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第一章 最初の村
「ここはどこなのよ?!」
伊集院呪詛子が、どんぐりを溜め込んだリスのように頬を膨らませて不服そうな顔をしている。
「この看板の説明から察するに、今私たちがいるのはファイナル・クエストというゲーム内の最初の村なのではないでしょうか」
呪詛子の従者である内山英彦が、『ファイナル・クエストの遊び方』と書かれた看板をじっくりと観察しながら、呪詛子の質問に答える。
「どうやら最近流行していたダイブ型のネットゲームのようですね。村の住居や私たちの服装から推測するにモチーフは中世ヨーロッパ、特にバルト海の・・・・・・」 と、英彦が説明していると彼の背中に突然『ドスン!』という衝撃が走った。
「なにあんた、こんな時でも冷静なのよ!」
呪詛子が、いつのまにか持っていた杖をフルスイングして英彦を叩いていたのだ。
「ッ・・・・・・呪詛子さま、こういう時こそ冷静にならないといけません。私は、呪詛子さまを守るようにあなたのお父さまから言いつけられておりますので」
「フンッ! 英彦っていつまで経っても誰かの言いなりなのね。ほんっとつまらない男」
呪詛子からあからさまに馬鹿にされても、英彦は言い返そうとせずに黙々と辺りの様子を確かめながら状況を整理していく。
「・・・・・・どうやら私たちはこのファイナル・クエストにダイブしたはいいものの、直前の記憶がないですね。困ったな、ログアウトの方法がどこにも書かれていない……」
一時間ほど経って英彦が出した結論はお手上げであった。村人たちに話を聞いてもゲームのNPCらしく、出てくるのは噂話ばかり。
「百年前に封印された魔王アニュージアルが蘇り、平和だった世界にモンスターが溢れかえっているらしい」
「魔王の本体はどこかの遺跡にあるので、攻撃が一切通用しない」
「遺跡の場所を示してある地図は世界各地に散らばっており、全てを集めないと魔王の本体には辿り着けない」
等々。
このゲームからどうやって抜け出せばいいのか、といった根本的なことは分からなかった。そもそも、ゲーム内の登場人物たちがそんな発言をするはずが
ないのだから、当然といえば当然かもしれないが英彦は嘆息した。
「もぉ・・・・・・チマチマとした調べごとはうんざりよ。何にも分かんないだったら、ゲームを楽しんじゃえばいいじゃない。ほら、最初の地図があって村人が言ってたアーバン砂漠に行くわよ!」
仕方なく付き合わされた英彦の調査に、心底うんざりとしていた呪詛子は彼を置いて一人で村の外へとぐんぐん歩き出した。
「呪詛子さま、どうかお待ちください! 外には凶暴なモンスターがいるとも村人たちは話していたじゃないですか、ここはもう少し慎重になって」
英彦は必死に後ろから声をかけるが、呪詛子の歩みは止まらない。彼はため息をついてから後を追いかけていった。
「はあ・・・・・・ずいぶん先が思いやられる二人ね」
路地の物陰から呪詛子と英彦のやり取りをこっそりと眺めていた風森望(かぜもり・のぞみ)も大きなため息をついた。
「まったくですわ。特に伊集院さん、お嬢様なのにあの口調はいただけませんわ」
ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)もパートナーに同意する。彼女は気だるげに縦ロールの金髪を手でとかした後、己の鞘から1メートルはありそうな龍骨の剣を取り出した。
「あら、物騒な武器を持ってるのね」
望がノートの方を振り返り、その黒髪を靡かせてさわやかに微笑む。
「ふふっ、このゲームでは魔法が使えませんからね。わたくしの持っている武器の中でも一番上等なものを選んできましたのよ」
二人は村を出て行った呪詛子たちの後をつけ、チャンスを窺った。
呪詛子たちはアーバン砂漠を目指しているようだ。しかし日が陰り始めたにも関わらず、二人は砂漠の方向すら分からない様子。
「どうやらあの二人、まだゲームに慣れていないようね。……これは思ったよりも厄介かも」
「まだまだ始まったばかりですのよ。それにわたくし達がサポートしてあげればきっと」
しかし、ノートは途中で言葉を噤み、懐から龍骨の剣を取り出す。
「きたようね」
望もノートに釣られるようにして栄光の杖をギュっと握りしめる。
二人が見つめる視線の先には呪詛子と英彦とさらに三つの影があった。
「ねえねえお嬢ちゃん、俺たちと遊ばない?」
黒い体躯を筋肉の鎧で包んだ犬(モンスター名マッスルドッグ)、
「ま、イヤって言ってもオレ様が強引に連れ去るけどな、ギャハハ」
太い丸太のような腕を振り上げる猿(モンスター名ファグホーンエイプ)、
「くけけ、とりあえず邪魔な男からやってしまいますか」
鋭い鉤爪を地面に食い込ませた雉(モンスター名クロウスカイ)の三匹が呪詛子たちを囲んでいた。
「呪詛子さま、お下がりください。ここは私が凌ぎます」
英彦はそう言って剣を構える。だが、呪詛子が勝手に服を買って持ち金をほとんど使ってしまい、初期装備のままのせいか随分と心もとない。
「ギャハハ、そんなボロっちい剣でオレ様とやりあう気かよ」
自慢げに腕の筋肉を隆起させ、猿が余裕の表情で二人に近付いていく。
「クッ、私のことはいいから呪詛子さまは早くお逃げ……」
英彦は視界の端に捉えたものに唖然となった。
「桃太郎の子分たちがイイ気になってんじゃないわよ!」
呪詛子は逃げるどころか、グイグイと前に出てきていた。
そして三匹の前に躍り出ると杖を振りかぶる。
「食らいなさいっ! 地獄の業火『エグゾーダス』」
「や、やべえぞ」
辺り一面に呪詛子の詠唱が響き渡ると、その気迫に押されたのか三匹は思わず後退する。
だが、
「……あれ、何も出ないじゃない?!」
あっけに取られたように、呪詛子は自身の持っている杖を見つめた。
「……おいおい、驚かせるなよお嬢ちゃん」
「ぐへへ、よっぽど苛められたいようだな」
呪詛子の行動をはったりと看破した三匹は、再び二人に牙を向き始めた。
しかし、肝心の呪詛子は未だに自分の杖を見つめて呆然としている。英彦は咄嗟に彼女を庇おうとする。
届け! と腕を必死で伸ばすが、あとほんの少し、指先分だけ足りない。
ザスッ
耳障りな音が、英彦の耳を捕らえた。
「う、うぎゃあああああああ」
聞こえてきたのは呪詛子の悲鳴……ではなく、獣の断末魔が響き渡った。
驚いた英彦の目の前には崩れ落ちる猿と、長い剣を持つ金髪の少女と杖を持った黒髪の少女が立っていた。
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