|
|
リアクション
ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)
銀を待ちくたびれちゃったんだよ。
同じとこにずっといると景色も変わらないしね。コリィベルはゆりかごって意味らしいけど、中は殺風景で、壁は暗いクリーム色で床は濃い緑でしょ。それしかないんだよ。赤ちゃんが乗ってたら、不安になって泣き続ける気がするなぁ。
銀には、ここで待ってろって言われたんだ。はぐれないように私を心配してそう言ってくれたのは、わかるけど、でも、銀って時々、私に過保護すぎるんじゃないかなぁ、心配性なんじゃないかなぁと思う時があるのよねぇ。
だから、待ち合わせの場所からちょこっとだけ離れて、近くを歩いてみたの。
歩いても、歩いても、壁も廊下もクリームと緑だった。
そのうち、天井のスピーカーから音楽が流れだして、掃除の時間かな、と思ったんだよね。
足をとめて、ロシア語っぽいその歌を聴いていた私は、白衣の人たちが少し先の廊下を横切っていくのをみかけたんだ。
お医者さんかとも思ったんだけど、みんな武器を持ってるし、意識をなくしてる人を戦争映画の捕虜みたいに引きずってるし。あれ、患者さんじゃないよね。だったら、ひどすぎるよ。
気になったんで後をついていったの。
こっそり隠れてついていったつもりだったのに、少し進んだら、彼らの一人が廊下の曲り角に隠れて、私がくるのを待ち伏せしてたの。
「きゃ。驚かせないでよ。なによ」
「やぁやぁ。美しそうな魂をした女の子だねぇ。
知ってるかい。魂を抜き取っても人は生き続けるんだよ。
魂のない人間がどうなるかって? 表面上はまるで変わんないやつもいるし、別人みたいになるのもいる、いろいろだよ。きみはここで中身がカラっぽそうなやつとは、会わなかったかい」
「そんな人とは会ってないわ。
私はミシェル。コリィベルを調査中なのよ」
彼は私より身長が高いのに、ひどく背中が曲がってて、顔の位置が私と同じくらいの高さにあるの。私は170センチだから、彼は背筋をのばせば190センチ以上はあるはずよ。
鷲鼻で首が長くって、灰色の髪はぼさぼさで、童話にでてくる魔女みたいな顔の男の人。肩幅がすごく広くて、手足は長いわ。歳はいくつなのかわかんないけど、若くはないのは間違いない。
薄汚れた白衣を着てて、裾は床についてるの。よっぽど大きなサイズよね。
「白衣を着ているあなたは、お医者さんなの」
「ああ。そうだよ。俺はずっと昔から医者さ。おまえは病気はするのかい」
「いいえ。私は体は丈夫なのよ。ねぇ、仲間の人たちは先に行ってしまったようだけど、あなたは私とお話していていいの」
「かまわないさ。申し遅れたが、俺は、ヌィエ。solntsenのメンバーだ。医者を尊敬しているなら、先生と呼んでくれ。ウウウウ」
ヌィエなんて、変わった名前ね。
どこの国の人かな。
「そうだ。ヌィエって、名前じゃなくてあだ名でしょ。
どこかで聞いた気するし。鳥の名前だっけ」
「トラツグミをヌエとも呼ぶのさ。夜鳴く鳥だからね。漢字ではヌエは鵺と書く。
ヌエは元々は日本に古来からいる妖怪の名前だ。または得体の知れないやつをヌエと呼ぶ」
「じゃ、あなたにぴったりね。あれれ」
思わず言っちゃった。
「俺は、ヌィエ。ヌエじゃねぇよ」
「そ、そ、そうよね。気にしないで。ここは危険な場所らしいから、お医者さんは忙しいわよね。お仕事の邪魔をしてごめんなさい。どうぞ、行ってくださいな」
なんだか気味が悪くって、さよならしたいのにヌィエが動こうとしないから、私は彼から離れようとした。
「待てよぅ。俺は、おまえの中を調べたいなぁ。おまえは純粋すぎる気がする。どんな色の魂をしてるんだろうな」
節くれだった細長い指が私の胸にのびてきた。
「キャー。痴漢。この人、痴漢です。誰か助けて! 銀、早くきて!」
「コリィベルでは叫んでも助けはこないな。おいおい、それに俺は痴漢じゃないぞ。おまえを診てやるだけさ」
「誰かー。変態です。変態さんがいまーす。やっつけてぇ」
「クフフフフ。おもしろい娘だな」
走って逃げようとする私の前に、体の大きなヌィエが素早くまわりこんで通せんぼするの。ヌィエは姿勢は悪いけどバスケの選手みたいに機敏に動くのよ。
「あのー。いまの悲鳴、きこえちゃったんできてみました」
「ちはー。僕らは無害なアルバイトだよ。おじさん、ひどいなー、女の子をいじめて」
本気で怖くなってきていた私を助けにきてくれたのは、イルミンスールの制服姿の小さな女の子と、竜のパーカーの男の子だった。
どちらもおっとりしてて、優しそうで、つまり、全然、強そうには見えなかったわ。でも、二人がきてくれて、私はほっとした気持ちになったの。
二人がくるとヌィエは私から離れて、男の子を上から下までまじまじと眺めたわ。
「おやぁ? お人形じゃないか。搭載した魂の調子はどうだい」
「…たしかに僕は機晶姫だけど、初対面で「お人形」は失礼じゃないの」
「すまないね。いやぁいやぁ、きみの顔をみたら、昔、魂をおもちゃにする悪魔がいたのを思い出したよ。
やつは人間から奪った魂を人形に吹き込んだりしていたんだ。
私の古い知り合いだよ。古い、古いね」
「僕は、アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)。こっちはパートナーの高峰結和(たかみね・ゆうわ)。
僕には過去の記憶がないんだ。記憶喪失さ。
でもね、あんたが知ってる昔話とやらが、僕のいまの生活、大切な仲間を不安にさせるようなものなら、僕は聞きたいとは思わないな」
3号は、ヌィエをにらみつけたの。