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4章【海の幸を堪能!】




 夕暮れ時。疲れ果てた太陽が、その身を母なる海に委ね、己の役目を煌々と輝く月へと託す時分。

 浜辺はお祭り騒ぎになっていた。予想を遥かに上回る食材の量が届いたため、ミリアは自分の簡易テントと調理スペースを拡大し、その大きさは今や海の家と見間違うばかりの規模に達していた。
 もちろん自分一人では切り盛りできるわけもなく、その厨房スペースには原色系のハッピを着て、頭には今は白いコック帽を被った男達が手際よく手伝いをしていたが、シズルはそのことについて脳の細胞が働くことを禁じている。
 ミリアの海の家の近くにあるテントへいる唯斗は、不気味そうにそのハッピ姿の男達を眺めていた。
「シズル曰く、あいつら船の操縦までできるらしいからな……本当に何者なんだ、一体」
「出来たぞ! 待たせたな、さあたんと食べてくれ!」
 聞こえてきたエクスの鶴の一声に、唯斗は今さっきまで考えていた疑問を綺麗に忘れ、テントの下にあるテーブルスペースへと向かう。
「うわあ、すげえ……」
 思わずそこにいる唯斗、睡蓮、プラチナム全員が感嘆の声をもらした。
 テーブル上には、蟹の茶碗蒸しや、エビのタルタルサラダ(エビは元の身が大きいため、エクスが一口サイズに切り分けたので不自然な長方形をしている)、さらにはイカリングやエビフライなど、揚げ物まで並べられていた。
 もちろん、刺身は全種類揃えられている。それ以外にもイカ飯や蟹の炭火焼など、エクスが気合いを入れて料理に創り上げたことは一目瞭然だった。
「わらわが腕によりをかけて作ったのだ。さあ、遠慮せずに食え」
 テーブルを見て固まっている三人に不安になったのか、エクスが三人を急かした。急かされて我に返った三人は、いただきますを言ったあと我先にと箸を料理に伸ばし始める。
 このあと、よく噛むこと十秒。夕暮れの砂浜に三人の歓声が響き渡った。




 宇都宮祥子のテント周辺では、祥子と朱美が作った蟹雑炊と、カニ狩りに行った中からの有志メンバーで作られたカニ鍋が振舞われていた。
「みんなの食事はまだ始まったばかりだよ! ちゃんと配るから焦らないで」
 鍋に入った雑炊を祥子は朱美と協力しながら手際よく取り分けていく。カニ鍋の方も、四方天唯乃の中心に赤羽 美央や日比谷 皐月、北郷 鬱姫たちが欲しがる人たちに次々と器に入れて配っていた。
 カニ鍋と雑炊を受け取った紅秋如と木月楓は、早速レンゲで雑炊を一掬いすると、軽く冷ましてから一気に口内へと持っていく。
「「うめえええ」」
 二人は同時に声をあげた。それを聞いて、激しく頷く橘恭司。久世沙幸も同様に相槌を打ちながら、「生き返るよね!」と満遍の笑みだ。
「この真冬の海辺っていう寒い場所で、この温かい雑炊を食べるのが最高なんだ」
 感慨深げに雑炊を頬張りながらそう言っている橘の横で、カニ鍋を一口食べた水鏡和葉がルアーク・ライアーの顔を驚いて見た。
「ルアークの作った料理より、好きかもしれない」
「否定できないところが悔しいな」
 珍しく真面目な顔で悔しがるルアークを見て、すかさず和葉はフォローを入れる。
「でも、やっぱりルアークの料理の方が好きだよ」
「あ、大丈夫。鍋は俺も作るの手伝ってるから」
「えっ、いつの間に!?」
「和葉がミリアさんにもらったスポーツドリンクを一心不乱に飲んでる間にかなー」
 二人がそんな取り留めのない会話に興じている間に、一通り祥子たちは雑炊とカニ鍋を配膳し終わったようだ。自分たちの分も取り分けるとレンゲで一口掬って雑炊を食べ始めた。
「んー美味しいっ」
「ねっ、上手くできて良かったよ」
 美味しさ半分、上手く作れた嬉しさ半分といった表情で祥子は顔を綻ばせた。それに答えるように朱美は次々と雑炊を口へ運んでいく。
「みんなー美味しい?」
 突然テント周辺の人達に向かって、祥子が問いかけた。それに全員が幸せそうな顔で口を熱さでホクホクさせながら、「美味しい」と、様々な口調で答える。
「やったね、朱美」
 みんなの言葉を聞いた祥子は、朱美に向かって満足そうに親指を立てた。そんな満足そうな二人の横では、カニ鍋を囲んでいる内の一人、鬱姫が安堵したような声を鍋を囲んだみんなに向かって発していた。
「食材調達の時には散り散りになってしまってとても不安でしたけど、こうやって今はみんなで鍋を囲むことが出来て本当に嬉しいです」
「せっかくみんなで集まったんですもんね、私も最後にはこうすることが出来て嬉しいです」
 鬱姫の言葉に、相槌をうつ美央。
「俺も最終的にこうやって陛下共々鍋を食べられてるからな、文句は何もねーよ。苦労したあとの飯はまた格別だしな」
 日比谷もそれに同意しながら、レンゲをまた口に運んでいく。そんな中唯乃ただ一人だけが、若干バツの悪そうな顔をしていた。
「実は私は、魔具の試し打ちができて、結構満足だったりして……」
 言い終わると唯乃はとっさに両手で顔を隠して指の隙間からみんなを見たが、誰も咎めるような顔はしていなかった。
「食材調達の時の話はもういいんですよ。それより、早く鍋を食べちゃいましょう、冷えてしまいます」
 何食わぬ顔で美央が器からレンゲで一杯掬って口元に運ぶと、みんなもそれのあとに続く。唯乃は本当にみんなが気にしていないことを知ると、彼女も遅れてカニ鍋を口に運び始めた。




 ミリアの簡易版海の家で手伝いをしているのは、何もハッピを着た原色系集団だけではなかった。本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)たちもそうであり、咲夜由宇なども狩りから帰ってきて先程までミリアと親しげに話していた。
 由宇は出来上がった料理を受け取ると、それを持って厨房から出て行ったきりである。
「兄様、チャンスですわ」
 パエリアを調理中のエイボンの書が、そっと本郷に向かって耳打ちする。本郷は一回コクリと頷くと、床に置かれたカニを捌こうと夢中になっているミリアに後ろから声をかけた。
「ミリアさん、カニを捌くんでしたら、私も手伝います」
「本当ですか! 私にはどうしても大きすぎて上手く切れないので困っていたところなんです」
 嬉しそうにミリアがカニの前から横へずれる。本郷はナタを取り出すと、気合いを入れてカニを捌き出した。
「本当にありがとうございます。これでカニ料理がまたたくさん作れます」
 ミリアは繰り返し礼を言いながら、何やら次の手順を頭の中で考えているらしい。本当は目まぐるしく頭が働いているんだろうが、考え事をしているミリアの顔は良く言えば無防備で、悪く言えば少し呆けた表情をしている。
 しかし、そんな顔も美人だと様になるもので、本郷はいつの間にかミリアの顔に見惚れてしまっていた。
「本郷さん、手! 手!」
 急にミリアが血相を変えたので、ハッとなって本郷は下を見るとカニを解体していたナタが、いつの間にかあと少しで自分の手まで解体しそうになっていた。
「一日活動しっぱなしですもんね。やっぱり私が」
「大丈夫です、ご心配なく」
 ミリアに料理のことで心配されてしまっては、料理人として不覚を取ってしまうことになる。そう考えた本郷は「今度はミリアさんの言葉も耳に入らないほど集中」と、今一度自分に気合いを入れ直すし、今度はさっきよりもより早く、より正確にカニを解体し始めた。
「あ、そういえば炭火焼ができるセット、エクスさんに貸してしまったんでした……」
「私のを使ってください」
「いいんですか!? 本郷さん、何から何までありがとうございます」
 そう言ってペコリと頭を下げるミリア。
「ファインプレーですわ、兄様!」
 そんなミリアを見ながらエイボンの書は腰のあたりで軽くガッツポーズを決め、本郷は自分の意志の弱さにガックリと力なく項垂れたのだった。
(はあ、今回もこの気持ち伝えられそうにないですね……)




 ミリアの海の家では、手の込んだ料理がたくさん出されていた。その背景にはハッピ集団の暗躍もあれば、本郷がお店を手伝っているのも理由の一つだった。
 そのため、ミリアの海の家前に設置されたテーブルには、ひっきりなしに人が溢れていた。
「蒸したカニはここしか置いてないんだよね! まさかあるとは思わなかったけど、食べれてよかったぁ〜」
 せいろに入ったカニを食べながら嬉しそうに声をあげるミルディア・ディスティンと彼女のパートナー、イシュタン・ルンクァークォンも、その内の例に洩れなかった。
 そんな二人を見て、蒸したカニを食べたくなってきた長原淳二は、自分も蒸しカニをハッピの男から受け取ると、一つ豪快に口に放り入れ、味わうようにゆっくりと食べていく。
「ふむ、茹でるよりも水に旨みが逃げないということか」
 端的に長原は感想を述べると、気に入ったのか一つ、また一つと口の中へ放りこんでいった。

 蒸し蟹を堪能している三人の横で、佐々良縁たちは茹で蟹に自分たちが持参したハーブを入れてもらい、風味付けをしてもらっていた。
「美味しいねえー」
 蟹をゆっくりと味わいながらしみじみと呟く縁に対して、蚕養縹は黙々と蟹を食べ、孫陽は一連の縁の出店回りでの行動を思い浮かべて、感慨深げな声を出した。
「うめぇ……掛け値なしにうめぇ……」
「色んな方のところで無理をいったものだが、案外みんな聞き入れてくれるものなのだな……」

 さらにその横では、エッツェル・アザトースと、ネームレス・ミストがカニ味噌のクリームパスタを食べていた。
「美味しいですねえ……」
 しみじみとエッツェルが言えば、
「本当ですね主公、このパスタは本当に美味しいです」
 ネームレスもしみじみと言葉を返す。二人はその後も話の調子はゆったりと。だが食べるペースは気持ち早めで、このあともカニ味噌パスタを食べ続けた。

 海では手間も設備もいるから食べられないだろうと思っていたエビグラタンを、エヴァルト・マルトリッツは頬張っていた。
「まさか食べれるとは思わなかったが……いや、実にこれは美味だ」
 唸り声をあげながら食べているエヴァルトの横で、天心芹菜たちはエビの天ぷらや、各種とれたて海鮮の炭火網焼き堪能している。
「これ最高だね、ルビー!」
 芹菜の興奮気味の声に今回ばかりはルビー・ジュエルも同じようなテンションで頷き、二人はもう一口ずつ食べると揃って仲良く幸せそうな声を上げたのだった。





 お祭り騒ぎの砂浜で、テントはないのにゾロゾロと人が集まっているスペースがあった。
 そこではただ今、イカゲソ早食い選手権大会の実施中である。現在の挑戦確定者は、闇咲阿童と獅子神玲、清泉北都と美鷺潮の四人であり、前者の二人はやる気満々だが、後者の二人はなし崩し的に参加するハメになったようであって、潮に至ってゲソにかけるマヨネーズ持参していた。
「イカをたらふく食えるなんて夢のようだ! 大食いと早食いは少し違うが、負ける気がしないな」
「まあ、私はイカが食べられれば、それでいいですから」
「ソーマにハメられたなあ……なんでだろう、今回は心当たりがありすぎるなあ。スミのこととか質問をはぐらかしたこととか」
「焼いてあるゲソよね? ならマヨネーズで決まりだわ」
 好き勝手言っている参加者のパートナー、ソーマ・アルジェントやリューシャ・イヴァンタエフ、山本ミナギはイカスミパスタやイカ焼きを食べながら観覧席に座っている。
 その中でもソーマは完全に北都の恨めしそうな視線を感じていたようだが、日中の仕返しなのか全く気づいた素振りを見せない。
 この観覧席にはいい酒のつまみになると、林田樹を始めとするジーナ・フロイラインたちも来ており、自家製のイカわさ(たこわさのイカ版)やイカ焼きを持参して座っていたり、イカ刺しに噛り付く棗絃弥の姿も見受けられ、さらにはイカの塩辛を持った海豹村海豹仮面の姿まであった。
 そしてこのおつまみばかり持ち寄った彼らの席の中心には、大量のお酒が置かれているのは言うまでもない。
「さて、私たちも始めようか」
 樹の言葉に全員が各々好きなお酒を手に取り、ある者はコップへ。またある者はそのままラッパ飲みし始める。
 色々な意味で盛り上がっていく中、イカゲソ早食い選手権大会はその火蓋を切って落とされたのだった。





 セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)の作るカニの味噌汁は大好評で、鍋などと同じく身体が温まるので驚くほど需要があった。
「どっかでエビの味噌汁が出てるって聞いた時は、もしかしたらそんな出ねえかと思ったけど、そんなことはなかったな」
「ソルシオンさんの作る料理は凄く美味しいから、そんじょそこらのポッと出ぐらいじゃビクともしないんだよ」
 エビカツを食べながら、和原樹が真面目な顔でおだてるようなことを言った。すると、コロモを喉に詰まらせでもしたのか、和原咳き込むと味噌汁を流しこみ、
「うん、やっぱり美味い」
 もう一度再確認するように同じようなことを言う。その横では、激しく同意だ。と言わんでもばかりにヨルム・モリオンとフォルクス・カーネリアが頭をコクコクと頷けていた。
「そりゃあ、ありがとな」
 照れくさそうにセシルは礼を言うと、断りを入れて簡易テントの調理場に戻った。するとそこには、様々な海鮮料理を両腕で抱えきれないほど持った月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)が苦しそうにもがいていた。
「もらいすぎたのだよ……」
「見りゃわかる」
 セシルは呆れながらエフェメリスを眺めていたが、その時裏口からお酒の瓶を持ったルナティエール・玲姫・セレティが、セディ・クロス・ユグドラドたちを連れて厨房へ入ってきた。
「おーいバカ、酒持ってきたぞ」
「エビはもう料理出来てるからいいタイミングだ……って、バカって言うなよ!」
 ルナティエールに反論したセシルは、セディたちが料理を大量に抱えて動けなくなったエフェメリスを見ていることに気がついて、脱力。
「ご覧の通り、暴食の化身様の成れの果てだよ」
「甘いのだよ、セシル」
 そのエフェメリスの先程までとは大違いの余裕しゃくしゃく声に、思わずセシルは料理の山に目を向けるが、驚くべきことにさっきまであったはずの大山が、今や小ぶりの山にまで変貌を遂げていた。
「リリトとセディ兄二人は一気に相手できねえ、さっさと食べちゃおう」
 言ってセシルは厨房へ作り上げた海鮮料理、お寿司や刺身を素早く広げると、彼らは未だ手持ちの料理に苦心しているエフェメリスを置き去りに、一斉に食事を始めた。




 辺りが暗くなってくると、各テントごとに明かりが灯された。砂浜にはミリアの海の家を中心に簡易テントがいくつも張られ、浜辺は祭りの出店を想起させるような場所になっていた。
 必然、食べ歩きの人間が現れるのは当然のことで、毒島たちはその一人である。さっきは蟹料理のスペースでカニを茹でた料理にありつき、今は揚げたてのエビフライを食べながら次は何を食べようかと物色している真っ最中。
「美味だな、これは」
 そう言って毒島が振り返ると、アルテミシアはイカリングとお酒を出しているお店に夢中であり、他の二人も同様にそれぞれ別の出店に目を光らせている。
 なんとなく寂しさにさいなまれた毒島だが、そんな感情もエビフライを一口、二口とかじる間に忘れてしまう。
 やがて四人は合流すると、また別の食べ物を求めて砂浜の中を歩き出した。その時、毒島たちは向かい側から歩いてきた郁乃たちとすれ違う。
 彼女たちも、食べ歩きの一グループだった。
「予想通り、色んなものがあるね!」
 上機嫌に郁乃が言うと、プラスチックの容器に入ったエビの味噌汁を美味しそうに飲んでいた桃花が、ふと出店の一軒を指さした。
「あそこはお刺身を出しているようですよ」
 その言葉に、荀灌が弾かれたように出店に駆け寄っていく。
「荀灌、お刺身食べたかったんだもんね」
「はい。あ、待ちきれなくて、もらった途端に食べてますね」
 微笑ましそうに荀灌を見つめる二人。荀灌はとても幸せそうな顔をしながら二人に向かって駆けてくる。一方、そのあとに刺身を受け取ったマビノギオンも、頬を押さえながら嬉しそうに二人のところへ戻ってきた。
「桃花、私たちも食べよっか!」
「はい、郁乃様」
 二人は刺身を受け取り同時に一口ずつ頬張ると、また二人は見つめ合って微笑んだのだった。




 椿 椎名(つばき・しいな)の簡易テントは、最初はの頃は大盛況だった。草刈子幸たちも椎名の出す料理を大層気に入っていたようで、さっきまではテントの前に置いたテーブルにずっと居座っていたのだが、椎名がデザート出したあと。
「とても美味しかったであります! では自分たちはそろそろ他のところも回ってみるのであります!」
 と、高らかに宣言をし、デザートを食べたあとだというのに、残っていたボイルのエビをまた一口食べると椎名のテントを後にしたのだった。
「だから、デザートは作らないほうがいいと思うよ〜って一応言ったんだけどなー」
 椎名の張ったテントのお隣さんの場所から、ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)が言わんこっちゃない。といった表情で自家製の天丼を持ちながら椎名を眺めている。
 デザートを味見させられるのを恐れ、彼女は前もって避難していたのだ。ちなみに天丼は食べに来た人たちに大変好評だったので、彼女はだいぶ上機嫌である。
「さて、いつのタイミングでテントに戻ろうかなあ……」
「ソーマ、なんでこんなところにいるんだ?」
「マスター!? 何故急に目の前に!?」
「お隣さんに砂糖を借りに来たんだよ。もしかしたら甘さが足りないのかもしれないと思って」
「まだ甘くするの!?」
 驚愕の叫び声をあげるソーマ。そしてそんな彼女を前にして、椎名は全く彼女の心中など意に介さず、笑顔で一言。
「ソーマの分のデザート、もう出来てるぞ。今日のは中々自信があるんだ、食べてくれるよな?」


 テントから椎名は離れ、砂浜から少しずれたところにあるヤシの木の下で、フッとため息をついた。
「結構今回は自信作だったんだけどなー」
 辺りは既に暗く、夜空に爛々と輝く星々を椎名は力なく見上げる。意地もあって「残すなよ!」と、ソーマを一喝したものの、その時のソーマの縋るような潤んだ瞳は、正直椎名にとってだいぶ堪えるものだったらしい。
「デザート作り、やめよっかな……」
 椎名がため息混じりにそんなことを言い出した時、近くでシクシクと微かに泣き声が聞こえた。椎名は気になってそちらに向かってみる。
 そしてそこには、ボロボロの衣服に焦げたカニの甲羅を散りばめたボロのようなものを纏って体操座りですすり泣いている武神牙竜の姿があった。
 彼女は無言で少し武神を見つめたあと、そっと自分のエプロンと持ってきていたカニクリームのショートケーキを彼の前に置くと、その場を立ち去った。
「へこたれてる場合じゃないな。次からもデザート作り頑張らないと」
 椎名はさっき自分が吐いた弱音を早々に撤回すると、先程とは全く違う目でもう一度、爛々と輝く夜空を見上げたのだった。