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吸血鬼の恋、魔女の愛

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吸血鬼の恋、魔女の愛

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chapter.8 focus 


「……通信が途絶えてしまいましたね」
 トランシーバーを見つめ、真人が言う。
「それより、今の話は本当?」
 ルカルカが、体力の少し戻った遭難者たちに問いかける。遭難者のひとりが口を開いた。
「ああ……俺たちが数日前の夜、海岸の近くで火を焚いて肉を焼こうとしてた時だった。突然……本当に突然、銀髪で長身の男が目の前に現れたんだ。目が赤く光っていて、大きな牙も持っていた。身の危険を感じて、テントも荷物もそのままに夢中で逃げ回った末に辿り着いたのが、この洞穴だった。男から逃げたのはよかったけど、今度は落石で洞穴の出入り口が塞がってしまって……食べ物が入ってたリュックをこいつがかついだまま逃げてきたのが不幸中の幸いだったよ」
 説明をしていた生徒の隣にいた男が、リュックを抱えたまま数回頷いた。
「それで困ってたところに、あなたたちが来てくれたんだ。ほんとにありがとう」
 改めてお礼の言葉を言い、頭を下げる3人の遭難者。
「わたくしたちは当たり前のことをしただけですから、気にしなくてよろしくてよ? それはそうと、沙幸さん? それは結局何でしたの?」
 美海が沙幸の持っている袋に目を遣る。沙幸が手にしていたのは、その手にすっぽり収まるくらい小さな袋。この小さな洞穴の中、彼女がトレジャーセンスで発見したものだった。沙幸が袋の紐を解き中から取り出したのは、ところどころが錆びていた指輪だった。
「うーん、指輪みたいだけど、私もよく分かんないや」
「話は戻っちゃうけど、ここに閉じ込められていた間、食料はそのリュックにあったとして、水はどうしてたの?」
 再びルカルカが質問を投げかけると、遭難者は洞穴の奥へと歩を進め、ある場所を指差した。
「ここに水溜まりがあるんだけど、この水溜まりから細い水路がどこかに延びていて、水が流れてくるんだ。それを飲んで凌いでたよ」
 それを聞いた美海が、もう一度沙幸に尋ねる。
「……沙幸さん、その袋が落ちていたのは、どのあたりとおっしゃってました?」
「え、そこの水溜まりの近くだよ?」
 一連の流れを聞いていた尤と香華が細い水路を眺め、口を開いた。
「ということは、その袋はこの水路から流れてきたという可能性もありますね」
「人ひとりが通れるくらいの幅は何とかありそうですし、膝くらいまでの深さしかないようですから、通行はできるみたいですよ」
「何もないかもしれませんが……辿ってみる価値はありそうですね」
 そう結論付けると、ふたりはパートナーを引き連れ、水路を進み始めた。
「気をつけてねー!」
 翔子がその背中に声をかける。彼女たち残りのメンバーは、ここに留まり引き続き遭難者の保護に努めることにした。

 一方、鍾乳洞へと抜ける森の中を歩く数名の生徒たちがいた。
 彼らは愛美が乗っていた後続船のメンバーだが、島に着き、あえて愛美たちとは別に行動を取った者たちだった。その中のひとり、神童子 悠(しんどうじ・ゆう)がパートナーの魔女、鳳凰院 輝夜(ほうおういん・かぐや)に話しかけた。
「ねえ輝夜、ここに来る前に聞かせてもらったあの話だけどさ。やっぱり、今回の吸血鬼と関係があるのかなあ」
「実際に吸血鬼に会って話を聞いてみないと分からないけれど……でも説話が事実で、ふたりが今も愛し合っているとしたら、素敵なことよね」
「そうだね。説話通り、現実も素敵なままだったらいいな」
 悠と輝夜は、今回の事件の真相を確かめることで、説話と関係があるのかをどうかを知りたかった。何より、魔女である輝夜にとってこの一連の出来事は、他人事とは思えなかったのだ。異種族間の恋、その結末を彼女は自分の目で確かめたかった。
「やっぱり、悠さんたちも素敵な物語やと思ってはりますか?」
 彼らの言葉に賛同したのは、一乗谷 燕(いちじょうだに・つばめ)。「浄京」という神社で生まれ育った彼女はやや独特な喋り方をしていた。ちなみに彼女の最近のマイブームは三味線で、必須アイテムは扇子というベタっぷりだ。
「ウチもあの恋物語が好きで好きで、ここに来る前にも色々調べてみたんどすえ?」
 燕は、吸血鬼はもちろんのことだが魔女のことも気になっていた。魔女は、この島にいるのか。吸血鬼と喧嘩でもして、出て行ってしまったのではないか。寿命がないと言われる魔女だから、年月が経ったからといって死にはしないはず。なら、なぜ吸血鬼は魔女の名を呟いて謝る? 様々な考えを巡らせた彼女が島に来る前にとった行動は、情報収集だった。
「イルミンの知り合いに魔女について話聞いたりしたんやけど、どうも欲しい情報が手に入れられへんくてなあ……やけども」
 燕は輝夜の方を見て言う。
「目の前に魔女さんおったら、直接聞けるんちゃうかって今思ったとこなんどす。輝夜さん、魔女のこと、教えてくれはりますか?」
「魔女のこと……と言うと?」
「そうやなあ、たとえば……魔女いうんは、ほんまに不老不死でいらはるの?」
「……確かに寿命で死ぬことはないけど、大怪我をしたり、事故にあったりすれば他の種族同様普通に死んでしまうのよ」
 燕はそれを聞いて考えた。魔女は、死ぬほどの怪我を負ってしまったのではないか。しかし、こんな誰もいないような島で、誰が魔女を傷つけたのだろう。考えが上手くまとまらない燕は、これも予想のひとつに過ぎないと思考の広がりを止めた。
「まなかさんはどう思ってはりますか?」
 燕が後ろにいた女の子に意見を求めた。話しかけられた少女――柊 まなか(ひいらぎ・まなか)は「うーん」と手を口に当て少し考えた後、燕の問いに答えた。
「私も図書館でそのお話を読んだんだけど、あのお話が本当なら、吸血鬼さんが悪い人だとは思えないの。魔女さんも、寿命がないならずっと吸血鬼さんと一緒にいるんだって信じたいし」
「うん、俺もふたりは今も一緒に暮らしてるんだって思いたい」
 悠がまなかの言葉を後押しするように言う。
「きっと、他の生き物たちを襲っているのがその吸血鬼さんだとしても、襲わざるを得なくなった理由が何かあると思うんだ。それが何かは分からないけど……吸血鬼さんがそのせいで辛い思いをしているなら、私は力になってあげたいな」
「相変わらずお節介だな、まなかは」
 まなかの言葉に対しつっけんどんな物言いをしたのは、彼女のパートナー、シャンバラ人のシダ・ステルス(しだ・すてるす)だった。
「うー、シダだってここにお節介で付いて来たくせに」
「お、俺は万が一のことを心配してだな……!」
「それをお節介って言うんだもんねー」
 勝ち誇った感じの表情でシダを見上げるまなか。シダは返す言葉をなくし、強引に話を逸らした。
「……それにしても。皆説話と今回の事件が関係あると思ってるんだな」
「シダさんは、関係ないと踏んではるんですか?」
 燕の質問に、シダは「あらすじ程度しか知らないが、まあ無関係なんじゃないか」と無愛想な様子で答える。
「えー、きっと関係あるよ! だってリーシャって名前まで呟いてたんだよ?」
 真っ直ぐな目で主張するまなかを見ると、シダは少しだけ笑って短く言葉を返した。
「……かもな」

 そんな一行の会話を聞いていたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、我慢できないといった様子で声をあげた。
「関係あろうがなかろうが、どっちでもいいんじゃねーか? 大事なのは、人情を持って弱い立場のヤツを助けることだ! 関係なかったらそれはそれでいいし、関係あったなら魔女を見つけて吸血鬼をなだめてもらえばいい。単純だろ?」
「いつもいつも暑苦しいですねトライブは。皆さんそれを分かった上で話してたんですよ?」
 横のトライブを冷ややかな目で見つめるのはヴァルキリーの千石 朱鷺(せんごく・とき)。トライブのパートナーである。
「何だよ、そういう朱鷺はいつもいつもやる気がねえなあ」
「何か問題でも? まったく無礼極まりない人ですね」
 平然と毒を吐く朱鷺だったが、トライブはいつものことなのでもうすっかり慣れっこだった。そんなふたりを眺めふっと気を緩ませた一行のところに、上空からひとりの生徒が降りてきた。
「ねえ皆! この先に洞窟を見つけたよ!」
 元気な声で小型飛空艇に乗ってきたのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。彼女はこの乗り物を使い、島をざっと走り回ってきたのだ。彼女は超がつくほどのミニスカートをはいており、その服装で空を飛ぶ発想は普通の女子にはないはずだったが、こと彼女に関しては例外だった。「だって動きやすいじゃん。かわいいし」というのが彼女の言い分である。もちろん世の男性たちは大歓迎だ。
「ほら、早く行こうっ! もしかしたらあそこにリーシャさんいるかもしれないし!」
 美羽もまた、説話が好きな生徒のうちのひとりだった。特に話の中に出てくる魔女のリーシャには強い憧れを抱いており、島に来るにあたってリーシャ宛の花束を用意するほどだった。
「ていうことは、もうすぐこの森の出口が見えるってことかな?」
 先頭を行く悠を追い越し、美羽が飛び跳ねるように先導する。
「あと少しだよ! ほら、あそこあそこ!」
 美羽の指差した先、木々が途切れたその向こうに鍾乳洞が姿を現した。

 一行が森を抜けると、すでに鍾乳洞の近くに6名の生徒がいた。
 零、ルナ、刀真、月夜、真、ラルクたち、第一便の船でやってきた吸血鬼目的の生徒たちである。
「なんだ、先越されてたのかよ」
 トライブが彼らを見て少し残念そうに言った。
「おっ、なんかぞろぞろ来たな」
 反対にテンションを上げるラルク。鍾乳洞前に生徒たちが集まりだすと、その様子を茂みから窺っていた生徒たちも出てきた。
 鍾乳洞を最初に見つけた、幸、ガートナ、カレン、ジュレール、周、静麻、レイナ、伽耶、アルラミナ、義純ら10名だ。
「こんなに愛の真相を確かめたい人たちがいたんですね」
 幸が驚きながら口にした。
「んー、でも俺の相方と愛美ちゃんの姿がないぞ?」
 周がきょろきょろと視線を動かしていたその時、彼の背後からメイスが飛んできて見事頭にぶつかった。
「いってぇ! なんだぁ!?」
 振り返った周の視界に映ったのは、メイスの持ち主、そして彼の相方レミであった。
「ちゃんとここにいるよっ! ほんと、今回も周くんはよく迷惑かけてくれたよね」
「ま、まあまあ落ち着いてレミちゃん」
 彼女の後ろから、愛美たちも姿を見せた。
「結局ほとんどの方がここに集まりましたね」
 翔の言葉に反応したのは焔だった。
「いよいよ大詰め、といったところか」
 一同は鍾乳洞の入口に目を遣った。薄く伸びた闇に影がひとつ、ぼんやりと浮かぶ。やがてそれは徐々に輪郭を浮き立たせていき、人の形をつくった。

 そして。青さを失い始めた空の下、銀髪の男が現れた。どこか焦点の合っていない彼の目を見て、愛美は不安を覚えた。