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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第二章 灼熱の浮遊島 2

 奇妙な笑い声をあげる若者がいた。
「キシシッ…………」
 そいつを見たとき、ヒュードの戦士はなにか異様なものを感じた。人間とは思えない、なにか。一人とは思えない、なにか。まるで目の前にいる若者が、ただ誰かの肉体を支配しているだけのような――そんな借り物めいた感覚を、戦士は覚えたのである。
 それは決して間違いではなかったが、若者は――ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は、わざわざそれを告げようとは思わなかった。
 いやそもそも……そんなことは面倒くさくて仕方ない。
(どっちでもいいんだよなぁ……そんなこたぁよぉ)
 大事なのは、強い奴と戦い続けるということだ。
 ハイコドはそう思ったとき、自然と口元に笑みを浮かべ、戦士に話しかけていた。
「なあおい、アンタ……」
「な、なんだっ……?」
 戦士は警戒心からか、引きつった声でどもりながら聞き返した。
 ハイコドはそれになんの感慨も抱かない。つまんねぇ奴だ、としか思わなかった。
「オレぁよぉ……自分がハイコドって呼ばれるのはどうかって思うんだよねぇ。なんつーの、美学っつーか、らしさっつーかさ。だから、新しい名前を欲してるわけ。わかる?」
 しかし、戦士はその意図も意味もよくわからず、なんと返事をすればいいのか困っていた。
 面倒くさそうに、ハイコドはがりがりと頭をかいた。
「だからさぁ……名前だよ、名前。名前が欲しいの。オレらしいっつーか、オレみたいな? そーだなぁ、だから……『ケンファ』ってのはどうだ? ……お? おぉ? いいじゃん、ケンファ。いいんじゃん?」
 自分で言って、自分で納得している。
 戦士が不気味ささえ覚えたそのとき、ハイコドは――いや、ケンファは、彼をじっと見据えた。
「さて……それじゃあ、そろそろ、お時間といこうか」
「お、お時間?」
 戦士はたずね返す。ケンファは、にやりと笑った。
「そうさ」
 そして告げた言葉は、戦士への最終通告だった。
「オレが……てめぇを屈服させるお時間だよ――ッ!」
 瞬間。
 ケンファの両腕にある、双蛇のごとき手甲の爪が戦士へと迫った。
「……っ!?」
 戦士は驚き避けようとするが、遅い。
 巨大なガントレットようなものから伸びる四本の鋭い爪は、戦士の身体を一瞬で引き裂いた。さらに、ガントレットの中心部に埋め込まれている融合機晶石――フリージングブルーの力が発動する。
 氷結のエネルギーが爪を覆い、引き裂いた戦士の傷を凍結させていった。
 脇腹、顎、鳩尾、膝――いくつもの傷が走り、次々とその部分が氷漬けにされ、戦士は身動きが取れなくなった。
「キシシッ……なんだぁ? てめぇの実力はこんなもんかぁ?」
「ぐっ……こ、この、化け物め!」
 ヒュードの戦士の必死の抵抗。握りしめられる槍が、ケンファの腹部を狙う。
 だが、スピードに圧倒的な差がある。背後に回ったケンファは、まるで玩具を弄ぶかのように――
「はい、おーわり」
 融合機晶石――ライトニングイエローをはめ込んだ左の爪で、戦士の肩を貫いた。
 瞬間、電撃が戦士の身体を走る。
「ごぉ……っ!?」
 意識を失った戦士は、そのまま前のめりに倒れる。
 ケンファはしかし、勝ったにも関わらず、つまらなさそうに顔をしかめた。
「まずったなぁ……いろいろ聞き出そうと思ってたんだが……これじゃあ、話が聞けねえじゃねえか」
 戦士の顎を爪先で掴み、すっかり気を失ったその顔を見ながら、そんなことをつぶやく。
 ため息をついて、ケンファは戦士から手を離した。どさっと顔も地面についた戦士に振り返りもせず、ケンファは口笛を吹く。
 すると――数名の空賊たちが、どこに隠れていたのか、瞬時に現れた。
「お呼びですか?」
「あぁ。そいつが目を覚ましたら、テキトーに話聞いとけ。それから、村の住人からもなー。世間話でもかまわん。まあ要するに、だ。自由行動ってやつだよ、自由行動。つっても私立の高校じゃねえんだから、ウロチョロすんなよー」
 そう言って、ケンファはひらひと手を振りながら、その場を立ち去ろうとした。
「おっと、そうだ」
 その前に、振り返る。
「終わったら、オレにちゃんと話聞かせろよ? 以上」
 去りゆくケンファの背中に、空賊たちは無言でうなずき、肯定の意を表した。

● ● ●


 ヒュードの村で最上の実力を誇る戦士は、目の前の若者の実力に目を見張った。
 それは一見すると単なる悠然たる佇まいにしか見えなかったが、真に実力のある者ならば、わかる。若者が握る刀の鞘にも、若者の指先や足の動き一つにも、なんの油断も、隙もないことが。この灼熱の熱さにも、むっと蒸し返るような赤褐色の大地からの熱気にも、若者は汗ひとつかいていない。戦士の目には、この若者が、単なる優男でないのは明白だった。
 それは同時に若者――桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)にとっても、同じだった。
 目の前の戦士が一筋縄ではいかない相手であることは、煉にとってもはや当然のことだった。屈強な肉体だけではない。些細な動きも見逃さない鋭い炯眼、油断のない足運び。煉は、この男が民を守る戦士であることに、十分すぎる納得を抱いた。
 そして、お互いに剣を交えることに、なんら疑問を抱かなかった。
「もしもお前が、俺たちから話を聞きたいというのなら――己が力、俺に示してみろッ!」
 男はそう言い放って、剣を握る手に力を込めた。
 煉は真剣な眼差しで男を見据えた。
「いいだろう。力を示せと言うのなら……示してやる。俺たちの、背負っているものの重さを……ッ!」
 言って、構えを取った煉はゆっくりと息を吸った。
 集中力が高まる。潜在能力が解放されていく。刀を鞘から抜き放ち、左足を前に、刀を持った右手を頭のあたりにまであげ、左手を添える――示現流蜻蛉の構え。
 男もまた、身体を開き、腰を落とすようにして身を屈める。
 勝負は一瞬である。たったの一撃で決まる。そうお互いに予感していた。
 まるで時が止まったかのように、永遠とも思える時間が過ぎた。周りにいたヒュードの戦士たちは、どちらとも動かぬ二人を見て息を呑んだ。明鏡止水――無我の境地。音が止まる。風は吹かない。
 途端――男が動こうとしたその一瞬、煉は間合いを詰めた。
「……ッ!?」
 それはまるで石を投じるような軽い動きに見えた。
 だが、違う。身体の左肱を少しも動かさないで振るう――左肱切断。手元をほとんど動かさないその動きは、最速のスピードで男へと迫り、刀を振るう。
 雲耀之太刀――煉が師匠から受け継いだ刀の太刀筋の極意こそが、それだった。
 男がかろうじて振るった剣が、刀の刃とぶつかり合った。
 しかし、スピードと力、どちらにも勝った一閃は、一瞬の攻防もはかなく、その刃を打ち破った。すなわち、煉の刀が、男の剣を砕き落としたのである。
 そしてそのまま、
「ぐっ……!」
「あんたの……負けだ……っ!」
 刀の切っ先が、男の首筋を捉えていた。
 負けだ。男の胸にはっきりとそれは刻まれた。もはや言い訳はしない。ヒュードの民にとって、負け犬の遠吠えほど悲しいものはない。男は苦渋を噛み締めるような顔で、自分の弱さを悔いるような顔で、煉の前に跪いた。
「俺たちの背負っているものの重さ……これで伝わってくれたと思う」
「ああ、存分に……伝わった……!」
 男は顔をあげ、感嘆を滲ませた声音で言った。
 ああ、まだこんな若者がいたのか。まだ……! いま男の目には、煉の姿が、自分を越えた最上の戦士に見えて等しかった。
 そしてこの後、煉が男の家に呼ばれ、食事をごちそうになるのは――また、別の話だった。

● ● ●


 ヒュードの民の村には、酒場があった。
 そこに一人の男がいた。ヒュードの戦士の中でも腕利きの戦士で、酒場の連中も彼を慕っていた。
 ふいに、カウンターにいたその男の隣に誰かが腰を下ろしたのはそのときだった。
「誰だ?」
 男が聞くと、少女はくすっと笑いかけた。
 ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)であった。ヒュード独特の外気温の高さから身を守るため、パワードスーツを着ている。着ぶくれしたその姿は着ぐるみを着た幼い女の子という風体で、男は笑いそうになったが、我慢した。
 ヨルディア自身は、まるで自分を妖艶な美女だと思っているかのように振る舞っていたからであった。
「わたくし、ヨルディア・スカーレットですわ。実は、あなたと戦いって言ってる人がいますの」
「ほう……。俺と? そいつは、随分と物好きなやつだな」
 このヒュードの村に余所者がやって来たことは噂で聞いていた。
 男はぐいっと酒をあおり飲むと、空になったグラスを置いて、ヨルディアを馬鹿にした目で見た。
「そいつに言っとけ。寝言は寝て言えとな。悪いが、ガキの相手をしてるほど、俺も暇じゃないんでね」
 そう言って、男はその場を離れようとした。席を立ち、ヨルディアの分の飲み代を置き――と言っても、彼女は未成年であったが――、身を翻す。しかし、次にヨルディアが言った一言が、男を立ち止まらせた。
「そう……怖いのね」
 ぴたっと、男は足を止めた。振り返ったとき、その顔は憤怒とも疑惑ともつかぬ表情で眉を寄せていた。
「なに……?」
「宵一と戦うのが怖いから、そうして逃げようとする。あなたを見込んだ、わたくしが馬鹿でしたわ」
 ヨルディアは実際、半ばぐらいはそう思っていた。
 従者である下忍を使って、この部族の中でも指折りの実力者を事前に調べていたのだ。男はその一人だったが、まさかこうして逃げられる形になるとは。本当に馬鹿なことをしたというように、ヨルディアは席を立った。
 しかし、男にとってそれはプライドを傷つけられたも同然だった。
「待て――!」
 次の瞬間、男はヨルディアを呼び止めていた。
(あら、けっこう、あっさりと引っかかってくださいましたわね……)
 振り返る前のヨルディアが、小悪魔みたいな笑みをかすかに浮かべたのは、誰も知らなかった。

「おい、ヨルディア」
「なにかしら? 宵一」
「そりゃ確かに実力者を連れてこいって言ったけどさ――なんで、あんなに最初から殺る気なんだよ、あの人!?」
 そこは、ヒュードの戦士たちがよく鍛練を積む場所として使う広場であった。
 相手を待ち構えていた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、ヨルディアが連れてきた男を見て、文句を言わざる得なかった。
 なにせ、男はすでに宵一を殺す気満々で、
「てめぇが、宵一とかいうやつか……!」
 と、身に覚えのない怒りをぶつけられていたのだから。
 しかしヨルディアは、まったく知らぬ存ぜぬの態度で、
「……さあ? なにか悪いものでも食べたんじゃないかしら?」
 とか、平然と言ってのけるのだった。
(絶対に、こいつがなにかしたんだ……)
 宵一はそう思うが、証拠があるわけでもなく、仕方なく相手と対峙するしかなかった。
 それに考えようによっては、多少は好都合かもしれない。相手がやる気十分になってくれてるなら、小細工なしの一発勝負。勝負のケリはしっかりとつけられるはずだろう。
(――いっちょ、やるか)
 宵一は愛用の剣――神狩りの剣――を構え、男と向き合った。
「宵一とやら、そちらからしかけてきた戦いだ。どのような結果になろうと、文句は言うなよ」
「それはこっちの台詞だよ……。俺と神狩りの剣の力、見せてやる――!」
 瞬間、二人は弾け飛んだ。
 お互い地を蹴り、距離を縮めたのだ。
 宵一は潜在能力を解放し、融合機晶石フリージングブルーをその身に取り込んだ。
 氷結の力が剣の切っ先まで放出され、男の槍とぶつかるや、まるで華を咲かすように青白い結晶が散った。
「くっ……まやかしをっ……!」
 それに視界を遮られそうになるが、男は諦めない。むしろ後退は隙を生むだけだと判断し、宵一の懐へと踏み込んだ。
(こいつ――!)
 さすがに宵一も、相手の実力を認めざる得なかった。
 まさかあの状況で踏み込んでくるとは。
 二人の刃がぶつかり合う。
 がいんっ、ぎんっ! と、甲高い金属音がいくつも鳴り響いた。
 勝負は一瞬。宵一は防御に転じながら、そう感じた。男は、どんどん踏み込んでくる。その隙を突くのだ。
(――今だ――っ!)
 刹那。
 一閃が、男の身体に迅った。
 宵一の放った、氷結の刃――絶零斬であった。
 それはまるで光の筋のように男の身体を通り――
 やがて、身を守ろうと盾にしていた男の槍が、真っ二つに切れてしまった。
「……ぐぉ……」
 遅れて、男も苦しげな息をこぼして、その場に倒れた。
 無論――殺してはいない。ただ相手が起きあがれないほどには、ダメージを負わせたのだった。
 威力を加減できるほどには、宵一も成長してきたらしい。離れていたヨルディアは戦いの結末を眺めながら、そう思った。
「おい、大丈夫か?」
 宵一は、男を抱き起こした。
「あ、あぁ……しかし……なんと……」
 見れば男の民族風衣装の下――腹の一部が、真っ白に輝く氷で覆われている。
 しばらく、それは溶けそうもなかった。
「見事だ……。宵一……その名、この胸に刻んでおくぞ」
「よせよ、恨みがましい。永遠のライバルだ! とか言って追いかけてくるなよ?」
「フフッ……面白い奴だな、お前は」
「そーかい? それよりも俺、あんたに聞きたいことがあるんだよ。実は“沈んだ槍”っていうもののことなんだけどさ……」
 男に肩を貸して、彼の家へと送り届けながら、宵一は道すがらにそんなことをたずねた。
 その後を、ヨルディアが追う。
「宵一! 待ってちょうだいよ!」
「早くしないと、置いてくぞー」
“沈んだ槍”についての詳しい話が聞けるのは、男の家についた後であった。