空京

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戦乱の絆 第二部 第四回

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戦乱の絆 第二部 第四回
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リアクション


■アイシャ

 暗闇が続く空間に騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の歌が響いていた。
 それは、ウゲンにさらわれたアイシャへと彼女が届け続けていたメロディだった。
 セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)は言う。
「歌い続けなさい、詩穂様。返る声は無くとも。
 幾千の言葉より、ずっと先へ想いは伝わります」


「――ゾディアックの停止は成功したのだろうか」
 西シャンバラのロイヤルガード隊長ヴィルヘルム・チャージルの呟きに、李 梅琳(り・めいりん)が時間を確認する。
「先ほどの空間と違い、この空間では通信が行えないようですので分かりませんが……
 失敗していれば、既にゾディアックは東京湾に到達していますね」
「世界消滅へのプロセスが始まっているかもしれないわけか」
「仲間を信じるしかありません。
 それに、もし世界への干渉が行われていたとしても、
 既に何人かの十二星華はゾディアックから切り離されています。
 干渉を完了させるのを遅らせることは出来ているはず……
 その間に女王をウゲンの影響から解き放つことが出来れば、何かしらの手立てがあるかもしれません」
 やがて、一行は暗闇に浮かぶ球体へ辿り着く。
 球体には黒い影のような靄がかかっており、その中央には、アイシャの体がぼんやりと浮かんでいた。
「アイシャ!!」
 リア・レオニス(りあ・れおにす)が球体の影に触れて、弾き飛ばされる。
「――クッ」
 彼はすぐに体を起こして、再び球体に向けて駆けた。
 と、その肩を変熊 仮面(へんくま・かめん)に止められる。
「落ち着きたまえ」
 彼は全裸にロイヤルガードマントのみを羽織った姿だった。
 際どい部分は前掛けでかろうじて隠れている。
 リアは、彼の手を振り払い。
「アイシャがそこに居るんだぞ!」
「闇雲に突っ込むだけでは救えるものも救えまい。
 貴様の想いは分かるが、まずは冷静になることだ」
「リア……彼の言っていることは正しいと思います」
 レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)がリアの背に優しく触れる。
「……クソッ」
 リアが吐き捨てるように言って、辛そうにアイシャの方を見やる。
 ヴィルヘルムが難しく顔をしかめ、契約者たちに言った。
「この影のシールドのようなものは、異空間の性質から生み出されたものではなさそうだ。
 だとすれば、おそらく、これはウゲンがアイシャ様に残した防壁プログラムのようなものだろう。
 アイシャ様自身の力を用いているとしたら……我々が手を出すことは出来ん」
「…………」
 一連の状況を眺めていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は呟いた。
「限りなくシリアスな状況なのに……」
「一人、しれっとヘンタイが混じってるような気がする」
 と――。
「……おい」
 神崎 優(かんざき・ゆう)が球体の方を指差す。
 球体を覆っていた影の一点が、ポゥと白く光を放ち――その光に溶かされるように影が消え去り始めた。
「……アムリアナ、様……?」
 水無月 零(みなずき・れい)の呟き。
 彼女の視線の先には、浮かぶ球体を優しく愛しそうに抱くような格好でアムリアナの幻が淡い光を放ちながら立っていた。
 影が失われ、透明な球体だけが残った頃、その幻は契約者たちの方へと微笑みを向け、風に吹かれた砂絵のように消え去った。
「今のは……」
「『結晶』の力だ」
 変熊が言う。
「ジークリンデたちが結晶を手に入れたのだろう。
 今なら、アイシャに残された自我を起こすことが出来るかもしれん」
 変熊がバッと芝居掛かった動作で片腕を水平に伸ばし、ロイヤルガードマントをはためかせる。
 しかし前掛けは、かろうじて局部を守りきった。
 揺れる前掛けをにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)の視線が追う。
 猫の本能を刺激されるのか彼は何やらウズウズとしていた。
 変熊がセレスティアーナの肩に手を掛け、続ける。
「さあ、セレスティアーナ様。共にアイシャへ語りかけましょう」
「お、お、おう、任せろ!」
 セレスティアーナが変熊の前掛けから目が離せない様子で、わたわたと頷く。
 変熊がアイシャの方をビシリと指差す。
「アイシャ、思い出すんだ!
 あの、頑張り屋だけどあんまり優しく無い君自身を!」
 高らかな呼びかけ。
 その足元で……にゃんくまは本能の限界を迎えていた。
「……き、きになる……きに……我慢出来ないにゃーーっ!」
 にゃんくまの手が、ゆらゆら揺れていた変熊の前掛けを捲り上げ、変熊の雄々しいところがセレスティアーナの視線を直撃する。
 瞬間。
「ひっ………ぎゃーーーーーーーーーー!!!!」
 セレスティアーナの一撃が、変熊をぶっ飛ばした。
「ぶべらっっ!!」
 変熊が凄まじい勢いでアイシャの方へとぶっ飛ばされていく。
 そして、その体は透明な球体を突き抜けた
「アイシャちゃーん、助けに来……」
 アイシャの虚ろな瞳が、両手を広げて接近する変熊の方へ向けられる。
「ぶべっ!!」
 激しい衝撃音と共に変熊は見えない力に弾かれ、地に落ちて行った。
 同時に、透明な球体から滑り落ちるようにアイシャの体が落ちる。
「アイシャ!!」
「アイシャちゃん!!」
 リアと詩穂が駆け、アイシャの体を受け止める。
「い……今のは?」
 セルフィーナの問いかけに、ヴィルヘルムが一層、顔を難しく顰めながら首を振る。
「わからん……が、本能的な拒否反応だったような気がしないでもないな」
 その足元で、にゃんくまが仰向けに倒れてピクピクとしている変熊を見やりながら呟く。
「そういえば、師匠、初めてアイシャに会った時も、強烈なセクハラしてぶっ飛ばされてたにゃ……」
 変熊のロイヤルガードマントの前掛けは、若干コゲつきながらも、しっかり倫理的な仕事をしていた。




 歌が聞こえていた。
 遠く、天を光の粒が川となって流れていた。
 それらは、時折り、自身に何かを語りかけているような気がした。

『ねぇ、迷わないで。
 前に話したね。
 感情に負けそうな時はそっと抱きしめるよ。
 重ねた温もりも想いも感じられるから……
 約束憶えてる?
 何があっても一緒よ』

 誰かがそう言った。
 と――

『アイシャ、操られる為に女王になった訳じゃないだろ?
 気持ちを強く持て!』
『アイシャ王女、負けちゃダメだよ!
 皆の笑顔を思い浮かべて頑張って!!』

 朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が、今、そこに居た気がした。

『女王なんて地位は関係ない。
 アイシャ・シュヴァーラ、お前の想いってのは誰かに利用されてしまうほど軽いものだったのか?
 違うだろ、だったら……少しは根性見せてみやがれ!!』
『私はまだ大切な仲間たちと共にこの世界で生きていきたい……だから女王様、ちょっとだけでもいい…この世界を守るために頑張って!!』

 神条 和麻(しんじょう・かずま)……
 エリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)……
 現れては声を残して消えていく。

 そして、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の声。

『人など、何者であろうと誰かに生み出され、周りから影響されながら生きていくものだ。
 どうつくられたかなど、大した問題ではない。
 今、アイシャという人間は何者であり、何をなすのか。
 己自身を見つけることだ』

 振り向いた時には、彼女の姿はもう無かった。
「皆……誰、なの?
 ……私に言ってるの……?」
 胸の内にある、小さな、わけの分からない衝動が鼓動を強くしていく。

『皆の為女王になったアイシャさま…
 初めてお会いしボクがお助けした時とは比べ物にならない程、今は沢山の人達に敬愛されてる。
 そんな貴女が教えてくれた、人は成長できるのだと』

 真口 悠希(まぐち・ゆき)の微笑み。
 坂上 来栖(さかがみ・くるす)の声が続く。

『貴女を初めて目にした時、貴女の力になりたいと思った。
 貴女が女王だと聞いた時、貴女の真意を聞きたくなった。
 アイシャ様、私は貴女の力になりましょう。
 貴女がやれと言うのなら、この場にいる者を消しましょう、貴女が死ねというのなら、即刻この首切落とし、貴女の眼下に捧げましょう。
 貴女が辛いというならば、口に微笑み浮かべつつ、貴女の胸に杭をうつ。
 ……貴女が許してほしいなら、一緒に頭を下げましょう
 私が従うのは女王ではなく、貴女です。
 さあ、貴女の望みはなんですか?アイシャ』

「私の望み……」
 その先を思い出せず、言い知れぬ不安感にただ震える。
 ふと、気づけば、織部 イル(おりべ・いる)が優しい目で空を流れる星の川を見ていた。

『成長する子らを眺めるのは、眩しいのう。
 時に切なくなるが――
 妾は健気に戦うこの子らが愛おしい。
 もっと先の未来まで、彼らの行く末を見守っていきたいのじゃ』

「……未来?」

 ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が歩み、そして、過ぎ去っていく。

『生き物は次の瞬間も生き続ける事を希求する権利がある。
 国もまたしかり。
 ウゲンのおもちゃではないし、帝国の踏み台でもない。
 女王よ――
 我々の想いが貴女をこちらがわに呼び戻す。
 貴女には戻る場所がある、そして一人ではない』

 そして、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が強く言い放つ。

『たとえその存在が「何者かに作られた」ものだとしても、今この時まで愛する者と共に過ごした日々は間違いなく本物だ。
 それはアイシャも、機晶姫である僕も変わらない。
 このかけがえのない日々を、僕達は誰にも壊させはしない…!』

 向こうの方で胡座を掻いていた七刀 切(しちとう・きり)が笑む。

『世界消滅だとかふざけたこと言ってる奴に操られて、このままでいいわけねーよな。
 皆世界を守ろうと、あんたを助けようと頑張ってる。
 さぁ、もう一頑張りしようぜ!
 幕を下ろすなら皆まとめてハッピーエンドだ!』

「皆……」

 沙 鈴(しゃ・りん)と並んだ綺羅 瑠璃(きら・るー)が歩み寄り、彼女の手に何かを握らせた。

『ジャレイラの悲哀を受け止めてくれると誓ってくれ、アイシャ女王。
 その意思はアイシャ女王の真実から出たものと信じています。
 今一度、アイシャ女王の意思を示し、その意志の力で我々を導いてください』

 それは彼女の手の中で赤く燃えた。
 冷たい炎を見つめる。
「私は……知っている。
 私は、一人じゃない……一人じゃ、いけない。
 皆と皆の想いと共に在る。
 それは、私が皆と出会い、私が決めたこと……」

『そうだ、アイシャ』

 変熊が言う。

『君は道具なんかじゃない……今まで感じた思いは紛れも無く君自身だ』

 そして、優とエヴァルトの声が、“耳”に聞こえた。

「いつまでウゲンに良いように使われているんだ!
 強い願いは未来を変える力になるんだ。
 だから、護りたい人や世界があるのなら、そんな所で嘆いてないで大切な人々や世界を護りたいと強く願って、抗ってみせろ!
 ――例え、記憶を消されたとしても、それを完全に消し去る事なんて誰にも出来やしないんだ。
 自分を信じろ!
 自分が信じられないのなら俺達を、君が一番信頼できる人を信じるんだ!!」

「シャンバラには、平和を実現する頭脳も力もある……
 だが、女王陛下、貴女という『心』が無ければ、それは成らぬ!
 多少操られた程度で、平和への願いを諦めるのか!?
 思い出せ、共に強大な敵に立ち向かった戴冠式を!
 その気概があるからこそ、俺は、俺達は、貴女を信じ、危険を省みずにここにいるッ!!
 貴女は何のために女王になった!?
 少なくとも、全てを消滅するためでは断じてないはずだ!
 ……つまりだ、さっさと目を覚ませッ!!!」

 彼方に強烈な光を感じる。
 何処へ行くべきか分かった気がした。
 歩み、やがて走る。

『帰って来い、アイシャ。
 俺にとって、世界はアイシャに等しい』

『約束憶えてる?
 何があっても一緒よ』

 リアと詩穂の想い。
 その心に秘められた気持ちに触れるように手を伸ばす。
 届いた所に、多くの人の想いが溢れ、ずっと傍に在り続けていたのを知る。

「――皆。
 ごめんなさい。今、戻ります」


 そして、アイシャは目覚めた。




「アイシャちゃん!!」
 詩穂がギュッと抱きつき、リアが手を握りしめる。
「……アイシャ、良かった」
「リア、詩穂。
 それに皆さん……ありがとうございます。
 私が不甲斐ないばかりに、皆さんには……」
 と、アイシャは、やんわりと詩穂とリアから離れ、立ち上がった。
「ゾディアック内部のウゲンの影響が急速に薄れています。
 空間が再び変質しようとしている……このままでは、皆、巻き込まれてしまいます。
 急いで脱出しなければ」
 アイシャはヴィルヘルムの方へと向きやり、
「ただちにこの空間を脱し、内部に居る方々に脱出の指示をお願いします。
 ――未だゾディアックと繋がっている十二星華は、アレナ、テティス、ホイップ、パッフェル、ティセラの五人。
 既にゾディアックは停止していますが、空間の変質の影響を考えると、
 今を逃せば、彼女たちの解放は遅くなってしまうかもしれない。
 しかし、決して無理をしないようにと伝えてください。
 時間が掛かったとしても、残された彼女たちは私が責任を持って解放します」
「承知しました」
 そして、アイシャはリオと詩穂を見つめた。
 微笑む。
「ありがとう。
 私は、二人が私に向けてくれた大切な温度を、ずっと忘れない。
 皆が教えてくれた想いと共に――
 いつか5000年の刻が過ぎたとしても、ずっと」