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リアクション
第三章 アーバン砂漠
「へえ、それから呪詛子ちゃんってサポート役に徹するようになったんですか」
太陽がジリジリと照り、空気すら燃え出しそうなアーバン砂漠。呪詛子たちと同じくオアシスを目指すセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がテントの中で休みながら英彦に相槌を打つ。
「ええ、呪詛子さまは魔法が使えるようになったらすぐにでも戦いたいそうなんですが……」
「はは、魔法使いって普通は後衛だよね。でも呪詛子って性格的にはバリバリの前衛タイプだから、出来ればこのままの方がありがたいかな」
シャーレットのパートナーであるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も辺りの偵察を終えて会話に加わる。
「ミアキスさんご苦労さまです。ええとあれ、一緒に偵察に行った呪詛子さまは……?」
行きは二人で偵察に行ったはずなのに、テントに戻ってきたのは彼女一人だけだ。
「なんか落し物したって言って、そこら辺探してたよ」
「それは本当ですか?! まずい、こんな時にジャイアントワームに出くわしでもしたら大変だ!」
英彦は血相を変えてテントから出ようとする。
「いやあ、今までも全然出てこなかったし大丈夫じゃないですか?」
シャーレットが慌てる英彦を尻目にのんきな声を出す。
彼らが旅を始めてもう一週間ほど経つが、最初の三日ほどは人間を砂に引きずり込むという噂のジャイアントワームを警戒していた。
しかし、まったく影も形も見えないので、最近ではジャイアントワームの話は嘘だったのではないかとシャーレットとミアキスは思い始めていた。
「まったく英彦は呪詛子のこととなると心配性だな」
「ほんとそうですよね」
セレアナとミアキスは英彦を見てクスクスと笑いあい、時々キャーという声をあげながら小声で何やら話を始めた。
なんだか居た堪れない気持ちになった英彦は逃げるようにして、呪詛子を探しにテントから飛び出した。
「な、なによこれ……」
思わず砂の地面に尻もちをついた呪詛子の前には、目のない巨大な蛇のようなモンスターが出現していた。
地面から突き出している分だけでも数メートル、下に隠れている分も合わせれば優に10メートルは超えそうな砂の怪物ジャイアントワーム。
だが、呪詛子が驚いていたのはジャイアントワームにではない。高速で砂の中を移動する怪物が地表に現れる度に、正確無比な斬撃を繰り返す小柄な少女の姿に釘づけになっていた。
「あら、見つかってしまいましたか」
少しでも攻撃が当たれば致命傷は免れぬ戦いのさなか、神皇魅華星(しんおう・みかほ)は視界の端に呪詛子の姿を認めて微笑んだ。
まるで怪物とダンスを踊っているかのように華麗な舞を続ける彼女は、身に着けている服はおろか、その上等な絹のような髪ひとつ乱さずに、一方的な狩りを続けていた。
ジャイアントワームの動きが鈍くなり始めると、軽やかな足取りで魅華星はその背中に飛び移った。
彼女はおもちゃに飽きた子供のような表情で、妖しく光りを放つブライドシャムシールの刀身をジャイアントワームの頭に突き刺す。
怪物は音にならない声を振り絞るかのように全身を震わた後、だらんと体を弛緩させて動くのを止めた。
「すごい……」
人をめったに褒めたりしない呪詛子も、これには素直にそう感想を漏らした。
「あら、こんな砂漠に一輪の花が咲いていますわね。ふふ、美味しそうな蜜を持っていそうなこと」
ジャイアントワームとの戦いを終えた魅華星はゆっくりと呪詛子の方に近付いて、彼女の顔を見つめた。
「あらあら、見れば見るほど美味しそうなじゃないですか。ふふっ、少し味見でも……」 と言って、魅華星は突然呪詛子の唇に顔を寄せていった。
「な、なにすんのよ!」
すんでの所で魅華星の口撃を交わした呪詛子は、相手を睨み付ける。
「まあ、わたくし嫌われてしまいましたか。ではお詫びに……」
――ガキン
ジャイアントワームの突進を受け止めた英彦の剣は、鈍い金属音をあげて根元から折れてしまった。
呪詛子の捜索を始めた直後にジャイアントワームに出くわした英彦、そして騒ぎに気付いて救援にやってきたシャーレットとミアキスも苦戦を強いられていた。
「グッ、動きが素早くてハンマーじゃ捉え切れないよ」
シャーレットのウォーハンマーがむなしく空を切る。
「私の槍もあいつの皮が硬すぎて歯が立たない」
ミアキスのランスも、幾たびの衝突によって刃がボロボロになっていた。
なんとかミアキスが[女王の加護]などの防御スキルを使って、その場をしのいでいたものの、打ち破られるのは時間の問題である。
そんな状況の中、
「うそでしょ……仲間が来るなんて」
さらに数匹のジャイアントワームたちが音を聞きつけたのか、いつのまにかこの一方的な人間狩りに加わっていた。
「なぶり殺し、って訳か」
ミアキスが吐き捨てるようにして言う。
「まだ諦めちゃ駄目です!」
英彦が声をかけるものの、この絶望的な状況で勝算はまるで見えてこない。
そして、何度目もジャイアントワームの突進が繰り返され、とうとうミアキスの防衛線が打ち破られてしまった。
「ここまでなのか……」
ついに英彦までもが弱音を吐く。
三人の脳裏には、ジャイアントワームの腹の中に納まる自分たちの姿が浮かんだ。
「英彦! あんたこんなとこで止まっていいの!」
背後から突然声がかけられたかと思うと、近くの地面にドサっと大きな剣が落下してきた。
「その剣を使えば勝てるわ! ジャイアントワームの弱点は退化してしまった目の部分、そこをついてしまえば一撃よ!」
英彦は藁にもすがる思いで妖しく光を放つ剣を取り、ジャイアントワームに向かって駆け出した。そして、その中の一匹に狙いを定める。
「うぉおおおおおおおおおお!!!」
渾身の力を込めた一撃は、油断していたジャイアントワームの脳天に見事にヒットした。大きな音を立てて崩れ去る仲間を見た他のワームたちはぞろぞろと地面に潜り、逃げ帰っていった。
「ふん! やれば出来るじゃない」
ジャイアントワームの体液が滴る剣を持って放心状態の英彦が、声に気付いて振り向くと、そこには偵察に行っていた呪詛子の姿があった。
「呪詛子さま……本当に御無事で良かった……」
英彦は呪詛子の姿を確認した後、崩れ落ちそうになった。
「ちょ、あんた大丈夫?!」
思わず英彦の肩を持ってしまった呪詛子。なんとか支えたものの、英彦の体が自分にしかかる。
「お、重いわよ! ってか、シャーレット達も黙って見てないで支えるの手伝いなさいよ」
「え? 一番頑張ってくれた呪詛子ちゃんへのご褒美じゃないですか」
「そうそう、ご褒美だな」
持たれかかる英彦と支える呪詛子を眺めていた二人は、その様子を見ながら微笑んでいた。
「こんなのご褒美じゃない!!!」
アーバン砂漠に、呪詛子の叫び声が響いた。
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