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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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秘宝乳蜜香 


 アルサロムがいないと知って落胆する者もいたが、カレンは勢いこんで部屋の中を見回す。
「取調べに出ていっただけなら、荷物はそのまま残ってるんじゃない?」
 メイド少女も部屋を見て、うなずく。
「ですねえ。服とかオブジェとか、そのまんまですよ」
「探しましょう!」
 影野 陽太(かげの・ようた)は皆を促し、自身も捜索を始める。
 部屋の中には、見るからに高そうな食器や絵画、服飾品がたくさんあった。一般の囚人とは、まったく待遇が異なっている。
「これは……変に軽いですね」
 陽太は見た目よりも軽い彫像を、ひっくり返してみる。
 台座の部分が取れそうな気がする。
「あっ、影野君、開けるのはちょっと待って!」
 室内の捜索をしていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が気付いて、彼を止める。
「もしも重要なアイテムが隠されてるなら、何か罠があるかも」
 美羽は彼から彫像を受け取って、調べる。案の定、台座は外れるが、外した際に何か仕組みが作動する仕掛けになっていた。
「元校長先生を悲しませる訳にはいかないもんね♪」
 美羽の言葉に、陽太は赤くなる。
 美羽は慎重にトラップ解除を行なった。彫像の底には、下手に開けると針が刺さる仕組みが施されていた。その針は、嫌な色に染まっている。十中八九、毒か呪いだろう。
 罠を外して台座を外すと、彫像の中から柔らかい布に包まれた物体が出てくる。机の上に置いて布をそっと開くと、中には金属でできた大小の管を集めたような物体が入っている。魔力は感じるが、どんな物なのか分からない。
「なんでしょうか、これは?」
「う〜ん?」
 陽太と美羽がアイテムを前に考えこむ。
「見せてくれ。分かるかも」
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がそこに近づく。
 しかし同行看守のローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がダッシュローラーで、二人の間に割り入った。
「あんたは触れないで」
 ローザマリアに鋭い瞳でにらまれ、アキラは困った笑いを浮かべる。
「急に何だよ。ちょっとくらい見せてくれたっていいだろ?」
「急に? 違う。私はずっと、あんたたちを見張っていたのよ」
 そこにアキラのパートナーであるルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が来る。
「いったい何事じゃな?」
 しかし彼女達の前には、典韋 オ來(てんい おらい)がフォースフィールドを掲げて立ちはだかる。小柄な二人にとっては、急に視界が奪われた形だ。
「下がりな。おまえたちが秘宝乳蜜香を狙ってる事は分かってるんだ」
 パートナーまで疑われて、アキラもさすがに表情が険しくなる。
「ローザマリア殿、何か勘違いされているようだな」
 他の探索者たちは彼らの剣呑な様子に一様に驚いていた。アキラたちはこれまで、皆と協力して探索にあたってきたからだ。
 それでも典韋の言葉から、美羽は発見した謎のアイテムを固く手に握る。
 ローザマリアは自身の携帯電話を取り出し、ある動画を再生させた。


 動画の撮影場所は、先程探索してきた一般人用の独房だ。
 探索者が集まっており、「それが乳蜜香じゃないか?」と話す声も入っている。
 皆、それを記憶していた。先程、秘宝発見か、と色めきたったものの、単なるガラクタが入った壷を発見した時の事だ。
 それは巧妙に壁の穴に隠されていたのだ。しかし壷から出てきたのは、肌も露な格好でセクシーなポーズの女性の映像がたくさん納められた魔法のメガネだった。メガネをかけると、うふんあはんの世界が広がる。
 しかし動画の映像は、壷の掘り出し現場には近づかず、そこからは死角になっている別の独房に移動する。
「ここは自分で何とかする時だ」
 アキラの声がして、動画の映像も彼をキャッチする。
「貴様、自分が何を言っておるか分かっておるのか?」
 アキラと一緒にいたルシェイメアが、彼をパチンと平手打ちする。
 動画では分からない事だが、彼が本気だと感じ、いつものハリセンではなかった。
「落ち着くんじゃ、バカ者。アレは可能性の一つに過ぎぬ。貴様がここで先走って捕まり、肝心な時に牢屋の中で何もできないなんて様になったら、どうするつもりじゃ」
 セレスティアもアキラに言う。
「そうです、まだ時間はあります。落ち着いて、他の方法を探しましょう」
「皆、道を模索してくれておる。貴様が一人で全てを抱え込む必要など、どこにもないのじゃ」
 ルシェイメアが諭すように言うと、アキラはうなだれた。
「そう、だな……うん、わかった……ごめん、二人とも。
 ……でも、本当に他に手がなくなったら、その時は……」
 するとルシェイメアとセレスティアは、彼にうなずきかける。
「うむ。その時はワシも止めはせぬ」
「はい、私も一緒にお手伝いしますよ」
 三人はそれから動画の方に向きそうになり、動画の映像が乱れて通路の壁が映る。ほどなくして遠くの方から、探索者の声が響いてくる。
「ゲーッ! なんだ、これ!」
「く、くだらねぇ〜」
「何が見えたの?」
「君には、まだ早いよー!」


 動画が終わる。
 ローザマリアは厳然とした口調で言う。
「もともと、あんたが乳蜜香を分けてくれないか、と発言して断わられた時から、怪しいと思ってたのよ。だから密かに見張っていたら、案の定こんなモノが撮れたわ」
 アキラは観念したが、逆に説得しようと言いつのった。
「今マホロバと世界樹扶桑は存亡の危機に瀕してるんだ! 三人の巫女の命によって辛うじて持ちこたえているが……。
 大地の豊穣を司るという古代王国の秘宝乳蜜香がどんなアイテムだか知らんが、それがあればマホロバを救えるかもしれない。
 だからその乳蜜香を、必ず見つけて手に入れて持ち帰りたいんだ!」
「ふざけないで!」
 ローザマリアの拳が、アキラの顔面に埋まった。冷たい口調で彼女は言う。
「自分一人だけがマホロバに良い顔をできればいいの?
 シャンバラから盗品を提供されたマホロバが困る事になるって考えないの?
 あんたがしようとしてる事は、単なる自己満足の、親切の押し売りよ。
 だいたい、どんなアイテムか分からない物を使って、シャンバラ女王以外が使えば呪いのアイテムに変わるとかで、世界樹が枯れでもしたらって、考えないの?」

 アキラたち三人はその場で拘束され、ローザマリアたち看守の同行で、地上へと連行されていった。
 改めて陽太は、見つけた謎のアイテムを眺める。
「香炉、にしても穴だらけですから、何か入れられる訳でもないですね」
 だが考古学に造詣が深いウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は、それに見覚えがあった。
「これは古代の笛の一部分のようですね。現在でも類似した笛が、ツァンダ地方やザンスカールの森で使用されています。
 しかし指で押さえる部分の配置には、古王国時代の特徴がよく現れています。
 ただ、本来はこの先に音を拡散させる場所が付いているはずで、今あるこれだけでは、ほとんど音が出ないでしょう」
 まだ部品が部屋の中にあるのではないか、と皆が部屋を捜索する。だが何も見つからない。
 その間ウィングは、アイテムを手にとってさらに詳しく調べた。
 演奏する時のように指をおくと、魔力の流れが変わるのが分かる。だが、それ以外は何も起こらない。
「……端を観察しても、別の部品を止める溝や、部品がすれあってできる微細な傷も見当たりません。
 どのような意図があるのか分かりませんが、これは笛の一部分だけで意味がある物なのかもしれません。
 いずれにしろ、この場所で調べられる事には限界があります。地上に戻って、本格的に調査するべきでしょう」


 捜索で見つかる物や人を確保し、行ける限りの場所を踏破してマッピングし、また敵性のある存在を排除した事で、一応の目的は達成された。
 李大尉が探索の終了を宣言する。
 アルサロムや乳蜜香をここで見つけられると思っていた者からは、不平の声も出た。
 ウィングはやれやれと肩をすくめる。
「発見した笛の部品で、秘宝に続く道が開かれるかもしれませんよ。それに必要があると判断されれば、またここに探索に入る事になるでしょう」
 その言葉で、不平の声も弱まった。
 一行は、撤収の準備を始める。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は現シャンバラ刑務所の地図と、これまでマッピングしてきた地図を納得いかない表情で見比べていた。
「おかしいわね。地上の面積に比べて、この階層はずいぶんと狭いような気がするわ」
 李大尉が地図をのぞきこみ、現在刑務所の一辺を指す。
「刑務所は時代と共に拡張したり、取り壊したりして、ずいぶん形が変わっていると聞いている。元の部分は案外と狭かったのかもしれない」
「でも……もっと地下があってもいいような気がするのよ。
 この古代刑務所には、まだ謎が隠されていると思えてしかたないわ。……それが、まだ現れていないだけで」
 大尉はぎょっとした表情になる。
「すると、ここが現れた時のように、また別の何かが出現するかもしれない、という事なのかッ?」
 しかし祥子は「それは分からないわね」と首を振る。
 今度は白砂 司(しらすな・つかさ)が、彼女に聞いた。
「囚人から取り上げた装備はどこにあるのだろう?」
「警察署にある小さい牢屋じゃないのよ。独房のすぐ近くに武器防具を保存する事は無いと思うわ。まだ出現していない階層にあるのかもしれないし、この分じゃ地上階に保管されていたとしても、おかしくないわね」
 祥子が上を指す。
「地上は今の刑務所だろう?」
「ええ。だったら、とっくにそんな物、無くなってるわよ」
 祥子の言葉に司は肩を落とす。
 サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は不満そうに地団駄を踏む。
「ああ〜っ、知ってる有名人がいなかったです! 誰か知ってる人がいたら、独占インタビューしようと思ってたのにっ!」
 サクラコは歴史、神話、文学の知識を動員してみたが、かすりもしなかった。
 もっとも、それを気にしているのは彼女だけで、他の者はアルサロムや乳蜜香の行方について頭を悩ませていた。
 一方、陽太は探索中も何度もそうしていたように、大切なロケットを見つめる。思い浮かべるのは、もちろん大切な恋人の事だ。
 もし自分が死んだら、多分、恋人を悲しませる。
 かつて彼女を失った時に味わった、どうしようもないほどの絶望。たとえその百分の一でも彼女に感じさせるのは忍びない。だから、どんなピンチになってもツァンダに、愛しい恋人のもとに帰るのだ。
(環菜……必ず貴女の元に戻ります)
 陽太は気を引き締め直し、一行と共に帰途についた。
 美羽はロイヤルガードとして、発見した謎の笛を運ぶ。葛葉 翔(くずのは・しょう)カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が、彼女の脇を固めた。
 美羽は運んでいる笛に、そっと想いを込める。
(これで砕音先生を元に戻す手掛かりが得られたらいいんだけど……)