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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第二章 灼熱の浮遊島 3

 遠野 歌菜(とおの・かな)は、ヒュードの民たちが遠巻きに自分たちを見ているに気づいていた。
(なんか……珍獣でも見てるみたい……)
 緊張しつつ苦笑もしつつ、そう思う。
 ある意味でそれは確かだった。彼らにとってみれば、余所者の、しかも地上人がこの浮遊島にやって来ることは希なのである。一昔前はそういうこともあったと聞き及んでいるが、今の世代の民からすれば、初めての経験だ。珍しい動物が迷いこんだようなものと一緒で、ちらちらと見てくるのは仕方のないことかもしれなかった。
「ルカさんや美羽ちゃんたちが強い人たちを倒してくれたから、村にはいられるようになったけど……なんか、これだとちょっと緊張するね」
「……そうだな。仕方のないことなんだろうが、なんともな」
 苦笑する歌菜に対し、月崎 羽純(つきざき・はすみ)はそう言って答えた。
 羽純は興味のなさそうなふりをしながらも、歌菜を気に掛けていた。彼女は、こういった人同士の距離が苦手だ。出来ればみんな仲良くしていたいと思うし、それが特に誤解や認識のズレから起こっていることなら、なおさら悲しくも思う。
 恐らく、どこかで行動を起こすのではないか。
 そう思っていたが――
「……よしっ! 私、ちょっと行ってくる!」
 歌菜はさっそく立ちあがった。
 いやはや、実に彼女らしいと羽純は思った。
 スタスタスタ、と遠巻きに見ていたヒュードの民たちともとに向かっていく歌菜。羽純はそれを見守る。いったいどうするのか? と思いきや――
「わ、わわ、私、遠野歌菜です! よ、よろしく!」
 いきなり、しゅばっと握手を求めた。
 実にどストレートな手法である。一瞬、羽純は呆れるが、しかし、どうやらそのやり口は功を奏したようだった。恐らくヒュードの民たちも、友達になりたいと思っていたのだろう。だけど、どうしたらいいかわからずに、眺めやるだけしか出来なかったのだ。
 恐る恐る、手を差し出したヒュードの民と歌菜は、そっと触れあった。
 握手を交わす。ぎゅっと相手の手を握りしめる。お互いの顔を同時に見やって、ヒュードの民と歌菜は、くすっと笑い合った。

● ● ●


 村にいたヒュードの民たちはざわついていた。
 空を、巨大な召喚獣たちが飛んでいたからである。
 空と言っても、そこは天井のある空だ。岩盤がむき出しになっている地下世界を、悠然と舞う二匹の召喚獣。
 フェニックス、サンダーバードの二匹は、空飛ぶ箒に跨がっている少女に従っていた。
 少女は――茅野 菫(ちの・すみれ)である。菫は、召喚獣を見て、驚いたり、泣いたり、笑ったりしてさわいでいるヒュードの子どもたちを見下ろしながら、くすくすと笑っていた。
(新鮮な反応ね……)
 ちょいとおどかしてやろうか、という気持ちで、フェニックスに火の玉を吐き出させる。
 どぅっ――と、大地に大きな穴を穿ったそれを見て、ヒュードの民たちはさらに騒ぎ立てた。
 すると、
「菫、やりすぎは禁物よ」
 たしなむように菫に言った少女がいた。
 パートナーのパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)であった。菫と同様に、空飛ぶ箒に乗る吸血鬼の娘は、菫の悪戯まがいの魔法攻撃に呆れている。しかし菫は、言い訳にもならないよう、軽やかに言った。
「だーいじょうぶよ、大丈夫。異文化交流ってやつよ。ほら、ヒュードの人って強い人には敬意を払うんでしょ? こうしとけば、きっと素直に話を聞いてくれるはずよ」
「強い人っていうか、化け物扱いされそうな気がするけど……。まあいいわ。とにかくじゃあ、降りていって、話を聞いてみましょうよ」
 パビェーダにたしなめられて、菫は仕方なく地上に降りていった。
 最初こそ、遠巻きに見ていたヒュードの民たちも、その正体がまだほんの子どもでもある菫とパビェーダだと知ると、徐々に話を聞いてくれるようになった。中でも子どもは、召喚獣が大人しいということを知ると、すっかり打ち解けて遊んでしまうまでになる。
 ある意味それこそが菫の狙いで、内心彼女は、
(計画通り……)
 ニヤリ、と黒い笑みを浮かべた。
 いや、もちろん、子どもたちをどうしようとか思っているわけではない。ただ子どもこそが、こういった異文化の土地においてはより独自のルートを知っていたりするものだった。大人には知らないような、秘密の場所まで。そんなわけで、菫が子どもたちにそんなルートを知っていないかとたずねると――
「うん、知ってるよ!」
 子どもたちは実に素直に、輝くような笑みで答えたのだった。

● ● ●


 ヒュードの村の外れに、怪しげな複数の人影がいた。
 いや、怪しげというと、聞こえは悪いかもしれない。彼らはただ調査しているだけである。この灼熱の浮遊島の土地や、気温などを。それから水も確保しなければならない。他の契約者たちの分も一緒に確保して、外れにある小型飛空艇やミルバスの傍に置いていっているのであった。
 そして、その帰りの道すがら――
「ふぅむ……しかし、この溶岩は、いったいどこから溢れてきておるのじゃろうな」
 人影の中の一人、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が、大地の裂け目からこぽっと零れてきている溶岩の傍にかがみこんで、そう言った。
 近くには夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)たちの姿もあった。蒸したような熱さに甚五郎は慣れたようだが、他のホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)はそうはいかない。
「うにゅぅ〜……暑いですよー……水が飲みたいですよー……」
「システムが熱暴走を起こさないといいのですが……」
 ホリィはすっかり熱さにまいってしまってうなだれ、ブリジットは自身の機晶技術で出来ている身体を眺めながら不安を口にした。
 それに比べれば、甚五郎はひどいものだ。
「こんなもの、気合いでどうにかなるわ! 気合いが足りんぞ、お前たち!」
 などと言って、お得意の精神論をパートナーたちに叩きつけるのだった。
「甚五郎。みんなお主のようにというわけにはいかんのじゃぞ」
 草薙が呆れ返ったように言う。しかし、それよりも――
「それよりも、これを見てみぃ」
 なにか気になるものがあるらしく、彼女は甚五郎に手のひらにのせたあるものを示した。
「溶岩の裂け目のそばに、こんなものがあったのじゃ」
「……これは?」
「おそらく、何らかの機械の破片じゃろう。こんなもの、普通は溶岩にあったりせん。……これは、なにか人工的な匂いがするのじゃ」
 しかも溶岩に落ちていたにもかかわらず、その破片はまったく傷ひとつついていない。
 それどころか、熱に溶けた様子もなく、ブリジットの身体を構成する機晶部品と大差がないように思えた。
 確かに、なにか人工的なものが溶岩の奥にあるのかもしれない。しれない、が――
「それを確かめにいくようなことは、できんな」
「溶岩の中に飛びこむわけにもいかんからのぉ……。しかし、“沈んだ槍”とやらは地上のマグマにあるんじゃろう? それなら、そこでなにか見つかるかもしれんのじゃ」
 草薙はそう言って、楽観的な物の見方をするように勧めた。
 甚五郎もそれに賛同する。こう熱いと、冷静な考え方も出来んというもの。破片については契約者仲間に相談するとして、いまはとにかく村の長老のもとに戻ろうと考えた。
 そのとき、ホリィの耳がぴくっと動いた。
「むむっ……なにか、綺麗な声が聞こえます!」
 言われてみれば、確かに聞こえる。
 ホリィが興味を覚えて歩きだしたので、甚五郎たちもその後を追った。
 やがて、辿り着いたのは村の広場である。そこには――
「うわぁ……ウキウキですぅ……」
「これは、素晴らしい声ですね」
 ホリィとブリジットが思わずそうこぼしてしまうような歌声を披露する、一人の歌姫――遠野歌菜の姿があった。
 広場にはたくさんのヒュードの民が集まり、中心で歌う彼女の周りを囲んでいた。澄んだ歌声を披露する歌菜は、アルティメットフォームで魔法少女の衣装に変身し、パートナーの羽純が弾く『月下美人』というエレキギターに合わせて、ダンスも踊っている。
 ヒュードの子どもたちが、そのダンスに魅了され、自分たちでも真似をしているのが妙にかわいらしかった。
 次いで、歌菜が踊りの最中に手を振って、魔法の雪を赤茶けた大地に降り注いだ。ブリザードの魔法である。しんしんと振る真っ白な雪を見て、子どもたちも大人たちもさわぐ。一面、雪景色になってきたことで、甚五郎たちは、それまで感じていた熱さが嘘のように引いていったことに気づいた。
 歌は――種族を越える。
 歌菜はそう信じていた。そしてそれは真(まこと)のものであった。羽純は、歌菜と共に歌に思いを乗せて、ギターの音色を鳴らす。その時、ヒュードの民と契約者たちは、地上人も天上人も関係なく、一つになっていた。
「甚五郎! ワタシたちも行きましょうです!」
 ホリィが言って、笑顔で飛びだしていく。歌と踊りの輪に加わっていった彼女の背を、甚五郎は温かな目で見つめる。
「そうだな……。羽純、俺たちもいくとするか」
「うむ。ブリジット、ついてくるのじゃ」
「了解です。ワタシも、ダンスというもののインプットを一度はしてみたいと思っていました」
 甚五郎に続いて、草薙もブリジットも輪の中に入っていく。
 束の間の降雪の時間は、まだまだ続いていきそうだった。

● ● ●


「おや……? この音は……」
 ヒュードの民の中でも博識と噂される老人の家にいた本名 渉(ほんな・わたる)は、広場から聞こえてくる軽やかな声に顔をあげた。
 どうやら歌とダンスが始まったらしい。エレキギターの鋭い音色にも、澄んだ歌声にも聞き覚えがある。
 これは――
「兄様。きっと、歌菜さんたちの歌です!」
「ええ、そうでしょうね……。ヒュードの皆さんのために、きっと歌声を披露しているんですよ」
 妹と変わらぬ存在である雪風 悠乃(ゆきかぜ・ゆの)が嬉しそうに言ったのを聞いて、渉はそう答えた。
 その表情は穏やかである。歌菜の歌を聴いていると、いつもそんな和やかな気持ちにさせられる。きっと、ヒュードの民たちにも、歌に乗ったその思いと心が伝わっているのだろう。実際、目の前にいる老人も、感嘆の息を漏らしていた。
「ほう……。これは、すばらしいですな。地上の契約者様方は、みなこのような歌声の持ち主で?」
「いえ、まさか。これは歌菜さんだからこそ、ですよ。彼女は地上ではアイドルとしても活躍されているんです」
「ははあ、なるほど。皆さんの注目の的なのですな」
 老人はそう言って、渉と同じように穏やかに笑った。
 二人はティーカップに乗った紅茶を飲む。渉の意識は先ほどまでの老人の話を思いかえすに至っていた。すなわち、飛空艇が“伝説の方舟”と呼ばれる由縁と、飛空艇の“大切な力”について。
 伝説の方舟という呼称については――もはや伝承の域に等しかった。それはこの浮遊島群のかつての時代を描いた創世神話。遙か昔、この浮遊島に救世主を運んできたものを、そう呼んでいるのだった。そしてその方舟の“大切な力”というものも、その遙か昔の物語に登場する得体の知れない力を表現したに過ぎない。それらは方舟を守る力であり、この浮遊島を狙う悪の手から、人々を守ってきたのだという。
 無論、ヒュードの民たちにとって、渉たちがこの浮遊島へとやって来た飛空艇などは一眼したわけでもなく、彼らからすれば、渉がたずねているのは興味の延長でしかないと思われていた。しかし、不吉なことが起こっていることは、老人にもわかったらしい。無転砲と呼ばれるものについては、詳しい話は聞けなかったが――老人は伝承記録を纏めた本を取り出して、恐らくそれは、浮遊島を狙った邪悪なる者を指しているのではないかと推測した。
 そうした話の続きを語って聞かせた老人に、渉は怪訝そうに眉を寄せた顔を見せた。
「邪悪なる、者?」
「うむ。かつてこの浮遊島――天上人たちの楽園を、混沌に陥れた存在じゃ」
 老人は自らも興味深そうにそう言った。
「機晶石には、そのときの大戦で死した多くの魂が封じこめられているとも言われておる。はたまた、古代の未知なる技術が融合を起こして生み出した結晶だともな。どれも推測の域は出ぬが……わしらが知ることのない大昔になにかがあったことは、確かじゃよ。いまも、浮遊島には様々な遺跡が残されておることじゃしの」
「機晶石は、それらの遺跡から採掘されるんですか?」
「そういうものも、ある。無論、そうでないものもな。全ては、機晶石の導くままじゃよ……」
 老人は感慨深そうに言ってから、胸元の機晶石でつくられたペンダントを握った。
 渉は思考の淵に沈み込み、唸った。機晶技術を扱うことを専門にしている技師としては、実に興味を引かれる話である。パラミタでは機晶技術はその応用科学にまで手を伸ばしていて実用化が進んでいるが、どうやらこの天上人たちの住まう浮遊島では違うようだ。より、原始的かつ崇拝的に機晶石を扱っている。その経緯や歴史にも、渉は踏み込んでみたくなった。
 だが、あまりにも渉が機晶石について聞き込もうとしていたせいだろう。
「兄様……。どうして、そんなに機晶石に拘るのですか?」
 悠乃が、不安げに渉の顔をのぞきこんだ。
 一瞬、渉は我に返ったようにはっとなった。自分でも気づかぬうちに、話の焦点がずれてきていたのだろう。
「……いや、なんでもないですよ、悠乃」
 そう言って、まるでなにかをはぐらかすように笑ってみせた。
 それ以上、悠乃は何も言わない。わかってくれれば良いのだ。しかし、彼女は決して納得したわけではなかった。渉が機晶石について固執するのには、なにか理由があってならない気がする。もちろん、それは機晶技師だから、と言われればそうなのだが――それ以外の部分にもなにかがありそうな気がして、悠乃はすこしだけ渉との距離が開いてしまったような気分だった。
 しかし、それに渉も気づいたのだろう。彼は悠乃の頭にぽんと手を置いた。
「大丈夫ですよ、悠乃。ちゃんと、話は戻しますから」
「それなら、いいんですけど……」
 悠乃は小さな声で呟く。結局、機晶石の話はそこで終わった。
 それから渉は、さらに詳しいところまで質問を交えて老人から話を聞き、メモ用紙にそれを纏めると、老人にお礼を言って家を出た。
 銃型HCを取り出す。他の契約者仲間に情報を連絡するのだろう。もしかすれば、飛空艇の大切な力の一つ、“沈んだ槍”を見つける手がかりになるかもしれない。
「もしもし、瑞樹さんですか?」
 渉が通話の向こう側にいる相手にほほ笑む。
 悠乃は先ほどの機晶石に固執した彼のことを思いだし、それを心配そうな目で見ていた。