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リアクション
第三章
1.
――タシガン北部。
古文書の解析によって得られた情報を元に、生徒達は探索に向かっていた。
志願した生徒は多く、到着地までは2グループに別れることになった。あまり大人数で移動をするのも、かえって非効率的だったからだ。
霧に覆われた深い谷底。そこに辿り着くまでも、探索の道のりは容易なものではなかった。
とはいえ、マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)は元気いっぱいだ。お宝ときけば、黙っている彼ではない。
「さー、まだまだ、頑張って行くアルよ〜!?」
前回の御前試合では、なかなかのぼろ儲けをした彼だが、今回もなにか掘り出し物がないかと瞳を光らせている。
「隠された洞窟にはお宝が眠っているって烏龍様のお告げがあったアルよ!」
そう、やる気まんまんだ。ちなみに彼の理屈でいえば、見つけたものがその所有権があるべきであり、つまり一番乗りしてまるっといただきたい! というのが本音である。そのため、のんびりと愛くるしい外見とは裏腹に、ぴょんぴょんと実に身軽に、霧の中を跳ねていく。
「ったく、あの着ぐるみパンダは碌な事思いつかねーな。かったりー」
それを必死に追いかけ、北条 御影(ほうじょう・みかげ)は、そうため息をついた。わずかに息もあがっている。言葉はどうあれ、根は真面目な御影は、やはりイエニチェリに引き渡すのが筋だと思うのだ。実際隠されているものに関しては、興味はとくにないのだが。
「御影殿! ささ、こちらへ!」
「……そっちはどう考えても行き止まりだろ」
「おお! これはしたり! ではやはりこちらへ!」
「わかったよ。ったく……」
一方で、豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)は、毎度のことながら空回り気味なほどに張り切っていた。
(いえにちぇりが探すほどのものとあらば、さぞかし重要な場所のじゃろうな。此処は矢張り天下統一への足掛かりとして、御影殿に発見して頂いて名を上げねばなるまい……!)
在る意味、涙ぐましいほどの臣下愛である。
「わざわざ熊猫君の道楽に付き合うなんて、ハニーはまるで彼の母親のようだねぇ」
おもしろがっているのは、フォンス・ノスフェラトゥ(ふぉんす・のすふぇらとぅ)だ。トカゲの姿で、御影の頭の上に張り付いている。彼だけは、この足場もなにも関係なく、物見遊山といった風情だ。
「母親ぁ? 仕方ないだろ、面倒事でも起こされる訳には行かねぇし、やっぱ放っておく訳には行かねーからな」
「そういうところが母親のようなんだよ。母性的なのは悪い事では無いとはいえ、そんなに心配性ではストレスで体を壊してしまうよ? まあ、その時は僕が手取り足取り看病してあげても構わないけれど」
頭の上から御影を覗き込み、フォンスは本気とも嘘ともとれない口調で告げる。
「……断る」
「おや、残念だ」
そうは言うものの、フォンスは満足げだ。結局、御影がなんともいえず困った顔をしただけで、彼にしてみれば充分なのだ。……彼は彼で、困った人(?)である。
「北条殿、あまり急がず」
オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が、髭を揺らしつつそう声をかける。
「あ、ああ。すまねぇ」
そう侘びた御影は、オットーの手に持つ棒に目をやった。
「オットー君。それはなんだい?」
フォンスが尋ねると、オットーは胸を張り、悠々と答えた。
「それがしは考えた。名うてのフラワシ使いのご領主様の力の源、求める宝、これは地球のみならずパラミタにもあると聞くコリマ・クリスタルにゆかりがあろうかと! ここはひとつ、ダウジングでコリマ・クリスタルの気配を……」
「コリマ・クリスタルねぇ」
御影も聞いたことはあるが、果たしてそれがこんなところにあるものだろうか??
しかし、『クリスタル』という響きを聞きつけたのだろうか。いつの間にやらマルクスが聞き耳をたてていた。
「クリスタル、アルか!?」
「お前、いつのまに戻ってきてんだ……」
げっそりと御影が突っ込むが、マルクスはろくに聞いちゃいない。
「それが反応したところに、お宝がアルね!? 鯉ちゃん、頑張るアルよ!」
「お、おう?」
応援は嬉しいが、『鯉ちゃん』というあだ名には、若干抵抗したいオットーであった。
その一方で。
「あー、タシガンにしちゃあ珍しくいい天気だなぁ…昼寝日和だよなぁ」
久途 侘助(くず・わびすけ)がのんびりと呟く。
少しばかり肌寒いが、その分日差しの暖かさが感じられて、昼寝には絶好のコンディションだ。
もちろん目的は洞窟探索だが、ついつい昼寝によさそうな場所を侘助の視線は探していた。
「おいおい。遠足じゃねーぞ?」
そう窘めつつも、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)の口元には笑みがある。
下手にぴりぴりしすぎているよりは、よっぽどいいとは思うからだ。
「……イコン基地のほうは、どうなっているのかな」
クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が、塔の方向を見やり、呟いた。ここからは、どう目をこらしたところで、戦況はわからない。しかし。
「大丈夫だろ。獅子も協力するって話だし」
光一郎は、あえて力強くその問いかけに答えた。しかし。
「ただ、ウゲンがどう動くかってのが、な」
そう続けられた言葉に、侘助とクリスティーは、表情を厳しくさせた。
おそらくは、洞窟にあるものは、ウゲンも欲しているものに違いない。それをわざと薔薇学に餌として放り出す理由は、ひとつしか考えられない。……そこになんらかの危険があり、薔薇学の手によってそれが排除されたときに、横から頂くつもりなのだ。
「メダルに反応はなかったんだな?」
侘助に尋ねられ、光一郎は頷いた。
ウゲンがイエニチェリの動向を掴むため、メダルになにかしらの仕掛けを施しているのではないかと光一郎は踏んでいたのだが、そちらは空振りだった。
かといって、なんの妨害もないとは、到底思えない。
「つってもな。虎穴に入らずんば虎児を得ずってこった!」
ぱん! と光一郎が拳で手のひらを叩く。そう、彼らが気合いを入れ直した時だった。
黒い影が、崖に狭められた空を覆う。
頭上にあらわれた三体のイコン。それは、如月 和馬(きさらぎ・かずま)グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だった。
彼らは、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)の契約者、ジル・ドナヒュー(じる・どなひゅー)が密かに手引きをしたことによって、この地を特定していたのだ。
「噂をすれば、おいでなすったか」
光一郎が、ふんと鼻を鳴らし、上空を見上げる。リアたちの部隊も、すぐに気づくことだろう。
「さっさと洞窟と昼寝場所確保したいっつのに」
侘助が顔をしかめ、本気とも冗談ともとれぬことを口にした。
巨大イコン三体を相手に戦うのは、リスクは大きい。しかし、退くわけにはいかないだろう。
――生徒達に、緊張が走った。
……なお、マルクスはとうに光学迷彩を使用し、雲隠れしたことは、付け加えておく。
「そうきたか……」
場所は判明したものの、さらなる情報を求めて、引き続き古文書の解読にあたっていたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、クリスティーからの『声』に呟き、ブルタを見据えた。おそらく彼からの情報だとはわかっている。わかってはいるが、確たる証拠はなかった。
「どうかしたの?」
ブルタが、にたりと魔鎧の口を開けた。みしみしと鎧が軋む。
「いや。……北部の探索隊が、テロリストとして指名手配されている者たちのイコンに襲われたようだ」
挑発を無視し、クリストファーは冷静にその場の者たちに告げた。
直が眉根を寄せる。基地から、支援のイコンを出すべきかどうか、咄嗟に迷ったのだ。
今、シパーヒーは出来る限り動かしたくはない。しかし。
「彼らを信じよう」
エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)の元からやってきた猫、アレクス・イクス(あれくす・いくす)の頭を撫でてやりながら、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がそう決断を下した。そして、再びアレクスを送り出す。
「心配だねぇ……」
呟いたブルタを、直は一瞬、鋭く睨み付けた。
(……そうだな、それなら)
クリストファーは、なにげなく席を立った。
「少し、外に出るよ。……クリスティーが心配だ」
そう言いつつ、密かにユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)を呼び寄せ、クリストファーはあることを彼女に頼んだのだった。
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