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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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プロローグ sideB 飛空艇 1

 森に、飛空艇があった。
 不時着したベルの飛空艇である。すでに修理は済んでいるが――飛ぶことはできない。
 機晶石がないからだ。ベルが亡き父から受け継いだという謎の機晶石は、神官からもらった融合機晶石と同じように、ベルの身体へと取り込まれるとすさまじい力を発揮する。
 そしてそれは、飛空艇の原動力でもある。
 機晶石のエネルギーを使ってこそ、飛空艇は真価を発揮する。
 いずれにせよ、稀少なものだ。そしてベルにとっては、父の形見の品でもある。
 早いところ取りもどさねばならない。だが同時に、飛空艇や無転砲の情報、言い伝えにある方舟の“大切な力”を手に入れることも重要だった。
 部隊は二つに分けられた。機晶石を取りもどす者と、謎を探る者。
 そして更に、飛空艇に残る者たちもいた。
 いくら翼をなくした鳥と同じ飛空艇であっても、守る者が必要だろう。
 更に言えば、補強と改修に当たる者たちも。
 半ば楽しんでいるように見えなくもない者たちが混じってはいるが、腕は確かだ。
 飛空艇の周りには、そんな整備と護衛に当たる者たちが集まっていた。
 そしてユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)も――その一人である。
 飛空艇から少し外れた茂みの奥へやってきたユーベルは、通信機を耳に当てて、会話の相手にコールした。
「もしもし、リネン? 聞こえるかしら?」
『……聞こえるわよ、ユーベル』
 ほどなくして、通信機の向こうから声が聞こえてきた。
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)こそ、その相手である。ユーベルの契約者。そして、フリューネと共にホーティ盗賊団を追いかけていった勇敢なる娘。雑音混じりのその声に、ユーベルは笑みをこぼした。
「よかった……。通信機は使えるみたいですわね」
『そうね。まあ…………HC(ハンドベルド・コンピュータ)とは性能差があるから、勝手は悪いけど』
「贅沢は言えないですわ。空賊団の予算にも限りがあるのですから」
 ユーベルが言うと、リネンは肩をすくめたようだった。
『予算、ね。一度、ヘリワードに頼んでみようかな』
 いまはどこか別の場所で仕事をしているであろう、空賊団の賊長の名をつぶやき、半ばぼやきかける。
 ユーベルはそれよりも先に、口を開いていた。
「それよりも……そちらの状況はいかが?」
『…………あまり芳しくないわね。フリューネとは合流したから、これから盗賊団を捕らえにいくところ。でもどうやら、向こうは向こうで、あの……バルクとかいう大男が、トラブルに引っかかってるみたいだし……。…………一筋縄じゃいかないでしょうね』
「……そう」
 詳しくはわからないが、どうやら厄介なことが起こっているらしい、ということだけはユーベルにもわかった。
 リネンも頭を悩ませているようである。だが、気を取り直して、リネンは言った。
『とにかく、こっちはこっちで何とかするから、心配しないで。それよりも、今ごろ、こっちで招集した空賊たちの第二陣がそちらに向かってるはずだから。もし良かったら、護衛の手伝いでもさせてあげて』
「了解、わかりましたわ。――そちらも、気をつけて」
『――――ええ』
 リネンがそう答えたのを最後に、通信機は通話終了のむなしい音を鳴らすだけになった。
 こちらも接続を終え、ユーベルは空を見あげた。抜けるような空だった。その先のどこかの浮遊島に、リネンもいる。
(無事でいてね……)
 そっと、そう願って、ユーベルは顔を戻した。
 すると、そのとき――
「ユーベルさんっ!」
 先に着いていた空賊の一人がユーベルを呼んだ。
「作業手順書の作成、終わりましたよ! あと、どこにどれだけ人員を割くかなんですけど――」
「いま行きますわ。ちょって待っていていてちょうだい」
 書類を頭上にかかげていた空賊のもとに、ユーベルは急いだ。

● ● ●


 飛空艇には、執務室がある。
 艦長用なのか参謀用なのかはたまた趣味の一環に過ぎないのか、判然とはしないが――
 いずれにせよ実に整った部屋である。見事なまでの木目調美しい執務机に、左右には数々の資料と書類を置いておける棚が並ぶ。無論、はじめこそは随分と損傷し、風化が激しかったが、シャンバラ教導団に所属する掃除のプロたちがしっかりと磨きあげ、新しい棚も用意し、見事なまでに万事整った。
 その机に、いま一人の女性が座っている。
「はぁ……」
 ため息を禁じ得ないその者の名は、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)
 教導団所属の契約者である。バージニア州リトルクリーク海軍基地出身。14歳から特殊部隊訓練を受け、海軍下士官兵を経てアメリカ海軍横須賀基地へ配属。グルカナイフを用いた近接戦闘と特殊仕様の狙撃銃による超遠距離射撃に秀でた――元、軍人。
 教導団に籍を置いている限り、今も軍の所属であることに変わりはないが……
 20歳という若さでそこまでの経歴を持っている者はそうはいまい。
 見た目の、洗練されながらも元気を忘れない麗しき少女の名残からは考えられないはずである。今も、少女は少女なりの思想と願望を抱いてはいるが、思考の切り替えが出来るのは軍人ゆえの特性か。
 そのローザマリアはいま、年相応の顔を難しく歪め、口を尖らせるように頭を抱えていた。
 そのとき、ドアがノックされた。
「ローザマリアさん。実はユーベルさんのほうから手順書と人員配置の申請書類が届いて――」
 言いながら入ってきたのは、ローザマリアよりも一歳だけ若いトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だった。
 が、ローザマリアを見た途端、その眉がぐにゃっとひそめられた。
「………………って、なんですか、これ」
 トマスが呆れたのは、ローザマリアの目の前の悲惨な状況を見てだった。
 執務机には無数の書類とファイルの山が積まれていた。それこそ、ローザマリアを囲むように、床にまで。真ん中にいるローザマリアは、徹夜続きですっかり滅入っているのか、クマの出来た悲壮感漂う顔で、
「あぁ…………トマス…………」
 とだけ、つぶやいた。
「だ、大丈夫ですか? 目に見えて疲れてますけど」
 トマスが心配そうにたずねる。ローザマリアはため息と一緒に答えた。
「まあ……ね。なにせこれだけの数の改修案だもの。全部が全部を採用ってわけにはいかないし、纏めるのも苦労するのよ……」
 そのときである。トマスの後ろから入ってきた別の女性が、ローザマリアに言った。
「中間管理職、というものだろうかな。机上の仕事も大変だな」
「ライザ……っ! どうして、ここに……?」
 艦外の護衛を任せていたグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)を見て、ローザマリアは半ばうろたえた。あまり見られたくない姿でもあったのだろう。唐突な訪問に対し、慌てて身なりを整えた。
 気丈な己が契約者を見て、ライザは肩をすくめた。
「なに、忙しそうな我が契約者には休憩も必要かと思ってな」
 そう言って、カタンとテーブルに置いたのは紅茶を淹れたティーポットとカップ一式だった。ちょうど三人分。トマスとローザマリア、それにライザの分もある。
「――ローズヒップティーだ。飲まれるか?」
 疲れも、寝不足も、全て見透かされていたのか。ローザマリアはすっかり諦めたような気分になり、息をついた。
「……ええ、お願い」
「トマス殿はいかがなされる?」
「あ、それじゃあ……僕もお願いします」
 トマスも席に着いたのを見て、ライザは三人分のカップに紅茶を淹れ、それぞれの席に差し出した。
「それで? 進展はいかがかな?」
「まあまあ」
「ベルネッサ殿に連絡は?」
「いくつかの改修案は転送しておいたわ。と言っても――この作業を始める前だから、ほんの触りだけだけど」
 音もなく紅茶を飲んで、一緒に皿に乗っていたスコーンをさくっとつまむ。
 それからローザマリアは、口にスコーンを挟みながら、改めて作業を再開した。紅茶を飲んだことで、少しは元気が取り戻せた。先端テクノロジーを使った端末を操作し、空中にモニタを映し出す。
 飛空艇の立体映像を表示させてから、改修案を組み込むシミュレートを開始した。
「トマス、そこの資料を取って。それから、キーコード入力。急いでね」
「り、了解……!」
 ローザマリアは飛空艇の立体映像をタッチして回転させたり動かしたりしながら、思案にのめり込んでいる。
 トマスもそれを手伝いながら、資料を運んだり元の棚に戻したりと、半ば雑用みたいなことをさせられたりもした。ユーベルが渡してくれた手順書と人員の配置書もこれに組み込まれる予定だ。空賊たちが仕事を手伝ってくれるおかげで、幸いにも人材には困ることはなさそうだった。
 銃型HC・Sの通信機能を使って、ローザマリアはベルネッサに連絡を取る。改修案について、意見を聞きたいこともあったからだ。
「もしもし、ベル? 実は飛空艇の乗組員用の部屋のことなんだけど――」
 声音にはもう、平静たる響きしかない。
 すっかり元の調子を取りもどしたローザマリアを見て、ライザは静かにほほ笑む。それから彼女は、トマスにも気づかれないように、そっと部屋を出て行った。
 パタン、と閉じられた扉の奥から、ローザマリアがベルネッサと相談し合う声が聞こえてくる。
(そうでなくては……らしくないな……)
 誰もいない廊下を、ライザは悠然と歩み去っていった。