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chapter.7 noisemaker 


 真人たちと逆周りに進みつつ行方不明者を探していた捜索班の影野 陽太(かげの・ようた)が、トランシーバーの音に気付いた。
「聞こえますか? こちら左回りに進んだ捜索班の真人です。聞こえていたら応答を願います」
「はい、聞こえます! どうぞ!」
「こちら側で、無事行方不明の生徒を発見・救助しました」
「あ、本当ですか!? よかった、無事だったんですね!」
 その会話を聞いていた他の生徒たちも、安堵の表情を浮かべた。
「現在救助活動中ですので、後ほど遭難者たちから何か新しい情報を得られたらまたご連絡します」
「分かりました! よろしくお願いします!」
 そして、声は途切れた。と同時に、陽太がその場にいた生徒たちに向かって口を開く。
「よかったですね、無事見つかって。これで俺たちの役目も終わりですね」
「役目も何も、わたくしたちは何もしていないのではなくて?」
 陽太のパートナー、魔女のエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が陽太につっこむ。
「う……ま、まあ何も起こらなかったんならそれはそれでよかったってことで……」
「……あれ? なあ皆、ひとり足りなくないか?」
 不意に声をあげたのは犬丸 シロウ(いぬまる・しろう)
「確か、オレらライフセービング組ってそれぞれのパートナーも含めて最初12人いたよな?」
 慌てて確認をする一行。9人、10人、11人……確かに、ひとりいなくなっていた。
「もしかして、新たな遭難者?」
 陽太が不安そうにそう言うと、シロウは明るく言葉を返した。
「まあまあ、元々オレたちは捜索班として組んだんだ! 目的からずれちゃいないさ! さあ、皆でライフセービングしよう!」
「……うん、そうですね、とりあえず来た道を戻ってみましょう!」
 彼らは抜けたばかりの森に、再び入っていった。
「早くライフセービングしないと、もしかしたらとんでもない目に遭ってるかもしれないしな!」
 シロウが意気揚々と木々を押しのけながら進んでいく。そんな彼の背中を見て、一行は思った。
 お前ライフセービング言いたいだけちゃうんか、と。

「紫桜に聞いておきたいことがあるのですが」
 森を進む捜索班の中のひとり、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)がパートナーのヴァルキリー、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)に話しかける。
「もしも、行方不明になった人が吸血鬼に血を吸われていた場合、吸血鬼になってしまっているのでしょうか?」
「そうですね……そればかりは何とも。ひょっとしたら血を吸った吸血鬼本人であれば元に戻せるのかもしれませんが、それが合っているかどうかはすみませんが紫桜にも分かりません」
「そうですか。いずれにせよ、まずは遭難者を見つけなければいけませんね」
「ちょっと、そこの紛らわしいふたり!」
 会話中の緋桜と紫桜の間に入ってきたのは、九条院 京(くじょういん・みやこ)だった。
「ま、紛らわしい……?」
 緋桜が戸惑うのも無理はない。緋桜と紫桜は性別も違えば身長だって随分差がある。見間違えることはまずないはずだが……。
「外見的なことじゃなくて名前が紛らわしいって言ってるのだわ!」
「そ、そのようなことを言われても……」
 困った様子の緋桜と紫桜のところに、慌てて文月 唯(ふみづき・ゆい)が駆け寄る。守護天使である彼は京のパートナーであった。一切空気を読まずに好き放題発言する京に振り回されては、あちこちでフォローする役目を負ってしまっている苦労人である。
「ちょ、ちょっと京! また変なことを言って……! すいません、悪い子じゃないんですけど……」
 頭を下げて謝る唯に、「大丈夫ですから」と温かく言葉を返す緋桜と紫桜。
「ほら、京も謝って!」
「すまなかったのだわ。つい本音が出ちゃったのだわ」
「京っ!」
 彼女は全く懲りてないようだった。
「そうそう、そんなことより紛らわしいコンビに話すことがあったのだわ」
 京は当たり前のように勝手な呼び名で喋りだした。
「はい、何でしょうか?」
「さっきから、コウモリが狙ってるから気をつけた方がいいのだわ」
「……えっ!?」
 上を見る緋桜。すると、ちょうど自分に向かって羽ばたいてくるコウモリと目が合った。隣にいた紫桜のところにも1匹向かってきている。
「紫桜!」
「分かってます緋桜!」
 緋桜が火術、紫桜がツインスラッシュで迎撃する。ふたりのコンビネーションは息ぴったりで、瞬く間にコウモリは地面に落下した。それを「おぉ〜」とのん気に見ていた京の背後を、もう1匹のコウモリが狙っていた。
「京、危ない!」
 唯の持っていたホーリーメイスが、間一髪コウモリの鋭い羽を塞いだ。
「よくやったのだわ、唯! まったく、京は戦いに来たのではないのだわ!」
 京は少ない所持金から自腹で買ってきた懐中電灯をコウモリに向けた。急な光に一瞬動きを止めたコウモリを、唯のメイスが打ち落とした。
「またつまらぬものを照らしてしまったのだわ」
 京は懐中電灯のスイッチを切り、刀を収めるような仕草で脇に懐中電灯をしまった。
 ああ、京がまたなんか変なこと言い出した。唯は頭を抱えて、懐中電灯をきちんとしまい直させた。

「おっかねえコウモリだな……」
 それを少し離れたところで見ていたのは、シルバ・フォード(しるば・ふぉーど)
「この様子じゃあ吸血鬼とやらもどこから現れるか分かんねえ。慎重に行くぞ、夏希」
「ええ。ただでさえこの人数では目立ってしまいますものね」
 シルバのパートナー、剣の花嫁の雨宮 夏希(あまみや・なつき)が返事をする。
 ていうかお前のその真っ白な衣装がまず目立ってるよ、とシルバは思ったが、それを言うとただでさえ物憂げな夏希の顔がさらに沈んでしまうだろうと思いそれを口には出さなかった。
 そんなシルバたちに声をかけたのは、胡桃 桜耶(くるみ・さくや)だった。
「なあなあ、さっきのコウモリ見たか? あんな好戦的なコウモリ初めて見たよ、おっかないよなぁ」
「……コウモリでそれだったら、吸血鬼に会った時どうするんだよ」
 シルバが呆れ気味に言うと、桜耶は当然のように答えた。
「そりゃ、逃げるに決まってるぜ! なあスバル」
 話を振られた桜耶のパートナー、剣の花嫁のスバル・ルクシオン(すばる・るくしおん)は力強く頷いた。
「まあ基本は逃げ、だよな」
「そうそう、撤退は1番大事よ? おにーさんそれで今まで生き残ってきたみたいなところあるからね」
 全く誇らしい発言ではない上に、いい年して自分をおにーさん呼ばわりするのも恥ずかしいことだったが、どうも本人はあまり気にしていないようだった。
「よく今までそれで無事だったな……」
シルバがそう思うのも無理はない。しかし、逆にだからこそ無事だったとも言えるのである。
彼らの基本行動は常に「逃げる」であり、RPGのコマンドで言ったら「にげる」以外のコマンドはほとんどないようなものだった。いわば蒼空のメタルスライムである。ただし恐らく色々な事情でこれを称号として与えるのは難しいと思われるが、それはまた別の話である。
「あ、桜耶、あそこ見てみろよ。なんかおかしいぞ」
 スバルが指差した方向には、巨大なツルが見えた。
「うわあ、不気味だなー。よし、逃げるか!」
「いやいや、どれだけ逃げ腰だよ! ただの植物だよ植物!」
 シルバはもう構ってられないといった感じで、巨大なツルの元へと走っていく。
「あー、行っちゃった。しょーがない、俺らも行ってみる?」
「だな。けど、何かあったら逃げるぜ?」
「もちろんだ!」
 もうほんと何しに来たんだろうってくらいの会話の後、桜耶とスバルも後を追った。

 シルバたち捜索班の生徒がツルに近付くと、何やら妖しげな声が聞こえてきた。
「あぁ……いやぁっ……もうやめて……!」
 一行が意を決して奥へ進むと、そこにはひとりの女性がツルに絡まって身悶えていた。この女性こそ、いなくなった12人目の捜索班であり遭難者、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だ。念のため説明しておくが別に何か特別な意志や生命を持ったツルではない。ごく普通の植物に、アリアが勝手に絡まってしまったのだ。
「うぅっ、もう……ダメ……いやぁ」
 しかしもがけばもがくほどツルは絡まり、アリアに巻きつく。
「……」
 エリシアが呆れながら雷術を使うと、ツルの根本が焦げ、アリアの体に巻きついていた部分も解けていった。
「あっ……え、えっと、ありがとう。ごめんね皆。私ここに遭難者がいるかと思って近寄ったらこんなことに……」
 平静を取り戻したアリアを見て、陽太は思った。
 ああ、いつも俺って、周りから見たらこんな感じなのかなあ。
 陽太のそんな心情を察したのか、エリシアは「やっとわたくしの気持ちが少し分かったようですわね」と言わんばかりの顔つきで陽太を見た。その視線とアリアの様子を見て、陽太はなんだか一気に疲れた。
 その時、トランシーバーから再び声が聞こえた。
「こちら捜索班の真人です。そちら異常はありませんか?」
「……ええと、はい、いたって平和です」
 肩を落としながら陽太は答えた。しかし、真人の言葉で事態は急変した。
「こちらは遭難者から話を聞くことができました。それと……」
 ノイズ混じりの声が、一同の耳に届く。
「何やら、不思議なものを見つけました」
 そこで声は切れ、、後にはノイズだけが残った。