シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

ヴァイシャリー観光マップ

リアクション公開中!

ヴァイシャリー観光マップ

リアクション



第13章 焼鳥屋台<こおろぎ>


 住宅街の外れ、少し寂れた場所に、木造の古風な移動式屋台がある。ヴァイシャリーには似つかわしくないが、ひとたび開店すれば周囲を日本の空気に変えてしまう、そんな屋台だ。
 時は夕暮れ、日没前。
 二十織 円満(はたおり・えんま)が一人、カメの蓋を開けてタレの具合や漬け物の残りを確認している。
「んー、今日も良い具合やね」
 中学生そこそこの可愛らしい姿。ピンク色の髪をお下げに結っているのも相まって、とても二十代には見えない。けれどえんじ色の着物の上から割烹着を着け、三角巾を被った姿は板についていて、大正昭和時代のお母さんを彷彿とさせた。
「プリムローズちゃんのおかげで助かるわぁ」
「とんでもないですよ。お腹いっぱい美味しいご飯を食べさせてもらってるので、そのお礼です」
 のれんをかけたりお皿を洗ったり。開店準備を手伝いながら、プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)は八重歯を見せて笑った。
「それやったらあたしの上得意さんやね。ますます手伝うてもらうのは悪いわぁ」
「──はぁ……戻ったぞ」
 どすん、と大きな音を立てて、プリムローズのパートナー・毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は地面に両手に持った袋を置いた。
 息を整えつつ、中身のクラブソーダやソフトドリンクを、クーラーボックスに入れていく。
「お帰りなさい。大佐ちゃんもありがとうね」
 焼鳥屋台<こおろぎ>は、店主の円満一人できりもりしている焼鳥屋だ。副業だから日没から夜明けまでの深夜営業だけれど、大佐やプリムローズら百合園女学院の生徒もよく訪れ、憩いの場所となっている。
「ふふ、いつも一人やから今日は特別楽しいわ──あら、またお客さんや」
 円満は作業の手を止めて、カウンターから顔を上げた。そこには見知った顔がいる。
「ネージュちゃんどないしたん? 開店はもうちょっと待っててもらわんと……」
「違うよ! 今日は取材に来たの!」
「取材……?」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)はにこりと笑うと、観光マップ作成用のしおりを取り出して見せた。
「今日は有志で、ヴァイシャリーの観光マップを作ることになってるんだよ。みんなでオススメスポットを紹介し合うんだ」
「それはおもしろそうやねぇ。あたしも良いところ知っとるんよ、繁華街の饅頭屋さんとか、よく当たるって女の子に人気の占い師さんとか……」
「おかみさんったらヤだなぁ、違うよ。ここを紹介するんだよ?」
 あら、と円満は目を丸くする。
「それは良かったな二十織円満。何なら我が写真でも撮ろう。観光ガイドに写真はつき物であるからな」
「あ、お願いね!」
 カメラを大佐に渡し、ネージュはカウンターに座ると、拳を握ると、マイクのように差し出した。
「おかみさん、要望に合わせておいしい串を出してくれる隠れた穴場として紹介したいんですが」
「うん、分かったわ。ありがとう」
「ではまず質問その一。どんなお客さんが来ますか」
「住宅街に住んでる人たちが一番多いかな。それに百合園の生徒さん、先生もたまに来るわ」
「質問その二。どのメニューがお勧めですか?」
 ネージュは質問しつつ、嬉しそうに照れながら答える円満の発言をメモに取っていった。
 彼女もこおろぎの常連だから、質問も記事を書くのもお手の物だ。
 ……焼鳥屋台というとお酒を飲むところのイメージもあるから、未成年、しかも外見が小学生低学年にしか見えない彼女が常連なのはおかしい気がするかも知れない。しかしここは生徒のために、お酒だけでなく炭酸を始めとしたソフトドリンクも豊富に用意してあるし(お酒の方も飲用エタノールまである)、鶏をあますところなく使った焼き鳥は美味。オリジナルの、特製スパイスで味付けした鶏ハムなどにもファンが多い。
「では最後にアピールをお願いします!」
「んー」
 指を頬に当て、円満は少し考えてから。
「お店の雰囲気は和風で古風。深夜営業なので静かににくつろげる。単位辺りのお値段と女将の0円スマイルが売り。眠れない夜の話し相手が欲しい、今夜はゆっくり飲み明かしたい、減った小腹をどうにかしたい、女将の笑顔に癒されたい。だいたいそんな人にオススメ……かな」
「だいたいそんなひとにおすすめ……よし、っと」
 ネージュは彼女の口上をメモを取り終わると、ぴょんと椅子から飛び降りるも、円満は引き留めた。
「いややわ。せっかく取材に来てくれたんやから、味の方も見てって」
 円満は下ごしらえの済んだ肉を網で焼いていく。じゅわりと肉汁がしたたるモモと豚トロ、レバー、軟骨を一串ずつ皿に乗せると、ネージュの前に乗せた。
 それから、隣にもう二皿。
「大佐ちゃんもプリムローズちゃんもどうぞ。これから忙しくなるから、腹ごしらえしてな」
「ありがとうございます」
「せっかくだ、馳走になろう」
 三人並んで仲良く焼き鳥を食べる姿を、円満は嬉しそうに見つめていた。 
 ──お店の一番の売り。それは店主とお客さんの間に広がる、そんなやわっこくてあったかい雰囲気なのかも知れない。



第14章 ヴァイシャリー観光マップ


 夕方六時半。夜が東の空から忍び寄り始める頃。一旦百合園女学院の校門前に集まったボランティアの有志は、別校舎に移動していた。
 本校から十分ほど歩いたところにあるその小さな校舎は、男子禁制の百合園において、男性を含めた部外者を接待するための施設となっている。今日は休日だったが、特別にその一室、広い会議室が開けられていた。
 中央に並ぶテーブルには夕食と、それにお茶とお菓子と軽食がバイキング形式で用意されていた。
「今日はありがとうございました。ボランティアの皆さんに、白百合会とシャントルイユさんからのささやかなお礼です」
 わっと声が上がり、丁度お腹を空かせていた生徒達は、一斉にテーブルへと向かっていった。中にはもうお腹いっぱいな生徒もいたけれど。
「──羽高さん、建てていいそうですよ」
「ん? ……んっく、何を?」
 魅世瑠は頬張っていたピザを飲み込むと、フェルナンの方を向いた。以前船室に押し込められたことがあるから、あまり良い印象はない彼だ。
 しかし彼は何故かいつも浮かべている薄い微笑みではなく、嬉しそうに、
「先ほど桜井校長と生徒会長との話し合いがありまして、決定しました。ラズィーヤ様のお墨付きです。建てていいそうですよ」
「建てていいって……あれを?」
「はい、像を。後でデザインについて詳細を話し合いましょうか。百合園とパラ実だけですと色々と角が立ちそうですから。百合園とヴァイシャリー家から三分の一、もう三分の一は市民からの寄付ということで」
 フェルナンは意味ありげに笑った。
「心配なさらずとも、後で商工会議所からも出してもらいます。実際、皆さんの活躍で市街が守られたことには違いがありませんから」
「残りの三分の一は?」
「きっとパラ実の皆さんがお賽銭でも投げてくれるでしょう。それまで立て替えておきます」
「ふぅん」
 魅世瑠はピザの残りを口に押し込んだ。


 後日のこと。
 ヴァイシャリー観光マップは完成し、商工会議所や取材を許してくれた商店などで配布されることとなり、百合園生と今日の参加者にも配られた。
 独自性のある文章に可愛らしいイラスト・写真満載の観光ガイドは評判となり、取材を受けたお店の売り上げも上昇。ヴァイシャリーを訪れる観光客に人数も徐々にだが増えつつある。
 その中でも特に名物スポットになったのは、南倉庫街にある小さな公園だった。
 ここには、アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)発案の、ある観光名所がつくられていたのだ。
 公園の中央には像が建っていた──百合園の制服を着たお嬢様と、チェーンソーを構えたモヒカンが握手している像だ。
 その側には石碑が建てられ、【神楽崎分校発祥之地】と刻まれている。
 ヴァイシャリーを訪れるパラ実生の多くは、まずここにお参りをしてから、ヴァシャリー内の目的地へと向かうようになった。更にそのおかげなのだろうか、彼らの悪さも少しなりを潜めていった。
 そしてヴァイシャリーの住人も、そんな彼らを少しずつ受け入れつつあった……。


担当マスターより

▼担当マスター

有沢楓花

▼マスターコメント

 こんにちは、有沢です。
 まず、遅延したことをお詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした。
 原因は体調不良等によるものです。次回以降このようなことがないよう注意いたします。


 今回のシナリオですが、PBWというよりPBM・TRPGに近いかたちでマスタリングさせていただきました。
 PBWはPBWに比べて多くのマスターによって設定を共有し、多くのシナリオが立ち、ゲーム自体もエンドレスのため、なかなか具体的な設定を決めづらいのです。
 しかし今回は運営と相談し、思い切って設定を決めさせていただくシナリオになりました。
 皆さんに指定していただいたお店などをこちらで膨らませて【公式設定】にさせていただきました(公式なので、シナリオガイドに“採用されない、マスタリングされる場合も多々あります”と注意書きを書かせていただいたのですね)。
 ……もしお気に召さない描写がありましたら、「改装した」とか「引っ越した」とか「あれは二号店」などとしていただけると嬉しいです……。

 公式設定になると共有度が高い情報のため、今回マスタリングするに当たっては、他シナリオや資料を参照する機会がいつも以上に多かったです。他シナリオに絡むアクションも採用させていただきました(参照しないことになっているのですが、今回限定でホワイトリリィについては、公式掲示板も参考にさせていただきました)。
 倉庫街のモヒカン握手像については、川岸マスターに許可をいただきました。川岸マスター、ありがとうございました。
 他シナリオに絡むといえば、桜井静香に関しては校長という役職にあるNPCですので、彼女(彼)の出ている恋愛関係のリアクションに目を通しまして、運営と相談しまして、告白へのお返事とさせていただいています。それほど遠くないうちに何らかの結論が出せるといいなと思っています。

 ところで、シナリオを発表した後に気付いたのですが、グランドシナリオでヴァイシャリーが滅びてしまうと、こちらの風景はなくなってしまうんですよね……。
 では、宜しければ(ヴァイシャリーが滅びないよう願いつつ)、また次回でお会いいたしましょう。