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リアクション
昼の日差しに空気が焼かれ、乾いた熱気の陽炎が、人のざわめきと傾く日差しにも負けず、夏の岸辺に立ち昇る。
今日これから日が落ちれば、サルヴィン川でこれまでに類を見ないお祭り東西戦争がはじまるのだ。
夏という季節に踏み込んでからこれまで、このサルヴィン川での花火大会を計画していたはずの有志が、なぜ東西分裂の形に倣って、ロケットで互いを撃ちあうという一種暴挙に出たのかはわからない。
しかしそれは、パラミタで起きた大きな事件を、別のものに置き換え、または摩り替えて、華やかさや笑いを添えて、別の記憶としてしまおうという意図があるのは確かである。
この花火にまつわる噂話も、そういうところから出てきたのかもしれない。
見物客が昼間からぞろぞろと押し寄せ、その騒ぎにあやかるべく、屋台などが軒をならべて威勢のよさを競っている。
もうそろそろ、サルヴィン川最大のイベントが始まるはずだ。
テントを張り、西側の一角を開放したまま夕日をライティングにして、バーの屋台を立てているのは本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)だ。完全に日が落ちれば、雰囲気を出して普通の照明ではなく、カンテラに火を入れて演出をするつもりである。
バーとは言うが、出されるカクテルは全てノンアルコールを貫き、子供でもちょっと背伸びしてみたくなる店になっていた。
てきぱきとクラッカーにクリームチーズを乗せ、スモークサーモンやハム、トマトやアボガド、ジャムなどを盛り付けてカラフルなおつまみを作成している。
おつまみを一切れ試食して満足そうにクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は微笑んだ。
「カナッペは、おにいちゃんのも素敵だけど、冷たいものだから暖かいものも欲しいなあ」
餃子の皮を取り出し、ピザソースを塗ってたまねぎ、ピーマンなどを薄切りにしてチーズを盛ってトースターで焼きはじめた。動作のたびにメイド服のリボンが揺れる。
さっそくそこに春日 将人(かすが・まさと)と衛宮 睡蓮(えみや・すいれん)が訪れてカクテルを注文する。
二人はカクテルの名前に少し照れながら注文をする。何せ『ラバーズドリーム』や『スイートチャーム』といったカップルを意識した名前だからだ。
「ええと、俺は何にしようかな…『ファイアクラッカー』で。いやー、睡蓮も花火大会に参加したいって、びっくりしたぜ」
「…あの、私は『ラバーズドリーム』で。私もあなたと参加したいと思っていたのよ」
「お客さん、花火大会に参加するのかい? がんばってくれよな」
涼介はクラマトにレモンジュースとタバスコソースをステアしてファイアクラッカーを作り、次にレモンジュースと卵をシェイクして、氷とともにジンジャエールを注いでラバーズドリームを作った。
「ご注文のカクテルと、こちらはピザ風のホットカナッペです、どうぞごゆっくり」
クレアが二人にカナッペの盛り合わせを出し、くるりとスカートの裾を翻らせてテントの中を忙しく巡りだす。
川岸では大きな傘をいくつも担いでミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が声を張り上げていた。
「相合傘でーす! これで降り注ぐロケットから身を守れちゃうんだもんねー!」
カップルらしき二人連れに片っ端から売り込んで回るのだが、あまり相手にされない。
「中州はひとりではダメって言われたんだもん、残念…」
中州はカップルしか入ってはいけないといわれ、誘いたい人もすでにロケットを打ち込む側であったり、パートナーも引っ込み思案だったり、超過保護だったりで花火大会の話もできなかったのだ。
中州で戦うカップルに売り込めなければ、この商売は失敗なのである。
昼間から売り物の傘を担いで歩き詰めていたミーナは、屋台と屋台の間に開いたスペースに座り込んで一息ついた。
「おおっと、悪いけど、そこどいてくれないかなぁ」
鉄板やテントの機材などを担いで曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)がミーナの後ろに立っていた。
「だいじょーぶですかぁ? 夏ばて?」
マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が、彼女の額を肉球で触って様子を確かめた。うっとりしかけたが、はっと我に返る。
「あ、大丈夫ですう。邪魔しちゃってごめんなさい」
あわてて立ち上がり、場所を空けた。そこを瑠樹がのほほんと引き止める。
「あーちょっと待っててー。これから焼きそばの屋台をやるからさ、お客さん第一号になってくれないかなー?」
てきぱきと瑠樹と主にマティエが屋台を組み、鉄板をあたためて焼きそばを焼いていく。
「第一号のお客さんにこっそりオゴってあげるからさ、宣伝してねー。紅生姜と鰹節はいるかな?」
パックに詰めて、ぱちんと大きく音をさせて輪ゴムを止め、ミーナに手渡した。
「あふっ…、できたてだから余計においしいです! ありがとうなのです」
屋台の軒先でにこにこしながらできたての焼きそばを食べていると、それを見て道行く人が、焼きそばだと呟きながら寄ってきて注文をしていく。ちょっとした行列の心理らしい。
「いらっしゃいませ!焼きそばいりませんかー?」
マティエがもう着ぐるみを汗だくにしながら、お客さんに声をかけ、注文をとっていく。
焼きそば作りに集中している瑠樹たちに礼をいって、半分傘売りをあきらめてミーナは花火の見えそうな場所を取りに行った。
「ついでだから焼きそばの宣伝、しよっかな?」
ポニーテールを揺らし、眠そうなお兄さんとにゃんこの着ぐるみの焼きそば屋さんを振り返った。
「何故花火大会なのに、巫女さんがいないでござるかあああああ!?」
坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)は川岸で意味の分からない絶叫をしていた。
花火大会になぜ巫女さんなのかはわからないが、きっと多分言いがかりである。うん、きっとそう。
「いい事考えたでござる! 雪さんが巫女さんのかっ…」
全部言い終わる前に、姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は彼のわめく口を肉体的言語で持って閉ざし、山中 鹿之助(やまなか・しかのすけ)を控えさせ、あれよあれよという間に中州へのエントリーを、あろうことか男二人でしてしまった。
「鹿之助、中洲に赴いて優勝を目指しなさい! 鹿次郎と共に最後まで生き残り、勝利と栄誉を勝ち取るのです!」
「仕った!」
鹿之助の返事は勢いがよいが、実の所彼の認識は優勝=戦働きで武勲をあげること、となっている。それがロケット花火であればすなわち火矢であろうし、そこを生き延びるとなればまさしく戦場の光景である。
ルールにある『手を繋ぐ』ということも、それが掟なのだと聞かされれば否やはない。
「鹿次郎、と・く・べ・つ・に光条兵器を貸して差し上げますから、行ってらっしゃいな」
さりげなく財布も取り上げて、雪はさっさと屋台を冷やかしに行ってしまった。
せっかく浴衣を着て祭りを堪能しに来たのだから、存分に楽しまないと損である。
まだ開始時間は先だというのに、逸った鹿之助に文字通り引きずられ、繋いだ手の中にカプセルを放り込まれてしまう。
「そこぉぉぉぉっ! 誤解した目でこちらを見るなでござるぅぅぅっ!!」
男二人で手を繋いで(ひとりで)大騒ぎしている以上、嫌が応にも注目は集まる、鹿次郎のパニックはそれらを全て痛々しいものを見るまなざしと受け止めた。
「心も体も痛いいたいいイタイでござる! おぬし握力高過ぎでござるよ! 骨が砕けるでござるぅぅぅぅー!!」
戦国武将の英霊は、とりあえずルールのとおり、光がカプセルに当たらないようにしっかりと握っているだけであるが、痛ましいまなざしに身もだえする鹿次郎が暴れてもびくともしなかった。精神的にも肉体的にも痛い目にあっている鹿次郎は、再び絶叫した。
「これも巫女さんがいないせいでござる! 巫女さんさえいればあああっ…!」
とりあえずきっと、救護所にナースならいるはずだ。
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)には野望があった。
「みなさん、暑いところお集まりいただき…」
「長い! さっさと本題にはいらんか!」
暑さでちょっといらいらしているシャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)にばっさり斬り下ろされ、溶けそうになっている童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)も激しく同意である。
マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)は小さな体でクロセルによじ登り、びしりと場を静めた。
「我々は、カップルたちの危機を救うべくここにきたのだ!」
「………」
クロセルは台詞をごっそり奪われたが、すでにマナには彼の根回しが効いている、マナを攻略してしまえば、最短で話が済むのは経験則だ。
「マナ様がそうおっしゃるならば!」
さらに場を暑苦しくする勢いでシャーミアンは気炎をはき、マナと共に中州に赴こうとしたが、残念ながら彼女が主と崇めるマナは、スノーマンと共にコンビを組む予定だった。
「…な、なぜ…某がおまえと組まねばならんのだ…!」
「そりゃあ、こちらの台詞ですよっ!」
コンビを組むことになったクロセルとシャーミアンはにらみ合うが、しかし互いに身長差やその他もろもろ、見た目からしてこの組み合わせがいいだろうという納得もしているのだった。
マナはスノーマンのかぶったバケツの上でひんやり涼んでいて、傍目からすればなかなかほほえましい光景である。
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)と武神 雅(たけがみ・みやび)は、川岸でぼんやりと、花火大会の開始を待っていた。
「なあ…みやねぇ」
「なんだ、愚弟よ」
「何で俺達、ロケットぶち込むほうにいるのかな…?」
彼は前日から中州に忍び込み、既に関係者に手を回した雅の計画書に従っていろいろと罠を仕掛けてきていた。
「俺、こういうのもなんだけど、好きな人に告白もしたし、これからがんばろうと思ってるんだから、まあその…リア充爆発しろとかは思ってないし、むしろがんばれって言いたい方なんだけど…なあ」
「何を言っている? 私達はロケットをぶち込むのではなく、中洲に行くのだぞ」
彼女は、手に持っていたものを牙竜に見せる。
「それって、中洲御用達の…っていうかなんで?!」
カップルが持つべきカプセルが、雅の手のひらにあった。今はまだ開始時間ではなかったので、カプセルは光には反応していない。
「まあ聞け、今回は真面目にカップルのために応援することにしたのだぞ?
そのためには試練の難易度が高ければ高いほど、愛も激しく燃え上がるというものだ、わかるだろう?」
冷静に考えれば、そのために中州にいる理由も、やたら難易度を吊り上げる理由もないのだが、彼女の政治能力は不可能を可能にし、牙竜の認識を前向きに塗り替えてしまう奇妙な説得力を秘めていた。
「みやねぇの言うことも一理あるな…。よし、ここは全力で頑張るとしよう!」
牙竜は立ち上がり、カプセルを握った雅の手に拳をつき合わせ、宣誓した。
「カップル達の永遠の愛のために!」
「さて、花火大会の時間だなあ。行くか睡蓮」
「はいっ!」
―ああっ、私と将人さんが…カップルとして…!
語尾にハートをくっつけんばかりにうきうきして、中州に向かおうとする睡蓮に、将人の一種能天気な制止がかかった。
「違うぞ? こっちだって」
彼が指差す先は、川岸に花火がぎっしりと並べられている方だった。
「いやー睡蓮がこういうのに参加するなんてなあ、やるからには楽しも…う…、え…?」
おずおずと恥ずかしげに将人の手に伸ばされるはずだった睡蓮の手のひらは、行き場を失い…
「…フフフ、ええ…リア充は、爆発ですわよね…」
暑さのせいだろうか、頬をほんのり染めていたパートナーが、いきなり将人の目の前で表情をなくした。
「あ…あの〜…睡蓮さん…?」
そして次第に、唇の端を吊り上げはじめたのだ。
それはとても綺麗な微笑みであるが、目が据わりきっていて、将人が恐れをなすほどの威圧感を放っていた。
「…行きますわよ、将人さん?」
「はっ…はいいぃぃぃ!」
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