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吸血鬼の恋、魔女の愛

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chapter.6 guardian 


 レミの携帯に周から電話がかかってきた時、愛美たちの船もロウンチ島に到着しようとしていた。電話を切ったレミが愛美に言う。
「愛美先輩! あの説話、やっぱり本当の話だったのかもしれないです!」
 今しがた周から聞いた言葉をそのまま伝えるレミ。でも、と彼女が言葉を付け加える。
「……島は、危険な場所かもしれない、って」
 電話越しに聞いた、パートナーの真剣な声。その意味を受け止めたレミは不安げな表情をする。それを見て、愛美の緊張感も増した。ごくり、と唾を飲み込む愛美。何名もの生徒がいる船内でそんな愛美に近寄ってきたのは、村雨 焔(むらさめ・ほむら)ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)のふたりだった。
「どうやら、俺たちの出番のようだな」
「私たちが、しっかり愛美さんをお守りしますよ」
 一見冷徹そうな焔と、温和そうなウィング。対照的なふたりだったが目的は同じだった。彼らの目的、それは愛美の護衛である。数々の依頼をこなしてきた彼らは、頼もしい用心棒であった。と、焔と愛美の間に突然割って入った小さな女の子がいた。焔のパートナー、剣の花嫁のアリシア・ノース(ありしあ・のーす)である。彼女はとことこと愛美に近付くと、腰に手をあて、愛美を見上げながら宣言した。
「私も、焔と一緒に守ってあげる! 焔は充分強いけど、私がいたら鬼に金棒だもんね!」
 くるっと焔の方を振り返ると、「ねー焔、焔も私がいた方が心強いよね!」とアピールを続けるアリシア。焔は薄く笑みを浮かべると、黙って小さく頷いた。
「危険な場所、ということは、もしかしたら例の吸血鬼が危険な存在となってしまっている可能性もありますね。できるなら話し合いで解決したいものですが……」
 そう呟いたウィングの横から、ふたりの男女が現れた。菅野 葉月(すがの・はづき)とパートナーの魔女、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)だ。
「僕も同じく、話し合いでの平和的な解決を望みます。吸血鬼も、何か理由があるのでしょう。たとえば……そう、魔女がいるのなら、その魔女を何者かが人質として捕らえていて、やむを得ず命令で襲っているというような」
「何者か……とは?」
「それは……分かりません。あくまで予想のひとつですから。いずれにせよ、吸血鬼と1回会ってみなければ。その時護衛が必要ならば、私たちも力になります。ですよね? ミーナ」
「うん、任せて! ワタシもあの説話が大好きだし、真相を確かめたいしね!」
 それと、葉月? と相方の袖を引きながらミーナが小声で囁く。
「今回はワタシも説話のことがあるから賛成したけど、あんまり普段からそうやってあちこちに首突っ込まないでね?」
 彼女のその言葉の真意は葉月が交友関係を広げることへの嫉妬だったが、当の葉月はいまいち言われていることがよく分かっていないようだった。
「おいおい、ちょっと待てよ! 愛美を守るのは自分だろ?」
 勢いよく話に入ってきたのはベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)。彼は「愛美の運命の人は自分だ」と頑なに信じており、そのエネルギッシュさは優しそうな外見から全く想像できないほどであった。その勢いに少し周りがたじろぐ。それを見たベアは「お、皆分かってくれたんだな」と勘違いをし、ますます胸を張らせた。そんなベアの後頭部に迫る影があった。その直後に、鈍い音が響く。
「いてえっ! 何だぁ!?」
 頭部に強い衝撃を感じたベアが振り返ると、そこには彼のパートナー、剣の花嫁のマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)がホーリーメイスを持って立っていた。
「ベア! 今話の流れ的にそういうノリじゃないでしょ!」
「マナ、それ何て言うか知ってるか? ホーリーメイスだぞホーリーメイス。聖なる矛だぞ。パートナーを殴る道具じゃないぞ」
「ベアの邪な考えを浄化してやってるのよ」
「ったく……とにかく、いいか、自分は愛美を守るぜ!」
「はいはい、ご自由に。まあ、私もいつも通り補助役で参加させてもらうけど」
 護衛グループにマナという美少女が加わったことで、アリシアとミーナのふたりは不満を顔いっぱいに表した。
「ねえねえ焔、1番役に立つのは私だよね?」
「葉月、人が集まってきたからワタシたちはちょっと離れよう?」
 彼女たちはパートナーの気移りを怖がるあまり、頬を膨らませたり袖を引っ張ったりと実に分かりやすいやきもちを焼いていた。
 そんな賑やかな一同の前に現れたのは、本郷 翔(ほんごう・かける)だった。
「まあまあ皆さん、ひとまず落ち着いて、お茶でもいかがですか?」
 静かな、それでいて凛とした佇まいと穏やかな物言い、そして辺りを埋める紅茶のいい香りに、全員が落ち着きを取り戻した。
「理由は違えど、皆さん愛美様を守りつつ、吸血鬼と話し合いをしたいという思いは一緒のようですから、協力していきましょう」
 穏やかな笑顔で翔はティーカップを配りながら言う。愛美がそんな翔や護衛を名乗り出てくれた皆にお礼を言う。
「……ありがとう、みんな」
「お礼なんていいのですよ、愛美様。それより、これを飲み終えたら気を引き締めましょう。じき、船も島に着くようですし」
 窓から外を見ると、もう島は目前だった。



 やがて愛美たちの船も島に着き、生徒たちは陸地へと足を踏み入れた。
「ここが、ロウンチ島か……噂には聞いてたけど、ほんとになんもなさそうな島だな。島に名前がついてんのが不思議なくらいだぜ」
 事前調査組の中のひとりだった壮太が呟く。それに反応したのは、船内で愛美と会話を楽しんでいた由香だった。
「もしかしたら、誰も来なさそうな島だしとかそんな理由で、昔来た誰かが適当につけてただけだったりして」
「それがいつの間にか正式な名前になっちまったってか。案外そんな感じかもな」
 ロウンチ島。その小さな孤島を誰がそう名付けたかは知られていない。ただ確かに巨大な遺跡もなく、島自体の規模が小さいこの地を訪れる者は滅多にいなかった。キャンプ中に行方不明になったと噂の蒼空生徒たち。事実彼らは数十年ぶりの来島者であり、数十年前に名もないシャンバラ人の絵描きが訪ねて以来である。なお、そのシャンバラ人の名前がロウンチだったかどうかは定かではない。それを考えた時、今回の愛美たちの来島は人数的にも異例と言えるだろう。

 船を降りた生徒たちのうちほとんどは、愛美と一緒に行動することとなった。図書館で事前調査を行っていた者たち、船内で愛美と一緒に会話をしていた者たち、そして護衛班がその主な内訳である。周たちの集めた島の情報をレミが愛美に伝えると、愛美たちは危険を承知で鍾乳洞へ向かうことにした。その背中に、声がかかる。
「わいも一緒に行っていいかの?」
「オラも、愛美たちと行きたいんや」
 そこにいたのはアシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)青空 幸兔(あおぞら・ゆきと)のふたりだった。二つ返事の愛美についていくアシュレイと幸兔。彼らを同行させたことでこの後予想外の事態が生じてしまうことを、愛美たちはまだ知らなかった。

 鍾乳洞近くの森。
 避難したカレンたちはここに身を潜めていたが、そこに茂みを掻き分けひとりの少女が現れた。それを見たカレンは喜びの声をあげる。
「ジュレ!!」
 現れたのは、先ほど殿を務めたジュレールだった。服の袖が破けてはいたが、それ以外に目立った外傷はないようだった。
「よかった、無事だったんだね!」
「隙をついて逃げようとしたら追いかけてきたので、箒で飛んで撒いてきたのだ」
 パートナーの無事を喜ぶカレン。その横で周は先ほど鍾乳洞の中で見た女の子を思い出していた。レミからの電話によれば、後続の船がそろそろ島に着く頃だ。自分たちが今どこまで真実に迫っているのか、それすらも今の彼には分からなかった。



 一方その頃、翔子や真人ら行方不明者捜索班は鍾乳洞とは別の小さな洞穴へと辿り着いていた。が、その入口は岩で塞がれていて中には入れないようだった。
「これは……万が一この中に生徒さんがいたらと考えると、どうにかどかすしかありませんね、セルファ」
「え、なんでそこで私の名前を呼ぶの?」
「先人が遺した言葉に、適材適所というものがあります。そして俺はウィザードでセルファはセイバーです。加えて、ヴァルキリーです」
「……私、か弱い女の子だよね?」
「先人はこんな言葉も遺しています。世の中で1番強いのは女性であると」
「その先人はたぶん、こういう場面を想定して言ったんじゃないと思うんだ」
「セルファ、人命がかかってるんですよ。頑張ってください」
「あーもう分かった、やればいいんでしょ? やれば!」
 そう言うと彼女はカルスノウトを構えた。
「爆炎波!」
 振りかざした剣から炎の塊が生まれ、岩に接触した瞬間にそれが爆ぜた。次の瞬間、岩は砕けきっていた。
「さすがです、セルファ」
「……次はもっと女の子らしい部分を褒めてね」
 崩れた岩石を掻き分け、中を覗く。洞穴はどうやら奥行きもさほどなく、10名も入らないのではないかというような小ささだった。と、真人が洞穴の奥に何かの気配を感じた。同時に他の生徒たちもそれに気付く。気配の元である岩陰から、一瞬人の形が窺えた。
「おー、ビンゴってやつかな?」
 翔子が元気に言う。
「ボクたちは行方不明の人たちを助けに来たんだけど、もしいるなら出てきてくれるー?」
 彼女の呼びかけから少しの間を置いて、恐る恐る現れたのは3人の生徒だった。
「よかった! 見つかった!!」
 そんな捜索班の声に安心したのか、3人の生徒も顔を綻ばせた。捜索班の純が生徒たちに水を手渡す。
「さぞ喉が渇いてることでしょう。これをどうぞ」
 水を見た途端、飛びつくようにガブガブと喉に流し込む生徒たち。見ると、3人のうちひとりだけがリュックを持っていた。
「こんなリュックひとつで数日間も耐えていたなんて……かわいそう、ほんと、無事でよかった」
 同じく捜索班のルカルカが生徒たちに歩み寄る。教導団の生徒であるルカルカは、慣れた手つきで遭難者の介抱を始めた。首にタオルを巻き体温を確保させ、用意していた食料を差し出した。
「ダリル、この人たちにヒールをかけてあげて!」
 ルカルカに呼ばれたパートナーのダリルがすっと前へ出る。すっと手をかざし、優しい光が洞穴を照らす。光を当てながら、ダリルがルカルカに話しかけた。
「教導団での生活が役に立ったな」
「ダリル、ルカルカは教導団に入る前からこのくらいのことはできてたのよ?」
「ふ……だとしたら俺の選定眼はよほどいいんだろうな」
 生き生きと救助活動をするルカルカを見て、ダリルは小さく口の端を上げた。
「何とか事なきを得たようですね」
 真人は一息つくと、洞穴の外に目を向け小さく口を開いた「しかし……」
「まだ全てが終わったわけではない、という感じですかね」
 真人の言葉の続きを言ったのは純だった。
「ええ、むしろこれからかもしれませんね。事が起こるのは」
 そう言うと真人はトランシーバーを取り出した。