えられなかったのだろう。
 幸せな家族、自分を捨てた母親、顔も知らない父親、そして世界のすべてが憎くて、毀したくて仕方が無くなった。
(そうだ、あの時……)
 屋根から降りてきた牙竜を見て、姫がそっと抱きしめてくれた。
 何があったのかは姫には分からなかっただろう。けれど牙竜の表情で何かを察した姫は、慰めの言葉もなく、ただ抱きしめて温もりを伝えてくれた。その優しい温もりが……自分には与えられないと痛感していた温もりがとても嬉しくて、初めて牙竜は声を出して泣いたのだった。
(いかんな、姫ねぇの前だと……)
 場所を変える為、地下の資料室『冷蔵庫』を使わせてもらおうと牙竜が立ち上がりかけた時、その服を姫の手がきゅっと掴んだ。
「牙竜ちゃん……」
「どうした? 姫ねぇ」
「牙竜ちゃんはヒーローの仮面を被っても、どこか冷めた目で他人事のように見てる。正義のヒーローの心を忘れないで、牙竜ちゃんの出発点だから……捨てられた記憶が辛くても世界を恨まないで」
 小声で、けれどしっかりと囁きかけてくる姫に、敵わないなと牙竜は苦笑する。
「わりぃ、心配をかけた。目的と手段が入れ替わるところだったよ。何があっても、正義のヒーローの心は忘れない」
 牙竜の答えを聞いて、姫はほっとしたように手を放すと、膝に載せたアネイリンの髪を指ですいた。
「アネイリン、いつの間に姫ねぇの膝枕で寝てるんだ」
「小さい頃の牙竜ちゃんとそっくりよね」
 姫の声が聞こえたのだろう。アネイリンが寝ぼけながらふにゃっと笑う。
「がりゅ〜と似てる? へへへ、うれちぃな〜」
「え、冗談だろ」
 コイツめ、と牙竜が頬をつつくとアネイリンは今度ははっきりと目を覚ました。
「コイツが俺と似てるって?」
「うに? がりゅ〜と? にてないよ、ぜっちゃいに似てない! がりゅ〜、姫お姉ちゃんに手をだちゅな!」
 がぶっとアネイリンは牙竜の腕にかぶりついた。
「痛ぇって!」
「がりゅ〜うるちゃい! 今日はおねーさんと一緒にねる」
 優しいお姉さんを放すまいとアネイリンは姫にしがみついた。
「オレもオレも! 姫お姉ちゃんと一緒のおふとんで寝るんだ!」
 紫苑も主張する。
「はいはい、じゃあ一緒にお部屋に行こうね」
 姫は紫苑とアネイリンを促して、部屋へと向かった。
 姫に甘えかかるようにして、紫苑があれこれ話しているのが聞こえてくる。
「とーまはいつもむーっと顔してるけど優しいし、月ねーちゃんたちといると心がすげーあったかいんだぞ!」
「そう、良かったわね」
「がりゅーは最近、しごとがいそがしくて大変だって言ってた! きゅうに『ちっぱい!』って叫ぶんだって!」
「……牙竜ちゃん疲れてるのね……」
「ちっぱいって、月ねーちゃんのこと?」
「それは……どうなのかしらね」
 姫の笑い声が聞こえてくる。
「あと、とーまがしんぷとシスターのことを、とうさんとかあさんだって言ってた! ん? うれしいの? じゃあオレもうれしい!」
 楽しそうなしゃべり声はどんどん遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
 
 
 紫苑たちが姫と寝ると言って行ってしまったので、刀真は自分の部屋に戻るとさっさと寝るか、と着替え始めた。と、そこに月夜がやってくる。
「どうした月夜。しかもそれ俺のYシャツ……」
 月夜が来ているのは刀真のYシャツだけだった。Yシャツの裾からひょんとのぞく足が直視できなくて、刀真はなんとなくそこから目を逸らす。
「これは私の普段の寝間着! 刀真一緒にベッドに入ろう!」
「えっ? ソウデスカ……」
 駄目だと言っても忍び込んでくるだろうし、酔いが回っているからあれこれ考えるのも面倒だし、と刀真はベッドに横になる。
「本当に一緒に寝るだけでそれ以上はないよ?」
「分かってる」
 月夜は刀真の隣に潜り込むと嬉しそうに笑った。

 ……深夜。
 刀真がぐっすり眠っているのを確認して、月夜は首筋に口をつけた。その耳にシスターの囁き声が蘇る。
 ――今晩刀真にはしこたま飲ませておくから、眠り込んだら見える所にキスマークを付けておくんだよ、私もじいさんに良くやった手さ――
「あれ、うまく付かない。もうちょっと強く吸うのかな? でもおばあちゃん、これ恥ずかしいよ……」
 でもシスターの教えだから、と月夜は羞恥心を我慢して刀真の首筋を吸った。
 
 
 そして朝が来る。
 刀真は洗面所の鏡に向かい、あれ、と首筋に手をやった。
「何か痕がついてる……なんだこれ」
 刀真の前にある鏡に映った月夜は赤くなり、神父とシスターはニヤニヤと顔を見合わせる。
「はよー、刀真……うっ……」
 そこにやってきた牙竜は、刀真の首筋にあるマークを見てくるっと回れ右。
「俺、寝てくるわ。具体的には2時間ほどな!」
「牙竜どうした?」
 1人事情が飲み込めていない刀真は、頑張れよと背中ごしにエールを投げてくる牙竜を困惑の表情で見送ったのだった。