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リアクション
第一章
――花妖精の村、書庫。
「ふぅ……ごちそうさん」
貰ったお茶を飲み干し、高円寺 海(こうえんじ・かい)が一息吐く。
「お粗末様です。海様、この後はどうなさるんですか?」
海が飲み干した食器を受け取りつつ、ドロシー・リデル(どろしー・りでる)が尋ねる。
「そうだな……さっきも言ったように色々見て回るつむりだけど、まずはこれを片付けないとな」
海が傍らに積み重ねていたおとぎ話が描かれた書物を手に取る。
「あら、それなら私にお任せくださいな」
ドロシーが海に優しく微笑みながら提案するが、海は手を軽く振り断る。
「いや、流石にそこまで迷惑はかけられないから」
「ですが……海様、片付ける書物の場所はお分かりですか?」
「う……」
ドロシーに言われ、海は言葉を詰まらせながら周りを見る。そこには本棚が並んでおり、ドロシーが語るおとぎ話が描かれた書物の数多くが綺麗に整頓され陳列している。恐らくドロシーが管理しているのだろう。
そして、海が手に取った書物は調査のヒントになりそうな物を手当たり次第取った物。場所など勿論覚えていない。
「よろしければ手伝いますよ?」
「……そうしてもらえると助かる」
ええ、と海の言葉にドロシーが笑みながら頷いた。
「おっと、お邪魔でしたかね?」
「作業中悪いけど、入ってもいいですか?」
白星 切札(しらほし・きりふだ)と本宇治 華音(もとうじ・かおん)が書庫の入り口から顔を出した。
「ん? いや、構わないけど、どうしたんですか?」
海がそういうと、切札と華音がそれぞれのパートナーである白星 カルテ(しらほし・かるて)、まとは・オーリエンダー(まとは・おーりえんだー)を伴い入ってきた。
「カルテにおとぎ話を聞かせてやりたいと思いまして。よろしいですか?」
「私もいいですか? ちょっと調べたいと思いまして」
「ええ、構いませんよ。ご自由にお読みください」
ドロシーの言葉に切札と華音が礼を述べると、本棚を眺め始める。
「さ、カルテ何が読みたいですか?」
「ん……まずはこれなの」
「これですね?」
切札が本棚から一冊の本を手に取り、カルテに見えるように広げる。
「まとは、どれがいいと思う?」
「……これ」
華音が肩にのったまとはに問いかると、ビシッ、と無言で本の背表紙を指さした。
「先客がいるようですね」
「そうみたいだな」
一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)と久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)が書庫へ入ってきた。
「あら、お二人もおとぎ話をお読みに?」
「ええ。できたら史実に基づいた話でなく、ドロシーさんが創作した物を読みたいと思うのですが、いいですかね?」
「私が創作した物ですか? そうですねぇ……海様、申し訳ありませんが……」
「オレは構わないぞ。急いでいるわけじゃないしな」
「すみません……ではこちらの方へ」
海の言葉にドロシーが申し訳なさそうに頭を下げ、アリーセ達を本棚へ案内する。創作物は創作物の棚があるようだ。
「ん? こんなところで何やってんだ海ー?」
そうしていると、今度はカイナ・スマンハク(かいな・すまんはく)が書庫の入り口を覗き込んできた。
「ああ、カイナか。今おとぎ話について調べ物をして――」
「調べものか。大変そうだな。俺も手伝うぞ!」
海が言い終える前にカイナが眠そうな目を輝かせ、書庫へと入ってきた。
「おとぎ話ってのはこれだな。よし、読むぞ!」
そして本棚から無造作に書物を手に取り、開いて読み始めた。
「……いた、って言おうとしたんだがな」
苦笑しつつ海が呟く。早速没頭しているようで、声をかけても耳に入らなそうである。
「いいじゃありませんか。海様のお手伝いがしたいんですよ」
案内を終えたドロシーが笑みを浮かべつつ言う。
「さて、私達は片づけをしましょうか」
「……ふぅ、終わったか」
十数分の時間を経て、海達は書物を片付け終えていた。
「しかし、これだけの書物を管理するのは大変じゃないのか?」
「そんなことありませんよ。どれも大事な物ですから。」
海の言葉に、ドロシーが目を細めて本棚に並べられた書物を見渡す。
「この後はどうなさるのですか?」
「そうだな……さっきも言ったけど、遺跡を見ておきたいかな」
「ならご案内しましょう」
「そうしてもらえると助かる。それじゃ……ん?」
書庫を出ようとした時、海の目にカイナの姿が入った。
「お……して……け……や? が……あ、あう……うぇ……」
カイナはおとぎ話を口に出して読んでいる。半べそをかきながら。
難しい字を読めないのだが手伝うと言った手前、投げ出す訳にもいかず必死に読むがやはり読めない。
そんな悪循環に囚われつつ、涙をこらえてカイナは読み続けていた。
「カイナ……読めないなら別に読まなくてもいいぞ?」
海が見かねて声をかけるが、カイナが大きく首を横に振る。
「が、頑張るから……お、俺頑張るから……」
「いや、そこまで無茶せんでも……」
止めようとしても、涙を浮かべつつ言うカイナに、海が困ったように頭をかいた。
「……その本、子供達にも読めるようにと難しい内容にしてはいなかったはずなのですが……」
カイナが読んでいる本を見て、ドロシーが首を傾げた。
「……取り込み中みたいだね。困ったなぁ……」
ドロシー達を見て華音が呟き、手元に目を落とす。先にあるのは『おとぎばなし』が描かれた書物。この中に描かれている内容と実際話されている内容について比較してみる事を考え付いたのだが、どうにも割り込みにくい雰囲気を感じていた。
「ね、まとは。まとはは『おとぎばなし』の内容は知ってるの?」
「……まあね」
まとはが頷きながら言う。
「……ねぇ、お願いがあるんだけどさ」
「何?」
「その、まとはが『おとぎばなし』を話してくれない?」
「ボクが?」
華音の言葉にまとはは躊躇う仕草を見せるが、仕方なさそうに溜息を吐きつつ『必要なら……』と華音の肩から降りると手近に置いてあった本に腰掛け、そして語り出す。
まとはが語った物語は、まとめるとこうだった。
――人の心に潜む負の感情から生まれたという『大いなるもの』という存在が世界の全てを飲み込もうとした。
――その強大な存在になす術も無かった中、『異国の戦士達』が現れた。
――彼らとハイブラゼルの人々は力を合わせ、『古の四賢者』が『大いなるもの』を封印する事に成功する。
――だが、その封印は何時の日か綻び、解かれるであろう。
「……こんなとこ、かな。ボクもドロシー姉さんから直接聞いたんじゃなくて他の妖精から聞いた、けど……大体合ってるはず」
まとはが語り終え、そう言うと華音が顎に手を当てて軽く唸る。
「書物に書かれている物語と変わりはない……か」
華音が書物を開いて呟く。多少の違いはあるが、語り継がれている内容と大きな違いは無い。
「それよりも共通している単語かなぁ。やっぱり『大いなるもの』とか『異国の戦士達』とか、キーワードは多いけど……」
そこで華音の言葉が詰まる。それ以上の発見が無いのだ。
「……悩んでも仕方ないね。他の話も読んでみようか」
「……うん」
そういうと、まとはは華音の肩に乗り、再度本棚へと向き合った。
一方。
「……あの、カルテちゃん?」
「ちょっと黙ってほしいの」
真剣なまなざしで切札が持ってきた本に見入るカルテ。
「……こんなはずじゃなかったんですがねぇ」
苦笑、というか自嘲気味に笑い、天井を見る切札。そうしないと涙がこぼれそうだからだ。
元々切札はカルテとスキンシップを図ろうと連れてきた、はずだった。しかしカルテはというと、この状況を何とかしたいと思っていたため、そのヒントになるかもしれない物語を調べることに夢中になっていた。
愛する義娘から現在絶賛放置中の切札。良かれと思ってやったことが自分にとって裏目に出た。
「ママ」
涙が頬を伝いそうになっていたとき、カルテが切札の袖を引っ張った。
「な、なんですか?」
カルテからのアクションに思わず笑顔になる切札。
「この『いこくのせんしたち』というのは、どこからきたの?」
「え? そ、そうですねぇ……」
突然の問いかけに、考える切札。
「……異国、というからにはハイブラゼルの外、となりますよね……それともティル・ナ・ノーグよりも外になるのでしょうか……?」
ブツブツと呟きながら考える切札。
「まだあるの」
そういうと、カルテが色々と切札に『おとぎ話』を読んで生じた疑問を投げかけてくる。
それはどれも言われてみれば、という疑問点であり、ただ読んでいただけの切札には気づかなかった物である。
「……うむ……確かに気になる点が多いですね……」
だが、考えても切札に答えは出ない。予想として考えられる物はあるが、どれも確証があるわけでなく、想像の域を出ない。
「……これだけじゃダメなの。もっと他のお話も読むの」
「……そ、そうですね」
いつの間にか調査になってしまったこの状況に、切札が軽くため息を吐いた。
更に一方で。
「……こんなところですかね」
ざっとドロシーに紹介された書物を読み終え、アリーセが一息吐く。
「どうだったよ?」
グスタフが問いかけると、アリーセが首を横に振る。
「残念ながら、彼女に由来するような物は見つかりませんでしたね」
そう言いつつ溜息を吐いた。
アリーセが調べていたのは、『大いなるもの』に関する物、ではなくドロシーに関する物であった。
「何かあるかと思いましたが、成果はなさそうです」
「そうかね。俺はちょっと掴んだかもしれないよ?」
そう言って、グスタフが手に持った本を見せる。
「それは?」
「ああ、これはね、とある子供がお姉さんに頼まれて薬草を取りに行く話なんだ。これが中々いい話でね、初めてのおつかいにハラハラドキドキもんだよ」
「……それで?」
「その様子を心配するお姉さんの気持ち、これ共感できるなぁ親バカとしては」
「……何が言いたいかわかりません」
こめかみを抑えるアリーセに、やれやれとグスタフが肩をすくめる。
「ここまで共感できる子を心配する気持ちを書けるとなるとだね、行き着く先は一つ。彼女は親バカだってことだよ」
「そうですか。私は今貴方がバカだと再確認できました。そして少しでも期待した私もバカとしか言いようがありません」
そう言って大きく溜息を吐くアリーセ。
「そりゃそうさ。親子は似るもんだからね」
「少し黙ってもらえませんか。気が散ります」
「つれないねぇ。パパは悲しいよ」
(うっとおしいなぁ……この人)
泣く仕草を見せるグスタフに、アリーセはうんざりとした表情で心の中で呟いた。
「まだ皆様、お調べになるようですね」
書庫の書物を読み調べる者達を見て、ドロシーが呟く。
「邪魔をしちゃ悪いな。オレはそろそろ遺跡を見に行こうと思うんだが、案内してもらえるか?」
「はい、わかりました」
海の言葉に、ドロシーが頷いた。
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