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第九章 小人の王国
 
 商業都市アイアイでの一件以来、二人の間にはなんだか微妙な雰囲気が漂い始めた。
 だが、その後も旅自体は順調に続け、二番目の遺跡の地図があるデルホーレ王国へとたどり着いたのだが……。
 初っ端から呪詛子たちを待ち受けていた関所の立て看板にはこう書かれていた。
≪ここデルホーレ王国では、七候の許可なしに何人足りとも入国を許さない≫
 呪詛子たちは第二の遺跡の地図を目の前にして、一か月も立ち往生していた。
「別に人間の一人や二人くらい入ってもいいじゃない! 小人って体だけじゃなくて心まで小っちゃいのねっ!!!」
 呪詛子は四度目の入国審査が通らなかったことに怒り心頭だった。
「デルホーレ王国は、長年人間たちに植民地として支配されていた歴史がありますからね……簡単には入れさせてくれないとは思いましたが、ここまで徹底的に嫌われているとは……」
 英彦もさすがに予想外だったのか、すっかり肩を落としている。
「だから呪詛子ちゃんが最初から言ってるように、国境を囲ってる壁に穴を開けて入っちゃいましょうよ!」
「……うーん、この際それしか方法がなさそうですね」
「ふふん、たまには英彦も話が分かるじゃない!」
「こんな形で意見が合致したくありませんでしたが……綺麗ごとばかり言っている訳にもいきませんしね」
 久しぶりに意気投合した二人は、比較的監視が緩そうなポイントを見定め、真夜中になるのを待ってから動き出した。
「うーん、こんな時にシャーレットがいればウォーハンマーで一撃なんだけどな……」
「呪詛子さま、贅沢は言っていられませんよ。それにどうせ壁をぶち破ったところで、すぐに警備隊に見つかって捕まっちゃいますからね。ほら、私たちはここから少しずつシャベルで穴を掘って、壁の下を安全に通りますよ」
 英彦に促され、呪詛子も仕方なくえっちらおっちらと穴を掘り始めた。この作業は監視が緩くなる真夜中しか行えないので、今のうちに距離を稼いでおかなければならないのだ。
「一体、デルホーレ王国に入れるのはいつになるのかしら……」
 開始10分で穴掘りに飽き始めた呪詛子が、退屈そうに英彦に尋ねる。
「そうですね、順調にいけばざっと半年くらいでしょうか」
「は、半年ってあんた馬鹿じゃないの! ってか馬鹿でしょ!!!」
 思わず呪詛子は大声をあげてしまう。
「じゅ、呪詛子さま、今は静かに静かに」
 シーっと英彦に注意され、呪詛子も声のボリュームを下げる。
「どうせもう小人たちは眠ってるわよ」
 納得がいかない呪詛子は、プーっと頬を膨らましてすねてしまう。

「オオ、お二人様。一体ナニを話しているのデスカ? ワタシもぜひぜひ参加させてクダサイ」

 呪詛子と英彦が同時に振り向くと、そこには身長30センチほどのとても小柄な少女が立っていた。そうまるでデルホーレ王国の小人のような……。
「あ、あんた誰よ! まさか小人じゃないわよね?!」
「ワタシの名前はアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)なのデス、もちろん小人ではゴザイマセン」
 アリスは自己紹介を終えると、二人にちょこんと頭を下げた。
「な、なんだビックリさせないでよ!」
「私も驚きました。アリスさんですか、名は体を表すと言いますが、たしかに小柄ですね」
「イツモソレ、言われマス。ソレで二人は何を話していたのデスカ?」
 アリスはにっこりと笑顔を振りまいて、二人に尋ねた。呪詛子と英彦はお互いに顔を見合わせて考え込んだ。
 だが、もう既に一部聞かれてしまっていたはしょうがないと二人はアリスに自分たちの計画について話すことにした。
「ヘエ、じゃあ二人はデルホーレ王国に入りたいのデスネ」
 アリスはふんふんとうなずくと「ダッタラ簡単デスヨ」とことなげに言う。
「え? それ本当なの?! 呪詛子ちゃんたち4回も入国審査断られたんだけど」
「エエ、ワタシが二人を推薦すれば大丈夫だと思いマス」
 
「呪詛子と英彦、デルホーレ王国入りオモデトウ!」
 二人は関所から出て来て、アリスから祝福された後も信じられないという表情を浮かべていた。
「アリスが入れてって言っただけで入国審査全部パス出来たわね……」
「ええ、今までは細かい資料や証明書を頑張って提出しては無視されていたのに、大違いです」
 すると、エヘンと言わんばかりにアリスが小さな胸を張る。
「フフフ、ワタシはデルホーレ王国と人間たちの仲介業者ナノデス」
「あ、なるほど。いくらデルホーレ王国の小人たちが人間嫌いとはいえ、人間が作った食料や工芸品は欲しいはず。だから、小人と人間の間を持つ存在が必要で、それがアリスさんだったのですね」
「へえ、結構あんた偉いのね」
 呪詛子は感心したように隣の小さな少女を見る。
 たしかにデルホーレ王国に入ると周りはアリスぐらいのサイズがの小人たちばかりで、呪詛子や英彦のような普通の人間はとても目立っている。
 だが、それほど人間たちへの敵意は感じられない。どちらかというと呪詛子たちを好奇のまなざしで眺め、遠くからひそひそと噂をしている者が多い。
「まるで珍獣にでもなった気分ね」
「まったくです。どうやら一般の小人たちにはそれほど人間は嫌われていないようですね。おそらくは人間たちとの独立戦争をしていた世代、つまりこのデルホーレ王国を総べる七候たちくらいの年代にならないとそもそも人間に接した機会というのがほとんどないのでしょう」
 その後、二人はアリスに連れられて、デルホーレ王国唯一の人間が泊まれる宿に案内された。
「着きましたヨ! あ、そうだここには呪詛子と英彦と同じように、アイラル城に入りたい人間も宿泊してイマス」
「へえ、偶然ですね。まあ、サイズ的に人間が泊まれる宿がここしかないという話なので、当たり前といえばそうなのかもしれないですが」
 さっそく二人は宿で部屋を確保すると、その人間たちに会いに行った。

「ハイ、こっちのお人形みたいに長い金髪の女の子がクリアンサ・エスパーニャン(くりあんさ・えすぱーにゃん)で、こっちの雪みたいな銀髪の女の子がレイチェル・スターリング(れいちぇる・すたーりんぐ)なのデス」
 アリスに紹介され、呪詛子たちは同じくアイラル城を目指す仲間たちと出会った。
「ご紹介に預かりました、わたくしがクリアンサと申しますわ。アイラル城にあると言われる、小人たちにのみ伝わる古の魔法について記された書物に興味がありまして、ここに来ていますわ」
「私はレイチェルだよ。なんかよく分かんないけどお姉さまがついて来いって言うから、一緒に来てるんだよ」
 呪詛子と英彦も一通り挨拶を終えると、話題はアイラル城の地下書庫についての話になった。
「ゴメンナサイ、あそこはアリスも入る許可貰えてナインダ」
「うーん、わたくしたちも呪詛子さんたちと同じように、アリスさんの紹介でデルホーレ王国に入国したので困っていたのですわ」
 クリアンサは肩をすくめた。彼女たちはどうやらこの宿で足止めを食らっているようだ。
「そうですか、そんなに簡単に行く訳がないと思っていましたが。やはりですか」
 皆はどうやってアイラル城に入ればいいか、頭を悩ませ始めた。様々な案が出ては消え、そして最後に残っていたのはとてもシンプルな案だった。
「ねえ英彦、もうめんどくさいから侵入しちゃえばいいじゃん。呪詛子ちゃんもう話し合うの疲れちゃったよ」
「呪詛子さま、入国に引き続いていくらなんでもそれは……」
 英彦が慌ててフォローに回る。だが、
「そうね、二人だけだったら心許なかったけどこの人数なら、それもありね」
 とクリアンサが同意してしまい、
「ア、だったらワタシは職業盗賊だし、ピッキングやトレジャーセンスも使えるから先頭は任せてネ」
 とアリスが衝撃の告白をした後、
「私はとりあえずお姉さまについていくぅ」
 とレイチェルまで同意し、英彦を除く四人が全て賛成に回ってしまった。
「……はあ、分かりました。地獄の果てでもお供しますよ」