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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第二章 灼熱の浮遊島 4

 ヒュードの民が住まう地下世界も熱さは十分なものだったが、地上はもっと灼熱の地獄だった。
 大地の殆どが火山帯と言って良いほどのそこは、まるで赤茶けた大地と赤と黄色に皓々と光るマグマだけが支配する場所である。
 その土地を飛び交いながら――
「うひゃーっ! 来ないでー!」
 岩で出来た巨人に追いかけられる神崎 輝(かんざき・ひかる)たちが、わたわたと逃げ惑っていた。
 無論、好きで追いかけられているわけではない。彼女たちの役目は地上の探索だったのだが、その途中で巨人どもに見つかってしまったのだ。そうなればもはや運の悪さを呪うしかないないだろう。パートナーたちを引き連れ、どしんどしんと後ろを追ってくる巨人から何とか逃れようと必死であった。
「マ、ママ、マスター! マスター!」
「な、なになに、瑞樹!」
「空賊さんたちから、どんどん情報が送られてくるんですがぁ!」
 必死に滑空する輝の隣に並んだ一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)が見せたのは、銃型HCのモニタである。
 ルカの命を受け、方々に散った空賊たちから、マグマや“沈んだ槍”についての情報が次々送られてきていた。さながら書き込みの早い掲示板のようである。
『あ、どもどもー』
『あのー、こっちでなんか怪しげなマグマ見つけたんですがぁ』
『あー、あっつい……』
 などなど――もはや関係のないことまで書き込まれている始末だ。
「もう、みんな好き勝手しないでくださいぃ!」
 思わず輝も、そう叫んでしまっていた。
 そんな状況に、自ら転機を及ぼそうとする者もいて――
「むぅー! 敵さんにはボクの出番ですよぉっ! 輝お兄ちゃんたちは、さがってて!」
 ぎゅんっと引き返したのはミルバスに乗っている神崎 瑠奈(かんざき・るな)だった。
「そおおぉれっ――!」
 滑空したスピードを乗せて、瑠奈の一閃が巨人どもに迅った。分身の術や麒麟走りの術を巧みに操る瑠奈の速さは、目で捉えるのはもはや難しい。突風が吹き荒れるように、轟然と唸りをあげた瑠奈の爪は、次々と巨人の硬い身体に傷を負わせていった。
「くっそぉ……瑠奈ちゃん一人に任せてられないよ! ボクたちもいくよ、瑞樹!」
「りょ、了解です、マスター!」
 いかなる敵であろうとも、パートナーを一人残して去ることは輝には出来ない。身を翻した輝と瑞樹は、それぞれに魔槍と魔導剣を持って身構え、巨人へと突っ込んだ。
「……っ! 輝お兄ちゃん!?」
「瑠奈! どいてぇ!」
 すかさず瑠奈が引き下がった時を見計らって、輝の魔槍が圧倒的な破壊力で敵の岩の皮膚を粉砕した。スピードを乗せた一発が、見事にクリーンヒットしたのである。だが、それだけで終わることなかれ。巨人の腕は輝をぶん殴ろうとする――が。
「させないです!」
 瑞樹の剣が、それを防ぎきった。
 代わりに二人は雪崩れ込むようにふき飛ばされるが、体勢を立て直す。
 さらなる上空から、落ち着き払った声が降り注いだのはそのときだった。
「マスター! 瑞樹さん、瑠奈さん、聞こえますかぁ!」
「紅葉!」
 小型飛空艇に乗っている七瀬 紅葉(ななせ・くれは)の登場に歓喜するや、輝の真横を轟然と何かが通り過ぎていった。六連ミサイルポッドである。巨人の岩肌にぶつかったそれは爆発音を響かせ、もうもうとした煙をあげて巨人をぶっ飛ばした。
 さらに追い打ちをかけるように、機関銃の弾が雪崩のように巨人へと襲いかかる。
 ズガガガガガッ――!
 ひゅううううぅん……と音が止んだときには、巨人の姿は見るも無惨な瓦礫になっていた。
「無事ですか、マスター! 間に合って良かったです!」
「……ボク、紅葉だけは怒らせないようにしたいな」
「……?」
 飛空艇から降りたって駆け寄ってきた紅葉を見やり、冷や汗をかく輝は呟く。
 紅葉は、輝の言葉の意味がよくわからず、小動物みたいな仕草で小首を傾げる始末だった。

● ● ●


「……はい……はい。あっ……見えました! こっちです! こちらです!」
 瑞樹は遠くから見えた小型飛空艇に手を振り、マグマの傍へとそれを案内した。
 降り立ったのは、複数の契約者たちだ。その中には、先ほど瑞樹へと連絡を取った渉の姿もあって、思わず瑞樹は駆け寄っていき、彼の胸へと飛びこんでしまった。
「渉君! 無事で良かったです!」
「僕もですよ、瑞樹さん。巨人に襲われたと聞いたので……心配で仕方ありませんでした。でも……無事でなによりです」
 渉もまんざらではないらしく、瑞樹を抱き留めると、優しげな微笑みを浮かべた。瑞樹はその笑顔に心奪われる。もしもここが映画館か自宅なら、二人はそっと肩を寄せ合って、一緒に映像鑑賞を楽しむところだ。
 しかし――事態はそうではない。
「ごほんっ!」
 ルカが咳払いをして、ようやく二人はばっと離れ合った。お互いに恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしている。
 だったら最初からするな、と言いたいところだが――
「……えっと、改めて……あれが“沈んだ槍”なのね?」
 気持ちを切り替えて、彼女は確認を取った。
 マグマの中心を見つめるルカの視線の先には、灼熱の溶岩に沈んだ大きな筒のようなものが見えた。
 あれなるは“沈んだ槍”とヒュードの民が呼んでいるものである。
「ご苦労様。あとは……あれを引っ張り上げるだけか……」
 ルカは遺物を見つけた空賊の一人に労いの言葉をかけると、思案げに顔をしかめた。
「水とか、氷とかで冷やして、その間に引っ張り上げるとかは?」
「駄目だ。水や氷で冷やせる量ではないし、灼熱の蒸気が爆発的に発生して危険だ」
 反論したのは、ルカのパートナーのダリルだった。
 思考考察に関してはルカよりもダリルに一日(いちじつ)の長がある。口を閉ざしたルカに変わって、ダリルはしばらく考え、やがて、結論を導き出した。
 それはつまり――
「コレを使うの?」
 六熾翼の翼を広げて、マグマへと近づいた天貴 彩羽(あまむち・あやは)が怪訝そうにたずねた。
 熱気は限界の最高潮に達していたが融合機晶石フリージングブルーを取り込んでいることで、冷気をその身に帯びているため、さほど影響にはならなかった。しかしそれにしても、縄(ザイル)を槍にかけるとは、そんな古典的な方法で良いのだろうか?
 彩羽の顔に滲んだ疑問に気づいたか、ダリルは捕捉した。
「大丈夫だ。イラプションの力で一時的にだがマグマを誘導させる。その間に、引き上げてくれ」
「……了解。やれるだけ、やりましょう」
 彩羽は半ば諦めるようにうなずいて、ザイルを遺物の槍に投げつけた。
 槍の突起に引っかかったのを確認すると、それが外れないか軽く引っぱりつつ確かめる。反対側の縄を手にしていたルカも、同じように確認して親指を立てたOKのサインを出した。
「よし、今だ――!」
 ダリルが龍覇剣イラプションをマグマに突き立てたその途端だった。
 マグマはイラプションの炎の波動に反応して、動き出した。まるで意思ある者がごとく、槍を中心にマグマが引き上がっていく。その間に、ルカと彩羽は一気に縄を引っぱった。
「うあああああああぁぁぁ!」
 渾身の力をふりしぼったそのとき――
 遺物の槍はついにマグマから引っ張り上げられ、どおおぉんっ……と、地表に転がり落ちた。
「やったわよ、ダリル!」
「あ、ああ……よく……やった……」
「ダリル!?」
 長時間の魔力の維持に疲れはてたのだろう。イラプションを引き抜いた途端、ダリルはその場にがくっと膝をついた。慌ててルカは彼に駆け寄る。肩を支えられて、気弱な笑みをダリルは浮かべた。
「情けないな……こんななんてことない場面で、お前の肩を借りないといけないなんて……」
「なに言ってるのよ。ルカとあなたはパートナーなんだから。支え合うのは当然でしょ。……そんなこと言わないで」
 咎めるようにルカが言ったのは、決して単なる注意ではなかった。
 こちらを頼りにするのを、情けないとは思って欲しくないのだ。強がりでもなんでも、全てをお互いに分かち合いたい。ルカはそう思っていた。無論、ダリルの男としての少なからずある意地も、理解出来なくはないが……。
「とにかく、無事に引き上げられて良かった」
「ちょっと、それよりもこれを見て。これって……」
 彩羽は仲間の契約者たちを呼んで、引き上げた遺物を改めて眺めた。
 それは“槍”ではなく――飛空艇に取りつけるであろう主砲の部品に他ならなかった。すっかり黒ずみ、見た目は無残だが、ダリルが軽く調べたところによると、損傷はほとんどないらしい。塗装さえ塗り替えれば、ちゃんと使い物になる大型兵器だった。
「どうしてこんなものが……」
「皆さん! み、見てみてください、これ……!」
 彩羽は思案げに唸る。そのとき、渉が調べていた小さな制御盤から、突如としてホログラムが起動した。それは男の姿をしたホログラムだった。精悍な顔立ちとグラチェやバルタ・バイの民にも通じる民族的な衣装を身に纏った姿。男のホログラムは記録映像らしく、一方的に契約者たちへと話しかけてきた。
『――“ブラスターキャノン”の封印を解きし者たちよ』
 契約者たちは、その名がこの主砲のことを指しているのだとすぐに気づいた。
 とすれば、この男は、その管理者かなにかか? 疑問を投じる暇もなく、男はさらなる言葉を続けた。
『私の名はヘセド。最後の“クォーリア”の生き残りだ。…………もはや、この地に“クォーリア”は残されてはいない。浮遊大陸、そして天上人を守るために生きてきた我らが騎士は、あの男――アダムの手によって、浮遊大陸ごと滅ぼされてしまったからだ』
「浮遊……大陸……?」
 ルカは、呆然とその名を繰り返した。
『かつてこの浮遊島は一つの大陸であった。地上も空も同様の魔物たちからの襲撃を除けば、天上人たちは平和に暮らしてきたと言える。それはひとえに、彼らを守る、我ら“クォーリアの騎士”がいたからだった。浮遊大陸の平和を守ることが、我らが騎士の使命。私たちは、この地でずっと戦い続けてきたのだ』
 男は遠い過去の記憶を紡ぐように、ゆっくりと言葉を続けた。
『だが、あるときあの男は――“アダム”は、あろうことか、我らに牙を剥いた。天上人を支配し、浮遊大陸を我が者にしようとした。戦いは苛烈を極めた。多くの民が、天上人が、犠牲となった。そして、首都オイレンも――あの破滅の兵器のある――天空――さ――も――』
「どうしたんですか! 渉さん!」
「す、すみません。どうやら、ホログラムの調子が悪いようで……」
 男の話には、無転砲に関する手がかりがあるかもしれない。思わず急かすように声を張り上げてしまったルカに謝り、渉は必死に制御盤をいじる。だが――
「――そ――を――――」
 やがて、男の声はノイズに紛れて聞こえなった。ホログラム自身も、消滅してしまう。
 いくら制御盤をいじっても、これ以上の再生は不可能だった。一度再生されてしまったら、機能が消滅(ショート)してしまう仕組みだったらしい。渉は残念そうに首を振った。
 しかし……男はいったい……?
 ヘセドと名乗るその者には、疑問を禁じ得ない。だが、いまはルカたちは――
「この“ブラスターキャノン”と呼ばれる主砲を持って、飛空艇に帰ろう。それから、ベルにも連絡を取らないとな」
 やるべき事を終えなくてはならない。
 ダリルが皆に告げると、ルカは別の気がかりな疑問を投じた。
「無転砲のチャージ状況は、どうなんだろう?」
「いまのところ、50%といったところだ。……あまり芳しい状況とは言えないな。早いところ、この兵器の在りかも見つけないと」
「それって…………さっきのホログラムが、知ってたのかな?」
「…………さあな」
 ダリルにも、なんとも言えない。
 しかし解析してみる価値はありそうだ。一度の再生で機能を失うほど警戒していたのなら、あるいはそこになにか秘密を残しているかもしれない。敵の――恐らくは、その男さえも恐れていた敵の裏をかく、秘密を。
 ところで――この主砲はいったいどう運ぶべきか?
 マグマの淵でルカたちが悩んでいたそのときだった。
 どごぉんっ! と、けたたましい音を立てて、地上から繋がる穴が穿たれたのは。
「ふぅっ……ようやく着いたじゃん」
「菫っ……!?」
 そこからひょっこり顔を出したのは、菫だった。
 他にもパヒェーダや、ヒュードの民の子どもたちの姿も見える。どうやら彼女たちは地下からここまで、穴を貫通してきたようだった。もちろん、途中までは元からある洞窟を通ってきたわけだが。
「途中でわかったことがあるんですけど……やっぱりこのマグマ、人工的なもののようね。あなたたちが主砲を引っ張り上げた途端、マグマの発生が止んだわ」
 パヒェーダはマグマを見やってそう告げた。
 確かに彼女の言う通り、マグマはすっかり煮えたぎるのを止めたようで、静寂を取りもどしていた。恐らく、遺物を守るために発生していたものなのだろう。
「……なんか、浮遊島って秘密も一杯よね」
 パヒェーダは半ば達観したように肩をすくめる。
 それぞれにいまだ思い残すことはあるものの――
 契約者たちは、いまは“沈んだ槍”を運ぶことに専念した。