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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 2/3

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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 2/3

リアクション



九条ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)

医師を志す者としてはこころもとない発言かもしれないが、私は、解剖に自信がない。
解剖というか外科手術そのものが苦手だ。
経験の有無の問題ではなく、私はいささかぼうっとしているところのある人間で、極限レベルの集中力を必要とするオペは、私のような者にはあっていないと思う。
正直なところ、私、外科医になったら、きっと患者さんを殺しちゃうな、と確信している。
「九条くん。
おいしい牛の育て方を知っているかね」
私の隣でメスを振るっている彼は、熟練を感じさせる無駄のない仕草で死体を切り刻みながら、のん気な口調でどうでもいいようなことを話しかけてくる。
あえて私はこたえず、死体から切除された臓器の仕分けを行い続けた。
細かな検査の必要のあるものとないものを分別し、トレイに並べてゆく。
もちろん、これは、彼、元地球のスコットランドヤードの監察医にして、連続食人殺人鬼クロード・レストレイドの指示に従って作業だ。
「おいしいというのは、つまり食べて、という意味なのだがね」
「凄腕の医者らしいけどよ、しかし、言わせてもらうが、おっさん、てめぇはアホか。
牛なんか食べる以外においしい、まずいが存在するのか」
彼と私の作業を見学? している、シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が突っ込んでくれた。シンは私のパートナーで、こうしてたまに私の気持ちを代弁してくることもある。ありがとう、シン。
「食べる以外に牛の楽しみ方を知らぬとは、諸君は、まるで、我が母国の古き貴族たちのようだな。
そもそも九条くんたちの国で現在愛好されているカレーは、我が国で日曜に牛一頭分を調理したローストビーフを次の日曜までの一週間でいかにおいしく食べるかという課題のもとに創作された料理なのだよ。
知っていたかね」
「たしかに日本のカレーとインドのとはだいぶ違うとは思ってたけど、ローストビーフの残りものの処理が目的でつくられたとは、私は知らなかったな」
「真剣に感心してんじゃねぇよ。
おっさん、ロゼがてめぇの手伝いをしてるのはな、実はてめぇに教えて欲しいことがあるからなんだ。
もちろん、牛やカレーの話じゃないぜ」
「交換条件を申しでるにしては、手際の悪い助手ぶりだ」
「仕方ないだろ。殺人事件の検死解剖なんてやりなれている医大生は普通はいないし、私は外科志望でもないんだ」
「急に協力をお願いしてすまないと思っている。
叔父さん、九条さんは善意で協力してくださっているのだから、暴言は慎んでくれ」
「マイト。私の手を止めたくないのなら、私もまた善意で協力しているのを忘れないでくれ。
あーあ。いまのおまえの言葉で、牢に戻って惰眠をむさぼりたくなったよ。
謝罪して、敬意を示してくれ。警部」
「く、悪かった。言いすぎたよ。叔父さん。
解剖してもらって感謝している」
「いや、礼にはおよばん。おまえは、私の血縁だ。年長のレストレイドとして、できうる範囲でおまえへの協力は惜しまないつもりさ」
あくまで陽気なクロードに対して、彼の甥のマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)は、ずっと苦々しげな表情を浮かべている。
なんとなく気持ちはわかるな。
「ったく、困ったおっさんだぜ」
シンのつぶやきはもっともだけど、声が大きすぎるって。
「話を戻そう。
我々の前ではらわたまであらわにしている仮名ロバート氏の殺害事件について、私の知っている事柄を話せとの、リクエストだったね」
「どうしてそれを」
カンのいいクロードに驚いた私の足をシンが軽く踏んだ。
「いたっ。ひどいなぁ、刃物を扱ったりしてるのに危ないだろ」
「るせー。ロゼは鈍すぎなんだよ。
おっさん、そこからもう一歩踏み込んだ話を教えて欲しんだ。
俺たちは、ロバートについて調べてみたんだけどよぅ、まとめてみるとどうでもいいことしかわかってない気がするんだよ」
クロードの反応をうかがうように、シンが口を閉じる。
「続けたまえ。聞いているよ」
手際よく解剖をしながら、鼻歌混じりにクロードが先を促した。
天性の才能か、努力の結果か、医者としては、羨ましくなる技量の持ち主だ。
「なぁ、いま、ちょっと思ったんだが、てめぇ、ノーマン・ゲインじゃないよな。
オレとロゼは、ここしばらく犯罪事件にあれこれかかわってんだけどよぉ、少年探偵がらみの事件、しかも百合園女学院推理研究会の関係者のまわりには、あいつがちょっかいをだしてくる可能性がたけぇんだ。
からかってるつもりだか、かまってほしいんだか、知らないがな。
犯罪王を名乗るようなミステリ&犯罪オタクだから、探偵だの警察だのには積極的にかかわりたいんだろ」
「私が素直に否定すれば、きみは納得するのかね」
「しねぇよ。完全にはな。
釘をさしただけだ。てめぇをやつかもしれねぇを思ってる人間がいるのを忘れんなよ」
「私にとっては重要な事柄ではないので、忘れる可能性はあるな。
もし、私が彼だったとしても、きみの警告に意味はない気がするよ。
きみこそ、ノーマン様にからんで欲しいのかい」
「からみたけりゃ、勝手にしろ」
「できればでてきて欲しくないな。さらに状況が混乱して余計な死体が転がりそうだし」
シンはやたら威勢がいいけど、私としてはいまのクロードでもじゅうぶんに持て余してる。
マイトも私と同意らしく、こっちをむいて頷いてくれた。
「かなりの自由を許されているとはいえ、私は数年間、独房にいれられているんだ。
新入りで不慮の死を遂げた故ロバート氏について、知るはずもない。
きみらの方がよほど、くわしいのではないかな。
解剖経験のほとんどないワトソン博士と、喧嘩腰のフリーガン・ホームズ氏」
私がワトソン、シンをホームズ呼ばわりするのも、ずいぶん失礼な気がするけど、本物のワトソンだって従軍経験はあっても、退役後は普通の町医者で、解剖はほとんどしたことがないと思うぞ。
「オレが知りてぇのは、ここの仕組みなんだよ。
ロバート一人、殺すくらいわけない連中がごまんといて、当然、そいつらの中で派閥もあったりするんだろ。
スコットランドヤード出身のてめぇからみて、ロバート殺害事件関係がありそうな連中はどいつだ」
「関係があるというだけなら」
「関係はやめだ。野郎の殺しの実行したやつらを教えてくれ。
だいたいの目星はついてんだろ」
「彼の方がマイトよりも犯罪捜査にむいているようだ。私は悲しくなってくるよ」
クロードは、大げさに嘆いてみせた。
「フリーガン・ホームズ。きみのむこうみずな勇気には敬意を表するが、要求が大きすぎるな。
交換条件をださせてもらおう。
マイト、今夜、おまえが一番、食べたい部位はどこかね。
勇気ある彼に味見をしてもらおうじゃないか。
私のオススメはレバーか、脳だが、マイトのリクエストがあれば、そこでもいい。
食べ方もこちらで決めさせてもらう。
もちろん、私の目の前でいますぐにだ。
ホームズくん、きみはずいぶん大きな口を叩いてはいるが、この部屋にきてから一度も、まともに死体をみようとしないね。間違っていたら、申し訳ないのだが、もしかしてきみは、解剖がこわいのかね。
腹を切り裂かれた死体がきみを襲ってくる幻覚にでもとらわれているのか。
まさか、そんなことはないだろう。きみは正義の探偵紳士フリーガン・ホームズだもの」
クロードは、シンがグロテクスなものを嫌がっているのを見抜いている。
シンは彼がなにかを知っていると確信してる感じだけど、私は、クロードが情報を握っている確率は、五分五分かそれ以下だと思う。
とにかく、このままだとシンは自分の気持ちを抑えて、クロードの条件を飲みかねないな。
そんなバカなマネをさせるわけにはいかない。
数秒黙った後、シンは胸を張り、クロードをにらみつけた。
「ハズレだぜ。オレは、全然、平気だ。わかったよ、くって」
「私が食べるよ」
「了解した。交渉成立だ。では、さっそく用意しよう。
調味料は用意できないので、素材の味を楽しんでくれたまえ」
「九条さん。いいのか」
「すまねぇな。助かったぜ」
マイトとシンが同時に私に駆けよってきた。
シンを助けようとして、私は、とっさになにを言ってしまったんだろう。