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2.温室

 温室の中に足を踏み入れた瞬間、いつも以上の熱気と湿気に、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は思わず顔を歪める。
 隣でも大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)が咳き込んでいた。
「これはまた、すごいのう……暑さで目が眩みそうじゃ」
「大丈夫でありますか、超じいちゃん」
「あぁ、なんとかのう。しかし──佃煮は食べないのか?」
「っ……!」
 剛太郎の背中に、冷たい汗が流れる。
「い、いや、なんか、温室にお湯が湧き出てるとかなんとか情報を仕入れて! 超じいちゃん温泉に興味はないでありますかっ!?」
 精一杯の言い訳を捲くし立てる。
 佃煮を食べるのなんて口実で、タネ子に引っ掛かった女子を見に行くことが剛太郎の本来の目的だった。
(……温室の危険は半減なんて噂、自分は信じないであります!)
 触手くらいは残っているだろうと踏んだ剛太郎は、温泉に託けて、藤右衛門を誘導する。
「旨いモンが食えると言っていたんじゃが……」
 少しだけ残念そうに呟く藤右衛門だったが、内心小躍りしたい気分を必死に抑えていた。
 実はタネ子に触手が存在している事を知っていた藤右衛門は、『イイモンが見られる!』と、超孫の目を盗んで温室に入ることを画策していたのだ。
 何の苦労もなく温室に入れるなんて、棚からぼた餅だ。
 しかも温泉? 温泉と言えば──

混浴ぅ!?


 剛太郎が触手言い訳の為に何気なく言った言葉を、更に邪なものへと変換する藤右衛門。
「うおおお!! 俺は料理を食わずに風呂にはいるぞおお!!!」
 いきなり、隣にきたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が大声で叫んだ。
「何かお湯が沸いてるそうじゃねぇか! って事は温泉なのか!? 風呂好きなおっさんにとっては、これは行くっきゃねぇ! なぁ!?」
 急に問いかけられて、藤右衛門はあわあわしながら頷いた。
(バレやせん。超孫にはまだこの思い、バレやせん!)
「…温泉……」
 剛太郎の呟きに、ラルクが満面の笑みを浮かべた。
「そうさ! 全身、お湯に浸かれっかなぁー。浸かってみてぇなー…全裸ではいってよぉー」
 ぼんやりと湯船に浸かる自分を想像する。
「本当は日本酒もってくればよかったんだがー、まぁ、今回はゆっくりお湯だけを楽しむことにするぜ! しかし……」
 ラルクは曇った表情をする。
「女が入ってきたら……全裸だとセクハラになるよなぁ。まぁもしもの時のために褌は用意してきたが」
「…女が……温泉に…」
「『極楽極楽!!』なんて言いながら、ゆっくり浸かりてぇもんだー!」
 豪快に笑うラルクの横で、剛太郎は目に怪しい光が灯り始めていた……

「あんな怪しい物を食べたらダメです。お腹壊しますよ!」
 温室に入りながら、秋月 葵(あきづき・あおい)に向かってエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は再三に渡り訴えていた。
「もう分かったよ〜。あ〜ぁ……でも南国風味、食べる予定だったんだけどなぁ……」
「ケルベロスさんですら拒否したんですよ? そのような物を葵ちゃんに食べさせる訳には行きません」
「そっかぁ……」
(あんな虫が栄養素になって、葵ちゃんの体の一部になるなんて絶対許せないです!)
 もう何度同じ言葉を繰り返しただろう。
 絶対に食べさせたくない思いが、ひしひし伝わってくる。
「えー食べないの〜もったいないにゃー」
 イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)が、温室の窓から名残惜しそうに佃煮の山を振り返る。
「イングリット、村に居た時に食べていたから全然大丈夫なんだけどにゃ」
「………」
「ひぅっ!?」
 エレンディラから凄まじい殺気を感じて、イングリットは小さくなった。
 機嫌を損ねるとお菓子を作って貰えなくなってしまう。
 仕方なく口を噤むが、ポケットに忍ばせた佃煮を感じてこっそり微笑んだ。
(後で食べるにゃー♪)
 イングリットの突っ込みに便乗して、やっぱり食べに戻ろうと提案した葵の耳に、エレンディラ小さな囁きが届いた。

『……食べたらもうキスもしてあげませんから……』


 葵の目が大きく見開かれ、そして頬が見る見る染まっていく。
「ざ、残念だけど仕方ないか〜! エレンが反対してるんじゃね〜」
「そうですよ。巨大ムカデの巣穴からお湯が湧き出ているようですから、そちらを調べに行きましょう。途中、例の場所にも寄って」
「うん!」
 葵は大きく頷いた。

「──ふんふふんふふ〜ん♪」
 鼻歌を歌いながら、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が花に水を撒いていた。
「温室をパトロールです。元気がないお花にお水をあげて、温水せいびするです! おんしつのへいわはボクがまもるです!」
 一心不乱に花に水をあげていると。
「あ、虹……」
 じょうろから出るシャワーが、小さな虹を作った。
「…虹の花……。確かこの近くに……!」
 はっとして、ヴァーナーは辺りをきょろきょろと眺めた。
「あっ、あったです!!」
 鉢が五つ綺麗に並べられている。
 懐かしく……切ない思い出の場所。
「一号ちゃんたちのお花、どこかでそだったりしないかな〜…」
 その時。
「あれ? ヴァーナーちゃん?」
「わぁ、葵ちゃん達もここに来たんですか?」
 お互い考えていることが分かって、目を見交わして微笑んだ。
「……ハロウィンっぽく、カボチャクッキーを持ってきたんだ」
「きっと喜ぶと思います、一号ちゃんたち」
 葵の持ってきたクッキーを見て、にこにことヴァーナーが笑う。
「だといいな……。何か変化あった?」
「ボクも今さっき来たばかりで、まだ何…も……」
 ヴァーナーが固まる。
「?」
 視線を追いかけると。
 緑の、小指の先程の小さな芽が一つ、鉢の前から顔を出していた。

「わーわーわーわー!」


「きゃーきゃーきゃーきゃー!!」


「……にゃ…にゃーにゃーにゃー!!!」


 イングリットが負けじと声を張り上げる。意味は分かっていないらしい。
「すごいです! 芽が出てます!」
「復活した? 生まれ変わったの!?」
 驚いているヴァーナーと葵を落ち着かせるように、エレンディラが優しい声で言った。
「また会えますね…きっと」
「うん!」
「はいです!」
 感動的な光景を目にして、喜びではちきれんばかりのヴァーナー達だった。