リアクション
unum : 眠りの中へ来たる声に応え
「奇妙な夢を見た」
いい天気だった。
窓から、白い光が射し込んでいる。
爽やかな風が入ってきていて、窓を開けていて正解だった、と一人満足する。
まだ半分寝ているような顔の黒崎 天音(くろさき・あまね)に朝食を用意しながら、パートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、ふと思い出してそう言った。
「夢?」
「シボラの国家神を名乗る長老から、協力を要請される夢だが……。
妙に現実味のある夢だった」
「……ふうん……」
天音は、ぼーっとした顔のまま、半熟卵の殻をスプーンの背で叩いている。
何気もなく夢の内容を語った後で、天音の顔を見たブルーズは、しまった、と思った。
だが、既に後の祭りだ。
自身も気になってはいたのだし、と自分を納得させつつ、彼等はドワーフの坑道へ向かうこととなった。
夢を見た者は、他にもいた。
鬼院 尋人(きいん・ひろと)もその一人だ。
愛馬アルデバランに乗って久々に遠出し、野宿の夢の中に、シボラの長老が現れた。
「……どうしよう。何か変な夢見た」
「夢?」
「シボラの国家神、っていう樹に埋まったおじいさんが、エリュシオンの龍騎士に追われている、コンロンを目指す子供二人と頭蓋骨に手を貸してやってくれ、って」
朝、キャンプ用品による簡素な朝食を食べながら、夢の内容を語って、尋人は恐る恐る、同行していたパートナーの吸血鬼、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)を見る。
「夢枕とか初めてなんだけど……言う通りにしないと祟られたりするかな」
不安そうな尋人に、暖かいハーブティーを飲みながら、霧神はくすくす笑った。
「大丈夫ですよ。
まあ、気になるなら、その御老人の言う通りにしてみたらどうです?」
訊ねてみるも、既に答えは解っていて、坑道に入るのなら、馬を預けるところを探さなければ、と心の中で算段に入っている。
「そうだね。オレに手助けできることがあるなら……」
尋人は頷いた。
「とりあえず、坑道の中を、その子供を探そうか」
「遠出のつもりではありましたが、予想外に長い旅になりそうですね。
まあ、ゆっくり行きましょう」
そう言った霧神は、どこか呑気そうだった。
「シボラの国家神か。
それにエリュシオンからの依頼では、樹隷、って言ってたっけ。
どちらも興味深いな」
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、無邪気な笑顔で、興味津々の様子でそう言った。
「行くなら勿論、夢に従って少年達を助ける方、だな」
「やれやれ。またグラキエス様の物好きが始まりましたか」
朝、起きてくるなり何を言い出すかと思えば、と、パートナーの悪魔、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は苦笑する。
「反対か?」
「いいえ。
反対など致しません。私は貴方が楽しげにしておられる様を見るのが好きなのです」
「そうか」
と、グラキエスは楽しそうに、じゃあ準備をしなきゃな、と立ち上がる。
「おまえは、それでいいのか」
未来人のウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が訊ねた。
行けば、エリュシオンの龍騎士や、他の契約者達と敵対することになる。
それが解っていながら、ただの好奇心で、簡単に決めていいことではないはずだ。
「ん?」
聞こえなかったのか、グラキエスが動きを止めて、彼を見る。
ウルディカは微かに息を吐いた。
「……俺も行こう」
「あなたも来るのか?
下手をすれば、他の契約者ばかりか、龍騎士と敵対することになるが……」
グラキエスの言葉に、それはこっちの台詞だとウルディカは思う。
だが、なるべく彼の近くにいなくてはならない、と思っていた。
やがて自身の目的を遂行する、その時の為に。
「ウルディカ、グラキエス様に同行するというなら、そのお望みを叶える為に尽力して下さいますね?」
エルデネストが確認を取って来る。
勿論、共に行くからには、仕事はしっかりするつもりでいた。
よろしい、とエルデネストは頷く。
「そうか、じゃあ一緒に行こうぜ」
と、グラキエスは笑った。
「目的地はコンロンなの?」
大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)のパートナー、ヴァルキリーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は、わくわくとして言った。
「コンロンの伝説の木の下で告白すると、両思いのハッピーエンドになれるそうよ」
「何処で聞いた噂でありますか」
彼等は以前、教導団の任務でコンロンに行ったことがある。
その時には伝説の木を見ることはできなかったので、今度こそ、この機会に見てみたいとヒルダは思った。
ヒルダの言う伝説の木とは、コンロンの世界樹、西王母のことである。
「物語の最後に伝説の木に辿り着き、両思いのハッピーエンドで幕が下りる、って素敵じゃない」
「それは誰と誰の話でありますか」
うっとりと夢見がちのヒルダに、いちいち付き合って突っ込む自分もどうかと思いつつ、丈二は答える。
ともあれ、
「国家神に頼られるなんて名誉でしょ!」
と乗り気のヒルダに先導される形で、丈二もこの依頼を受けることにした。
「世界樹のおじい様に頼みごとをされた?」
「おじい様は世界樹じゃなくて、国家神だけど」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)のパートナー、花妖精のリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は、そんな突っ込みを聞いてはいなかった。
「お願いは聞いてあげなきゃダメよ、エース。
植物仲間として放ってはおけないわ! さあエース、行くわよ!」
「何で君がそんなヤル気満々なんだ……」
エースとしては勿論、危険な場所に子供が入り込んでいると聞けば見過ごすことはできないが、そんな危険な場所にか弱いリリアを連れて行くわけにも行かないので、剣の花嫁のエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)と共に行き、彼女は留守番させるつもりでいたのだが。
「また半人前扱いして抜け駆けするつもりね! そうはいかないわよ!」
「分かった分かった、今回はちゃんと連れていくよ」
という訳で、リリアを護る為に、吸血鬼のメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)も同行することになった。
当初は、エースがこういう話に首を突っ込むのはいつものこと、と干渉しないつもりでいたのだが、リリアを放ってはおけないので。
夢枕で事情を説明してくれるのは有難いが、と、相沢 洋(あいざわ・ひろし)は溜め息を吐いた。
「どうみても騒乱のネタだろ……」
「全く、面倒ですわね」
パートナーの魔女、乃木坂 みと(のぎさか・みと)も相槌を打つ。
「絶対戦争になりますわ。少なくとも、争奪戦です」
「引き渡すにしても保護するにしても、一旦、身柄を抑える必要があるだろうな……。
となれば、契約者との戦闘も有り得る。気を引き締めろよ」
パートナー達にそう言って、洋達は装備を整え、ドワーフの坑道へと向かう。
◇ ◇ ◇
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とパートナーの剣の花嫁、
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、帝国民に変装し、調査活動の為にエリュシオンへと向かった。
「一方からの情報、っていうのは、危険だもんね」
エリュシオンでの調査で、裏を取りたい、と思ったのだ。
だが、二人は皇帝直轄領、首都ユグドラシルの街壁の関所で止められた。
「お前達、エリュシオン人ではないな? ユグドラシルに何の用か」
「観光みたいなものなのだが……」
ダリルの返答に、門番達は不審気な様子で顔を見合わせる。
「怪しい者じゃないわ」
目立つことは避けようと変装していたが、それで問題を起こすくらいなら名乗ろう、とルカルカが口を開こうとしたところで、
「何の騒ぎだ?」
と、近くにいた数人の騎士が近付いて来た。
「アーグラ様」
途端に門番達が畏まる。
アーグラ、と呼ばれた騎士の後ろにいた別の騎士達が、ルカルカ達を見て首を傾げた後、一人が何かを思い出した顔をして、アーグラに耳打ちをした。
「ほう? シャンバラの国軍所属の者が」
アーグラはルカルカ達を見た。
「高名は、我が国にまで響き渡っているようだ、ルカルカ・ルー殿。
私は第三龍騎士団団長。創龍のアーグラ、という通り名を持つ者。
エリュシオン首都に何用か?」
第三龍騎士団団長。
ルカルカとダリルは顔を見合わせる。
「……観光、みたいなもの、なんだけど……」
「……確かに、エリュシオンとシャンバラは現在友好関係にあるが……
国家的理由もなくエリュシオンに入り込むのは控えて欲しい、と言わねばならないな。特に今は」
ルカルカの言葉を信じているのかいないのか、或いは理由を既に察しているのか、アーグラはそう苦笑して言う。
「……何か問題でも起きたのか? 龍騎士団が門番をするほどの」
ダリルが鎌を掛けてみた。
「残念ながら、それは我々の口からは言えないことだ。
それに、元々第三龍騎士団は、帝都の防衛が務め。
皇帝がナラカの底迄赴くような状況が、頻繁にあるわけではないのだよ。
私が此処に居合わせたのは、たまたまだが」
つまり、これが第三龍騎士団の通常の仕事、ということなのか。
「だから、三流、などと陰で言われてしまうのかもしれないがな。
聞けば、貴殿は『最終兵器』という異名を持つという。
申し訳無いが、お引取りを願うしかないな。
勿論、騒ぎを起こすつもりでいるわけはないということは、理解しているが」
濡れ衣よ! と叫び出す前に、ダリルがルカルカを抑えた。
「仕方ないだろうな」
ここは、大人しく引き下がるしかなかった。
「揉め事なんておこさないのに」
プンプンと愚痴をこぼしながら、ルカルカ達は帰途につく。
「三流……か。そういえば、聞いたことがあるな」
「何を?」
思い出したように呟くダリルに、ルカルカが訊ねた。
「“騎士は三流、龍は一流”と。
そう言われている騎士団があるらしい、と漠然としたものだったが、第三龍騎士団のことだったか」