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リアクション
【第三章 それぞれの思惑】
「はいはーい皆さんバッチを配りますから胸につけてくださーい」
移動しているバスの一番後ろの席で、バスガイドのごとき異様に爽やかな笑みを浮かべて、リボンのついたバスケットに入った「バッチ」を配り始めたのは、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)である。
「おまえ、さっきからコソコソしてると思ったらこんなもんを作ってたのかよ」
ヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)は赤紫色の瞳をあきれたように細めて、指でつまんだ手作りの「バッチ」をうさんくさそうに眺めた。
それは縦五センチ、横三センチほどの紙粘土のような材質で作られたモアイ像の顔である。しかし、色は頭がおかしくなりそうな派手なショッキングピンクで、丸く開いた唇の周りはごていねいに赤く縁取ってあった。さらに、開いた口には黒い玉をくわえており、その表面には緑色のおどろおどろしい字で「魔」と書いてある。
「センスねえ〜……」思わずつぶやいた途端、ウィルネストに頭を殴られた。
「いいから早く腰の辺りにでもつけろ。心臓の上だと危ないからな! さあ皆さん受け取りましたかあー?」
いくつかの手が上がる。エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)はマントの首もとにモアイバッチを付けると「中々いいではないか」と満足そうにつぶやいた。
「ウィル、この魔、というのは【魔導人形兵団】の『魔』なのじゃな?」
「もちろんだぜ! いいか、我々イルミンスール史上最強のチーム【魔導人形兵団】はッ、エリザベート校長のゴーレム巨大化に加担しッ! 確実に任務を遂行しッ、豪華料理をゲットするのである!!!!!!」
うおおお、と幾人かの生徒が雄たけびを上げたが、大切そうにバッチをつけつつテンションは氷のように低いもの、呆れ顔のものもいる。
【魔導人形兵団】を結成したメンバーは以下の者たちである。
エレミア・ファフニール
羽瀬川 セト(はせがわ・せと)
ウィルネスト・アーカイヴス
ヨヤ・エレイソン
シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)
リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)
十六夜 泡(いざよい・うたかた)
ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)
成田 甲斐姫(なりた・かいひめ)
ラーフィン・エリッド(らーふぃん・えりっど)
ドン・カイザー(どん・かいざー)
ヴィオレッテ・クァドラム(う゛ぃおれって・くぁどらむ)
卯月 メイ(うづき・めい)
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)
マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)
ナナ・ノルデン(なな・のるでん)
ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)
彼らはエリザベート校長を守り、進路を切り開き、最終ボス「奈良の大仏」までたどり着くことを共通の目標にしていた。だが心の内に隠している本当の目的は一癖も二癖もあるイルミンスールの生徒たちらしく、もちろん、さまざまであった。
「校長が東洋魔法を忌み嫌っているのは良く解ったが、自ら率先して問題を起こしてどうする……」
バスの後方で盛り上がる【魔導人形兵団】の雄たけびを聞きながら、思わず苦虫を噛んだような表情を浮かべたのは、バスの右側中央あたりに座っている姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)である。
「校長とは言え7歳の少女であるから、仕方ないかも知れぬがな」
隣に座った姫北 昴(ひめきた・すばる)も厳しい顔つきで同意した。
「その分、アーデルハイト殿が止めるべきであろう。生徒に人々の信仰の対象を攻撃させるなど、教育者として恥ずべき行為ではないか?」
「なるべく同じ生徒には攻撃を加えたくないのだが」
「星次郎よ。お前の気持ちも分かるが、時には心を鬼にするのも大事なのだよ。仲間だからこそ、心を伝えようとする努力をしなければなるまい。辛くともな」
「昴さん……」
「姫北さん、これを」
その時、前の席から声をひそめ、宿の名前の入った黄色いタオルを星次郎に渡してきたのは、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)である。
「後ろにも回して下さい」
「ああ」
星次郎はタオルを受け取ると、自分の後ろに座った、水橋 エリス(みずばし・えりす)に回した。
座席には、エリス、そしてはるかぜ らいむ(はるかぜ・らいむ)が並んで座っている。
エリスは二枚のタオルを受け取り、緑色の瞳に憂鬱そうな色を浮かべた。
「困ったことになりましたね」
「そうだね」
「私の母は日本人ですし、生まれ育った日本の、それも大仏を破壊するなんてことは想像するだけで恐ろしくなってしまいます。かと言ってお世話になっている校長に逆らうのも申し訳なくて……」
「ボクもだよ。だから……」
らいむは緊張した面持ちでエリスから黄色のタオルを受け取ると、膝の上に置いていた華厳宗の教典、「大方廣仏華厳経」の上にきちんと畳んで載せた。
金堂で仏像軍の勝利を祈る――それがらいむの目的である。
「私は、傷ついた仏像の修復や、後片付けをするつもりです」
エリスの言葉にらいむは頷き、「頑張って東大寺を守ろうね」と言った。
宿のタオルを受け取った生徒はみな、【仏像軍陣営】として大仏破壊を阻止する側に回ることを決めていた。黄色のタオルは、校長に配られたゴーレムの腕に巻くことになっている。「不参加」の証である。「不参加」表明のための行動計画はさまざまであるが、思いは一つである。
それが、らいむが口にした「頑張って東大寺を守ろう」であった。
睡蓮の斜め前に座り、タオルを受け取った本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)も、相棒のクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)とともに、エリザベート校長の進軍を南大門の前で食い止めることを目標にしていた。
「今回の相手は我が学園校長、そして学友たちだ。なるべく派手な技は使いたくないな。氷術で足止めしたり、ゴーレム同士の戦いだけでおさめたいが」
クレアも青い瞳を困ったように伏せ、
「そうだよね。私はバーストダッシュで南大門のてっぺんに上って、進軍の様子を俯瞰するね。だからバスがついた直後に門まで先に走る。それでもし……金剛力士像と意志の疎通が可能だったら、危険を伝えるよ」
「頼むぞ」
ゴーレムの腕に巻くためのタオルを配り終えた睡蓮はため息をつき、足元に隠してあるバケツにさしたはたきに手を触れた。
その様子を隣に腰掛けた鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が心配そうに見つめる。それを感じた睡蓮は微笑み、それから純白の髪の毛を銀の糸できりりとひとまとめにした。
「私も日本生まれの巫女ですし、自分の出来ることをしっかりやりますよぅ。九頭切丸、どうぞ頼みますね」
すると九頭切丸が(任せろ)というような意志を黒い瞳に浮かべて睡蓮を見つめ返してきた、気がした。
一方、選択した行動は異なるものの、似たような思いを抱いて参加した二人の少女が、エリザベートの後方、バスの左側中央あたりに並んで腰掛けていた。
「勝っても負けても、あたしは校長先生に一言言ってやるつもりだよ」
ツインテールを揺らして微笑む、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)の言葉に、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は微笑を返す。
「あたしもよ。ここはパラミタじゃなくて日本、ライバルだなんだというのは分かるけど、暴れるのは、論外」
「西洋魔法、東洋魔法、どっちが上だーとかじゃなくって、相手の長所・短所を学ぶ事で自分のそれらを再認識して、高める事ができるのはおいしいよね」
「戦いの最後に笑っているのはどっちかしら?」
「あの月のみぞ知る、かな」
二人は窓の外に浮かぶ、満月を見た。
「夜は私たち吸血鬼の時間よ」
「それを止めるのがあたしたち僧侶の家系の者の役割ね。負けないわよ」
三笠の差し出した手を、メニエスはそっと、握り返した。
月光の差し込む車内で、まるで潮が満ちるように緊張が高まっていく。時刻はあと十分で十九時、奈良公園はもう目の前だった。
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