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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第一章 砂漠の浮遊島 3

「そうだね。ここなら……きっと植物も育ってくれると思うよ」
 エースはそう言って、グラチェの民と話していた。
 グラチェの民たちがいるのは、水源と植物のあるオアシスだったが、それでもやはり彼らの生活にとって水と緑の不足は否めなかった。エースはそこで、彼らに協力してもらう代わりとして、その不足分を少しでも補えないかと考えたのである。
 無論、出来ることなら――自然に魔法で手を加えるようなことはしたくないところだ。主義主張的な部分でもあったが、それ以外にも危惧するものはある。魔力はいまだ未知数だ。そこから負の力が蓄積し、魔物が生まれないとも限らなかったし、植物が果たして一生涯それで保たれるかどうかも疑問だった。その時だけは良かったとしても、いずれは衰える可能性がないわけではない。
 しかし――もし、なにかのきっかけになれば。そうなれば良いのではないかと、エースは思っていた。
(水のない辛さは……よくわかるからね)
 かつての、自分の過去を振り返ってそう考える。
 エバーグリーン――植物の成長を促す魔法と、自然を操って水の波を作り出す魔法を使い、エースはグラチェの民たちに自らの力を示した。まだ若葉だった草木がむくむくと大きくなり、水がどばぁっとどこからともなく溢れてきたのを見て、グラチェの民たちは目を剥かんばかりに驚く。歓喜する子どもたちが、水のたまり場になった溜池に飛びこんでばちゃばちゃと遊ぶのを見ながら、エースはしかし、周りの見たことのない植物にも興味をそそられていた。
 近くのグラチェの民を引っぱってきて、植物と対話を試みながら、なにやら話し込む。
 どうやら、民族学的欲求が、彼をかき立てているようだ。
 そのエースを気づいて、オリジナルの空図をペンで書き記していたメシエが、顔をあげた。
「……まったく……また話が脱線してるんじゃないだろうね」
 そう、呟く。エースの良くも悪くも困るところは、興味を覚えたもので頭がいっぱいになってしまうことだ。
 果たしてメシエは、それを止めに行こうかとも思ったが――
「あら、メシエ? なにしてるの?」
 リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)に声をかけられて、その足ははたと止まった。
「いや、なにをしてるもなにも、エースがだな…………ところで、リリア? そっちこそ、長との『方舟の大切な力』についての話はどうしたんだい?」
「私? 私のほうは順調よ。ちょっと渋ってる様子もあったけど、ちゃんと話してくれたら、わかってくれたわ」
 リリアはそう言って笑った。
 グラチェの長に、『方舟の大切な力』という言い伝えについて話を聞いてきたのだ。まだ話がすべて終わったわけではないが、しばし休憩を取るために戻ってきたのである。その間、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が続きを聞いていてくれているそうだった。
「ここの人たちにとっては、その言い伝えの場所は“聖域”と同じみたいね。入ってはならない場所。触れてはいけない場所。出来れば案内が欲しいところだけど……」
 リリアはそう言いながら、軽く首をひねった。
 果たしてどうなるかは、リリアにもわからない。ただ、上手くいってくれればと、願うのみである。
「さて………………そろそろ、エースを止めないといけないかな」
「そうね」
 メシエが言ってから、リリアは思わずくすっと笑った。
 すっかり植物との対話に夢中になっているエースは、木の幹に耳をくっつけて一歩も動かず、子どもたちが枝を片手につんつんーっといたずらをするまでになっていた。

● ● ●


 グラチェ族の長がいるテントの中に、長と向き合う一人の少女がいた。
 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)である。その手には、黄色(おうしょく)の融合機晶石が乗せられている。
 少女は長に融合機晶石を見せ、方舟の“大切な力”について、そして機晶石について、なにか知っていることはないかとたずねているのだった。
 長は、答える。
 融合機晶石は、この浮遊島で時折見つかるものだった。
「それは、素晴らしい力を秘めておる」
 人の身体の中に吸い込まれ、力をもたらしてくれるその機晶石を、彼らは神秘のものだと考えていた。
 その正体は、判然としない。ただ舞花は、それすらも、あるいは方舟となにか関係があるのかもしれないと思っていた。
 博識である御神楽 陽太(みかぐら・ようた)ならば、もしかすれば何かに気づいたかもしれない。しかし、いま彼はここにはいない。舞花は一人で立ち向かわなければならない。それを不安に思わないとすれば、嘘だ。
 だが――舞花はどこか高揚感に包まれてもいた。知らない事を知る喜びがある。新しいものを知っていく楽しみがある。知らずのうちに、舞花は微笑を浮かべていた。長はそれを見て、半ば見据えるような鋭い目で、舞花の真っ直ぐな瞳を見つめた。
 そして、こう語った。
「――方舟の力は、“謎の巨顔”にあると言われておる」
「巨顔?」
「この砂漠の一部に、年中、砂嵐の吹き荒れる奇怪な場所がある。その砂嵐の奥には、“謎の巨顔”と呼ばれている巨大ななにかが眠っている。恐らくはそれこそが、お前たちのいう方舟の力なのだろう……」
「その場所っていうのは……?」
 舞花がたずねると、長は顎をしゃくって二人の男たちを立ちあがらせた。
 彼らが、場所を案内してくれるらしい。道中、砂の中に潜む魔物の姿もあるという。
 巨大蟲に大サソリ――命の保証は出来ない。
「……それでも行くのかね?」
 と、忠告を投げかける長に対して、舞花は、
「ええ――。そのために、ここまで来ましたから」
 そう言って、自らを奮い立たせるように、笑った。

● ● ●


 機晶石には、魂が巡るという。
 榊 朝斗(さかき・あさと)はそれを聞いて、それがどこか――自分のパートナーにも通ずるものがあるように思えた。
 そのパートナーとは、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)のことである。
(機晶石の導くままに……か)
 バルタ・バイの民、それにグラチェの民も口ずさんでいた言葉だった。
 おそらくこの浮遊島の民たちは、機晶石を特別なものだと思ってきたんだろう。それがいつしか、『魂』という形をとって、機晶石に魂が宿っていると考えるようになった。だが果たして朝斗は、それが偽りであるとは思えなかった。
 アイビスを見ていると、いつも思う。
 まるで人間のようだと――。
(もしかしたら……)
 本当に、機晶石には魂が宿っているのかもしれない。
 朝斗はそう思って、しかし、自分の考えがあまりにも飛び抜けたもののようにも感じ、苦笑と共に首を振った。
 そのとき、話しかけてきた女性がいた。
「朝斗。なにを考えてるの?」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)であった。
 ルシェンは、凛と輝くような緋色の瞳で朝斗を見つめた。その近くの水場では、アイビスとグラチェ族の若者、子どもたちが一緒になって歌い、踊っているのが見えた。グラチェの民に伝わる、ご機嫌で楽しいときにやる陽気な踊りを、習っているのだ。隣には、緋王輝夜の姿もあった。
 元気を取りもどそうとしているが、どこか空回りしている風にも見える彼女の手を、アイビスはつかみ、踊りへ引っぱり出す。
 ポン、ポン、トンッ、トトンッ――と、ステップを踏むアイビスは、同時に歌声を口ずさむ。最初こそ躊躇っていた輝夜も、次第につられるように歌っていた。
 それはなんの脈絡もない、単なるその場限りの即興の歌だった。
 だがまるで、アイビスの中にある機晶石が記憶していたもののように思えた。
 そんなアイビスたちを見ながら、朝斗は先ほどから自分が考えていたことをルシェンに告げた。
 するとルシェンは、同じ事を考えていたように、静かにうなずき、朝斗の隣に座った。
「そうかもね……。石に対する思いはどこでも同じ……。その気持ちは、よくわかる気がするわ」
「ルシェンも?」
「ええ。――見て」
 ルシェンはそう言って髪をかき上げ、自分の右耳につけられているイヤリングを朝斗に見せた。
「この『月雫石のイヤリング』だって、そう……。朝斗や、エンヘドゥの気持ちが込められてるわ……。だからきっと、アイビスの機晶石だって――あの子のお母さんの思いが込められてるはず。……私は、そう信じてる」
 ルシェンの視線の先にいるアイビスは、楽しそうだった。
 かつてのことを思い出す。彼女がまだ、機晶姫たる機晶姫だったときのことを。だが、いまや元の人間だったときの心を取りもどした彼女は、自分よりもいっそ人間らしい。慈愛と、母性に満ちている。
 それは母の願いだったものか――ルシェンには、わからぬが……。
 わからぬが――
「――信じよう」
 朝斗が言った一言に、ルシェンははっとなった。記憶の淵から、戻ってきた。
 見ると、朝斗の情愛に満ちた黒い瞳が、真っ直ぐにルシェンを見つめていた。
「きっと、アイビスも……それに、レッドさんにも……単なる石じゃないものが、そこにはあったはずだよ。それは色褪せない。僕らが信じてる限り。誰かが信じてる限り……ずっとね」
 朝斗は言った。ルシェンは彼にしかわからぬよう、穏やかにうなずいた。
 遠くから、舞花の呼ぶ声が聞こえたのはそのときである。
「皆さーん! そろそろ出発しますよー!」
 どうやら、長との話はついたらしい。
 案内役の男性が二人、舞花の横についていた。二機の装甲車のうち一機は朝斗たちのものだ。運転につかなければ。
 見ればアイビスと輝夜も、踊りをやめ、名残惜しそうに若者と子どもたちに別れを告げていた。
「僕たちも、行こうか」
「……そうね」
 二人は立ち上がり、手を振って待っているアイビスのもとへと急いだ。