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吸血鬼の恋、魔女の愛

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吸血鬼の恋、魔女の愛

リアクション


chapter.9 ring 


 男は鍾乳洞の入口付近にいる生徒たちをざっと見回した。
「リーシャには……近付かせない」
 そう呟いた後、空に向かって男が吼えた。直後、コウモリたちが鍾乳洞から何匹も湧き出てくる。それらが一斉に空を切り裂きながら愛美たち目がけ襲い掛かってきた。
「よし来た、自分の出番だな!」
 ベアが勢いよく愛美の前に躍り出ると、マナから光条兵器を受け取りコウモリを薙ぎ払っていく。
「倒すのはいいですけど、護衛も怠らないでくださいね?」
 葉月がディフェンスシフトをかけ、愛美へと向かってくるコウモリを防ぐ。パートナーのミーナも火術を使いサポートしていた。そのそばでは由香が素早くコウモリの攻撃をかわしていた。反撃をしない由香を見かねて、相方のルークがドラゴンアーツでコウモリの意識を失わせた。
「おまえなあ、お人よしもいい加減にしろよ! 仕方ねえから守ってやるよ!」
 見事な体捌きを見せるルーク。
 他の生徒たちもそれぞれに戦っていたが、数が多いせいか、すんなりとはいかないようだった。そんな生徒たちの様子を一瞥すると、男は身を翻し、鍾乳洞の中へ戻っていった。

 それを視界に捉え、チャンスとばかりに刀真と月夜、アシュレイ、幸兔らが男を追う。が、入口のところで龍壱、ウィング、真が彼らの足を止めた。少し遅れて焔もウィングたちの加勢に駆け寄る。
「焔さん、愛美さんの護衛はいいんですか?」
「あっちにはベアもいる。コウモリ程度に遅れはとらないだろう。それよりこっちの方が危険だ。そうだろ?」
 お互い正面を向いたまま短い会話を終えると、ウィングと焔はすっと剣を構えた。
「その表情は……説得しに行こうって顔じゃないな」
 龍壱もカルスノウトを握り締め、刀真たちと対峙する。
「説得? この様子を見て、説得できると思ってるんですか?」
 鍾乳洞の周りで羽ばたいているコウモリを見遣り、刀真が言う。
「だからって、訳も聞かずに攻撃しようとするなんて……!」
 真のそんな言葉にも、刀真の思いは揺らがない。
「別に殺そうとしてるわけじゃありません。ただ、お互いが全力で戦う以上最悪の事態が起こる可能性はありますけどね」
 刀真が相方の月夜から黒い剣を取り出す。
「俺は、被害を最小限に抑えるために動くだけです」
「被害を最小限に抑えたいなら、誰ひとり死なせたらダメだろ!」
 龍壱の叫びとほぼ同時に、刀真が斬りかかる。その斬撃を止めたのは同じ光条兵器の使い手、焔だった。
「刀真の考えは間違ってないかもしれない。だが、もっと正しい答えだってあるはずだ」
 刀真たちが争っている隙に鍾乳洞の中へ進もうとするアシュレイと幸兔。そこに立ちはだかったのは、メニエスとミストラルの吸血鬼コンビだった。
「下賎な人間どもが、何をしようとしているの?」
「さすが闇の種族。鼻も利くんですねぇ」
 デリンジャーを取り出すアシュレイ。幸兔もアサルトカービンを構えた。
 アシュレイと幸兔のふたりは、愛美たちに同行しつつも、隠れて吸血鬼を狙っていたのだった。
「吸血鬼の腕の一本でも持ち帰って売りさばけば、お金になると思ったんやけどな……」
「お聞きになりました? メニエス様。この人間、卑しくも吸血鬼をお金に替えようとしていたようで」
「ふん、逆にその腕をあたしがちぎり取ってあげる。大した価値もないと思うけど」
 メニエスはそう言うと、魔力を集め始めた。ミストラルを盾にしながら、雷術で攻撃をしかける。鋭角に襲ってくる雷にたじろぐアシュレイと幸兔だったが、構わず前進を図ろうとする。そこに、ウィングと真がやってきた。
「ありがとうございます、足を止めてくださって」
「あっちは龍壱くんと焔くんがいるからね。俺たちはこっちを手伝うよ!」
 メニエスの隣に移動し、アシュレイ、幸兔と向き合うふたり。すると、メニエスがそれを見て少し攻撃の手を止めた。
「……メニエス様?」
後ろを振り返ったミストラル。見るとメニエスは、冷めた目を彼らに向けていた。
「これでは、あたしが蒼空生徒の手助けをしてるみたいじゃないの。気に食わない……行くよ、ミストラル。興が削がれた」
 メニエスはそれだけを言い残し、すたすたと鍾乳洞の外へ出て行った。その後を走って追うミストラル。入れ替わるように、コウモリの群れから抜け出した愛美たちがやってくる。
「愛美さん、ここは私たちが抑えておきます。早く奥へ行き、吸血鬼のところへ!」
「……うん、分かった、ありがとうウィングさん! 真さん!」
 愛美たちはそのまま奥へと進んだ。それを確認すると、龍壱と焔は刃を交えながら刀真に話しかけた。
「なあ、お前も信じてみろよ。正論じゃなくても心は動くんだって」
「……そんな確実性のない偽善を信じろと?」
 あくまで自分の意志を貫こうとする刀真だったが、そんな彼の手を押さえたのは相方の月夜だった。
「刀真……言い過ぎ。とりあえず、彼女たちに任せてみよう? それでダメだったら、その時改めて刀真がやりたいようにすればいいじゃない」
「……」
 刀真は、黙って剣をしまった。それを見て龍壱の相方、雪が刀真にヒールをかける。
「傷をつけてしまってすみません……でも、ありがとうございます、武器を収めていただいて」
「……信じたのではなく、任せただけですから」
 それを聞くと雪は、静かに微笑んだ。

「今日のところはこの辺にしておきましょうか……」
「やっぱり、そう上手くお宝は手に入らへんか」
 ウィング、真らと攻防を繰り広げていたアシュレイ、幸兔らも、徐々に形勢が不利になってくると諦めた様子で武器をしまった。
「ごめんね、ここから先へ通すわけにはいかないんだ」
 真が乱れた息を整えながら言うと、ウィングが後に続いて言った。
「自分の信条や欲望に素直なのも悪くないですが、たまにはそれらを抑制して見守る側に立つのも良いものですよ? まあ……後は、彼女たちの出番ということですね」
 彼らは鍾乳洞の奥に目を向けた。薄暗がりの景色の中に、愛美たちの姿はもうなかった。

 吸血鬼の後を追った愛美とマリエルは鍾乳洞の奥、広まった場所に出た。10名ほどの生徒たちも彼女たちの後に続き、やがて追いつく。ラルク、美羽、悠、輝夜、伽耶、アルラミナ、壮太、まなか、シダ、ロイたちである。
輝夜やアルラミナ、まなか、ロイらが火術を使い空間に明かりを生み出すと、愛美たちから少し離れたところに、男がいた。よく見るとその後ろには小さな少女も見える。
「リーシャ……リーシャを守る。私が守るのだ」
 虚ろな目のまま、男が少女を庇うように立つ。それを聞いた愛美は男に話しかけた。
「急に押しかけてしまってごめんなさい! でも、私どうしても確かめたいことがあって……!」
 自身の言葉が耳に届いているかは分からない。が、彼女は続けた。
「あなたは……ロイテホーンさんなんですか?」
 男は答えない。その様子を見て壮太は思った。
 男は正常な状態じゃない。かといって、完全に正気を失ってもいないはずだ。後ろの少女を守るように立ち振る舞っているのは、ちゃんと意識があるからだ。さっきの言葉が本当だとすれば、あの少女はやはりリーシャということになる。彼女がいるにも関わらず、なぜ男は島を出て生き物を襲う?
 彼、壮太は予想のひとつとして、リーシャの死を考えていた。吸血鬼が血を吸わなくなったのは、彼女が自身の血を与えていたのではないか。その彼女が何らかの理由で死んでしまったから、血を吸えなくなった吸血鬼が再び凶暴になったのではないか。しかし目の前には確かに少女の姿が見える。
「何にせよ、話ができねーんじゃ確かめようがねえな……」
 小さく呟く壮太。悠とまなかが愛美に代わり吸血鬼との会話を試みる。
「きっと、何かあるんだよね? 俺はそう信じてる。だから、答えてくれないか?」
「私も、お話を聞かせてもらいたい。私たち、リーシャさんに何かするために来たわけじゃないの、だから、私たちを信じて!」
 しかし、ふたりの言葉を無視するように、男は低く唸った。次の瞬間、彼らを目がけて男が飛び掛かってくる。
「悠、危ない!」
「まなかには、手出しさせない」
 輝夜とシダがふたりの前に立ち、互いのパートナーを守るため武器を構えた、
「話し合いはやっぱ無理なのかぁ!? 今回に限っては、あんま暴れたくねえんだけどな!」
 ラルクもドラゴンアーツを使おうと拳を握った。
「戦っちゃダメだよ! 吸血鬼さんも、お願いだからやめて!」
 愛美が必死に訴えるが、男は止まらなかった。やむを得ず応戦するラルクたち。

「ど、どうしよう伽耶、このままじゃどっちも危ないよ!」
 慌てるアルラミナを見て、伽耶も焦りを感じた。
「吸血鬼さんが大人しくなってくれれば……そうだ! リーシャさんなら!」
 伽耶はアルラミナを促し、交戦中の吸血鬼の隙を突いて少女のところへ向かった。
「リーシャさんに説得してもらうんだね! 私もリーシャさんのとこに行く!」
 ふたりについていった美羽は、花束を手に持ったまま走った。とてもこれを渡せるシチュエーションじゃないな、なんてことを思いながら。
「リーシャさん! お願いです! 吸血鬼さんを止めてください!」
 伽耶が少女の目の前に立ち、頭を下げる。少女の前に来て、横にいたアルラミナが、違和感を覚えた。
「この魔力は……?」
 同じ魔女であるアルラミナは思う。いくら魔女でも、普段から四六時中魔力を放出してはいない。しかし、目の前の彼女はどうだろう。全身から魔力を滲ませている。同じく美羽も、その外見に異常を感じ取っていた。少女は、吸血鬼同様、どこを見ているのか分からない目をしていた。
 そこに、突然ふたりの生徒が現れた。行方不明者捜索班にいた、尤と香華だ。
「あれ、ここは……?」
「洞窟が、もうひとつあったということですか」
 遭難者がいた小さな洞穴から水路を歩いてきた彼らは、鍾乳洞へと辿り着いた。洞穴と鍾乳洞が、水路で繋がっていたのだ。
「もしかして、この鍾乳洞が吸血鬼と魔女の住み家……?」
 まだ状況を把握しきれていない尤が、目の前の少女、そして少し離れたところにいる男を見て言った。
「あなたたち、どこから……それより、ここに何しに?」
 伽耶の当然の疑問に、香華が袋を見せながら答える。
「ええと……ここと繋がっていた小さな洞穴で変な袋を見つけたので、この先に何かないかと思って調べに来たんです」
 と、会話の途中で男が伽耶たちに気付く。
「リーシャに……近付くな」
 素早く身を翻すと、男は伽耶たちを目がけ襲い掛かる。それを間一髪防いだのは、マリエルだった。男の爪を、翼を重ねて守る。すぐにラルクたちも駆け寄り、再び男との攻防戦に突入した。ラルクたちに守られながら、なおリーシャに説得を頼み込む伽耶。愛美も男との会話が不可能だと分かると、共にリーシャに頭を下げる。そんな彼女たちに、アルラミナが声をかけた。
「伽耶、愛美ちゃん。たぶん……たぶんだけど、いくらお願いしても、聞いてはくれないよ」
「……?」
 アルラミナは、辛そうな表情でその口から言葉を絞り出した。
「魔女……リーシャさんは、もういないから」
「え……? だって、ここ、目の前に……」
 信じられない、といった様子で愛美が震えだす。愛美が少女に手を伸ばすと、その手はきちんと少女に触れた。
「ほら、ちゃんと触れるよ!?」
「それは、そういう感触を感じさせてるだけ。この少女は、魔法でつくられた思念体……一種の幻だよ」
 常に放たれている魔力、全く動かない目。そして返ってくることのない言葉。それら全てが、彼女にそう結論づけさせた。
「そんな……」
 あまりの事態に力を落とした美羽が、持っていた花束を落とす。それを拾い、彼女の軽く肩を叩いてしっかり持ち直させたのは壮太だった。
「当たって欲しくねえ予想が当たっちまってたか……」
 目の前の無機質なリーシャを前にひとつ息を吐く壮太。その後ろに、男が迫る。
「危ねえ!」
 それを際どいところで防いだのは、ロイだった。
「なあ、依頼が来たのは最近だろ? 魔女がいなかったんなら、なんで今までこいつは血を吸わないでいられたんだ?」
 エンシャントワンドで男の牙を受けきりながら、ロイが周りに尋ねる。
「やっぱり、落ち着いてもらって話を聞かせてもらわないと……!」
 マリエルが素早く男との距離を空け、愛美を見る。愛美はまだ事実を受け止められないといった様子で、呆然としていた。
「マナ、しっかりして! 確かめるんでしょ、本当のことを!」
 マリエルの声で現実に戻された愛美は、依然攻撃の手を緩めない男を見ると、さらに悲しそうな表情を浮かべた。しかし、その顔つきとは裏腹に、彼女は男に歩み寄る。
「マナ!?」
「吸血鬼さん、あなたがロイテホーンなら、ちゃんと聞いて! あのね、リーシャさんは……リーシャさんはもう……!」
 必死の思いで伝えようとする愛美。男はその名前を聞き一瞬動きを止めたが、血走った目が元に戻ることはなかった。男の牙が愛美に喰らいつこうとする。
「愛美さん、危ない!」
 尤と香華がすんでのところで愛美を守った。男の牙は愛美の代わりに、彼らの持っていた袋を引き裂いた。
 こん、と音が鳴り、袋の中身が地面に落ちる。そこには、錆びれかけた指輪があった。
「指……輪?」
 戸惑う愛美たち。だが、男の反応だけは違っていた。
「これは……リーシャ、奪われていたのか?」
 男は指輪を拾うと、少女に近付く。
「だが、大丈夫。大丈夫だ。私が取り戻した。リーシャ、手を出して」
 もちろん少女は動かない。だが男はそれを気にした様子もなく、跪き少女の左手を取ると、薬指に指輪をはめた。

 直後、少女の形がぼやけていき、徐々にその姿を変えていく。そして少女は、やがて一体の骸骨へと姿を変えた。
「……リーシャ……?」
 骸骨の手を支えたまま、男が目を丸くして呟く。あまりに突然のことに、男は立ち上がることすら出来ずにいた。それは愛美たちも同じで、誰ひとり、その場を動けずただ立ち尽くしていただけだった。さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返る鍾乳洞内。
 そこに、女性の声が響いた。
「ロイテホーン? 今そこにいるのは、ロイテホーンかな?」
 男がバッと顔を上げた。
「リーシャ? リーシャか!?」
 きょろきょろと辺りを見回す男だったが、当然そこに彼の望む姿は見えなかった。
「今、指輪をはめてくれて、目の前にいるのがロイテホーンだと信じてこれから話すね。話すことがいっぱいあるんだけど……まずはやっぱり謝らなきゃだよね」
「リーシャ、いるなら出てきてくれ! リーシャ!」
 男が骸骨の手を掴んだまま立ち上がる。しかしその声は、骸骨からしか聞こえてこなかった。
「あたし、いっぱい嘘ついてた。今さらだけど……ごめんなさい」
 幼さの中にも憂いを含んだような声。
 初めて聞くリーシャのそんな声は何だか胸を締め付けてくるようで、愛美が説話から受けた印象とはやや違っていた。そして、無意識のうちに愛美は絵本の内容を思い返していた。