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1章【海の幸、調達作戦:パラミタテッポウエビ(西岩礁)後編】



 岩礁の一角では、芦原 郁乃(あはら・いくの)が簀立ての仕掛けを作り上げていた。秋月 桃花(あきづき・とうか)は簀立ては魚を捕らえる仕掛けじゃ? と、内心思いながらも郁乃のやろうとしていることだから、言葉に出さず温かく見守る姿勢でいるようだ。
 蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)も半信半疑ながら郁乃の言う通り、仕掛けの中へ光術で光を灯している。
 しかしその中で、荀 灌(じゅん・かん)だけは、なんの疑いも持たず、仕掛けにエビがかかるのは今か今かと待ち侘びていた。
 桃花に教えてもらった料理が、どうしても食べてみたかったのである。
(絶対にエビを捕まえて、美味しいエビ料理を食べるんです! やるです! やってやるです!)
 彼女たちは各々様々な気持ちを持ちながら、エビがかかっているのを待っていた。
 一方、簀立ての仕掛け作戦に乗っかることにしたルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)は、小型飛空艇に乗りながら空から仕掛けを眺めていた。
「本当に引っかかるのかなーあの仕掛け」
 ルナティエールたちはもうずいぶんと空中を旋回し続けている気がするのだが、未だに郁乃が作った仕掛けにエビがかかる様子はない。
「我が姫の言う通りだ! 世界のエビは私のものだというのに、なぜまだ現れんのだ!」
「そんなことルナは一言も言ってないけどねえ」
 ルナティエールの飛空艇に乗っているセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)に対して、夕月 綾夜(ゆづき・あや)は箒にまたがりながらやんわりとツッコミをいれる。
 不満げな感情をあらわにしていたセディだが、ふともう一度下を見ると、仕掛けに数匹の巨大なエビが引っかかっているのが見えた。
 遂にエビが仕掛けに嵌ったのだ。
「ふふふ……やっと現れたな。その巨体、私が余すことなく喰らい尽くしてくれよう! さあ、我が姫! 飛空艇を下に!」
「はいよー、了解」
 興奮を抑えきれないセディにルナティエールは笑みをこぼしながら、飛空艇を一気に上空から降下させる。
 地上では既に数匹のエビが岩礁に上がっており、簀立ての中にも何匹かのパラミタテッポウエビが泳ぎ回っている。結果的にこの仕掛けは大当たりだったようだ。
「ちょっと予定は変わっちゃったけど、よし、行くよぉ! 桃花! 荀灌!」
 郁乃がそう叫ぶと、まずは桃花が陸にあがったエビたちの前に躍り出た。それを見て、エビたちが一斉に桃花に向かってソニックブームを撃ち出す。
 桃花は少しも焦らずライチャスシールドを構えると、全てのソニックブームをその盾で防ぎきった。
「なんとか持ちこたえそうですね。郁乃様、荀灌様は桃花の後ろに付いてください」
 二人は言われた通り桃花の後ろに付くと、桃花は盾を構えたままジリジリとエビたちへ近づいていく。
 その緊張感に耐え切れなかったのか、エビたちは桃花たちから距離を取ろうと、尾を思いっきり岩肌に叩きつけバックステップし、そして思いっきりその背中を背後にあった氷柱へと強かに打ち付けた。
「今です、みなさん!」
 氷術を使ったマビノギオンが、桃花たちに向かって叫ぶ。それに応じて素早く桃花は二人にパワーブレスをかけると、郁乃と荀灌は桃花の背中から飛び出し、怯んでいるエビたちをそれぞれの武器で斬り倒した。
 郁乃は振り返ると、桃花に向かって喜びの声をあげる。
「やったよぉ、桃花! これで美味しいエビ料理が食べれ……るね……」
 しかし、何故かその言葉は尻すぼみになり、郁乃は何故か桃花の後方を見ていた。
 桃花は不思議そうに首を傾げながら振り返ると、
「これは……」
 桃花の後ろ、正確には簀立てを仕掛けた位置には、十匹近いエビ達がぞろぞろと陸に上がってきていたのだ。
 郁乃が言葉を失うのも無理なかった。だが、続々と陸に上がってきているエビたちの一匹が不意に吹き飛ばされた。
「串刺しにするつもりが吹き飛ばしてしまったぞ。まあいい、あとで拾えばいい話だ」
 ハルバードを突き出したままの姿勢で、セディが不敵に笑う。その上空を、飛空艇に乗ったルナティエールが不規則に飛び回り、エビたちの気を引き始めた。
「海老は私のものだ、誰にも渡さん! はーっはっはっはっ! ランスバレストォ!!」
 そうして隙が生まれたエビを、セディが片っぱしからハルバードで貫いていく。しかも逃げようとしたエビたちは、例外なく夕月のファイアストームで足を止められていた。
「うわーこれじゃまるで虐殺みたいだねー」
「馬鹿に持っていく分も十分ありそうだな」
「間違いないね」
 火柱の中で次々とエビを仕留めていくセディを見ながら、二人は言葉を交わした。ルナティエールと夕月の頭の中は、既に食べる時のことについて考え始めているようであった。




 簀立ての効果は絶大だったようで、その後も簀立て周辺の岩礁には我先にとパラミタテッポウエビたちがうじゃうじゃと陸に上がってきていた。
「おいおいおい、なんだってこんなにうじゃうじゃいやがんだよ!?」
 続々と現れるエビたちを見て、草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)が驚愕の声をあげる。
「自分が、仕掛けの助けになればと加能さんから頂いたスルメイカを周辺にまいたのであります!」
 その驚愕に対して、答えを発する草刈 子幸(くさかり・さねたか)
「まるでザリガニじゃのおぉ」
 地球人なら誰でも思う疑問を、何故か鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)が代弁。
 そうこうしている内に、エビたちの一匹が彼らに気づいて太い片ハサミを大きく開く。
「海にもう一度逃げこまれては厄介であります。バクヤ、ツキ、一気に仕留めるでありますよ!」
「了解じゃけえぇ、やってまえばくやん!」
「黙れバカツキ! 言われなくてもやってやらあ!」
 そう言って草薙はエビに向かって岩場を器用に駆け、一気にエビに迫ると持っていた岩巨人の腕を今まさに閉じようとしていたハサミへと強引にねじ込んだ。
「バクヤ!」
 小幸の言葉に応え、鉄草はロープを素早くエビに向け投げる。するとそのロープはハサミを岩ごとぐるぐる巻きに固定して、ソニックブームを完全に封じることに成功した。
「あとはトドメであります!」
 鉄草がロープを投げると同時に既に走りだしていた小幸は、両手にルミナスシミターを構えて猛然とエビに迫る。と、
「おわっ!?」
 今まさに勢いそのままに斬りつけようとした矢先、小幸は隆起した岩に足を取られ豪快に転ぶと、そのままエビへボディタックルをお見舞いした。
「ふ、不覚であります……」
 小幸は転んだ拍子に打ち付けた部分をさすりながら、ぼんやりと上を見上げる。そこにはロープでぐるぐる巻きにされた太いハサミを大きく振り上げているエビの姿があった。
 しかし、その時後方から何発か銃声が聞こえた。それと同じだけの甲高い金属音のようなものが聞こえ、エビが大きくよろめく。
「残念だがお前に勝利の二文字が輝くことは永久にない。大人しく俺達の血肉になるがいい!」
 エビから一番離れている鉄草よりさらに後方。スナイパーライフルを構えながらエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が高らかに叫んだ。
 この隙を逃さず、小幸は怯んでいるエビの腹部にルミナスシミターを突き刺す。エビは一度その身をビクンと跳ねさせたが、その後ピクリとも動かなくなった。
「絶妙な援護、感謝するであります!」
 エビからルミナスシミターを引き抜いた小幸が、エヴァルトに謝意を述べる。それを見た水中銃を構えていた鉄草と、大太刀を構えている草薙は実に不満げであった。
 どうやら他人に良い所を持っていかれた、と思っているらしい。
「せっかくこれだけ獲物がわんさかいるのだ。俺が援護する、お前達は心置きなくエビたちの息の根を止めてしまえ!」
 エヴァルトそう言うか否か、まだ辺りに点在していたエビたちを、やたらめったら撃ち始めた。
「踊れ踊れ! お前らの命もここまでだ! せめてお前らに捧げるレクイエムに合わせて、ステップでも踏むがいい。ただし、レクイエムは俺の銃声だがなあああ!」
 完全に振り切れているエヴァルトのテンションに三人は若干引き気味だったが、その射撃は正確でエビの太いハサミや移動手段となる尾を撃ち抜き、彼らの周りには今やのた打ち回るエビたちがゴロゴロと転がっていた。




 近くで連続で銃声が聞こえ、天心 芹菜(てんしん・せりな)たちと対峙していたエビはその音に驚いたのか、尾を使って一気に後ろへと跳ねた。
「逃がすな、芹菜!」
 ルビー・ジュエル(るびー・じゅえる)が芹菜に向けて叫ぶ。
「わかってるよお!」
 言葉と共に芹菜が火術による火焔をエビに向けて放ち、それはエビの尾に見事に命中。ぐらついたエビを見て、すかさずルビーが取られた距離を再び縮め、太いハサミに向かってツインスラッシュを繰り出した。
「トドメだ、芹菜!」
「わかってるってばあ!」
 エビの太いハサミが胴から切り離され、宙を舞うのを見ながら芹菜はエビに近づくと、両手のひらをエビの頭の上に載せた。
「ごめんね」
 雷術をゼロ距離で放たれたエビはたまらず痙攣すると、バタリとその場に倒れ伏す。
「頭がパーンっていくかと思ったけど、いかなかったね」
「怖いことを言うな」
 芹菜の過激発言に思わずツッコミを入れるルビー。
「もう一匹ぐらいいっとこうか!」
「そうだな、人数も朝に見たところたくさんいたし、多く獲っておいて損はないだろう」
 次のターゲットを探そうと、二人の意見が一致した。二人はさらに岩礁の奥へ向かおうとするが、二人の視線の先には猛然とバックしてくるエビの姿があった。
「あっさり見つかったね!」
 芹菜は嬉しそうな声を出すが、ルビーは迫り来るエビよりさらに奥側へ視線を向けていた。
「いや、残念だけどこのエビはもう先客がいるようだ」
 ルビーの言う通り、エビは芹菜たちに気づかずその少し手前で止まると、その太いハサミを直角に開いたあと勢い良く閉じてソニックブームを目の前に放った。
「よし、今が狙い目だよ」
「オッケー任せて!」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がソニックブームを回避しながら、真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)に指示を飛ばす。
 西園寺は軽快に岩場を走りながら縄を取り出すと、閉じたままのエビのハサミを瞬く間に固定してしまった。
「鮮度の良い状態で届けたいからねぇ。ホントは生け捕りにしたかったんだけど……この大きさじゃ無理かなぁ」
 佐々木のその言葉に本能的に危機を抱いたのか、エビはまた後ろへ逃げようと尾を思いっきり岩肌へ叩きつける。
「逃さないよ!」
 エビの退避行動に、すかさず西園寺は後を追おうとするが、意外なことにエビはバックステップではなく、加速して西園寺に向けてボディタックルを放ってきた。
「すてみタックル!?」
 これには西園寺は虚を突かれたようで、間一髪転がるようにしてその攻撃を躱すが、エビは依然としてその速度を緩めない。
「佐々木!」
 エビの本当の狙いは西園寺ではなく佐々木だったようで、エビはその身を弾丸のように丸めながら凄まじい速度で佐々木へと突進する。
「大丈夫です、先生」
 しかし、佐々木は至って呑気にそんなことを言うと、ゆっくりとモノケロスを構えた。
(実際に獲ってみて、初めて食材の有り難みがわかるというものです。大変だなぁ漁師さんは)
 食材が頼めば届く有り難さを噛み締めながら、佐々木は迫り来るエビに視線を集中させる。チャンスは一瞬。外せば無事では済まないかも知れない。
 弾丸のように身を飛ばしていたエビが、岩礁の凹凸にかすってやや体勢をぐらつかせた。佐々木はその一瞬のチャンスを逃さない。
「ふっ――!」
 猛然と迫るエビに、神速の速さでモノケロスを突き出す佐々木。その一撃は見事にエビの胸部を貫き通す。
 だが、エビも大層な速度で佐々木に迫っていたため、刺されて息絶えても減速せず、その身体は自らの雪辱を果たすように佐々木に直撃した。
「がっ!!」
 吹き飛ばされる佐々木。だが、その身体をいつの間にか後ろにいた芹菜とルビーが、二人がかりで受け止めた。どうやらいつでも援護できるように準備していたらしい。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫か?」
 佐々木は同時に芹菜とルビーに声をかけられ、自分の意識がはっきりしていることを自覚する。
「大丈夫かあ〜、佐々木ぃ!」
 向こうからは西園寺も駆け寄ってくる。佐々木は二人に礼を言って立ち上がると、四肢がしっかり動くか全神経に試しに指令を送ってみた。
「痛いですねぇ」
 身体中がビリビリと電撃が走ったように痛んだ。苦々しげな顔をしてそう呟いた佐々木に、芹菜たちは当然そうな顔をして佐々木を見ている。
「凄い勢いであなた吹っ飛ばされたんだよ? あたしとしてみれば、立ち上がれることに驚きかなあ」
「同感だな」
 二人の言葉を聞いて、さらに苦い表情になる佐々木。彼は駆け寄ってきた西園寺を見て、一言ポツリともらした。
「やっぱり食材が自由に手に入るのは有り難いことですねぇ」