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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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プロローグ sideB 飛空艇 2

 艦外に――複数の契約者たちの姿があった。
 ほとんどは整備員でもある。申請が通った改修案を基に、飛空艇に改造を施そうとしているのだ。
 ただ、中には勝手に魔改造をやらかそうとするような自由奔放な輩もいるわけで――
「ちょっとそこのあなたたち! 勝手に旗(フラッグ)とかつけないの! 目立つじゃないの!」
 ――ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)に怒られたりもしていた。
 ミカエラがその手に持つのは、トマスからもらった改修案のリストであった。
 ローザマリアも目を通し、ひとまず申請が通ったものである。いわば、ミカエラは監督・監修の役目をしているというわけだった。
 と、その彼女のもとに、精悍な顔立ちをした一人の男が近づいてきた。
「精が出ますね、ミカエラ」
 言ったのは、ミカエラと同じトマスのパートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)である。
 テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)と共に飛空艇の警護に当たっていた将軍英霊は、しかし、同時に若き仲間たちの事も案じ、周囲を見て回っていた。
「子敬……。あなたも、すこしは休憩してもいいのよ?」
 ミカエラが言うと、子敬は穏やかにほほ笑んだ。
「ご心配なく。これでも、身体は休めておりますよ。テノーリオが、代わりを果たしてくれておりますから」
 子敬が視線を移した先に、熊の獣人の姿が見える。
 テノーリオである。小さな熊耳を生やした不良っぽい顔立ちの若者は、がうっと犬歯を剥き出しにして怒鳴っていた。
「てめぇらぁ! 羽目を外さない程度にしろって言っただろうが! なんだよ、このマークはぁっ!」
「そう怒るなって兄弟。これこそ……なんつーの……美……みたいな。そう、これは芸術――」
「いまどき小学生でもしないようなう●ちマーク書いといて、なに言っとるんじゃぁ!」
「きゃー、テノーリオが怒ったぁ!」
 がううぅっ!
 唸りをあげてテノーリオが追いかけると、逃げる契約者たち。
 ミカエラは困ったように顔を手で覆った。
「完全に……からかわれてるわね」
「仲がいいのは良いことです」
 子敬はそう言って、暢気に笑っている。
 飛空艇の周囲には危険が少ないせいだろうか。おおよそ、このような光景はしばしば見られた。ちなみに飛空艇にラクガキされたマークが水性のスプレーで塗られ、拭き取ればすぐに消えることにテノーリオは気づいていない。彼をからかう者たちも――いましばらくは言わないつもりでいた。
 ちなみに――視線を傾ければ。
 飛空艇の装甲板を外して、中の複雑な配線やコードを組み立て直している女性がいた。
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)である。
 コルセアは、不時着の際に焼き切れた配線やコードを直すだけではなく、さらなる補強を図っていた。被弾しても耐えうるよう、二重配線を配置したり、予備のコードを接続したり、可燃物も出来るだけ別のパーツに取り替え、整備を行っていた。
 実に勤勉な姿勢と言える。細かな部分も、決して見逃すつもりはなかった。
(ところで――吹雪はどこに?)
 などと、考える。
 実際、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はコルセアの目の届くところにはいなかった。
 自由気ままで奔放な彼女のことだから、またどこかで好き勝手に活動しているのだろうが――果たしてそれがいかなる行動かは、コルセアが知るところではない。肩をすくめて、吹雪を探すのを諦める。
 そのコルセアを――
(これが、自分の隠密行動術であります!)
 ――段ボールが見ていた。
 単なる段ボールではない。中には小柄な、元傭兵でありフリーのテロリストでもある少女が入っている。
 隙間からのぞく油断のない目は、ふっふっふ……これなら誰にも見つからずに警備が出来ます……と物語っていた。
 無論、言うまでもない。吹雪である。
 いっそ段ボール偽装が上手くいきすぎて、野菜が果物だの入った貨物品の段ボールが上に積み上げられているが、問題ない。周囲の何気ない光景に紛れこむことこそが、この隠密行動の意味。これだけ段ボール段ボールしていれば、誰にも見つからないことは間違いなかった。
 と、思っていたのだが――
(な、なにぃっ……! で、あります!)
 吹雪の上から、次々と段ボールがのけられていく。
 これは、まさか敵に見つかったということなのか! いや、もしくは、より高度な技術を持った仲間が、吹雪の隠密行動を破り、貴様はその程度の実力か、と挑戦を叩きつけているのか!
 ついに一つ上の段ボールがのけられて、吹雪の段ボールに手が掛けられた。
「ん……?」
 その重さを怪訝に思った何者かは、段ボールを開く。
 ちょこん――と体育座りをして銃を構えていた吹雪が、そこにいた。
 段ボールを開いたごくごくふつーの空賊乗組員は、ぽかーん。
「……ふっ……この偽装を見破るとは、只者ではないでありますね」
 吹雪はそう言って、のそのそと段ボールから這い出た。
 そして、荷物を確認しようとしただけの乗組員に、ビシィッと指を突きつけ、
「この借りは必ず返すであります! 覚えてろでありますうぅ――ッ!」
 とか言い残して、ずざあああぁぁっ――! と、その場を立ち去って行った。
 よほど悔しかったと見える。吹雪の生涯の記録には、きっとこの乗組員の顔が一生刻まれるのだろう。
 我が段ボール工作を破りし強者として。
「い、いったいなんだったんだ……?」
 目を丸くした乗組員の疑問に答える者は、誰もいなかった。

● ● ●


「なっ――――なんだってーっ!!」
 まるで図ったように驚きで目を開いたのは、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)だった。
 飛空艇からほど近い森の中、開けた場所にある切り株の上に座っていたロートラウトは、イグナイター ドラーヴェ(いぐないたー・どらーべ)の話を聞いて立ちあがったのだった。
 それぐらい、ドラーヴェの語った内容は驚愕に値するものだったのだ。
「そ、それじゃあ、ドラーヴェさんとエヴァルトは同一人物ってわけ!?」
「うむ……その通りだ」
 反芻するような内容を聞き返したロートラウトに、ドラーヴェは淡々と答えた。
 さすがにこれにはファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく)も口をぽかんと開けてしまって、二の句が告げない。それとなく予想は出来ていたのか。エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)のみが、腕を組んだまま黙って話を聞いていた。
「結論から言えば――エヴァルトは、我と同一人物だ。ただし、生命体としての情報……DNAが同一というだけだが。これは、偶然に過ぎぬ」
 偶然とはいえ、そんなことが起こりうるのだろうか?
 ファニやロートラウトは色々と疑問を禁じ得なかったが、ドラーヴェがハッキリと言うのだから間違いないのだろう。
「それにしても変わりすぎだよ! 特に性格!」
 ロートラウトがツッコむと、ドラーヴェは肩をすくめるだけだった。
「仕方あるまい。我は神経と脳だけに退化し、機晶技術の結晶の鎧に身を包んだ結果、ゆる族となったのだからな。それに未来へ希望を託すために封印した際、記憶の一部も封じたのだから」
「そ、そうだったの……いやぁ……びっくり……」
 ファニはいまだに信じられないような様子で言葉をこぼした。
「事実は小説より奇なり……って言うけど、まさかだよね」
「ほんとだよ! それになんだって……ファニちゃんはドラーヴェの子孫!? そんなのアリか!」
「あの機晶石を持つ一族であることが何よりの証拠だ」
 ロートラウトがたくさんの情報でパニックになってる中、ドラーヴェは平坦な声のまま冷然と告げた。
「それにロートラウトを作ったのも、もちろん我だ。本人が覚えているかは、定かではないがな」
「もちろん、覚えてるよ。五千年前には一緒に『アムリアナ女王万歳ー!』とか言って騒いでたよね! 技師仲間からはさんざんうざがられて! うーん…………だんだん鮮明に思いだしてきたぞ。確かに、エヴァルトに似てたような似てなかったような……。だから、お互いに相性が良くてパートナーになれたのかな?」
「ふむ……これらが、一人の男の下に集ったのは、偶然がいくつも重なったためか……あるいは、我の作った機晶石が、引き合わせたのかも知れぬ……。真実がどうかは、わからぬが」
 ドラーヴェは思案深げな声で唸った。だが、偶然の集まる場所となった当の本人は――
「そんなことはどうだっていいさ。どうであれ、俺自身の出生は普通の人間だった。それだけで俺は十分だよ」
 肩をすくめ、そっけなく言うだけだった。
「まあ……こんなにも縁者が多いとは思わなんだが、だからって何が変わるでもなし。これからも、よろしくな」
「そうだよね。例え事実がどうでも、私たちの今は変わらないんだもん!」
「その通りだ……私の告げたのはあくまでも過去……これからどうなるかは、私にもわからぬよ」
 エヴァルトとファニが立ちあがったのを見て、ドラーヴェは感慨深そうにそう言った。
 と、エヴァルトは――
「それじゃあ、俺は機晶石の奪還チームを追いかける。出遅れてしまったみたいだからな」
 ベルネッサから頼まれた仕事をやり遂げるべく、三人のもとを後にした。
 エヴァルトを見送った後、ロートラウトは静かにドラーヴェに告げた。
「あの……ドラーヴェ、さん……? 今さらだけど、再会できて良かった。あの時の夢は……叶ったよ……。機晶姫の合体もできるようになったし、……それとは別に、ボクは、エヴァルトを好きになれたし……」
「……そうか……それは…………喜ばしいことだ……」
 かつてのロートラウトを思いだしていたのだろうか?
 ドラーヴェは淡々とした声音で言いながらも、どこかそこに喜びを滲ませているように見えた。
「それじゃあ、二人とも! 飛空艇の改修を手伝いましょう!」
 すでに飛空艇の元へと向かおうとしていたファニに呼びかけられたことで、二人の話はそこで終わった。
 二人は何も言わず見つめあい、ロートラウトはくすっと笑う。ドラーヴェの手を引っぱるように引いて、彼女はファニのもとに急いだのだった。

● ● ●


 飛空艇の周囲にある森の中にいて、ライザは空を見あげていた。
 抜けるような空だった。木々の間から見えるそれは、そこにいればまるで地上にいるときと変わらない感慨を覚える。
 ライザを空を見続ける。なにかを待つように。ふいにその耳が、ぴくっと動いた。
「――戻ってきたか」
 天空より唸りをあげて舞い戻ってきたのは、一筋の影――竜であった。
 王騎竜『ア・ドライグ・グラス』。ライザが付き従える気高き蒼き竜である。グラス自身も、ライザを真に仰ぐべき主だと認めている。互いに家族にも似た情愛を抱く一人と一匹は、このとき、天空から舞い降りた瞬間に互いの身を寄せ合った。
「よく戻った、グラス。それで……どうだった?」
 ライザがたずねると、グラスは切ない唸りと一緒に首を振った。
 その意味はライザだけが知るものだった。彼女は顎に手をやり、思案げに眉を寄せてから、こう呟く。
「そうか……やはり……」
 やはり――浮遊島の空を流れる風は、通常のものとは勝手が違うようだった。
 バルタ・バイの族長が言っていたものと同じだ。空を飛んでいったグラスも、その風の動きに翻弄され、うまく翼がはためかせられないようである。小型飛空艇でも、飛行そのものに支障はないが――いずれはどこかでガタがきて、無理をさせてしまう。どうやらミルバスという一人用の乗り物が、この風を操るには最適なもののようだった。
(だが――試してみる価値はある)
 ライザはそう思って、グラスを休ませ、今度はギフトのB.P.A.F.Sを出現させた。
 B.P.A.F.S――BracePhoenixAvataraFlame‐BladedSword。
 二振りの剣となり、一振りの巨大な大剣となり、さらに、いまライザの目の前にある姿のように、不死鳥を思わせる機晶生命体の形にも変化することが出来る存在である。不死鳥形態時は意思を持っているが、それ以外は強力な武器と同じだ。ライザは、不死鳥に命じ、空へと舞い上がるように伝えた。
 すると小さくうなずいた不死鳥は、一瞬のうちに空高く飛んでいった。
 そのスピードたるや、騎乗者を気遣う必要もないためか、すぐに小さな粒となり、雲の向こうに隠れてしまう。ライザは地上から再びその空を見あげ、ギフトが戻ってくるのを待った。
 すると――
「む…………」
 しばらくして、空から轟然と落下してくるものが見えた。
 それはすさまじい勢いで落下してくると、爆音のような音を立てて地上に突き立った。
 ――ひと振りの、巨大な大剣が。
「…………結果は同じか」
 ギフトには、危険になったら大剣形態へと変化し、地上に戻ってくるように伝えていた。
 ライザは落下の衝撃でしゅうしゅうと煙をあげる大剣の柄をつかみ、ひと思いに引き抜いた。
「さて……」
 もう一度、ライザは空を見あげた。
 その心中には、他の浮遊島へと旅立ったベルネッサたちへの憂慮があった。果たして、彼女たちは無事だろうか。それはライザにも、穏やかな雲流れる空にも、知るところではない。
(無事で……帰ってこい……)
 ライザは大剣の柄を握りしめ、グラスの背中に乗り込み、飛空艇へと戻っていった。