百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第2回/全2回)

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第2回/全2回)

リアクション

「イルミンスールやジャタの森の危機、そして何より大ババ様の危機に、こんな所で足止めされてる場合じゃないよ。
 校長もやっと戦う覚悟を決めたみたいだし、その覚悟が鈍らない内に何とかしてここを脱出しないと。お願い、ミーミルも協力してよ。ミーミルが校長を抱きかかえて窓から飛んでさ、ボクとジュレはまあ、魔法で何とかするから」
「えっと……あの、本当にそうしちゃっていいんでしょうか? もしお母さんがイルミンスールを離れたら、とってもいけないような気がするんですけど……」
 エリザベートをイルミンスールから連れ出そうと試みるカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の要請に、呼び出されたミーミルが怪訝そうな表情を浮かべる。当のエリザベートの傍には、赴任してきた教頭、メニエスがおり、流石にそこでこのような話は出来ない。
 その上、さらに問題が生じていた。メニエスは一人でここを訪れており、彼女だけならまだどうにかなったかもしれない。
「イルミンスールの一生徒が学校を出、教頭として戻って来るには、相当な努力をし、並々ならぬ知識を得たに違いなかろう。
 ここは我も是非、一生徒として教えを請いたい」
「……教頭は長旅で疲れているご様子。申し出は至極真っ当ながら、今はお受け出来ない。お引取りいただこう」
 『保健体育の知識を教えてもらう』という建前、カレンへの注意を逸らそうと、何やらいかがわしげな表紙の本を手にメニエスに迫ろうとしたジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)だが、水橋 エリス(みずばし・えりす)のパートナー、リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)に阻まれ、接触することは叶わなかった。
 そう、メニエスだけなら付け入る隙はあったかもしれない。しかし今はホーリーアスティン騎士団所属となったエリスが控えている。『校長を連れて脱出』を主張するカレンも、これでは満足に動くことが出来ない。

「へー、キミたちがエリスのパートナーか。ボクはロットス、この子の魂をアムドゥスキアス様から預かってるんだ」
 地球から戻って来たエリスに呼び出されたリッシュと元譲は、突然エリスの傍に現れたロットスと名乗った悪魔から、驚愕の事実を告げられる。
「お前が……お前がエリスを!」
「おっと、ボクに手を出すとエリスの命はないよ」
「……やってみなければ分からないだろう?」
 ロットスに答えながら、しかし元譲は直感的に、ロットスの言葉が偽りでないことを悟り、リッシュを押し留める。
「何故止める、元譲! あんたはあいつが憎くないのか!」
「……そうでないはずがなかろう? だが、今の状況は私たちに限りなく不利だ。
 ここは雌伏の時……いずれ目に物見せる時まで、今は耐えるのだ」
「くそっ……くそぉっ……!」

 こみ上げる怒りをぐっ、と堪える二人へ、ロットスは嘲笑い、言い放つ。
「それじゃあ、ボクの言う通りにしてもらうね。キミたちはイルミンスールの新教頭と、エリスを守って。
 血気盛んな契約者もいるかもしれないからね」

 そのようなやり取りを経て、リッシュと元譲、エリスはメニエスの護衛を務めている。
「…………」
 どこか虚ろな目をするエリス、そんな彼女を心配そうに見つめる者がいた。
(……あなたは確かに、そこに居る。……それなのに、居ないんですよね……)
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)、アムドゥスキアス軍とナベリウス軍が侵攻してきた折、エリスと一緒に戦場に赴いた彼女は、一緒に居ながらエリスを守ることが出来なかったことを悔やんでいた。校長室を源 鉄心(みなもと・てっしん)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)と共に出たティーはすれ違い様にエリスを見つけ、彼女が“変わってしまった”ことに気付く。
「……私、エリスさんの傍に付いていていいですか?
 今のエリスさんがその……エリスさんではないことを、この目で確かめたいんです」
「……分かった。何かあれば直ぐに連絡を」
 鉄心に、エリスの監視という名目で傍にいる許可をもらい、イコナに「ザンスカールの皆さんをお願いね」と言って、そしてティーは今、校長室に居る。もし彼女が誰かに操られて、他の誰かに危害を加えるようなら、身を呈してでも止めるくらいの覚悟を胸に抱いて。
「お帰りなさい……と言うべきなんでしょうかね、メニエスさん……いえ、メニエス先生。
 色々と聞きたいことはありますが……まずは、教頭になった経緯や、ザナドゥの侵攻に対する方針など、校長先生と共に私達生徒にも聞かせて頂きたいです」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)を傍に、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)がメニエスの下に歩み寄り、尋ねる。他の生徒と違い彼女は、幼馴染であるケイがメニエスのことを気にしていること、本当に悪い人とは思っていないこともあって、態度は幾分柔らかであった。あくまでソアの中ではメニエスは、『考え方の違う人』であり、『悪い人』ではない。であるが故に、今回の事態については複雑な心境であった。
(EMUの勅命で来たということは、メニエスさんは後ろ盾を得た上で私達の前に現れたということ。
 メニエスさんの真意は……何?)
 『情報を整理すると同時に、教頭であるメニエスの真意を探る』を心に呟きながらメニエスの返答を待つソア、そして、答えておくべき質問だと思ったか、メニエスが口を開く。
「戦況を聞かせてもらったけど……貴方みたいなのがよくもまぁ、ザナドゥと戦うなんて言えたものね。
 あたしには貴方が、イルミンスールの生徒に死ね、って言っているように聞こえるわ」
 ちらり、と視線をエリザベートに向ける、メニエスにとって牽制のつもりだった言葉を、エリザベートは果たしてどう受け止めただろうか。
「そうねぇ……少なくとも降伏……とは言わないけど。でも、抗戦はしないところね。あたしから明確な案があるわけじゃないけど」
 ソアの心の声を否定するような、真意を図りかねる態度を見せるメニエス。
「メニエス教頭は、ホーリーアスティン騎士団の推挙を受けて今の地位に就かれました。
 これは未曾有の危機に際し、ミスティルテイン騎士団とホーリーアスティン騎士団が手を取り合って事態の解決を図るという意思表示でもあります」
 そして、ソアの質問への回答を、エリスが引き継いで答える。その口調こそ穏やかなものの、しかしエリスの声を耳にした者は不可視の力に気圧され、反論を口にすることが出来ない。……それはロットスがエリスに与えた強化の力。今のように人を無意識に抑え込むことも出来れば、声を張り上げることでちょうどイコンのソニックブラスターのような真似も可能にする力であった。
「なるほどなるほど、それはとても喜ばしいことです。
 今までが異常だったのですよ、エリザベート様に利権や権限が全て集中しているのは、ワルプルギス一族主体のミスティルテイン騎士団の独占が見えていましたからね。ホーリーアスティン騎士団が加わることで、権力の集中・濫用が防がれるでありましょう」
 エリスの言葉を耳にして、イルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら)が穏やかな笑みを浮かべて進み出る。
「『三権分立』をご存知でしょうか? 国家の権力を行政権・立法権・司法権に分け、それぞれが相互に監視し合うことにより抑制均衡を図り、もって権力の集中・濫用を防ぐ政治の手法です。
 私は、『教頭の任に就いた者が世界樹・イルミンスールに関する事柄に決定権を校長と分け合って持つ』ことを提案します」
「……あの……三権分立というシステムを引き合いに出しながら、その提案なのですか?」
 ルーレンがそう言ったのには、要はイルゼとしては『ミスティルテイン騎士団とホーリーアスティン騎士団が協力して行った事柄を実績にする』を目的として(これは背後に控えるシュピンネ・フジワラ(しゅぴんね・ふじわら)も理解していた)、ミスティルテイン騎士団が有している独占的な権力をホーリーアスティン騎士団に一部譲渡する(そうすることで表向きはエリザベートの負担が減るとしておきながら、実際はミスティルテイン騎士団の発言力が減る)、という意味で言ったのだが、三権分立を引き合いに出すと途端に話がおかしくなるからである。校長と教頭は独立した組織(人)ではないだろうし、権力を分け合って持っている時点で、分立していない。校長と教頭がそれぞれ等しい決定権を持つというなら分かるが、それはもはや校長と教頭という関係ではないだろう。そうなってしまえばもはや学校として機能しないし、そのような学校を誰も認めない。……ザナドゥとしては好都合であろうが。
『……ルーレンさん、聞こえますか?』
 結局の所よく分からないイルゼの提案を退けた所で、ルーレンは声なき声に呼び出される。声の主は、周囲の見回りに出ていた鉄心からであった。
『はい、聞こえます。どうされましたか?』
 自分に超能力の類はないにも関わらず、こうして離れた相手と会話出来ることを純粋に不思議に思いつつ、ルーレンが答える。
『先程、怪しげな振る舞いを為そうとした輩を発見しました。教頭と直接関係している者かどうかを確認することまでは叶いませんでしたが、現校長勢力の切り崩しを狙うとすれば、フィリップさんや貴女自身が標的になる可能性も有り得ます。十分にお気をつけ下さい』
 鉄心の話では、イルミンスールの女子生徒に変装して、明らかに身体に悪そうなお茶菓子を出そうとした(これは、鉄心と行動を共にしていたイコナが真っ先に気付いた。料理の腕は芳しくなくとも、料理から漂う邪気を感知する能力には優れていたようだ)者がいたが、感付かれたと見るや否や、変装を解いて逃げ去ってしまったとのことであった。

(私の変装を見破るとは、中々やってくれる。
 ……まあよい。今回は元々挨拶代わりに過ぎぬ。私がキミたちの味方になるも敵になるも、今後次第だよ……)
 背後に遠ざかるイルミンスールを振り返って、ジープ・ケネス(じーぷ・けねす)が不敵に微笑み、その場を後にする――。

『分かりました。ご忠告、感謝いたします』
『いえいえ。ああ、こちらはザンスカールからの避難民の様子を見に行きます。言伝があれば預かってきますので。では』
 鉄心からの通信が途絶え、ふぅ、とルーレンが息をつく。
「皆、疲れているようだ。状況が状況だ、無理もない。
 ここらで一つ、休憩を挟むのはどうだ? 心を落ち着けねば、今後の対応を検討するのも叶うまい。なんなら茶でも淹れようか。ハーブティーは心を落ち着けるらしいぞ」
 そんなルーレンの様子を見て取り、四条 輪廻(しじょう・りんね)が口を挟む。一見雰囲気にそぐわない発言のように思えたが、その場に居合わせた者にとって、輪廻の発言は渡りに船であった。輪廻の言う通り、『状況が状況』なのである。このような状況は殆どの生徒にとって体験したことのないものであり、それだけに各人の心の負担も大きい。
「そうですね……。皆さんがよろしければ、一旦ここで場を開き、必要であれば再びお集まり頂く、ということでよろしいでしょうか」
 ルーレンの発言に、エリザベートとメニエス、生徒たちが頷く――。