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海上大決戦!

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海上大決戦!

リアクション

 変わり者の被害にあったのは真紀たちだけではない。和原 樹(なぎはら・いつき)とパートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)もそうだ。
 二人も他の多くの生徒と同様、大砲を無力化することが目的だった。最初は低空飛行をし、ある程度海賊船に近づいたらスピードを出して上昇。そこまではよかった。問題は日堂 真宵(にちどう・まよい)に出会ってしまったことである。
 真宵はパートナーのアーサー・レイス(あーさー・れいす)をコックとして売り込み、海賊の仲間になっていた。
「おーっほっほ、わたくしの船にようこそ」
 真宵はアーサーを従えてマストの上に立ち、雷術をどっかんどっかん。他人が弱らせたターゲットを卑劣に狙っていた。そのうちの一発が偶然にも、ちょうど上昇してきた樹とフォルクスに当たったのだ。
「うわあ!」
「樹、大丈夫か!?」
 フォルクスは樹をかばって甲板に叩きつけけられる。
 墜落した二人を見て、真宵は怪しげな笑みを浮かべた。
「あら、かわいらしい坊やになかなかのイケメンさんじゃない。降りていっていじめちゃおうかしら」
 それを聞いてアーサーが言う。
「これ降りられないんじゃないですか? 必死こいて登ったはいいですけど」
「……」
 真宵が下を見る。すると、ある異変に気がついた。マストの上に陣取った後、真宵は敵が登ってこられないようにマストを氷術で氷らせておいた。だが、今や氷は消え去り、マストや帆は燃え上がっていた。こんなになるまで気がつかないのもある意味すごい。
「これは一体どういうことなの……」
「燃えてますね」
 やがてマストは倒れ始める。
「あーれー」
「死ぬ前にカレーが食べたいい!」
 マストはちょうど樹とフォルクスの間に倒れた。
「あいたたた…………はっ」
 真宵は少しの間うつむいていたが、樹とフォルクスの視線に気がつくと顔を上げ、鼻を押さえながら言った。
「み、見ましたか。これぞ奥義マスト倒し!」
 樹とフォルクスがぽかんとして真宵を見つめる。その隙に、なぜか無傷のアーサーが二人に対して吸精幻夜を行った。
「あ……れ……」
「いつ……き……」
 二人は精神を幻惑される。
「ナイスよアーサー! そうだ、あれをやりましょう。一度やってみたかったのよ」
「う……ん」
「気がついたか、樹」
「あれ、どうなってるの?」
「見ての通りだ」
 幻惑から解き放たれたとき、二人は縄で縛り付けられ、船首から飛び出した板の上に立たされていた。
「おはよう坊や。気分はいかがかしら?」
 真宵が指先で樹を突っつく。
「わ、やめて! 落ちる落ちる!」
「これよこれ、たまらないわあ」
 真宵が身を震わせる。
「その手をどけろ変態! 樹は我のものだ。あらゆる意味で手出しは許さん!」
「え、それって……。た、確かにそういう世界があると聞いたことはありますけど、まさか……いや、でも嫌いでもないかも……って私何言ってるのよ! 恥ずかしい!」
 真宵がもじもじする。
「フォルクス! 変なこと言うなっていつも言ってるだろ! 誤解されるじゃないか」
「何が誤解なんだ? 我はありのままを言っただけだぞ。樹は我のものだ」
「やめろ、気持ち悪い!」
「まあまあ、喧嘩しないでカレーでも食べてください」
 どこから取り出したのか、アーサーがカレーの入ったスプーンを樹の口元に差し出す。
「は? カ、カレー?」
「食べるな、樹! 罠だ!」
「ああ、いい匂い……」
 フォルクスの忠告も届かず、樹は吸い込まれるようにカレーを口にする。次の瞬間。
「ンまあああーいっ!」
 樹が感嘆の声を上げる。
「それはよかった。どうです、あなたも」
 アーサーがフォルクスの口元にスプーンを差し出す。
「食べるか! 我は騙されんぞ」
「樹くんと間接キスですよ」
「いただきます」
 そして。
「ンまあああーいっ」
 その味にフォルクスも感激する。
「ありがとうございます。ちょうど新作カレーの味見をしてくれる人を探していたのです」
 アーサーは実に満足そうな顔をする。そこに、我に返った真宵が割り込んだ。
「ちょっと、私抜きで盛り上がらないでよ。お楽しみはこれからなんだから」
 真宵は樹とフォルクスに迫ると、二人をくすぐる。二人のかかとはもう空中に出ていた。
「ほーらほら落ちちゃうわよー」
「あはは!  やめっ、ホントに! ひゃははっ、落ちる!」
「くふふふ……樹と心中か。悪くない」
 そしてついに激しい音を立て、海中に落っこちた。――真宵とアーサーが。
「あははは……へ?」
 樹は何が起こったのか分からず、辺りを見回す。やがて一人の少女が目の前に現れた。ふわふわの長い髪と瞳とは、月明かりにとける泉のような翡翠色。見た目の幼さに似つかわしくない妖艶な笑みをたたえた、美しい少女だった
「光学迷彩……! あなたは?」
 樹の問いかけに少女が答える。
「わたくしは緋桜 翠葉(ひおう・すいは)
 その声も、外見に劣らず美しい。
「緋桜さんが助けてくれたの?」
「そうなるかしらね。最初は砲手を排除しようと思ったんだけど、こっちのほうが面白そうだったから」
「はは、気まぐれなんだね」
「よく言われるわ。とりあえず、その格好をなんとかしてから話しましょう」
 翠葉は火術で縄を焼き切り、樹とフォルクスを解放する。樹たちは、水の中で騒いでいる真宵とアーサーを無視して話を進めた。
「ありがとう、助かったよ。俺は和原樹。マストを燃やしたのも緋桜さん?」
「マストは誰かが攻撃したのか、最初から燃えていたわ。わたくしはさらに火術を加えただけ。本当は船を傷つけたくなかったのだけれども、もう大分傷んでいたし。ねえ、船って美しいと思わない? 船は大切なレディ。あの男はそう言っていたわ」
「う、うん。そうだね」
 翠葉はなおも続ける。
「海の男は船を愛するもの。それなのに、ここの男たちは船の扱いがなっていないわ。それに海賊としての矜恃もない。あの男に比べたら、ここの海賊たちは三流以下ね」
「な、なるほど……」
 樹は無理矢理頷く。
「さて、と。少しおしゃべりがすぎたわね。わたくしはそろそろ行くわ。なさけない男たちに気合いを入れてやらないと。あなたたちもまた変な人に狙われないように気をつけてね。二人ともなかなか整った顔立ちをしているから」
 翠葉はそう言うと再び光学迷彩で姿を消す。直後、真宵とアーサーに電流が走った。しばらくすると、海賊たちの服に次々と火がついていく。
「変わった子だったな」
 フォルクスが久しぶりに口を開く。
「うん」
「結局、『あの男』って誰のことなんだか分からなかったな」
「うん」
「我のことが好きだろう?」
 バキ。
 樹の鉄拳が、今日もフォルクスの顔面にめり込んだ。

「海賊船も大分ダメージを受けてきたな。よし、カルキノス、前進だ」
「おう」
 ダリルの指示を受けて、カルキノスがボートを前進させる。
 ボートが海賊船に火術の届く距離までやってくると、カルキノスは喫水線のやや上、船腹で骨のない部分に狙いを定める。
「適当に撃つのと違って、力を一点に絞り込むのは難しいんだぜ」
 そして、効果範囲を細く絞り込んだ火術を全弾発射した。轟音が鳴り響いた後、船腹に穴が空く。
「よおし、成功っと」
「ほう、こいつはなかなか見事だな」
 真面目なダリルは楽観的なカルキノスと衝突することも珍しくないが、さすがにこの技術には素直に感心した。
「このくらい当たり前だ」
 やがて海賊船から黒煙が立ち上り始める。
「そろそろ頃合いだな。よし、撤収するぞ」
「あいよ」
 再びダリルが指示を出し、カルキノスがボートを船から遠ざける。
「私達の役目はこれで終わり。後はイルミンスールの学生さん達の腕の見せ所ね」
 ルカルカは肩の力を抜いた。
 すっかり海賊船から離れると、ルカルカは煙を上げる海賊船を見つめながらぽつりと言った。
「あの船は、海のモズクになってしまうのねえ……」
「……それを言うなら藻屑だ」
 ダリルは頭を抱えた。