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リアクション
【第四章 そして戦いがはじまる】
南大門の手前でバスを降りた生徒たちは、アーデルハイトの指示でその場に待機させられた。期待に目を輝かせているもの、不安げに周りを見渡しているもの、様々である。
エリザベート校長は最後に下りてくると、生徒たちをゆっくりと見渡した。その背後から、ひとりの生徒が影のようにあらわれ、エリザベートの前で四つんばいになった。改造制服に鎧を身に付けたこの男の名は、エル・ウィンド(える・うぃんど)という。エルは、かねてからエリザベートの椅子になることを望んでいた。そして今日、ついに許され、望みは叶えられた。
エリザベートは小さく頷くと、エルの前でかがみこみ、尻、でなく右足を背中の中央に乗せ、そのまま立ち上がった。
(アッ……! エリザベート校長、これでは椅子でなくて踏み台です……! だがしかし、本望、本望であります!)
エルは背中の痛みに身をよじらせながら、幸せに身悶えた。額に浮かんだ汗がこぼれてエルの眼鏡を濡らす。
「敵は東大寺にありぃ!」
エリザベートの声が朗々と、奈良公園を包む静寂を破って響き渡った。それは同時に、宣戦布告を意味していた。闇討ちなど、誇り高きイルミンスール学園にはふさわしくないのだ。
「みなの者、空を見よ!」
普段の緩慢な様子とはうってかわった機敏な動作で、エリザベートは月の浮かぶ東の空を指差した。全開になったルビーのような瞳が、爛々と輝いている。
生徒たちの視線が校長の指を追って一斉に動き、そして驚きの声を上げる。
明るい月光を背にして、急速に空の中をこちらに向かって近づいてくる巨大な影があった。
「かあ、かあっ!」
聞き覚えのある、というかしょっちゅう聞いているあの鳴き声を立てて近づいてきた黒いカラスの群れは、生徒たちの頭上で旋回をはじめる。
「そう、彼らは黒い翼を持つ我々魔法使いの古き友、カラスでありますぅ」
マリオン・キッス(まりおん・きっす)は、その中に一羽だけ、赤っぽい変な色をした小さい鳥が混じっているのを見つけた。
「あれは……インコ?」
「我が忠実なる僕よぅ、東洋の地の気を奪い取って己の固き鎧とせよ!」
エリザベートが天に向けていた指をさっと振り下ろすと、カラスの群れが一斉に舞い降りてきて、公園の石畳に体当たりをした。生徒たちは驚いて後ろに下がり、女生徒のなかには悲鳴を上げて顔を覆うものもいる。
だが、追突したはずのカラスの身体はすべて地面に飲み込まれ、かわりに、石畳はあわい緑色の光を帯び始めた。
「出でよ、いい子ちゃんなストーンゴーレム!」
エリザベートの叫びとともに地面が揺れ、石畳に細かいひびがびしびしと走り始めた。緑の光は強くなり、生徒たちは思わず目を細める。
ごごごご、という地響きとともに、石畳の上へ一斉に、モアイ像そっくりの顔が幾つも幾つも突き出てきた。それは、校長が大広間で生徒たちに見せた身長二メートルの巨大なストーンゴーレム、そのものであった。
「さあ生徒たちよぅ、各々のしもべを選び、契約を結びなさいぃ。そして戦いに向かうのですぅ!」
マリオンは、水風船のように大きな胸を揺らしながら、魔楔 テッカ(まくさび・てっか)の手を引いて、巨大なゴーレム軍の間をすりぬけていった。
「マリオン、ど、どこいくんですかな」
「お姉さま! 同じゴーレムならこの子、ワタシはこの子が良いですぅ!」
胸をぶるぶると震わせ、目をつぶってダダをこねはじめたマリオンが指差したのは、他のゴーレムの半分、百五十センチのテッカの胸までしかない真っ赤な色の小さなゴーレムであった。
「な、なんでこれだけこんなに小さいんですかな?」
「いいんですぅ。この子はカラスじゃなくてインコちゃんの申し子なんですぅ」
「い、インコ?」
マリオンは胸の間にゴーレムの頭を挟みこんで、歓声を上げた。
「かあわあいいぃっ!」
「うーん、マリオンがそんなに気に入ったならいいとしますか。なんというか、『いい子ちゃん』というより『インコちゃん』ですなぁ」
「ワタシ、怖いからここでお留守番してますぅ!」
「そうは行きませんですよ。折角こんなに楽しくてデタラメなイベントなんですから」
「えぇぇぇ」
「はいはい、合体してやるから。ね?」
「うううううっ、……分かりましたぁ」
「よしっ! インコちゃん、あたいらについて来い!」
「クピィ!」
小さなゴーレムは、ごつい顔に似合わない朗らかな声でテッカの呼びかけに答えた。
「テッカ! この子、まかせんしゃい! って言ってますわ! インコちゃん、ワタシがんばりますわっ」
「あっ、校長が動き出したです。マリオン、合体です!」
テッカは素早くマリオンに乗り込む。こうして二人と一羽(?)は甲高い雄たけびを上げ、南大門に向かうゴーレムの集団の後ろを飛び跳ねるようについていった。
エリザベートを擁する【魔導人形兵団】の生徒たちは、配布されたストーンゴーレムを前に意気が上がっていた。
エレミアはバケツに入れたギャザリングヘクス入りの真っ赤なペンキをゴーレムの尻にバッテンに塗りつけ、
「お前たちもこれを塗れ! 魔力が上がるかもしれん!」
投げられたはけを受け取ったブレイズも自分のゴーレムの尻に赤いペンキを塗りつけた。
「おおっ、これはいい目印になるな! 甲斐姫、ゴーレムにチェインスマイトを頼む。俺は氷術を付加しよう」
「了解じゃ!」
甲斐姫はチェインスマイトをゴーレムにかけると、ひらりとその肩に飛び乗った。
「よし、出撃じゃ!」
ゴーレムは甲斐姫の命令どおり、ものすごい地響きを立てながら南大門に向けて前進をはじめた。
「お、おい、まて」
あわててブレイズも反対の肩に飛び乗る。
ナナ・ノルデンはブレイズの投げ出したはけを空中で受け取ると、そのまま背中に星のマークを描いた。金のツインテールがふわりと揺れる。
「さあ、いい声で歌って下さいね!」
子守唄を付加したナナの隣で、ズィーベン・ズューデンが光術をゴーレムにこめながら、「仏像って眠るのかな?」と疑わしそうに聞いた。
「やってみなければわからないですわよ。子守唄は届く範囲も広いですし、効果があったら万々歳です。とにかく、頑張りましょう!」
次にはけを受け取ったのは、まっすぐに切りそろえた前髪の下で黒い瞳を不敵に輝かせているリリ・スノーウォーカーである。
リリはゴーレムの右腕に赤い線をひとはけ塗ると、後ろに立っているユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)とララ サーズデイ(らら・さーずでい)を振り返った。ユリは頷くと、自らの光条兵器、ニケの翼を追加する。掌からこぼれた光が冷たい石の表に吸い込まれると、背中から一対の大きな翼が突き出て輝いた。
「天使みたいですぅ」
「却って攻撃の的にならないか」
ララがツインスラッシュを追加しながら心配そうにつぶやくと、ユリがえ、っと言って青ざめた。
「まあ、飾りだからな。それに必殺技も使えるのだぞ。指先から光の剣を出して『シャイニング指』だ」
無表情のままリリは指を空中に突き出してみせた。二人はリアクションに困り、あいまいな笑みを浮かべた。
「これにリリの火術を付加すれば、まあ戦えるであろう」
「気をつけて」
「心配するな。それよりユリ、周りのゴーレムに踏まれたりしないよう気をつけるのだよ。ララ、頼むぞ」
「任された」
リリはかすかに微笑みらしきものを浮かべると、ひらりとゴーレムにまたがって立ち去っていった。
「大丈夫かしら」
「大丈夫だろ。さて、私は出番もなさそうだし、カメラマンとして戦場を駆け巡ることにしようか。この両眼で撮影できるからな」
「ララががカメラマンをやるならワタシは記者役をやるのです。でも、戦闘中に取材を受けてもらえるか不安ですぅ」
小首を傾げた調子に茶色の髪につけた白いリボンが揺れた。それを見て、ララはむしろ私たちのほうが不安かもしれん、と胸のうちでため息をついたのだった。
リリとララと同じ考え、いやもっと積極的、情熱的に、この戦いを記録に残したいと考えているものたちがいた。
カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)である。カレンは事前に、旅館の女将に頼み込み、撮影用のデジタルカメラをわざわざ借りて持参していた。
「幻灯機君一号くん、頼むわよっ!」
太い腕をぽんぽんと叩くと、自らは光術のスキル、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)にはソニックブレードを付与させた。
「両目から光を出して照らせ!」
命令を下すと、ゴーレムのまぶたのない両目が開いたかのようにまばゆく光り、光線は何もない茂みを明るく照らし出した。
「バッチリだわ! ジュレール、ボクは足元を走って誘導するから、君はカメラをゴーレムの肩で構えて撮影! よろしくね!」
ジュレールはため息をついて頷き、カレンからカメラを受け取ってゴーレムの肩に座った。
――やはりこの集団で、つつがなく修学旅行が終るはずも無かったか。
「『二大怪像 奈良最大の決戦』撮影、スタート!」
映画の撮影のようにカレンがカチンコがわりに手を叩くと、八坂 トメ(やさか・とめ)が大きな声で叫んだ。
「待ってお姉ちゃん、あたしはどうすればいいの〜?」
「ええと、撮影の邪魔になりそうな相手がいたら戦ってフォローして!」
「ええー。あたしお腹が空いて力が出ないよー」
「この戦いで、最後まで生き残った人がお腹いっぱいご飯が食べられるみたいだよ」
「本当!」
「……うん」
「じゃああたし頑張る!」
ゴーレムの肩にまたがったジュレールは内心、校長と一緒に勝利を収めたものに豪華料理が与えられるのではなかったか、と思ったが、突っ込むのは止めておいた。
(なるべく校長と大仏の戦いを多く撮影するようにしよう。さすれば、後々、どっちが悪いのかと揉め事になった時にこの記録映像で『お互い様』だと納得させられるかもしれないからな)
「あっ、校長が出発したわ! 幻灯機君一号くん、進め!」
カレンが叫んだ。こうしてカメラを構えたジュレールを載せた「幻灯機君一号」も、後世に残る傑作を撮影するべく、南大門目指して歩き出した。
(結構面白い。演出効果で爆炎波、なんてのもありかもしれない)
ジュレールはカメラに映る風景を覗き込みながら、ひとりごちた。
ノエル・カサブランカス(のえる・かさぶらんかす)は、ゴーレムに生徒たちが気を取られている隙に、バーストダッシュでひとり、南大門を目指していた。長いポニーテールを揺らして疾走するその姿は、遠目から見れば黒猫そっくりである。
(とりあえず偵察、偵察っと。今の私のスキルで校長の目にとまるためには、それが一番早道です)
ノエルの行く手で、二つの屋根を重ねた大きな南大門が大きくなる。南大門を守るという守護像たちも、重量から考えて動きは鈍いであろうと、ノエルは予想していた。
(このままバーストダッシュで直進して、内部の構造を確認しますか)
スピードを上げて走り抜けようとしたノエルの前に、大きな二つの影がのっそりと立ちふさがった。あわてて、かかとでブレーキを掛ける。
「あ、あれは……」
思わずつぶやいたノエルに覆いかぶさるように立っている巨大な影。それは、かの有名な金剛力士像、口を閉じた吽形(うんぎょう)、口を大きく開いた阿形(あぎょう)の巨大な木像二体であった。だが、ノエルの知っている力士像とは少し、異なっている。
二つの像の頭には――一対の巨大な鹿の角が、にょっきりと生えていたのである。
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