百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~決着~

リアクション



●『I2セイバー』艦内

(ったく、いつの間にやら大層な役割、与えんじゃねーっての。……そりゃあ、船の建造を立案したのは俺なんだけど)
 戦闘指揮所に飛び込んでくる様々な情報と対峙する搭乗員――その多くは、協力を願い出た精霊たち――を見つめながら、日比谷 皐月(ひびや・さつき)はそんなことを思っていた。本人は後方支援のつもりだったのだが、イルミンスール魔法学校校長、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が話を聞くや否や、
「あなたは今から艦長ですぅ!」
 と任命した上で、『飛空艇による世界樹クリフォト爆撃作戦』を提案してきたのだ。その後アレコレとあったものの、結局皐月は旗艦『I2セイバー』の艦長として、これから実行される作戦の指揮を執ることになったのであった。
(……ま、弱音吐いて勝てるなら存分に吐いてやったけど、そうじゃねーし、それにこの戦い、負けられねーんだよな。
 任せられたからにはいっちょ、やりますか)
 思考に決着をつけた所で、通信員からの報告がもたらされる。
「大型飛空艇、全艦配置に着きました」
「よし。半数は爆薬を満載している、功を焦って近づき過ぎぬよう徹底させろ。
 この戦いは勝つべき戦いであり、負ける必要のない戦いだ。被害は最小限に抑えたい」
 皐月と共に搭乗し、主に大型飛空艇部隊の指揮を担っているマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)が、指示を伝える。エリザベートから一時的に、『I2セイバー』と大型飛空艇群に関する全権を預けられた形になった皐月が立てた作戦に基づき、十隻の大型飛空艇の半数には、爆薬が積み込まれている。作戦発動の際にはそれらを急行させ、クリフォトにぶつけるつもりであった。世界樹イルミンスールとほぼ同等の大きさを誇るモノに、生半可な攻撃は通用しない。せっかく作ったものを壊すなんて勿体無い、なんて考えは皐月にはなかった。
(何やら校長が企んでるらしいけどよ、ここでくたばっちゃあ、お話になんねーだろ。
 おまえの仕事、肩代わりしてやるさ)
 そう、皐月は自らの艦隊を率いて、クリフォトに“どデカイ風穴作る”つもりでいた。もちろん、協力してくれた者たちをみすみすナラカ送りにするつもりはない。爆薬を満載した大型飛空艇は、プログラム制御によって無人である程度動かせるようになっていた。もう半数の大型飛空艇に乗員を収容するという方針も、既に伝えてある。
「皐月、避難用の飛空艇は、手筈通りに運用されているな?」
「ああ。一隻はイナテミスへの避難用に、もう一隻は待機させてある」
 確認を取るように尋ねてきたマルクスへ、皐月が答える。十隻の大型飛空艇の他に完成していた二隻の飛空艇は、イルミンスールの生徒や教職員等を精霊指定都市イナテミスへ運ぶ、またはクリフォトへ運ぶと定められていた。生身で飛んでいくよりその方が安全との判断によるものであった。
「……よし、全ての準備は整った。皐月、始めていいか?」
「ああ、始めてくれ」
 皐月より命令が発せられ、それを受けたマルクスが全艦に指示を伝える。
「全艦、打方始め。
 ……揺るがぬ意志を以て、信念を掲げろ。その手に勝利を収めるために、行くぞ……!」

 大型飛空艇に装備された火器が唸り、迎撃に出た魔族を、その魔族が護るべき魔樹を撃滅せんとする。
 そしてその様子を、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)の駆る大型飛空艇、エンペリオス・エアから、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が見つめていた。
(……こうして、シャンバラとザナドゥの一ページはまた、血に塗れるのだな)
 憂えるような表情を浮かべるヴァル。もしもシャンバラとザナドゥの関係を綴った本があるとしたら、その内容は殆どが戦い、それも何度も繰り返される戦いで埋められていただろう。
 しかしそれは、これまでは必然だった。かつての地上人が魔族の基となるものを生み出した時より、両者の間には戦いがついて回る運命にあった。
(では、これを最後の一ページにしよう。
 おそらくはまた新しい本が開かれ、その中身はやはり、血に塗れるのかもしれない。しかし、それを無駄だと笑う愚か者になるつもりはない。
 実現は、行動の先にしかない。平和が天から降ってくるのを待つ、それ自体は否定するつもりはないが、俺はその方法は取らない)
 戦いで始まった物語が戦いで終わる、これは良いことでも悪いことでもない、言わば当然の帰結。そこからどうするかを、この戦いに携わった者は考えねばなるまい。再び物語が紡がれるのを待っていてはダメなのだ。
 ……とはいえ、まずは紡がれた物語にエンドマークを打たねば、そこへ行けない。地上の者が全て魔族に降伏する、それでも物語に終止符は打てるが、流石に許容しかねるだろう。
 よって、戦う。平和を勝ち取るために、戦う。次に進むために、戦う。
 後世に酷評される結果になったとしても、今は剣を取り、魔族と戦う。
(殴られたら殴り返す、まるで子供の喧嘩ッスけど、五千年ぶりに遭った、そしてこっちからすれば初対面相手には、そういう挨拶でいいんじゃないッスか?
 なんだかんだと遣り合ったエリュシオンとだって、あの有様ッス。戦争を根絶、仲良しこよし、なんて夢物語だって決め付けて拗ねて諦めるほど、自分達は長生きしないッスから。
 どうにか上手くやろうとドタバタする、それが自分の『生きる』ッスよ!)
 生物は生きている限り、失敗する生き物だ。そしてそれを、そういうもの、と開き直ることは容易い。
 しかしそれでは、何も学ばない。何も変わらない。失敗から目を背けるだけではダメなのだ。
(失敗も全て背負う、その覚悟を持って、この場を懸命に!)
 イグベーゼンが操縦桿に力を込め、その力を受け取ったように、飛空艇が力強く前線へと歩を進める。
「皆、始めようか。
 平和を『勝ち取る』戦いを!」



 クリフォトに迫る契約者に対し、魔族の対応は後手に回っているようであった。アーデルハイトの姿は見えず、他の有力な魔族も上がってきていないようであった。
 数だけは契約者を圧倒する魔族も、それを率いる者がいなければ、十分に力を発揮できない。加えてこの場の主導権は、イルミンスール側にあった。
 これまで受けてきた分の借りを返すが如く、イルミンスールの反撃が開始される――。

「魔界の邪悪なる炎よ。深淵で蠢き、脈動する獄炎よ。
 我、エリザベート・ワルプルギスの名の下に顕現し、立ち塞がる有象無象を塵と化せ!」


 空中に浮き上がったエリザベートの両手から、漆黒の炎が吹き出す。詠唱自体はリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)、彼女の師でありまたエリザベートのパートナーであるアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の得意とする魔法、『ファイア・イクスプロージョン』に酷似していたが、彼女の出生がそうさせるのか、より『魔』の影響を受けたものになっていた。

「ファイア・レージ!!」

 エリザベートの両手が合わさり、真上に掲げられると、ソフトボールほどの大きさの球体が出来上がる。直前に天高く吹き上がっていた炎の様子からは小さな球体に、気後れしていた魔族が咆哮をあげ、群れを作って襲いかからんとする。
 ――直後、彼らはまんまと騙されたことを思い知る。集団の中心に放られた球体から、まるで火山の噴火を思わせる炎が生まれ、瞬く間に周囲の魔族を漆黒の炎に包み込んだ。並の生物であれば、苦しむ間もなく塵芥となったであろうが、なまじ耐性があったが故に、魔族はもがき苦しみながら息絶えていく。
「……ふぅ。初めてでしたけどぉ、上手く行きましたねぇ。
 この調子でバンバン魔族をぶっ飛ばしてあげます――よぉ?」
 魔法の効果に気を良くしたエリザベートが次の詠唱を行おうとした所で、むぎゅー、と背中から抱きしめられる。
「なんですかアスカ、今は戦闘中ですよぅ」
 見上げるようにして、“伴侶”である神代 明日香(かみしろ・あすか)に呟くエリザベートは、明日香が戯れに抱きついていないことを表情で悟る。
「エリザベートちゃん、このような所で体力と魔力を浪費しちゃダメです。アーデルハイト様を取り戻すんですよね? それはエリザベートちゃんにしか出来ないことです。
 だから、エリザベートちゃんは見守ってて下さい。アーデルハイト様の下へは、私達が導きます」
 その言葉は、想いは、とても嬉しかったが、同時に不安が頭を過る。
 ――身を貫かれ、血に塗れ、虚ろな笑みを浮かべる明日香の、顔が。
「……ダメですよぅ。私が、やらなくちゃいけないんですぅ」
 くるりと身を捩り、腕を回して抱きつく。もうあんな姿は、見たくないから――。
 すっ、と明日香の手が、エリザベートの頭を撫でる。
「大丈夫です。私、強いですから。
 ……それに、エリザベートちゃんは独りじゃありません」
 明日香の言葉は、エリザベートも理解はしていた。“子”であるミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)がいる。そして、勝手に飛び出していったにも関わらず、多くのイルミンスール生がこの区域に現れ、手を貸してくれていることを、エリザベートは知っている。
 だからこそ、自分も戦わねば、とエリザベートは思っている。勝手な振る舞いをした恥ずかしさもあるが、彼女はまだ、イルミンスール魔法学校の校長だから。
「約束してくれなきゃ、ずっとこのままでいます」
 ぎゅっ、と明日香が、腕に力を込める。本気だ、エリザベートはそう思い至る。
「……分かりましたよぅ」
 観念したようにエリザベートが呟き、明日香は最後に大きく息を吸って、エリザベートを解放する。
「お母さんは、私が護ります」
 三対の羽根を輝かせたミーミルに付き添われて、エリザベートが後方へ、明日香や他の生徒たちを見守るために下がっていく。
「えっと、エイムさん? 明日香さんとエリザベートさんのお話、終わりましたよ? そろそろ解放してもらえませんか?」
 そして、困ったように見上げるノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)と、ノルンをむぎゅーっとして離さないエイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)
の下へ、明日香が近寄る。
「……放り出されましたの」
 恨みがましいというよりは、置いてけぼりにされたのをつまらないと感じているエイムへ、明日香が微笑みかける。
「これからは一緒ですよ。一緒じゃないと困ります」
「……はいですの♪」
 それで満足したらしいエイムが、スッ、と差し出された明日香の手を取り、魔鎧形態へと変わる。胸部腹部と腰の側面、両の腕から手先、腿から足先が赤い金属らしきものに覆われていく。
「とりあえずぶっ飛ばしてみようという作戦はとてもエリザベートさんらしいですけど、流石に乱暴過ぎると思います。
 ……今の一撃で、敵も相当戦意を喪失したみたいですけど」
 乱れた髪や服を整えて、ノルンが意見を口にする。もう、ザナドゥの件に関してはザンスカール一地方だけでどうにかなるような問題ではなくなっていた。魔族の手からアーデルハイトを取り戻して、それでめでたしめでたし、では終わらないだろう。
「……余計な戦いは、出来るだけ減らしていきましょう。
 何であれ、エリザベートちゃんとアーデルハイト様は会った方がいいと思います」
「……そうですね。私もそう思います」
 明日香とノルン、二人の意見が一致する。エリザベートとアーデルハイトはパートナーであり、そして何より“家族”である。
 家族が離れ離れなままというのは、決して好ましい状況ではないだろう。