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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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【Tears of Fate】part2: Heaven & Hell

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●還るべき処

「一気に駆け抜けますわよ!」
 ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が号令を下すと、承知とばかりに風森 望(かぜもり・のぞみ)は空飛ぶ箒に加速をかけた。このあたり、主従の呼吸はぴったりである。
「ああ、やっと見つけました」
 望とノートは一体になって大黒美空を探していた。図書館での一件以来、彼女らと美空は因縁浅からぬ関係である。今回も、美空の登場を予期して捜索していたところ、ようやく出現情報を得て道を急いだのだ。
 シータ一派とシャンバラ勢、そして美空は激しい混戦になっているようだった。
 最前線、銃弾と硝煙、それにレーザーが混じり、これを雨が埋め尽くしている場所をノートは指した。
「あそこ、降りられます?」
「できないという答えは不可とおっしゃるのでしょう?」望は、雨と風を浴びながら微笑した。
「よくご存じで」ノートが首肯する。
 箒は突入した。風を巻き上げて着地する。降下中なんども攻撃を受けたがなんとか成功した。
「貴女宛の伝言です。『ボロボロになっても、もうダメだと思っても。生きる事を諦めんな』――以上!」
 望は着地と同時に美空に告げた。どこかで聞いたような言い回しに、大黒美空は少し首をかしげた。
 畳みかけるようにノートが言う。
「矛盾が許せないとか、クランジの存在は間違っているとか……貴女はずっと、そうでした。自己否定でしか自分を語れませんのね」
 びしりと望を指して続けた。
「望を御覧なさい。いつだって自己肯定ですわよ。脳天気なくらいに!」
「脳天気……かどうかはともかく、まぁ、刹那主義なのは自覚してますし、楽しく生きてくためには何時だって自己肯定ですけども……」
 コホンと咳払いして望は小声で付け加えた。
「思い悩んだりしないお嬢様にアレコレ言われたくはありません」
 しかし都合の悪いことはシャットアウト、必要事項は地獄耳のノートである、当然のように望の後半部分は聞き流して、
「ならば貴女が否定した分をわたくしが……いいえ、わたくし達が貴女を肯定しますわ。それでも、貴女の矛盾は貴女自身で受け止めなさい」
「ココまでいったら問題ですが、貴女も少し肩の力を抜いた方がいいですよ。せっかく生きているのに、この世界を楽しまなければ損でしかないでしょう?」
「楽しめるように、まずはこの場を脱しませんとね」
 これ以上の問答は後だとばかりに、二人は美空より離れ、執拗な攻めを繰り出すピースに立ち向かった。
 美空は心がぐらついているのか、動きが悪くなっている。だが伊織、望らが守っているため危険は少なくなっていた。しかしそのためか、クランジΘとの距離は開くばかりだ。実際、シータは徐々に後退をしているようだった。包囲という形状をやめ、島の中央部へ移動しているように見える。
「あいつらの言う通りだ」
 このとき、だしぬけに鬼崎 朔(きざき・さく)が姿を見せた。
「驚いたか? ベルフラマントの隠れ身効果で近づいただけだ。私も……スカサハもな」
 朔が目で示した方向から、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が姿を見せていた。
「美空様、お久しぶりであります!」
 次の瞬間、スカサハは美空に抱きついていた。
「美空様……攻撃したければすればいいであります……スカサハは絶対離れないでありますが」
「攻撃はしない……しません」
 だから、と美空が優しくスカサハの背を叩いたので、ようやくスカサハは腕を放した。
 敵が退がるのを確認して朔は美空に向き直った。
 なぜだろう、美空を見ていると激しい苛立ちを感じる。
 それが同族嫌悪であることは判っている。判っているからこそ、余計苛つく。しかしそれを含めて朔は美空に告げる決意だった。
「大黒美空……私はな……ぶっちゃけ、お前には共感はしてるよ。クランジは脅威としては最上級、しかも鏖殺寺院製ときたもんだ。何もなければ、鏖殺寺院大嫌いな私もお前と同じ事をしてたよ」
 だがな、と言った瞬間、朔の目が猛禽類の目の光を帯びた。
「それをお前に望んでない存在を忘れるな。お前を心配して、行動してくれる人達を裏切る行為だと自覚しろ。お前を……大黒美空として蘇らせてくれた者たちへの最大の侮辱だと知れ」
 このとき、サティナに手当を受けながらエリシアも声を上げたのである。
「わかっているのですか、『大切な人』を失うのは死ぬよりも辛いことですわよ?」
 環菜が死んだときの陽太の落胆ぶり、身を引き裂かれるような悲しみぶりをエリシアは思い出す――なんとか環菜を取り戻せたからよかったものの、あのままであったなら陽太は立ち直れたのだろうか……とエリシアは思っている。
「わたくしは、貴方のことを大切に思ってくれる、貴方の『大切な人達』に、そんな辛い思いをさせない結末を貴方が選び取ることを願います!」
 エリシアの言葉が終わるを待って、朔はもう一言付け加えた。
「わかるだろう? それでもなお、行動するのなら……お前は外道だったクランジΛ(ラムダ)以下……クランジですらない冷血非道なただの『破壊者』だ……かつての私みたいに」
 かつての私――その言葉を告げるとき、朔の胸は音もなく痛んだ。
 スカサハが進み出て、美空の両手をしっかりと取った。
「でも、もし何か想う事があるのならば……もうやめて欲しいであります。贖罪の方法はいくらでもあります。スカサハ達が美空様や他のクランジ様も守るであります……大事な友達でありますから。だから……お願いであります。ファイス様みたいに居なくならないでください」
 雨は再び、砂が流れるような静音に復している。
「私は……」
 美空がうなだれたとき、冷たい声が響いた。
「悪いが」
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)の声だ。同時に、機晶爆弾によるものだろうか、複数の爆発が発生した。シータ勢の新手かと思ったものは少なくない、しかし、これは味方側……コウが仕掛けたものであった。
 爆発で生じた混乱、その勢いでコウは美空に接触した。
「そいつは罪人だ。報いを受けてもらう」
「罪人……って、美空様にどんな罪があるというのでありますか!?」
 スカサハが食ってかかった。コウがライフル銃を構え、美空の眉間を狙っていたからだ。
「元塵殺寺院だから即罪人とおっしゃるので? 納得がいきまんわ」
 ノートが抗い、
「はわわ、落ち着いて聞いてほしーのですよ。こちらの方は大黒美空と言って……」
 伊織が弁明しようとするも、
「知ってるよ。大黒美空だろう? 現在ザナ・ビアンカ事件と呼ばれている一件があるな……事後調査で多くの事が判った」
 最初は、クランジΟ(オミクロン)の死に違和感をもったことがきっかけだった。コウは独自に調査を行い、オミクロンが本当は自害したということ、しかもそのボディは行方知れずとなり、その双子の妹クランジΞ(クシー)の首もやはり発見されていないことまで確証を得た。そこから推理するのはたやすい。
「そいつはクランジΟΞ(オングロンクス)というのが正式名称だな。どうしてオミクロンとクシーが合体させられたのかまではわからないが」
 一旦言葉を切って、コウは死刑宣告のように告げた。
「イサジ老を殺したクシーのなれの果てだ」
 コウは銃の撃鉄を起こした。古びた銃……イサジ老が愛用していたライフル銃である。
「ちょ、ちょっと、出自がどうあれ、美空さんと戦う理由などあるのですか!」
 望が慌てて言うも、
「戦う理由か…イサジ老の仇討ちってのはどうだ?」
 コウは銃を下ろさなかった。
「いくら罪があっても、それは美空が美空になる前の話じゃないの!? あんた、あの人のパートナーなんでしょ! 止めなさいよ!」
 美空とコウの間に割って入るには、二人の距離は近すぎた。無理をすれば、止めるより先にコウのライフルが火を噴くだろう。エリシアは、コウとともに現れたシュブニグラズィーヤ・ヴァイシャリー(しゅぶにぐらずぃーや・う゛ぁいしゃりー)に食ってかかった。
 シュブニグラズィーヤは、黒目がちな瞳をした幼子である。だがどこか、超然とした雰囲気があった。その瞳は暗い井戸のようにも見える。理由はまったく分からないが、エリシアは得体の知れない恐怖を感じた。
「コレは必要なことなのです……」
 シュブニグラズィーヤは首を縦に振らなかった。
「さあ、美空、やるのかやらないのかはっきりしろ。オレは待ってるんだよ。お前が闘(や)る気になるのを……それとも一方的に撃たれて死ぬか!?」
 クランジが元の姿より変容した例をコウは二つ知っている。
 一つはクシー。巨大な蜘蛛型殺戮機械に首だけ移植され、クシーは発狂した。
 そしてもう一つはオングロンクス……つまり美空だ。
 美空が、蜘蛛型機械に移植されていたときのクシーとどう違うのか。
 多くの契約者があえて目を逸らそうとしている事実を、自分は直視しているのだとコウは信じている。コウには、美空が泣いているように思えたのだ。クシーとオミクロン……クランジに天があるとして、本来、ともに天に還るべき二人だったはずだ。それが強引に結びつけられ、奇ッ怪なキメラとなって生きるに生きられず、藻掻いている。
「本当は死にたがってるんじゃないのか? なら、望みどおりにしてやるぜ」