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リアクション
第十一章 対価
「……魔王の弱点がわたくしのブラジャーってどういうことですか、レイチェル!」
クリアンサは普段白い肌をポッと紅めながら、地下書庫の通路を歩いていた。
「ふふ、ちゃんと撃退出来たから良かったじゃん。お姉さまのブラジャーをこっそり抜き取っておいてよかったぁ」
「クリアンサさんが偶然デジカメを持っていたのも計算入れた見事な作戦でしたね。魔王にブラジャーを投げつけ、決定的な瞬間を写真におさめて恐喝する。さしもの魔王も変態の汚名を被るのは避けたかったのでしょう。すぐに退散していきました」
英彦が列の最後尾で見張りをしながら、レイチェルの手腕を褒め称える。
「っていうか、さっきのも魔王のフリしたただの人間だったんじゃないの? なんていうか、砂漠で出会ったのと雰囲気違かったし。ああ、でもさっきのもどこかで見たことある気がするのよね……」
「ほう、呪詛子さまは魔王に関しては観察力が鋭いですね」
英彦が意外そうに言う。
「なによその言い方、まるで呪詛子ちゃんが他のことは気にしないガサツな人間みたいじゃない!」
スパン! と呪詛子は杖を英彦の腹にヒットさせる。
「……うう、この痛みに慣れてきてしまった自分が嫌になる」
英彦はまた別の悩みを抱えながら通路を歩き始めた。
「ア、遺跡の地図があると噂されていたのはこの部屋デス」
先頭を歩いて隊を引っ張っていたアリスが足を止める。
「じゃ、呪詛子ちゃん一番ノリ〜」
と言って呪詛子が勢いよく部屋のドアを開ける。と、そこには怪しげな格好の三人組がお店を開いていた。
「「「お客さんいらっしゃ〜い」」」
なんでこんな所でお店を開いているんだよ、という疑念を無理やり捻じ込むかのような営業スマイルを三人は浮かべて、呪詛子たちを出迎える。
「はいはい! 安いよ安いよ! 今なら魔王の居場所が記された遺跡の地図がなんと50万ゴールドで販売だ!!!」
背の高い男が威勢よく商品を宣伝していく。
「た、高!」
英彦は思わず突っ込んでしまう。
「ふふふ、そんなお客さんには特別サービスだ。なんと、この壊れかけの巨獣狩りライフルに食べかけの硬焼き秋刀魚もお付けしよう!」
「エエエー、ボッタクリダヨ!」
「〜かけって、そもそも商品として相応しくないと思うのですが」
しかし、三人はいくら批難されようと強気な態度を崩さない。
「……人生は与えられたカードで勝負するしかないのだよ、ボウヤたち。地図買うの、買わないの? どっちなの?!」
一同は三人の覇気に押されてしまい、結局持ち金全部とクリアンサのブラジャーを売ることでなんとか50万ゴールドをねん出し、地図を購入した。
「なんかこの地図、やたらと獣の匂いがするんだけど」
呪詛子がくんくんと匂いを嗅いで、不満げに呟いた。
その後、無事に魔道書を見つけることが出来たクリアンサやレイチェルと別れ、呪詛子たちはデルホーレ王国をあとにした。
この世には運と不運があり、そして今日のカーマインはとても不運だったといえる。久しぶりにあったお客にもったいぶって情報を高く売ろうとしたら、そのお客が数日前に悪徳業者に騙されて殺気立っていたとしても、それは彼の責任ではない。たんにツキがなかったのだ。
「ねえ、今何て言ったの? 呪詛子ちゃん、よく聞こえなかったんだけど」
「へぇい、最後の遺跡の地図の在処が分かりました。10万ゴールドほどあればすぐにでも場所を教えやす!」
カーマインはこれは断れないだろう、と自信に満ちた態度で交渉に臨む。だが、これが交渉だと思っていたのは残念なことに彼ひとりだけだった。
「奇遇ねえ、こっちも面白い話があるのよ。父から聞いたんだけど、裏切者を三日間くらい森に放置するとね、糞尿の匂い釣られてたくさん小さな虫たちが集まってくるの。そしたら虫たちが少しずつその人の服の中に入ってくるんだって。で、ありとあらゆる穴という穴に潜り込んできて、裏切者はどうすることも出来ないまま、ちょっとずつ内側から食われていくの。どう面白い話でしょ? さあ地図の情報を素直に渡すか、モンスターがうようよいる森の奥で木に縛り付けられるか、どっちがいいかしらねえ?」
呪詛子はそう言ってカーマインの肩を掴んで、満面の笑顔を浮かべている。カーマインは英彦に助けを求めるが、彼はそっぽを向いてしまう。
「い、いやでもせっかく手に入れた情報をただで渡す訳には……」
「ほほう、よっぽど虫プレイに興味が湧いたのね。じゃあ、まずは1日体験コースからいってみますか」
呪詛子はカーマインをロープで素早く縛り上げた。
「ぎゃあああああああああ」
翌日、憑き物が落ちたかのように爽やかな笑顔を浮かべるカーマインの姿があった。
「人間、命があるというのがこんなにも素晴らしいのだと初めて知りました。今までの自分は金儲けがこの世の全てだと思っていましたが、呪詛子様には大切なことを教えていただきました。本当にありがとうございます。本来ならば地図の情報だけでなく、自分の全財産を寄付したいところなのですが、慈善事業の立ち上げ資金として使わせていただきます」
カーマインはペコリと頭を下げ、伊集院呪詛子教を立ち上げるために近くの街へと向かっていった。
「ありゃあ、やり過ぎちゃったか」
反省反省、と呪詛子はぽりぽりと頭をかく。
「……まあ、真人間に更生できたので結果オーライといったところですか。それよりも彼に教えてもらった最後の地図の在処の方が問題ですよ」
「ええと、ムガンド草原で行われるムームーレースの優勝賞品の中に、遺跡の地図が紛れ込んでいるのだっけ。はあ、めんどくさいことになったはね」
「ムームーレースはモンスターに乗って競い合うレースらしいですが、生憎私たちには一匹もモンスターを持っていませんしね。とりあえず、レースが始まる前に出来るだけ速そうなモンスターを捕まえますか」
「なんかそれ随分ダルそうよね、呪詛子ちゃんめんどくさい……」
「しかし、これは今までのように時間をかけたり失敗しても大丈夫、といった部類ではないので全力でこの一回に全てをかけないといけませんね」
対照的なテンションのまま、二人はモンスター探しを始めた。
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