百合園女学院

リアクション

「そろそろライトアップの時間だぜ」
　甚五郎の指揮の下、大型観覧車はその身に光を灯す。
「いい見栄えだ」
「配色も考えて設置しましたから。後はパレードに備えるだけです」
「よしっ、最後はもっと盛り上げるぞ！」
　甚五郎と勇は新たな準備に取り掛かる。
　夕暮れに映える観覧車。
　時間。空間。このシチュエーションはカップルに最適だろう。
　これ幸いとベルクたちはこの場所を訪れた。

「エロ吸血鬼め……」
「迷子になってたから、仕方ないと思うよ？」
「ぐっ、あれはフリですよフリ！　この優秀なハイテク忍犬の僕が迷子になるなんてありえないのです！」
「マスターにも同じこと言ってたよね」
「そのへたれベレー帽のせいで、ご主人様はエロ吸血鬼と……」
「ポチさんは僕と一緒じゃ嫌だったかな？」
「べ、別に……」
「へへ、良かった……ポチさん、これからもよろしくね」
「……ふんっ、へたれベレー帽のパートナーにしては殊勝ですね。まあいいでしょう、これからもペトラちゃんに付き合ってあげましょう」
「ありがとう！　これで僕たち、お友達だね！」

「なあ、シルフィア……」
「何、アル君？」
「これ、落ちたりしないよな？」
「大丈夫よ」
「扉が開いて、亡霊とか出たりしないよな？」
「大丈夫よ」
「落ちたと思ったら、もう一度上がって、落ちたり――」
「もう、大丈夫って言ってるでしょ。そんなに怖かったの？」
「いや、まあ……」
「しょうがないわね。ちょっと動くけど、いい？」
「えっ、ちょ、揺れる！」
「これ位でおどおどしないの。ね？　大丈夫だったでしょ？」
「……ああ」
「降りきるまで隣にいてあげるから、安心して」
「……ありがとうな」

「…………」
「…………」
「……なあ、フレイ」
「はい？」
「何か喋ってくれないか？」
「そうですね……あっ、見てください！　遊園地の全景が見られますよ！」
「丁度、天辺か」
「まだまだ行きたいアトラクションが一杯です」
「だが、残り時間は限られているぞ？」
「そうですね……残念です」
「……だったら、もう一度来るぞ。今度は、なんだ、二人で――」
「そうですっ！　記念にここからの写真を撮っておかないと！」
「……はあぁ」
「どうしました、マスター？」
「いや、もういい……まだ、次があるさ」
「？　変なマスター」

――――

「お、メルヴィア。帰ってきたか」
　気分転換から帰還したメルヴィアを見つけ、シリウス・バイナリスタ（しりうす・ばいなりすた）は手を挙げて迎えた。
「ああ、留守にして悪かった」
「別にいいぜ。それよりも見てくれよ」
　ごそごそとシリウスが何かを取り出す。
「ぬいぐるみの着ぐるみを作ってみたんだ」
　それはミニチュアサイズの服。計ったように店のぬいぐるみの大きさに合わせられ、難なく着せられるだろう。
「ほう、良く出来ている」
「こう見えてオレ、裁縫も結構得意なんだぜ……って、なんだよ、その疑わしそうな目は！？」
　メルヴィアはその言葉が信じられず半眼になっていた。
「孤児院じゃ必須技能みたいなもんなんだよ。特にオレなんか、周りの奴らの分も直してやったりして――まあ、オレが破っちまったりしちまったこともあるけど――兎も角、この手の作業はお手の物なんだぜ！」
「それは悪かったな。私はおまえのパートナーがやったと思ったんだ」
「リーブラか？　あいつは今客引きをしてくれてるぜ」
　噂をすれば影。
「シリウス……流石にこの格好は恥ずかしいですわ」
　涙目で戻ってきたリーブラ・オルタナティヴ（りーぶら・おるたなてぃぶ）はシリウスに抗議の声を上げた。
　リーブラが着ている衣装は金狼娘をモチーフにしたもの。秋も暮れているのに、露出度がやたらと高い。その上、手にはうさぎのぬいぐるみを持たされている。
「何言ってんだ、可愛いじゃん！　な、メルヴィア？」
「……えっ？　ああ、そうだな」
　その背徳的な格好にメルヴィアは一瞬目を奪われていた。
「お、食い付いた。やっぱその格好、客寄せにバッチリだぜ！」
　親指を立ててウィンク。
「そうだ、オレの作った着ぐるみも一緒に宣伝してくれよ」
　取り出したのは、先程メルヴィアに見せたものと違う種類の衣装達。
「ほれ、ご当地ものってあるだろ？　それを創世学園の学部で作ってみたんだ」
　先ずは初等部。
「役得ってコトでオレ仕様。赤の制服に赤髪ポニテをセットで」
　次いでイコン学部。これはそのままジェファルコンのぬいぐるみ。
「やっぱイコンしかねぇよな！」
　魔術学部。
「いわゆる魔女服だな。とんがり帽子に黒ローブ」
　探索学部。
「ぬいぐるみを乗せられるペガサスのぬいぐるみだ」
「ほんとに器用だな」
　メルヴィアは感嘆を漏らす。
「シリウスは裁縫が得意ですものね」
「だから言ったろ、任せとけって」
　自慢するように胸を張るシリウス。
「そんじゃ、これ持って客引きよろしく！　あー後、リクエストも受け付けるから、それも付け加えておいてくれ」
「もう……わかりましたわ」
　話をすりかえられ、文句の一つも言おうかと思ったが、生き生きしているシリウスに絆され、リーブラは店先へ。
　外から、「ぬいぐるみ見て行きませんかー？　今でしたら、リクエストにお答えしますわー！」と元気な声が聞こえる。
「ちゃんとやってくれているようだな。ああそうだ、おまけで教頭仕様のドラゴンも作ってみるか」
　待ち時間にと、シリウスは新作に取り掛かる。
「こんにちわー！　人形作って！」
「美羽、他のお客さんもいるんだから」
　リーブラの出て行った出入り口から、小鳥遊　美羽（たかなし・みわ）とコハク・ソーロッド（こはく・そーろっど）が入ってくる。その後ろには、ルシアと香菜の姿も。
「おまえら、ぞろぞろと……」
「やっぱり、作ってるのはメルメルだったね」
「オレも作ってるぜ」
「シリウスも？」
「おいおい、やっぱその反応かよ」
「あはは、ごめんごめん」
「よかった、ケンカにならなくて……」
　最近は落ち着いているが、メルヴィアと美羽は犬猿の仲だった。顔を合わせてしまえば言い合いから喧嘩に発展するのを危惧していたコハク。
　事実、対面しての第一声は少し棘が見え隠れしていた。
　だが、シリウスの存在がその空気を払拭してくれた。
　コハクもホッと胸を撫で下ろす。
「騒がしくしてごめんね、メルヴィアさん」
「元々うるさい場所だ。でも、他の客に迷惑をかけるなよ。ここは私だけの店じゃない」
「わかってるよ、たいむちゃんも居るんだもん。下手なことはしないよ」
　場の空気を壊すことはしないと、約束する美羽。
「それで、後ろの二人は？」
　メルヴィアは未だ留まるルシアと香菜に目を向ける。
「僕たちが誘ったんです」
「人形作ってるのは、メルメルじゃないかってね。ほら、香菜」
「ちょ、美羽先輩」
　促され、メルヴィアの前に立たされる。
「私に用か？」
「えっ……あの……」
　美羽は香菜のわき腹を肘で小突き、反対側にはコハクに呼ばれてやってきたルシアが。
「香菜、言いたいことはちゃんと言わなきゃ。普段、クラスメイトには言えてるんでしょ？」
「あれとこの人とは違うわ！　あっ……ごめんなさい」
　大声を出してしまい、恐縮する香菜。こうなっているのも、ニルヴァーナ探索で身体を張ってくれた彼女に対する畏敬の念から。
　それでもルシアは香菜に呼びかける。
「ほら、声は出せたよ？」
「頑張って！　私たちが付いてるよ！」
「後少しです」
　美羽とコハクも応援に加わる。
「……以前はありがとうございました。差し出がましいお願いですが、人形を作ってもらえませんか？」
　流石に命の恩人とあって、硬い言葉にはなってしまった。
　それでも、自分の意思は伝えられた。残るは反応を待つばかり。
　返ってくる言葉が怖くて、顔を上げることが出来ない。
　その震える肩に置かれる手。
「待っていろ、すぐに作ってやる」
　やっとメルヴィアの顔を見た香菜。
「あっ……」
「感謝されるのは、まあ、悪くない。それに、私の作るぬいぐるみが求められるのもだ」
　少しだけ恥ずかしそうにしているメルヴィアがそこにいた。
　普段から威圧的な人は得だ。ただそれだけで、全てが和らいで見える。
「あ、ありがとうございます！」
　香菜はたくさんの意味を込めて、深々と礼をした。
「良い話だな、おい！」
　その光景を眺めていたシリウスも滲んだ目元を拭う。
「こりゃ、オレも精一杯手伝わせてもらうぜ！」
「それじゃ、香菜だけじゃなくて、私の人形も作ってよっ！　あと、コハクとルシアの分もね！」
「おう、任せとけ！」
　今の気持ちを製作にぶつけたいシリウスはすぐに裁縫部屋へ。
「すまないが私も失礼させてもらう。出来るだけ早く仕上げたいからな」
　メルヴィアもまた、踵を返す。
　二人を見送る香菜の頭を、「よかったね」と撫でるルシア。
「うん……って、や、止めてよね！」
　我に返った香菜はその手から逃れる。
「私相手にはこんなに言いたいこと言えるのに」
「だから、それは、あの人が特別なだけで……」
「まあまあ、二人とも。騒がずに出来上がりと待とう？」
「うん！　皆の分も注文できたし、楽しみだよね！」
「私も、自分の人形が出来るのは楽しみだわ」
「もう。私のおかげなんだから、感謝しなさいよね？　……皆、何笑ってるのよ？」
　その高飛車な台詞はただの照れ隠しで。似合っていなくて。
「やっぱり笑顔で楽しいのが一番だね」
　コハクは二人の仲が少し進展した気がした。

「いらっしゃいませー！　ぬいぐるみですわー！　買っていってくださーい！」
　外では呼び込みを続けているリーブラ。
　そこへ、ネーブル・スノーレイン（ねーぶる・すのーれいん）が悲痛の表情でフラフラ歩いてきた。
「ああっ……ウサさん、ウサギさんがぁ……」
「えっ、何ですの？　お客さん……ですの？」
　と思いたいのだが、目は完全に一点をロックオン。そこはリーブラの胸元。
「もしかして……」
「ウサギさん……危ない。駄目、絶対」
「この子が心配で？」
　リーブラは持っていたうさぎのぬいぐるみを差し出してみる。
「あ……狼さんがウサギさんを解放した……」
　それを奪い取るように抱えると、
「よかった……ウサさん、よかった……」
　ネーブルは頬ずりして喜びを表現していた。
「やっぱりですわ。あの、よろしいですか？」
「……何？」
　警戒心の篭った瞳を向けるネーブルに、リーブラは優しく語りかけた。
「もうその子に手を出したりしませんわ。それよりも、中にはたくさんうさぎさんがいますわ。見て行ってくださらない？」
　ネーブルの目がどんどん色鮮やかに輝いていく。
「ウサギさんがたくさんいるの？　もちろん行く」
「はい。ご来店ありがとうございます！」
　そうして案内された店内を見たネーブルは開いた口が塞がらなかった。
「それではゆっくり見て行ってくださいね」
　リーブラが持ち場に戻っても、ネーブルはまだその場を動けずにいる。
「ウサさんいっぱい……それに」
　その理由はぬいぐるみだけでなく、視線の先を追うと居る彼女。
「新しいお客さんね。いらっしゃい、たいむちゃんのお店へようこそ！」
　うさぎ型ゆる族衣装のたいむちゃんに釘付けだったからでもある。
「ウサギ姿のたいむちゃんだ……」
「何をお求めですか？」
「これください」
「えっ？」
　接客のために近づいたたいむちゃんに抱きつくネーブル。
「あの、ごめんなさい。私は売り物ではないんですよ」
「なら記念撮影だけでも」
「それなら……」
「私が取ってあげるね！　待ってる間、暇だもん」
　美羽が撮影者を買って出る。カメラを渡し、はい、チーズ。
「……ありがとう！」
「どういたしまして」
　大事そうにカメラを抱えたリーブラはたいむちゃんに向き直る。
「それと、ここのウサギさんのぬいぐるみをください」
「どれにします？」
「全部」
「え？」
「全部」
「流石に、それはちょっと……」
　苦笑してしまうたいむちゃん。
「そういえば、確か、理沙さんが用意したうさぎの着ぐるみがまだ余っていたような……」
「ください！　それを着てパレードに行きたいです！」
　手を握って懇願するリーブラ。その勢いに気圧される。
「わ、わかったわ。聞いてくるね」
「ありがとうございます！」
　花畑のような顔でお礼を言われると、たいむちゃんも自然と顔が綻んだ。
「少し待っててね」
「ウサギさんのためなら、いくらでも待ちます」
「うん、わかったわ」
　理沙のもとへ向かうたいむちゃん。
「パレードか……もうそんな時間なのね」
　ふと見上げた空では、星達が自己主張していた。