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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第二回

リアクション

   

御前試合、五日前〜葦原の町〜


「ったく、えれーことになっちまったんなぁコンチクショー」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、葦原の町を見て、何度目かの呟きを漏らした。
 触手と大蛇によって破壊された町は、事件から十日以上が過ぎ、大分片付いてはいた。
 避難民のために葦原城の一部を開放してくれ、というアキラの要請はすんなり聞き入れられた。避難民だけでなく、復興のために集まった人々の臨時の宿泊施設としても使われた。元より、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)もそのつもりだったらしい。
 町民がいない間に瓦礫や触手を片付ける計画だったのだが、アキラはこれを、触手の穴に埋めようと提案した。
 これはハイナも予想外だったらしく、緑の目をぱちくりさせると、
「思いがけないことでありんした……」
と頷いて、了承してくれた。
 触手は、ミシャグジの活動が停止した後、花が萎れるように小さくなり、五人ほどですんなり引っこ抜けるほど軽くなった。更に火を付けたら紙のように燃えてしまった。
 アキラはガーゴイルやゴーレム、スクィードパピーを使って、瓦礫を集め、どんどん穴を埋めていった。
 問題は大蛇だった。こちらも触手と同様に動かなくなったのだが、死んだわけでも力を失ったわけでもなかった。小さく、鼓動していることが判明していた。
 幸いにして、殴っても叩いても火をつけても動きそうになかったが、さすがに燃やすのは躊躇われた。ショックで起きて暴れたら事だ。
 仕方がないので、穴に戻すことになった。
「そーいやミシャクジっつったら東日本を中心に広まっとる土着神信仰の神さんやなぁ……。オレ、関西やからあんま知らんねんけども」
 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は、長々寝そべる大蛇を見つめて呟いた。
 裕樹は瓦礫撤去のついでに【名声】と【根回し】を使い、あちこちの人に声をかけまくっていた。それをヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)に見咎められ、「ナンパするなら手伝いなさい!」と大蛇の片付けに駆り出された。
 先日の大蛇騒ぎに裕樹は関われなかった。が、しかし、事件に関わっていない者の視点で何か新しいモノを発見できるのではないだろうか。当事者や関係者では見落としがあったモノなどは……。
 などと考えていたのは、一瞬で、
「考えてもしゃーないし、見つからんのもしゃーない」
と、大蛇を移動しやすいように、周囲の細かい瓦礫を遠くへ放り投げていく。
 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が、恐る恐る大蛇に触れた。
「起きたりせんじゃろうな?」
「大丈夫だろ」
 多分、とアキラが心の中で付け加える。しかし、しばらくしてルシェイメアはかぶりを振った。
「……駄目じゃ。生き物だからか、何も読み取れん」
「【サイコメトリ】も万能じゃないかんなぁ」
 触手の方も、全く何も感じられなかった。
 アキラは諦めて、ゴーレムたちに指示を出した。ズル、ズルと大蛇が移動し、その後に這ったような筋ができていく。
 裕樹はそれを、ぼんやり眺めていた。――と、
 わん!
 鳴き声がして、飛び上がった。
「い、犬、犬……」
「あら」
 ひょいとヨンがその子犬を拾い上げた。
「可愛いワンちゃん。お前も迷子なの?」
 ヨンは、見回りをしながらペットや家畜の面倒も見ていた。子犬はヨンの腕の中で、パタパタ尻尾を振っている。
「そ、それ、それ……」
「どうしたんですか?」
「どっかやってくれ! 頼むわ!」
 ヨンは目を丸くした。裕樹は硬直したまま、ただ叫んでいる。
「……こんなに可愛いのに」
 ヨンが覗き込むと、子犬はまたわん! と鳴いた。


 セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)は、町の一角に出来た救護所にいた。作業をしている者たちが、転んだ落ちた掠った、と様々な理由でやってくるので、それなりに忙しい。
 休憩時間に、カモスゾーを置いて自分たちの部屋を見に行った。片付けを後回しにしたので、まだ家具や本が散乱している。
「困ったものです」
 足元の雑誌や本、衣類を目につく端から拾い上げる。アキラの部屋の前に落ちていたそれを手にしたとき、セレスティアは硬直した。
 そして、そっと戻した。
「何も見ていません。気づいていません……さ、次次」
 セレスティアの脳から、表紙の一糸纏わぬ女性の姿は削除された。
 もちろん、別の部屋の人間が後で発見し、こっそり没収されたのだった。


 ルシェイメアの【防衛計画】に従い、町は着実に整備されていった。しかし、避難しやすいように、との彼女の意見には待ったがかけられた。
 城下町という体質上、避難しやすいことはイコール攻撃されやすいことなりかねない。真っ直ぐで広い道は避難に適しているが、敵の進軍も受け入れやすい。
 どちらにすべきかは、藩の重臣に委ねられた。
 とはいえ、町民たちはそんな判断を待っていられるほど気が長くない。
 サオリ・ナガオ(さおり・ながお)が言ったように、
「災害からの復興はスピードが肝心ですぅ。けれども、スピードを優先するあまり、葦原の人々にとって住みにくい街になっては本末転倒ですぅ」
というわけで、ほぼ前と同じ町並みに戻りつつあり、掘っ立て小屋もちらほら見られるようになっている。
 サオリは【機晶技術】と【先端テクノロジー】を利用し、シャンバラの諸都市で用いられている、地球とパラミタの技術をミックスした手法を取り入れた。これで大分、工期の短縮と作業の効率化を図れたはずだ。
 中には無論、新しい技術に拒否反応を示す者もあったが、ミシャグジ事件の際、ハイナから感謝状を贈られたというサオリの功績は、彼らをして「恩人の顔を潰すわけにいかねぇからな」と言わしめるに十分なものだった。
 レイカ・スオウ(れいか・すおう)は、【鬼神力】で重い木材を運び、屋根の上へ持ち上げた。いつもより体は大きいものの、可愛らしい女性のその姿に人々は驚愕し、そして喜んだ。
 レイカは休憩時間に煎餅を齧りながら、自分はミシャグジ封印の手伝いをした、と話した。自慢ではなく、その間に町で何が起きたか訊くためだ。
「あんたみたいに可愛い娘さんが戦ったのかい?」
 大工のおかみが、へえと感嘆の声を上げた。
「それが、やりすぎて力尽きて、気絶しちゃったんです……」
「ああ、そりゃそうだろうねえ」
 おかみはうんうんと頷いた。女だてらに活躍したというより、同情を引いたらしい。レイカの質問に、彼女は周囲の仲間を集めて答えてくれた。
「怪しい奴、ねえ……そういえば」
 一人が言った。「いや、怪しいんじゃないよ。ただ、ほら、あそこの人」
 指差された先には、ぼうっと川の流れを見つめている若い女性がいた。
「この前、所帯を持ったばかりなんだが、旦那が帰ってこないんだってさ」
「それは、今回のことで……?」
 レイカが尋ねると、彼女はかぶりを振った。
「前の晩から、さ。単にコレのところかもしれないけどね」
 小指を立てて、あははと笑う。「真面目な男って評判だったけど、実はどうだかね。でもそれで、騒ぎに巻き込まれておっ死んだんなら、気の毒でね」
 触手や大蛇に食われた者、潰された者もいる中で、全く別の理由で帰ってこないとすれば、それはどこかへ逃げたか、或いは――。
漁火(いさりび)に操られた、ということ……?」
 レイカは気の毒なその女性に、その可能性を告げるべきか迷っていた。


 藤原 時平(ふじわらの・ときひら)には、パートナーであるサオリの考え方がどうしても理解できなかった。
 赤の他人である葦原の町のために、全く何の見返りも求めずに汗水垂らして働くサオリに、
「まったく、麿ともあろう者が何たる阿呆と契約を交してしまったのでおじゃろうか!?」
と憤慨し、時平は見回りに行くという名目で現場を離れてしまった。
「ここは、被害が少なかったでおじゃるか……」
 一応、「仕事をしていますよ」というポーズのためにぶらぶらしていた時平は、やけに賑やかな通りに出た。見れば、職人たちに甘酒を振るっているではないか。
「麿にもくれ」
 時平はちょうど空いた床几に腰を下ろした。
「ええ、どうぞ」
 にっこり笑ったのは、久我内 椋(くがうち・りょう)だ。
 漁火に別邸を隠れ家として提供した一方、こうして町で善い行いをする。これには二重の意味がある。一つは無論、疑われないためのカモフラージュ。もう一つは、純粋に勤め人たちの今後を考えて。もし椋がいなくなっても、店自体は残れるようにだ。
 しかし漁火が、別邸にいたのはほんの一時だった。彼女は、椋が自分に興味を持ったことを面白がっていた。
『好きになさってくださいな』
 信頼された、と思っていいのだろうか。漁火が何を考えているのか分からない。椋は、「不可思議な籠」に「漁火の心」と書いた紙を入れてみた。どんな答えが出るのか、楽しみだ。
 椋が引っ込むのと入れ違いに、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が出てきたが、時平は気づかなかった。それよりも、「ヤハルさん」という声に飛び上がりそうになった。
 軍服姿の叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)が近寄ってくる。ただし時平ではなく、樽に座って団子を頬張っているヤハルにだ。
 何じゃ、麿以外にもさぼっている奴がおるではないか、と時平は思ったが、見咎められる前に退散した。
 白竜と羅儀は、聞き取り調査を行っていた。取り分け興味を覚えたのが「梟の一族」だ。
 シャンバラ教導団の制服は、町の人々に威圧感を与え、話を聞くのには適していなかった。羅儀は、好奇心から遠巻きに見ている子供たちに気づき、お菓子を配ることを思いついた。
 案の定、子供たちがわらわら寄ってきた。羅儀は動物図鑑を開き、
「この地域で梟って見かける? どういうタイプの鳥かな?」
 クッキーを頬張ったり、飴を舐めながら、子供たちはあるページを開いた。――フクロウだ。色んなのがいるんだねー、と目を輝かせている。「フクロウって夜でも見えるんだぜー」「嘘だあ」「本当だよ!」というたわいのない会話が交わされた。
「それじゃ、でっかいムカデだか蛇みたいなのがこの地面の下にいたっていう……そういう伝承とか聞いたことある?」
 質問を変えると、ガキ大将らしき子が胸を張って答えた。
「地震は鯰が起こすんだ!」
 子供が寄ってくれば、大人もついて来る。白竜は、親らしき人々に、「梟の一族」について尋ねた。誰も、場所はおろかその存在すら知らなかった。
「――そりゃあ、隠れ里だから」
 白竜と羅儀の話を聞き、ヤハルは苦笑した。「誰にも知られないようにしないと」
 もちろん、場所を教えるわけにはいかない、とやや残念そうにヤハルは付け加えた。
「あなた方三人は、特殊な役割を担っているようだが、指示する者がいたりするのですか?」
「まあ、長老とか」
「それにしても、町の人間が誰もあなた方を知らないとは……」
「里のほとんどの者は、あそこを出ないからね。僕みたいな斥候役が半年に一度ほど出るぐらいで。オウェンは今までに一度か二度かな。ああいう男だから、目を引くんだよねえ」
カタルは? 彼の両親は?」
「カタルが町に来たのは初めてだよ。親は……どうだったかな?」
「ミシャグジの正体とあなた方の因縁が分かれば、その封印を解く者の意図も分かるかもしれません。教えてはもらえませんか?」
「僕としては教えてあげたいんだけど、オウェンが怒るからねえ……」
 ヤハルは微笑んで、すっかり冷めた甘酒の最後の一口を飲んだ。