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リアクション
「どういうつもりだ!?」
永夜がライフルを向けるが、天音は器用にルドルフを盾にし、その銃口を避ける。
その動きに、迷いも躊躇いもなかった。
……尋人はただ、呆然と、動けずにいる。
「新たなロスト・イエニチェリというわけかい?」
ルドルフの問いかけに、天音はただ笑い、背後に漂うウゲンへと近づいた。
「お待たせ、ウゲン」
「いやいや。せっかくお招きいただいたしね。おもしろかったよ」
――ウゲンがここへ来たのは、なにより天音からの招待状があったためだった。
『他にも予定があるかも知れないけれど、ぜひ見物に来て欲しいな。イエニチェリから君への忠誠の証は、シパーヒーを手土産にする事でどう?他にもきっと楽しい事があるよ』
だからこそ、ウゲンはここで、天音を待っていたのである。
「で、それが手土産ってことかい?」
「ああ。……君に、忠誠を誓おう」
天音は、そう告げると、イスナーンのハッチを開け、立ち上がる。その身体を、ウゲンは手元へと引き寄せた。ふわりと天音の身体が浮かびあがり、ウゲンの目の前へと運ばれる。
「裏切りのイエニチェリ様、ようこそ〜」
右天がおどけたポーズで歓迎をした。
「んー、でも、言葉だけじゃ信じられないよね。……そうだなぁ、僕の靴を舐めてごらんよ。できたら、認めてあげる」
ウゲンは口元に笑みを浮かべ、天音にそう命令した。
「…………」
天音が跪く。かがみ込み、その美しい唇を、少年の足元へと近づける。
「イヤだ……なんで……」
がくがくと震えながら、尋人は目の前の光景を、信じられない想いで見つめていた。
「良い子だね」
ウゲンが満足げに、天音の髪を撫でる。
「黒崎ぃ!! なんで、なんでだッ!」
尋人の悲鳴にも似た叫びが、天音の耳に届く。その声に、うっとりと右天は微笑んでいる。
「彼の深淵に、僕の好奇心が擽られるからさ」
天音は振り返り、尋人に微笑んだ。
「…………っ!」
これは、きっと。全てが悪い夢だ。
「尋人!」
尋人がレイピアを振り上げる。悪夢を払い、たたき壊そうとするように。しかし、雷號は咄嗟にビーシュラを後方に退かせた。
これ以上、尋人をそこにいさせてはならない。
後でどれだけ尋人から責められようと、イエニチェリとしての誇りよりも、彼の生命。そして、心を護るために。
(悪趣味には感心せんな。だが、それがお前の覚悟なら付き合おう)
イスナーンに留まったブルーズが、内心で呟き、己の契約者の姿を見つめる。
人々の驚きと戸惑い、そして怒りの視線の中、天音はただ、悠然と背筋を伸ばし、そこにいた。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。シパーヒーはちょっと残念だけど、イエニチェリつきなら充分だしね」
ウゲンは伸びをすると、眼下の人々に微笑みかけ、優雅に一礼をした。
「それでは、ごきげんよう。僕はしばらくタシガンから離れるけど、また遊んでよね」
指を鳴らし、そして。
ウゲンと、配下の者たちの姿は消えた。
「待ちなさいよ!」
ゴーストイコンが消え去る寸前、ルカルカは誘導ビーコンを新式ライフルで打ち込んだ。……しかし、ビーコンの反応はすぐには無い。果たして間に合ったのか、ルカルカにはわからなかった。
そのころ、タシガン市街では。
「俺様は市民の味方だ! 黒崎のばーか! あほーっ! ウゲンに掘られろーっ!」
変熊 仮面(へんくま・かめん)がそう怒鳴りながら、愛機、高機動型シパーヒーの腕を振り回す。
天音の要請により、一度はイコンの徴収に対して応じる姿勢は見せたものの、やはり、せっかく御前試合の一件以来、軽量化コンセプトはそのままに今や薔薇学屈指の美しさに改造していたイコンを手渡すのは癪だ。
しかも、戦闘が始まったとあれば、なおさら。変熊は、タシガンの市民が巻き添えとなることを警戒していた。
高機動型シパーヒーは、最低限の装甲(つまり、主にマントだ)を残しつつ軽量化を図ったものだ。イコン基地から飛び出すなり、密かにタシガン市民の壁として、変熊は流れ弾を処理し、被害が及ばぬよう奮闘していた。
天音を連れてウゲンが姿を消し、ようやく変熊は肩の力を抜く。しかし、憤りはそう簡単におさまるものではなかった。
今回は、イコン基地が離れた場所にあるとはいえ、変熊がいなければ市街にも被害はでただろう。それを本当に、市民は甘受しているのだろうか。否。
「こんな人権を無視した人物が領主のままでいいのかっ?」
ハッチに手をかけ、変熊は飛びだそうとした……が。
「視聴率と同情が稼げるのは子供と動物だにゃ〜、師匠はひっこんでろにゃ!」
お気に入りの総菜屋(唐揚げをいつももらっていたらしい)が危うく被害にあいかけたせいか、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)の勢いも激しい。変熊を踏み越え、薔薇学マントを靡かせて、可愛らしくも雄々しく立ち上がった。
「こんな、いたいけな僕が乗るイコンを攻撃するにゃんて…ウゲンって酷い奴だにゃー!みんな僕の仇を……」
そこまでを口にすると、やおら苦しげに呻きながら膝をつき、ばたりとにゃんくまはその場に倒れた。……ようするに、死んだふりで、市民の同情を買おうという腹らしい。
「にゃんくま、いい所をとるな!」
踏みつけられたまま、そう抗議する変熊に、ぼそりと。
「師匠、そこで大げさに泣きながら帰還だにゃ。これでばっちりにゃ!」
「お、おお! そうか! ……おお〜、我が友、にゃんくまよ〜!!」
がばりと起き上がり、多少、いやかなり大袈裟に変熊が嘆きながら、にゃんくまを抱きかかえる。これはなんという感動のシーンだろう。さぞかし人々の胸を打つに違いない……!
……が。
「ん?」
悲しいほど、周囲には人気がない。熱演も魂の訴えも、聞く人がいなければただただ空しいばかりだ。
「師匠、バカみたいにゃ」
自分がやらせたくせに、にゃんくまはさっそく他人事で呟く。
「なんだと! っていうか、何故市民は反抗しようとしないのだ!」
ダンダンと、ハッチの上で変熊は地団駄を踏んだ。
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