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リアクション
前夜のこと。
ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)は遅くまで枕元のランプを点けたままだった。
ミーミルの横顔と共に灯りに照らされているのは『幸福な王子』の童話。
彼女の“お母さん”であるイルミンスール魔法学校校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が、いつものように蒼空学園校長御神楽 環菜(みかぐら・かんな)にちょっかいを出しに行ったときに、蒼空学園の図書室から借りてきたものだ。
「いけない。もうこんな時間。……愛美さんも瀬蓮さんも、きっともう素敵な夢を見ているでしょうね」
どこからか鐘の音が響いてくるのを耳にして、ミーミルは時計に目をやる。今頃、図書室で一緒だった小谷 愛美(こたに・まなみ)は『人魚姫』、高原 瀬蓮(たかはら・せれん)は『眠れる森の美女』の夢を見て、童話のヒロインになっているはずだ──星槍の巫女エメネアが見付けた、女王器の力によって。
ミーミルは最後に話の筋をもう一度だけ反芻すると、本を枕元に置いて目を閉じる。
──そしてミーミルは、金色の像になった。
翌日の夜、生徒たちはイルミンスールの校長室に集まっていた。
窓から見える夜景に、昨日までにはなかった柱が現出している。柱の上に立っているのはぼろぼろの王女像だ。両目と王冠には空洞ができ、金箔で覆われていた筈の全身が、粗方剥がれ落ち鈍色の地金を晒している。
『幸福な王子』の王女版であり、それだけならいたずら好きの生徒の仕業で済んだことだろう。問題はそれが眠っているミーミルだということだ。
生徒たちは彼女にかけられた呪いを解くため、集まっているのだった。
アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が状況説明を一通り終え、お手製の夢の中に入れる薬を差し出す。
「さあ、この薬を飲んで夢の中に入るが良い。気をつけてな」
半ばひったくるようにして受け取り、真っ先に薬を飲み干したのは、生徒ではなく講師のアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)だ。
講師の責任感から、生徒に先んじてというわけではない。
──ミーミル、お父さんが必ず助け出してあげるからな……!
最後の一滴が喉を滑り降りると、アルツールの体ががくりと床にくず折れる。その間0.5秒。
「あぁ、椅子に座って飲むように、と言うのを忘れておった。エリザベート、ソファに運んであげなさい」
「仕方ないですねぇ……これもミーミルのためですからぁ。誰か手伝ってくださいですぅ」
エリザベートと生徒たちは手分けしてアルツールをソファに寝かせる。
「みなさぁん、気を付けて行ってきてくださいねぇ! 頼みましたよぉ〜!!」
エリザベートは子持ちには到底見えない“お父さん”の瞼をそっと閉じさせると、生徒たちに振り返った。
そこには“お父さん”だけではなく、ミーミルのまだ若い“お兄さん”や“お姉さん”たちがいる。
自分が真っ先に飛んで行きたいという気持ちをぐっとこらえて、若干七歳の“お母さん”は家族にそうお願いするのだった。
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