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リアクション
●灼熱
戦艦からの攻撃はミサイル一斉発射にとどまらなかった。焼夷弾だろうか、それ自体が火柱を上げ燃えるという強烈な爆弾がほうぼうに撃ち込まれる中、膨大な量産型クランジが上陸した。クランジだけではない。蜘蛛型マシン、犬型マシンなど、以前クランジが使ってきた兵器が次々と出現してこれに続いている。いずれも信じられないほどの数だ。
鵜飼 衛(うかい・まもる)は大いに笑った。笑いがこみ上げて仕方がなかった。
「カッカッカッ! 派手に来たのう! 敵ながら天晴れ! 強行上陸をかけるのならこれくらいしてくれんとな!」
綺麗な褐色の肌に、ぽっかりと浮かぶような白い歯で衛は呵々大笑すると、吹き飛びそうになったマントの合わせ目から手を放した。
「ずいぶんやられたように見えるじゃけー」
メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)はパタパタと土埃を払って立ち上がった。衛とメイスンがいるのは島の北岸でも高台になった岸壁ゆえ、眼下の惨状はよく見えた。魍魎島の北岸は今の一斉ミサイル攻撃で地形が変わってしまっただろう。当然、海岸線の味方は少なからぬ打撃を受けたはずだ。小雨が降り出しているが、海岸付近では誰もそんなことを気に留めておるまい。
「なに、いずれも一般人ではなく契約者とそのパートナーじゃ。これで即死するような『ヤワ』な者はなかろう」
「まあ、それは言えとるかのう」
メイスンは肩をすくめた。衛の言葉には一理も二理もある。しかし、敵方の電撃作戦が奏功したのは事実のようだ。わっと大量の量産型機晶姫が押し寄せてくるではないか。それは彼らの足元とて例外ではなかった。
「さて、驚かせてくれたお礼に、こっちも驚かせてやるわい!」
二人がいる付近は岩場の隘路になっている。衛が合図すると、用意されていた魔法カードがふっと鈍い光を放った。このカードはある罠の発動装置となっていた。それは、
「これが本当のロック(Rock)・アンド・ロール(Roll)というやつじゃ。ゴロゴロ岩を見舞ってやろう!」
落石装置だ。正確には、岩場の破壊トラップである。メイスンがあらかじめ細工した地点が崩壊し、尖った重い岩を雨あられと降らせる。大きなものは直接機晶姫を押し潰し、小さなものでも機械犬や機械蜘蛛を倒すくらいわけはない。
「質より量で来る物量作戦なら、こうやって一気に減らすまでよ!」
ひらりと飛び、敵の頭上となる岩場に位置どると、そこから衛は魔法の雷にて推参する。雷光が走るとあちらもこちらも、機械は動きを停止した。
「っと、しかし数が洒落にならんな!」
衛の快進撃も残念ながらここまでだ。彼の姿に気づいた量産型機械が、わしゃわしゃと岩壁を登攀してきたのだ。とりわけ蜘蛛機械は早く、大人一人ほどある巨体でありながら器用に、するすると長い脚で登ってきた。その一本は衛の爪先に触れそうだ。
蜘蛛の脚の先は鋭いクローになっている。岩すら簡単に削るその切っ先が衛に迫った。
しかし、
「まさに仁義なき戦いじゃのう。多勢に無勢じゃけ、ここは味方と合流するがええよ」
間一髪、メイスンが手を伸ばして衛の腕を掴み引き上げた。小型飛空艇オイレの副座に彼を座らせる。メイスンは身を乗り出してライトブレードで蜘蛛の脚を切断し、ぐいと操縦桿を倒した。見る間に飛空艇は空の高みへと舞い上がった。
「カッカッカッ! そのようじゃな! というわけで諸君、また会おう!」
衛は哄笑しているが、その瞳(め)は厳しい形に歪んでいた。
本日、本来ならば作戦指揮を執るはずのユージン・リュシュトマ少佐は戦場にない。
「正面に大軍を当てて来るかとは思っていたが……よもやここまでとは……」
リュシュトマの代わりに北岸シャンバラ勢を率いるのはクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)大尉である。彼女は大量の煙にむせながら陣営を立て直すべく声を上げる。
「崩れるな! 跳ね返せるだけの兵力は我らにもある!」
クレアの首筋を汗が伝った。
暑い。服の中はもちろん、下着にいたるまで汗ぐっしょりだ。もともと地熱のせいかぼんやりと暖かいこの土地が、爆撃で灼熱地獄と化しているのだ。機械ならぬ人間の身には酷くこたえた。敵の首魁クランジΘは、おそらくそこまで計算して攻め寄せたのだろう。クランジも熱には弱いはずだが、量産型の動きを見るにそこは強化されているようだ。マネキン姿が一様に平然としているのが腹立たしい。
しかしクレアの心を占めているのは暑さではなかった。彼女は戦略的嗜好をめぐらす。
(「本隊自体が陽動、さらには示威の意味合いもあるか……まぁ、陽動だろうが、向こうにしてみれば、本隊で突破できるならそれはそれでよしというのが本音だろうな」)
クランジΘがあの本隊にいるのかどうかはわからない。だがここで真っ向勝負する他ないのは事実だ。
クレアが総動員しているのは頭脳だけではなかった。彼女は崩壊寸前の戦線各所に無線で指示を送り、その一方で迫る蜘蛛型機械の頭部を拳銃で撃ち抜く。
彼女の傍らにあり、大きく両脚を開いて地面を踏みしめているのはパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)だ。
「ここは通しません。エイミーちゃん、油断は禁物ですよぉ!」
声を張り上げ機晶姫用レールガンを持ちあげ、蒼く放電する電磁弾を放っている。
「油断なんかするかよ! パティこそやられんじゃないぞ!」
パティが見上げた視線の先、エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)は櫓の柵に足をかけ、高所からの射撃を狙っていた。この櫓は事前に組んだものの一つだ。
「電磁鞭上等なんだよ。近づかれる前に潰す!」
カービン銃を脇に引きつけた状態で構え、エイミーは次々と射撃していた。撃つ度に彼女の赤い三つ編みが踊った。
砂浜に寄せて口を開け、停泊している敵戦艦の黒光りがまばゆい。光沢ある表面が太陽光を反射しているのだ。
「あの戦艦までたどりつけないのがもどかしいですね……」
膠着、いや、それどころかじりじりと後退を強いられている現状を理解しつつハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が言う。そのハンスに向かって怒鳴るように、
「おい!? ありゃなんだ!?」
エイミーが叫んだ。
黒い戦艦の中から、ただの量産型とはあきらかに装備の異なるクランジが連れだって出現したのだ。いずれもマネキンのような姿だが、量産型が灰色なのに対し漆黒で、大型火器を担いでいる。
「肩の装甲にマークがあります。馬の首……? それにあれは、塔か城でしょうか」
ハンスに応じてパティが目をぱちくりとした。
「え、えと、それって……なんでしょう〜」
「『騎士(ナイト)』に『城(ルーク)』だ。『僧正(ビショップ)らしいのもある。チェスということだな」
クレアが答えると、その発言を引き継ぐようにしてエイミーが声を荒げる。
「バカにしやがって、駒一揃え(ピース)ってことかい!」
エイミーはふんと鼻を鳴らした。
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