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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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●備えと覚悟(1)

 魍魎島の中央付近には、ひとつの塔がそびえ立っている。
 塔はもともと、誰か先人が残していったものであったという。発見時はその骨組みが残っているばかりで、とても人の住めるような場所ではなかった。
 それが回収され研究施設とされたのはつい最近のことだ。コンクリートで覆われた灰色の建造物は能面のように無表情で、どこかあの、クランジ量産型に似た雰囲気をもっているところが皮肉と言えた。
 塔の足元に視点を下ろそう。

 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)はこの日、ずっと不機嫌だった。いつも不機嫌そうなどと茶化すなかれ、彼はゆえのないことで怒ったりはしない。
「最初に言っておくが、校長の判断に俺は賛成していない」
 アルツールの眼前には小山内 南(おさない・みなみ)の姿がある。
「来て、どうにかなると思っていたのか」
 アルツールは詰問口調で続けた。
「ようやく退院できたばかりのそんな身体で。ここはこれから戦場になるんだぞ」
 南は怖じなかった。かつての彼女であればここで口ごもってしまっただろう。
「判っています。けれど私は、どうしても看過できなかったんです。あの人と……クランジΘと会い、自分の心に決着をつけられなければ、私は前に進めないと思ったから来ました」
「それが、甘い」
 アルツールは一喝した。
「きっかけくらいにはなるかもしれないが、前回も言った通り単純には克服できない可能性の方が高い。俺は論理を学んではどうかと言ったはずだ。その行動は論理的ではない」
 でも、と言いかける南を彼は黙らせる。
「クランジ攻略の糸口が見つかることを期待して校長も許可を出したのだろうが……その可能性はゼロではないと言うだけで限りなく低い。心の隙を突かれて敵に捕らわれたり、殺されたりする事態が起きうる事も考えれば、南君の選択はデメリットだらけでこの上ない悪手だ」
 アルツールは断じた。
「自分が敵なら、半端でも良いからもう一度南君に催眠をかけるか精神的ゆさぶりをかけてこちらに混乱を引き起こし、戦線に穴を開けてそこを数の力で圧殺するだろう。混乱して統制の取れない、あるいは足手まといを抱えたこちらは、簡単に総崩れになるに違いない」
「迷惑はかけません。誓って!」
 もうすでに迷惑をかけているぞ、俺に――という辛辣な言葉がアルツールの口から出かかったが、南を言い負かすことが目的ではないと考え直した。代わりにアルツールは、彼女の護衛たるべく同行した涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)神代 明日香(かみしろ・あすか)博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)らイルミンスール生を前にして言った。
「君たちの友情も、南君の思いも理解はできる。しかし、『行けば何かできる事もあるかもしれない』だとか『自分達が絶対守るから大丈夫』だとか、根拠の無い希望的観測に基づいて命の賭かった行動に出たなら、言語道断だ。現実は『想い』とかでどうにか出来るほど易くは無い。
 ここに来るまでに、可能な限りの準備や想定される敵への対策、そして命を危険に晒す覚悟はできていたのかね?」
「そのつもりです」博季が進み出た。「僕は……」
 博季だけではない。
「私、エリザベートちゃんと約束しました。南ちゃんを護るって」
「私も考えがあって参加しています。それは……」
 見れば明日香も涼介も、南をアルツールから護るかのように前に出ていた。
「いや、今は説明はいい。備えと覚悟があるかどうか訊いただけだ」
 そのタイミングを見計らっていたかのように、ソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)がポンと手をアルツールの肩に置いた。
「ま、そう怒るなマスター。若さの赴くままに動くのも、また人間よ。
 そして、その若さ故の穴はマスターのような大人たちが埋めるのが役目であろう?」
 破顔してレメゲトンは、南に博季、明日香、涼介らを見回した。
「そういう訳だから、貴公たちは小難しいことはマスターたちにでも任せてもっと若者らしく気楽に行け。いざとなれば、大人に全て丸投げしたって構わんのだ」
 どん、と自身の胸を叩きレメゲトンは言ったのだ。
それが貴公ら若者に許された特権というものよ!
 このあたりの呼吸は慣れたものだ。アルツールが口を挟むより先に、今度はエヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)が口添えた。
「確かに、レメゲトンの言うように若いうちから慎重すぎるのも考えものではあるわね」
 エヴァもまたイルミンスールの教師として、噛んで含めるように言いきかせるのである。
「だからといって、命が掛っているのだからあまり無謀な事はしては駄目よ。私たちみたいに貴方たちを支えていようとする大人がいる今の内は、出来るところまで頑張ってみるといいわ。ただし、無理しすぎない程度に、ね」
 レメゲトンとエヴァにうまくまとめられたので、アルツールはいささか言葉を見失ったように空咳してから言った。
「……バックアップは我々が受け持つ、最初に言った忠告を忘れないようにな。特に、南君は無茶は謹むように」
 このときである。
 北の海岸線に爆炎が上がったのは。
 すらりと金属が擦れる音が響いた。
「アルツール、行くとしよう。前衛は僕が引き受ける」
 ダークブロンドの髪をなびかせ、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)がグレートソードを鞘から払ったのだ。
「一言だけ。いいかな?」
 歩みながらシグルズは言う。
「僕の父親はね、寡兵ながら大軍を相手に良く戦ったが、剣が折れ神の加護が無くなるとたちまち討たれたそうだ。オーディンが望んだ事だからと、手当ても受けずに死んでいったと聞いている。……どんなに強かろうが死ぬときは死ぬし、多くは実にあっけないものなのさ。君達は、そんな『終わり』が突然来るかも知れない事について、あまりに楽観的だってことをアルツールは言いたいんだよ」
 まあ、これが若さなんだろうがねぇ、と締めくくると、北欧の伝説的戦士は、かすかに浮かんだ笑みを閉ざし、口を真一文字に結んだのだった。
 小山内南を守り、その意思を完遂させる。これが彼らの役割だ。
 シグルズを先頭に、方陣で北を目指す。
 一度だけ塔を振り仰ぐと、エヴァは南たちの背を追った。