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1章【海の幸、調達作戦:パラミタテッポウエビ(西岩礁)前編】



 海から二メートルほど突き出すように、その岩礁地帯はあった。
 砂浜と陸続きになっているという印象ではなく、海から岩石たちが飛び出し砂浜を覆ってしまったように無骨な印象を受けるそこに、一番乗りを果たしたのはジン・アライマル(じん・あらいまる)だった。
 そして岩礁地帯に足を踏み入れた彼女の前に、まるで待ち構えていたかのような一匹のパラミタテッポウエビが様子を伺いながら彼女の方を見ている。
「霜月、朔望! 早速いたわよおおお」
 ジンは後ろを振り返って大声をあげた。その声に弾かれるように赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)がジンの前に庇うように躍り出る。
「海に逃げられたら厄介ですからね……速攻でいきますよ、朔望」
 両目で獲物を睨んで、暁月を構える赤嶺。だが、
「…………朔望?」
 おかしなことにもう一人のパートナー、戦闘舞踊服 朔望(せんとうぶようふく・さくぼう)の返事が呼んでも返ってこない。
 訝しげに赤嶺とジンが後ろへ振り返ると、そこには輝いた瞳でそこら中を見回して茫然としている朔望の姿があった。
「これが海。あれがエビ……」
「完全にカルチャーショックをうけてるわね」
 そんな朔望の様子を見て、ジンが脱力した感じで言葉をもらす。
「そうでした。朔望は海もエビも見るのが初めてですからね」
 一方、赤嶺は朔望の様子を複雑ながらも嬉しそうに見ていた。彼は新しいものを知る喜びをよく知っているのだろう。
「あ、エビが大きくハサミを開きました」
「そうですか、エビがハサミを……え?」
 朔望の言葉に赤嶺は一瞬で真顔になった。気づくといつの間にかジンが自分より遥か離れた所に退避している。
 赤嶺が血相を変えて朔望を脇に抱えた瞬間、エビの巨大な片ハサミからソニックブームが放たれた。




 早速始まった食材調達のための戦いを横目で見ながら、和原 樹(なぎはら・いつき)は岩礁地帯の奥へと進んで行く。と、和原たちの少し先を歩いていたフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が和原とヨルム・モリオン(よるむ・もりおん)に向けて、大きく手を振っていた。
「おい、こっちにエビがいそうな大穴があるぞ」
「エビは穴に棲む生き物だったか?」
 ヨルムが疑わしげな声を出したが、和原はとりあえずフォルクスが呼んでいる方向へ行ってみることにする。
 すると、確かにそこには二メートル弱ほどの大きな大穴が開いており、その深さはだいぶあるようで、彼らの目には底なしの暗闇のように見えた。
 和原はそこを覗き込みながら、未だに半信半疑といった顔をしているヨルムに向けて、暗闇を見つめながら口を開いた。
「パラミタの生物達は、まだ生態系がはっきりしていないものが多いんだ。ザリガニ釣りの要領でやってみたら、もしかしたら釣れるかも」
 和原のその言葉に、案に乗ってみる気になったのか、ヨルムは岩礁に打ち上げられた流木などを使い即席の釣竿を作り上げると、穴の中へと勢い良く餌を放り込んだ。それに和原とフォルクスも続く。
 三人は、岩礁地帯の所々で戦闘音がし始めても身じろぎひとつせず、ただ黙々と餌に獲物が引っかかるのを待ち続けた。
 そしてそのうち、全く何も引っかからないことに諦観の念を抱き始めたヨルムが、引き上げた釣り糸の先に付いている餌を見て、不思議そうに呟いた。
「この餌は、一体なんだ?」
「スルメイカだよ。パラミタじゃマイナーな食べ物なのかな?」
「我は初めて見たぞ。食べ物ということは、我らが食べても問題ないのか?」
「一応おつまみだからな。食べても問題ない」
 スルメイカがザリガニ釣りにポピュラーなことを知っているのは、この中で和原だけである。
 それ故に誰も餌がスルメイカでも異議を唱えなかったのだ。
 そうして三人がスルメイカについての談義に花を咲かせていると、不意に和原の持っている釣竿が勢い良く引っ張られた。
「かかった!」
 和原は内心ホントに引っかかるとはと思いながらも、興奮気味に竿を引っ張る。だが、思った以上に引く力は強く、すぐにヨルムとフォルクスが助けに入った。
「一斉に引くんだ。せーの!」
 和原の掛け声と共に、全員が一斉に竿を引く。と、大きな薄桃色の物体が大穴から勢い良く飛び出してきた。
「さあ、ここからが本番だぞ」
 岩礁の上に飛び出してきたパラミタテッポウエビを見てそう言いながら、フォルクスがすぐに距離を取る。
 和原とヨルムも、和原はエビの後方へ、ヨルムはエビの前方へと、すぐさま己が一番戦いやすい立ち位置へと移動していた。
 一方パラミタテッポウエビは突然岩礁の上へ引き摺り出されたことに戸惑っていたようだが、周りに身構える三人を見て自分が今どのような状況に陥っているか察したらしい。
 パラミタテッポウエビは片側の大きなハサミを勢い良く開いて、ソニックブームを放とうとした。だが、
「浅はかだな」
 ヨルムはエビの初動を読んでいたらしく、エビがハサミを開く寸前には既に素早くエビに肉薄し、その剣をハサミの関節部に深々と突き刺していた。
 対するエビは唯一の攻撃手段を奪われ、狂ったようにハサミを振り回して剣を自分の身体から引き抜くと、ヨルムから距離を取ろうと尾を使って一気に後ろへと跳ねた。
 しかし、後ろには和原が待ち受けている。
「背中ががら空きだ!」
 和原は跳躍して、自ら自分の間合いへと入ってくる巨大なエビの背中に、手で持ったメイスで渾身の一撃を叩き込む。
 鈍い破砕音がして、エビが糸が切れたようによろけた。
「今だ、フォルクス!」
「言われなくてもわかってる」
 和原が叫び、フォルクスが次の瞬間にはエビに向けてブリザードを放った。よろけていたエビは避けられるはずもなく、見事に全身を氷で覆われてしまった。
「よし、まずは一匹だな。とりあえずフォレストさんのところまで運ぼう」
 和原が満足そうに呟く。そして固められたエビに近づこうとしたが、岩礁の窪みに溜まった海水が凍ってでもいたのか、和原は足を滑らせてバランスを崩した。
 しかし、すぐにフォルクスが和原に駆け寄り、倒れそうになった和原を優しく抱きとめる。
「なんならエビと一緒に、樹も我が抱えて砂浜まで戻ろうか?」
「お断りだ!」
 そんな二人の様子を見て、ヨルムは珍しく口元を僅かに綻ばせる。そしてすぐに元の表情に戻ると、言い争っている二人を無視してエビを担ぎ上げ、砂浜へと運び始めた。




 一方その頃、一番最初に戦い始めた赤嶺たちは、苦戦を強いられていた。
「ジン、少しは手伝ってください!」
 赤嶺がもう何度目か知れない巨大なエビのソニックブームを回避しながら、高見の見物を決め込んでいるジンに向かって大声で叫んだ。
「へこたれてんじゃないわよ! さあ、頑張ってあのデカブツをさっさと倒しちゃいなさい!」
 これも何度目か知れないジンの返答。
 赤嶺は体勢を立て直してエビと向かい合うと、その目にはいつの間にかエビの後ろに回り込んでいた朔望が、刀を振り下ろす姿が目に入った。
「朔望!」
 赤嶺が思わず叫んだ。朔望が振り下ろした刀は甲高い接触音と共に進んでいたベクトルとは逆の方向へ、豪快に朔望ごと弾き飛ばされる。
 これには朔望も驚いたようで、赤嶺に駆け寄ると魔鎧状態になって黙ってくっついてしまった。
「さて……どうしましょうか」
 赤嶺は羽織った黒いローブを優しく撫でながら、思考を巡らす。回避ばかりしていては埒が明かない。
「一気に片をつけますか」
 赤嶺は暁月を構え直す。
 向かい合ったエビの攻撃手段はわかっている。そしてエビは自分が優位に立っていると思っているのか、海にも後ろにも逃げる気配はない。
(――好機だ)
 赤嶺は瞬時に岩肌を蹴った。そして猛然と巨大なエビへと迫る。対するエビは先程までと同様に、ハサミを開きそして勢い良く閉じる。
 ソニックブームが、赤嶺に向けて放たれる。しかしそれを、赤嶺は最低限の動きだけで躱すと、スピードを緩めずそのままエビへと肉薄した。
「はっ――!」
 赤嶺は疾風突きを繰り出し、エビの太いハサミを弾き飛ばす。必然、エビは腕を弾かれ、赤嶺の前に無防備な腹部分を晒すことになる。
 そして赤嶺は突き出した暁月を、脇に収めるようなモーションを取った。居合の構えである。
 剣を脇に構えた瞬間、暁月は既にやや短めの刀へと姿を変えていた。
 その時どこからか、岩の砕ける音がした。さっきエビが放ったソニックブームが、隆起していた岩石を砕いたのだろう。
 ジンが一瞬その音に気を取られて赤嶺たちから目を離すと、いつの間にかエビの目の前にいたはずの赤嶺が、同じ構えのまま、エビの後ろに立っていた。
「ジン、せめて運ぶのくらいは手伝ってくださいよ?」
 赤嶺が事もなげにそう言った。すると巨大なエビは、もんどりを打って背中から倒れこむ。
 ジンが目を丸くしてエビを見ると、エビの腹には斜めに深々と刀傷が刻み込まれていた。




 岩礁地帯の海べりでは篠宮 悠(しのみや・ゆう)杏奈・スターチス(あんな・すたーちす)が海に釣り糸を垂らして、獲物がかかるのを待っていた。
 一方、その横ではランザー・フォン・ゾート(らんざー・ふぉんぞーと)がほぼ羽交い締めに近い形でミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)に取り押さえられていた。
「なあ、いいじゃねえかよ、やらせてくれよ! 海中にサンダーブラストぶち込んじまえば一発だって!」
「だから何度もダメだって言ってるでしょ! 朝のシズルさんの話聞いてなかったの?」
「聞いてなかったぜ」
 ランザーの言葉にがっくりと肩を落とすミィル。と、その横で篠宮と杏奈の釣竿に獲物がかかった。
「お、来たぞ!」
「エビーーー!!!」
 篠宮と杏奈がそれぞれ声をあげた。ランザーとミィルは杏奈を手伝い、篠宮はパワードアームの力で一人でパラミタテッポウエビを海から釣り上げる。
 水揚げされたエビたちはすぐに体勢を立て直すと、それぞれ別の方向へ逃げようと尾を思い切り岩肌に叩きつけた。
「ほら、さっさと仕留めないと逃げちま」
 篠宮の言葉は、鼓膜をつんざくような銃声でかき消される。杏奈がスターダスターをぶっ放したのだ。
「早速二匹ゲットですねぇ〜、さあ、悠。次ですよ、次!」
 あまりの早業に茫然となる一同。しかしその間にも篠宮の釣竿には次の獲物がかかっていた。
「いいこと考えたぜ! 悠、次は思いっきりエビを空中に釣り上げてくれ!」
「こりゃあ、結構な仕事だ……。わかった、行くぞ」
 ランザーに言われた通り、篠宮は今度はさらにドラゴンアーツと鬼神力の力も駆使して、釣れたエビを空中へと放り投げた。
「行くぜぇ! サンダーブラスト! ヒャッハァァ!」
 空中に雷撃が迸り、その閃光は宙を舞っていたエビの身体を突き抜ける。やがて岩礁に叩きつけられたエビは、もはやピクリとも動かなかった。
「どんどん来い悠!」
「早く次ですよ、次!」
 ランザーと杏奈がキラキラと目を輝かして、次の獲物は今か今かと篠宮を急かし始める。幸い、次々と竿に獲物がかかり、続々と巨大なエビが水揚げされ、彼らの餌食にされていった。
 そして手馴れてきた篠宮は、またエビを豪快に空中へと放り出す。すると、今度の放り投げられたエビは既にハサミを直角に広げ、今にもランザーたちに向けてソニックブームを放とうとしていた。
「やべえ!」
「あっ――」
 一瞬の隙を突かれ、驚愕の声をあげる二人。
 ソニックブームが放たれるかと思った刹那、エビの太いハサミは直角のまま、突如として円形の氷に覆われた。
「二人とも油断しちゃ駄目だよ、もっと集中し」
 氷術を放ったミィルが二人の油断を咎めようとしたが、その言葉は先程の篠宮同様、今度は銃声と雷の轟音でかき消される。
 ランザーと杏奈が同時に、エビに向かって攻撃したのだ。地面には見るも無残な姿になったパラミタテッポウエビの亡骸が、力なく転がる。
「何か……弱い者いじめをしてる気分になってきた」
 そうこぼしたミィルは、二人の無慈悲なまでの攻撃に若干引き気味だ。
「これも杏奈の胃袋を満足させるためだ、耐えろ」
 その言葉に、篠宮も同意らしい。二人が一方的な展開になってしまったエビ狩りに心を痛めていると、杏奈が急に鼻をひくつかせて、恍惚とした表情を浮かべた。
「焼きガニのにおいがします」
 杏奈は口元から少しヨダレを垂らしながら、突然元来た道の方へと急に駈け出した。
「頂きます!!」
「ちょっと杏奈、何処行くの!?」
 ミィルの言葉も全く耳に入らないのか、どんどん杏奈は篠宮たちから離れていく。
「あの状態じゃ他の奴に迷惑をかけるかもしれない。仕方ねえ、追うぞ!」
「仕留めたエビたちはどうすんだよ!?」
「とりあえず置いとくしかないわ!」
 篠宮たちは慌てて釣り上げた十匹近いエビを泣く泣く放置を決定。そして、既に小さくなりつつある杏奈の後を追い始めたのだった。