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3章【海の幸、調達作戦:パラミタ毛ガニ(東岩礁)後編】




 結果的に、沙幸だけでは倒したカニを運ぶことに手が回りきらなかった。そのため、タルト・タタン(たると・たたん)の、
「わらわたちも手伝ったほうが良いのじゃないかのお?」
 という一声により、北郷 鬱姫(きたごう・うつき)パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)は現在倒した食材の護送を行っていた。
 タルトが引きずり、鬱姫が陽動し、パルフェリアが牽制である。
「みんなとははぐれてしまいますし、カニさんたちはたくさん。それに運ぶカニさんたちもいっぱいだなんて、私、上手くいく気がしません」
「ネガティブってる暇はないよ! パルフェたちがちゃんとこの食材さんたちを運んだら、このあとには舌がとろけ落ちちゃうくらいのごちそうが待ってるんだよ! さあ、鬱姫。ポジティブシンキングだよお!」
 激しく気落ちしながら近くの毛ガニたちを引きつけている鬱姫と、とても楽しそうにその援護をするパルフェリア。
 二人はとても対照的だった。そんな二人をよそに、黙々とタルトは食材と化した毛ガニをズルズルと運ぶ。そこへ三人の進行方向へまたも群がってくる毛ガニたち。
「あの、その……ごめんなさい」
「謝ってないでよけてえ!」
 氷術を放ちながら、パルフェリアが叫ぶ。その声に弾かれたように鬱姫が横へ飛び退くと、寸前まで鬱姫がいた場所の岩肌が毛ガニの振り下ろしたハサミによって粉々に砕かれた。
「そもそもなんで、みんな巨大なカニの大群に怖がらないで向かっていけるんですかあああ」
 そんなネガティブな叫び声をあげながら、鬱姫は次々と巧みに毛ガニたちの攻撃を躱していく。パルフェリアの絶妙な援護のおかげもあったが、それを差し引いてもなお、鬱姫は軽快に動いていた。
 そのおかげで活路が開かれ、タルトはそれを見逃さず走り抜けていこうとする。だが、彼女が群がる一群を抜けようとしたまさにその時、左右から同時に毛ガニがタルトを制止しようと接近してきた。
「タルトの邪魔はさせないよ!」
 すかさずパルフェリアが氷術を放ち、片側を牽制。同じく鬱姫も、もう片側の毛ガニの前へ割り込み、毛ガニの足を止めた。
 氷術を浴びた毛ガニはたじろいで動きを止めたが、行く手を塞がれた方の毛ガニはそうはいかなかった。前方にいる鬱姫に向かい、瞬時に泡を吹こうとしたのである。
 対する鬱姫は、今がその時か。と、召喚を使おうとしたが直前で何故か思いとどまる。
(タルトが痺れて動けなくなったら、運搬係がいなくなる!)
 己に向けて放射された泡沫を見て、鬱姫は観念したように目をつぶった。
「…………?」
 しかし、何時まで経っても身体に痺れが走ることはなかった。というか、何発も金属音が聞こえた気がしたので、恐る恐る鬱姫は目を開けてみる。 すると目の前には既に毛ガニはおらず、代わりに機晶ロケットランチャーを担いだ水鏡 和葉(みかがみ・かずは)と、硝煙を揺蕩わせている禍心のカーマインを構えたルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)がいた。
「なんかあんたピンチっぽそうだったから、毛ガニごと泡をスプレーショットで撃っちゃったけど、もしかして余計なお世話だった?」
 ルアークの言葉に対し、ブンブンと首を横に振る鬱姫。しかし向こう側では、パルフェリアががっかりした顔で鬱姫を見ていた。あわよくば、セクハラを仕掛けられると期待していたらしい。
「さてと、道を開けてもらうよ」
 そう言って和葉は肩膝をついてロケットランチャーを構えると、タルトの前方にまたも集まり始めていた毛ガニたちに対して豪快に一発発射する。
 ロケットランチャーの弾は風を切るように飛ぶと、岩肌へと着弾。轟音と共に、岩肌をえぐり上げ、爆発した。それに毛ガニたちは巻き込まれ、泡を吹きながらあちこちへ弾き飛んでいく。
「……和葉? 俺思うんだけど、それ狩り用の武器じゃないよ」
「うん、ボクも今の爆発を見て思った。そもそもこれ、対イコン用だし」
「生き物に向けて撃ったらひとたまりもないね」
「だよね、丸焦げどころか爆散だね。まあ、新人食材ハンターだから多めに見てよ」
「だね、仕方ない」
「お二方とも活路は開けたんです、早く行きましょう!」
 遠い目をしながら話していた和葉とルアークは、なけなしの鬱姫の大声で我に返った。パルフェリア含め四人は、急いでタルトの後を追う。
 しかし毛ガニたちもしぶといもので、少し経つとまたも五人を取り囲むようにうじゃうじゃと迫ってくる。
「これじゃキリがないよ、全く」
 ルアークがシャープシューターを駆使して、足の関節部を撃ち抜き動きを止めたり、パルフェリアと鬱姫が氷術で牽制を行ってはいるが、止めた先から動けなくなった毛ガニを乗り越えて新たな毛ガニたちが迫ってくるのだ。もはやキリがないどころの騒ぎではなくなっていた。
「ボクにお任せあれっ!!」
「「「それはダメ!!!」」」
 再び機晶ロケットランチャーを担いだ和葉に、三人がハモリながら止めに入る。
「相手は人海戦術できてるんだよ? だったらこっちは範囲兵器じゃないか」
「とにかくそれはダメです」
「うん、ダメ。毛ガニさんたちが爆散したら、絵面的にもダメだとパルフェも思うんだ」
 女子二人の必死の抗議に、渋々ロケットランチャーを降ろす和葉。と、五人を囲んでいた一角が急に弾け、そこから長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が飛び込んできた。
「岩礁の入り口付近は、もう武神と甲賀が道を確保してくれている。今からそこへ案内するから、俺のあとに続いてくれ」
「おーこれで俺たち助かったっぽいじゃん、サンキューあんた」
 嬉しそうにルアークがそう言っている間にも、長原は妖刀村雨丸を鞘から抜き、手近にいた毛ガニのハサミを根元から斬り飛ばす。
「感謝には及ばない。俺は今回のカニ料理のため、俺のできる事をするだけだ……さあ、ついて来い」
 長原が走り出し、残りの全員があとに続く。そして不思議なことに、長原の刀からは霧が朦々と立ち込め始め、辺り一体の視界を一気に奪い始めた。
「俺から離れるなよ。みんなちゃんとついてきてくれ」
「あーあ、新人食材ハンターとして名を馳せていくのは、また今度か」
 残念そうな和葉の言葉ごと、全員は霧にまみれて姿を消した。毛ガニたちは見事に彼らを見失い、五人はなんとか窮地を脱したのだった。




 
 
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)はバーストダッシュで毛ガニの吹いた泡を躱すと、龍骨の剣を横薙ぎに振るい、毛ガニを横に一刀両断した。
「凄い切れ味だなコイツ、使い方を気を付けないと大変なことになるぞ……」
 武神は龍骨の剣をまじまじと眺めながら、感嘆の息をもらす。その間にも、続々と岩礁と砂浜の境目付近には我先にと毛ガニたちが押し寄せて来ていた。
「沙幸を手伝って、戻って来てみたらこのザマだからな。よっしゃあこの剣の錆になりたい奴はどんどんかかって来い!」
 そう言って次から次へと迫ってくる毛ガニたちをまるでどこかの時代劇のように斬り捨てて行く武神。そうしている内に、もう一つ狩りを行う上でやりたかったことを彼は思い出した。
 彼は毛ガニの振るったハサミを後方へ跳ぶことで躱して距離を取ると、何かを両腕に装着。そして、大声で叫んだ。
「飛ばせ鉄拳! ロケットパンチ!」
 彼の手からは本当にロケットパンチが二発発射され、それは見事に毛ガニを捉えると直撃した毛ガニを豪快にふっ飛ばした。
 一人で喝采の声をあげる武神。しかし、一通り騒いだあと、無言で落ちたロケットパンチを拾いに向かった。悲しいことにロケットパンチは発射後、自動では戻ってこないのである。
「これが夢の代償か……泣けるぜ」
 涙を拭いながら武神がロケットパンチを拾おうとすると、ロケットパンチを掴んだ腕をゾロゾロと登ってくる十センチ程度の集団があった。
「なんだこいつら!?」
 武神は焦って振り払おうとするが、払えない。よく見るとその十センチの集団は、目の前にいる毛ガニたちの子供の集団であった。
「うわっ!? こいつら、やめっ、離れろ! うわああああああ」
 親の仇討ちだったのか、一斉に子ガニたちは武神の服を切り刻み始める。たまらず武神は絶叫し、かくなる上は自分に火術を放つしかないと考えた矢先。
「動くなよ? 我の狙いが狂ってしまいますからな」
 そう言って武神に向けてファイアストームを唱えようとしている甲賀 三郎(こうが・さぶろう)。その後ろではナイフとフォークを持ち、ナプキンを前掛けに付けて直立不動で立っているメフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)が、苛立たしげに声をあげた。
「早くしろ人間どもっ、私の胃袋はもう準備ができておる!」
「はて、カニはレアがいいか、ミディアムか……」
「なんでもいいから早く助けてくれ!」
 思案顔で立っていた甲賀は武神の悲痛の叫びを聞くと、ファイアストームを唱え、武神に群がっていた子ガニたちを器用に焼き払った。
「助かったぜ……」
 安堵の溜息をもらした武神から、何匹かの焼かれた子ガニたちがポロッと落ちる。それをメフィスは見逃さず、サクっとフォークで刺すと子ガニたちを器用に口に運んでいく。
「ふむ、美味い!」
 焼きガニに舌鼓しているメフィスをよそに、甲賀は一時期武神の働きによって近づくのをやめていた毛ガニたちがまた迫ってきているのを見て、両手のひらの上に火術で火球を灯した。
「カニの分際で貴様らは大きく、さぞ食べ応えがあるのだろうが、生憎必要量はすでに狩らせてもらった。そろそろ大人しく海に帰るがよい!」
 甲賀は毛ガニたちに啖呵をきったあと、連続で燃え滾る火球を毛ガニたちの群れに投げ込む。堪らず毛ガニたちがそれをよけて集団の内部にスペースが出来ると、そこを表出点として甲賀はファイアストームを唱えた。
「すげえな……」
 今度は別の意味で武神は感嘆の声をもらした。というのも、甲賀の放ったファイアストームは想像を絶するもので、先程の武神を助けたのとは比べものにならないほどの火力を誇っていたからだ。
 岩肌はジリジリと焼け、近くの海はその光によって橙色に変色し、荒れ狂う熱は、武神やメフィスにまで届いていた。まさに灼熱の嵐そのものであった。
 そんなものを、自らの近くで発生させられたのだから堪らない。毛ガニたちは我先にとそこから逃げ出すと、次々と海へと飛び込んでいった。
 目の前にさっぱり毛ガニたちがいなくなったのを確認すると、甲賀はファイアストームを消して、安堵の表情を見せる。
「これでもう、あいつらがここへ寄りつくこともないでしょう」
 その言葉を聞いて、武神も自分たちの役目は終わったと武器をしまう。と、
「ミツケタァ」
 武神の全身に悪寒が走った。恐る恐る振り返ると、そこには瞳をギラギラに輝かせ、ヨダレを際限なく垂らした杏奈の姿が。
「イタダキマァス」
「何をです? 杏奈サン?」
 全身に嫌な汗をかきながら、武神は身体に焼かれた子ガニたちが未だまとわりついていることに、今更ながら気がついた。
 踵を返し武神は逃げようとする。だが、切り刻まれた服が足にもつれ、その場に大転倒。その時、あとから追ってきた篠宮が見えた。
「悠、ちゃんと杏奈に飯を食わせておけと、あれほど言っただろうー!」
「無理言うな! コイツの胃袋常に満たすなんざ一国の国家予算が必要になるわ!」
 二人がそんな会話をしている間に、杏奈は既に転倒した武神に馬乗り状態になって、改めて口を開いた。
「改めまして一足お先に……イタダキマァス」
「ぎゃあああああああああ」
 続々と蟹狩りを終え、みんなが戻りつつある岩礁地帯に、武神の絶叫がこだまして、そして虚しく消えていった。