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リアクション
第1章 エリザベートを説得して、ルクオールに連れて行くのこと
イルミンスール魔法学校の校長室では、エリザベートが沈んだ面持ちで頬杖をついていた。
「……し、失礼、しますっ」
扉の向こうからノックとともにおずおずと声がかけられ、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)と、睡蓮のパートナーで黒い装甲のような姿の機晶姫鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)、そして少女型の機晶姫メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)があらわれる。
「なんの用ですかぁ?」
不機嫌そうにエリザベートが3人をにらみつけると、睡蓮は一瞬身体をこわばらせたが、足元まで伸びる白い髪を揺らして一礼すると、必死に手に持った手紙を差し出した。
「あのっ、ルクオールで、私達が主催するイベントがあるんです。……よろしければ、校長先生も参加してくださいませんか?」
手紙には、「アイスバトル2019inルクオール大会運営委員会」の名が、差出人として書かれていた。
「シャンバラ山羊のアイスも作られますし……。もしよかったら、アイスをアーデルハイド様と一緒に食べて、それで仲直りできればなー、とか……」
「アーデルハイトちゃんとケンカして気まずいのはわかるけど、今だけはケンカのことは忘れて一緒に行こうよ。みんなが楽しめるようなイベントを考えてくれてるし、アイスの試食会もあるからきっと楽しいよ!」
睡蓮の言葉にかぶせるように、メリエルが言う。
エリザベートは、むー、と唸ってしばらく沈黙したのち、口を開いた。
「わたしはそんなの興味ないですぅ!」
言うなりそっぽを向くエリザベートに、睡蓮とメリエルはショックを隠せない。
「そんな……どうしましょう、やっぱり、アーデルハイト様のことを言ったのは地雷だったのかしら……」
「もう、つまんない意地なんか張らずに、行った方がぜったい楽しいのに。ねえねえ、あたしたちもついていってあげるから、一緒に行こうよー!」
メリエルがエリザベートの手を引っ張るが、乱暴に振り払われてしまう。
「しつこいですぅ! わたしは、行かないったら行きませぇん!」
押問答しているところへ、沢渡 真言(さわたり・まこと)とヴァルキリーのミツバ・グリーンヒル(みつば・ぐりーんひる)が入ってきた。
「失礼します。ワルプルギス校長に提案があって参りました」
バトラーの真言は優雅に一礼する。
ミツバも、薄金のゆるふわボブをゆらして、ぺこりと頭を下げた。
「校長、私達は「冬の女王」をイルミンスールに勧誘するのはどうかと考えています。一瞬で町を氷漬けにしてしまうほどの能力の持ち主ですし、講師としての実力は充分だと思います。「冬の女王」は復活の儀式なく目覚めさせられたのを不満に思っているそうです。つまり、自分が丁重な扱いを受けずに乱暴に夏に起こされた事を腹立たしく思っているようですから、本当は悪気がなかったと思うんです。それに、この騒動を解決したのがイルミンスールの学生であることは校長にとってプラスになり、その騒動の犯人を、外面的には許してイルミンスールに招き入れる事で校長の懐の大きさも世間に知れ渡るでしょう。うまくいけば貴重な山羊のミルクアイスも復活すると思うんです。生産者の方が感謝の気持ちでアイスくれるかもしれません。さらに、新しい優秀な人材登用で、蒼空学園にも対抗できますよ。「冬の女王」は、友好的に接していれば、よき協力者になってくれるはずです。あの方に必要なのは半人前の私のような従者ではなく共に過ごせる友人達のようですし」
「私のパートナーの三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)も、『アーデルハイトとエリザベートも、今更お互い口にして謝ったり、許したりってしづらかったら、『人材発掘のための出張でした』ってことにしちゃえばいいよ!』……って言ってました」
真言とミツバは口々に、「冬の女王」を勧誘することのメリットを力説する。
ミツバは、のぞみに頼まれたから来たものの、友人の真言と一緒とはいえ、少しの間でもパートナーと離れ離れなのはさびしいと考えていた。
(ばばさまや校長先生も、そうなんじゃないでしょうか……)
そう思って、一生懸命説得しに来たのだ。
しかし。
「「冬の女王」なんて人のことはわたしはどうでもいいですぅ」
エリザベートは、さらに憮然とした態度で、真言とミツバの言葉を一蹴する。
実際、エリザベートにとっては、「今はそれどころではない」というのが正直な気持ちなのであろう、ということが見て取れた。
真言とミツバは顔を見合わせ、睡蓮、九頭切丸、メリエルとも視線を交わす。睡蓮とメリエルも困った顔をしていた。黒い装甲のガードメカのような九頭切丸だけは、表情がうかがい知れなかったが。
そこへ、扉をノックする音とともに、ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)とパートナーの機晶姫ロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)が入ってきた。
「いつまでつまらん意地を張り続けるつもりだ? たった一言『ごめんなさい』と言えば済む話ではないか」
開口一番、ブレイズはエリザベートに切り出した。
「なっ……」
エリザベートが反論しようとするのをさえぎり、ブレイズはさらに言葉を連ねる。
「もし、謝ることをみっともない、恥ずかしい等と思っているのならそれは大きな勘違いというものだ。もし今謝ることが出来なければ、お前はかけがえの無いモノを永遠に失くすことになるかもしれんぞ?」
ブレイズは、エリザベートの瞳を覗き込んで、諭すように言う。
「案ずる必要はない。ここにいる皆も手を貸してくれるだろう」
エリザベートは、ブレイズから目をそらすようにうつむくと、考え込んでいるようだった。
一方、ロージーは、口をポカーンと開けたまま固まって、パートナーの言動を見守っていた。
ロージーは、ブレイズの袖を引いて、エリザベートから離れさせる。
「ん? どうした、ロージー目が点だぞ」
ロージーは小声で返す。
「驚きました。ブレイズ、私は貴方を誤解していたようです。まさか貴方にあんな立派なことが言えるとは思ってませんでした……」
ブレイズの真摯な態度にちょっと感動したロージーは、率直な感想を告げる。
「なんだそんなことか……あんなもの全部口からでまかせに決まっているだろう」
「……は?」
にやりと笑みを浮かべて答えるブレイズに、ロージーはさらに目が点になった。
「以前たまたま読んだマンガ雑誌に似たような話があったのでな、チョチョイと引用させてもらったのだ。まさか、こうも上手く乗ってくるとは所詮はお子様だなフフハハハハ……」
ブレイズは、いつもどおりの策士然とした態度で、不敵に笑い声を上げた。
「……」
ロージーは一気に脱力していた。さっき、ブレイズのことを「ちょっとカッコイイ」と思ってしまった自分が、とても恥ずかしかった。
「ほほぉう、それは、さすがイルミンスールでも策士と名高い、ブレイズ・カーマイクルですねぇ」
「そうだろう、そうだろう! 娘よ、なかなかわかっているではないか。……え? ……その声は」
ブレイズが振り返ると、そこには、耳まで裂けるような笑みを浮かべたエリザベートの姿があった。
「校長であるこのわたしを騙そうとするなんてぇ、いい度胸ですぅ!!」
「ぐわああああああああーっ!?」
エリザベートは衝撃波の魔法でブレイズをぶっ飛ばし、轟音とともに窓からブレイズは吹っ飛んでいった。
「自業自得……」
ロージーは、冷ややかな視線で、窓の外を見つめた。
エリザベートが腕組みして席に戻ると、目の前には神名 祐太(かみな・ゆうた)の姿があった。
「エリザベート校長、俺達はおまえらの仲直りに協力してやる。ただし! 『生徒は校長の家来』という以前の言葉は撤回してもらうぞ。それに、生徒たち、特にこの俺にこれからでかい態度を取らないこと、これからどうでもいいことでこき使わないことが条件だ」
祐太は、前回、「アーデルハイトを連れ戻すかわりにレアアイテムをくれ」と交渉し、拒否された際のエリザベートの態度に頭にきており、自分への態度を改めることを条件に、エリザベートに協力を申し出たのだった。
「生徒の分際で何を言うのですぅ。仲直りの協力なんて必要ありませぇん!」
しかし、祐太の言葉はエリザベートの神経を逆なでしてしまったらしく、エリザベートはさらにかたくなな態度になってしまった。
「どうしよう、祐太の言ってた計画と違うよ」
祐太のパートナーで剣の花嫁のシャルル・ピアリース(しゃるる・ぴありーす)が、整った顔に困った表情を浮かべて言う。
「エリザベート校長の偏屈っぷりは筋金入りだな……。仲直りの手伝いを提案すれば、乗ってくるかと思ったが、タイミングが悪かったかもしれないな。さて、どうしたものかな……」
祐太とシャルルは、いったん引き下がり、部屋の隅で相談を始める。
そこへ、スーツと毛皮のコート姿のプラチナブロンドの美女があらわれた。
アイス業者に扮装したパラ実生のガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)であった。
「パラ実生の遊牧民からシャンバラ山羊のミルクを入手しました。エリザベート校長にも食べていただきたく、やってきました」
ガートルードは一礼すると、エリザベートに自分の策を提案する。
「今回の事件は、たしかに校長も悪いですが、アーデルハイト様も大人気ないです。今回のルクオールの被害は甚大で、悪い噂が流れたらイルミンスールは大変なことになってしまいます。そこで、アーデルハイト様は住民に謝罪していただくとともに、罰を受けていただく必要があります」
「大ババ様に罰ですかぁ?」
怪訝な顔をするエリザベートに、ガートルードは続ける。
「そうです。アーデルハイト様には罰として、塩辛いアイスを与え、反省したら甘いアイスを与えるというのはどうでしょう。イルミンスールの悪評を流さないためですよ」
「べつに、ルクオールが冬になったのは「冬の女王」が原因で、大ババ様のせいじゃないと思いますぅ。あと、あなたの言うことはなんだか面倒くさいし、大ババ様にそんなことしちゃダメですぅ!」
エリザベートはきっぱりした口調で言う。
「大ババ様にそんなことしちゃダメ、か。やっぱり、ババ様のことが心配なんだろう」
蒼空学園の体育教師、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、エリザベートの言葉に、笑みを浮かべて言う。
陽一は、エリザベートの前にかがみこむと、優しい口調で話し始めた。
「自分が本当に願っている事が何で、どうすればそれが叶うのか、校長は本当は分かっている筈だ。だが、いかなる権利も、決して無条件に自動的に手元に転がり込んでくる物ではない。ただ願うだけでは願いは叶わない。その為には、校長がちょっぴり勇気を出して自分に素直にならなければな」
「むー、他校の教師が、わたしの気持ちを知っているふうなことをいうなんてぇ、すごく不愉快ですぅ」
なおもひねくれた態度を取るエリザベートに、陽一は、さきほどまでと声の調子を変えて、エリザベートに話し始めた。
「本当に、そんなことを言っていていいのか? ……実は、ここに来る途中で人だかりを見かけた。屋根から滑落した積雪で、お年寄りが生き埋めになって亡くなったらしい。死因が、窒息か圧死かはわからないが、ご遺族の心中は察するに余りあるな……」
陽一の言葉に、エリザベートの表情が強張る。陽一は静かに、丸眼鏡の奥からエリザベートを見つめていたが、やがて、張り詰めた空気を崩すように言った。
「なーんちゃって嘘だよーん! あれれ? 怒ったー? ……だが、現状が続けばこの戯言が現実化する恐れは十分ある。それによって生まれる負は、校長やババ様や多くのものを不幸にする。自分の間違いを認めるのは恥ずかしい事ではない。本当に恥ずかしいのは間違いを認めないことだ。言った筈。本当に大事なものは頑張らないと手に入らないし守ることもできない。謝りに行こう」
両手を広げておどけてみせる陽一だったが、続ける言葉は真面目なものだった。エリザベートをちょっと脅してみて、揺さぶりをかける作戦であったが、エリザベートは本気でキレた。
「わたしをからかうなんてぇ、ぜぇったいに許さないのですぅ! あなたもふっ飛ばしてあげますぅ!」
エリザベートの手に、光り輝く魔力の塊が集まっていく。
そこに、陽一のパートナーで魔女の、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)がいつのまにかあらわれ、言った。
「……ちょっと、アタマ冷やそうか……」
そして、フリーレは、エリザベートの頭に氷嚢をそっと置いた。
「……頭寒足熱」
校長室に、深い沈黙と、ルクオールよりはるかに厳しい寒さが訪れる。
フリーレ以外の全員が凍りついてしまい、どれほど時間が流れたかわからなかったが、それを打ち破る男の声が、エリザベートの机の上の水晶球から響いてきた。
「号外、号外!」
水晶球の中には、よくわからないかけ声で注意を引いているベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)の姿があった。
「がははははは! アデルたんはこの私が貰い受けた! この方の命が惜しければ『エリザベートの豪華なイス』を要求する! もし指定の時間にブツが来なければ……アデルたんにはメイドカフェで働いてもらう! ……ぐふふ」
ベアは、アーデルハイトを押さえつけており、傍らには、ベアのパートナーで剣の花嫁のマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)の姿もあった。
「おい、お前ら、いったいなんの真似じゃ? 蒼空学園に緊急の用事があって、携帯もつながらないというから、わざわざイルミンスールの水晶球に繋いでやったのに。私がメイドカフェで働くって……もごもご」
「アーデルハイト様、余計なことを言わないでください。声が入っちゃいます。……そちらの端末に詳細を送りましたのでご覧ください」
マナは、アーデルハイトの口を手でふさぐと、事務的な口調を装って言った。
「絶対に、エリザベート本人が氷の城に来るんだぞ! そうでなければ、どうなっても知らんからな……い、痛い、痛い!」
ベアがアーデルハイトの持っている杖でポカポカ殴られたところで、映像は途絶えた。
「……いったいなんのつもりですかぁ。明らかに嘘だってバレバレですぅ」
「まあまあ、ベアくんもマナちゃんも、悪気があってやってるんじゃないんだよ。2人とも、エリザベートちゃんたちのこと心配してるんだよ」
「そうですそうです。ケンカしたままなのは悲しいですからね」
あきれるエリザベートに対しての、メリエルのフォローのコメントに、ガートルードがうなずく。
そこに、シャンバラ教導団のグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)とパートナーで機晶姫のソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)があらわれて、エリザベートに話しかける。
「校長職に就いてるのは修練のためなんだろ? ならこれも一つの修練だと思って覚悟を決めるんだな。……謝るんじゃなくて大ババ様に今、言ってやりたい事を言いに行く……って考えたらどうだ?」
「エリザベートさん……自分自身に嘘は良くないですよ……顔に出てます。私たちも一緒に謝りに行きますから大丈夫ですよ。それにアーデルハイト様にも非はありますから」
「わたしが、今、大ババ様に言いたいこと……」
エリザベートは、何も映し出さなくなった水晶球を見つめてつぶやく。
そこに、「アイスバトル2019inルクオール」のチラシを持った春告 晶(はるつげ・あきら)とパートナーのシャンバラ人、永倉 七海(ながくら・ななみ)があらわれ、エリザベートを誘う。
「……ルクオール……で、アイスの……大会……ある、って……最近暑い……のに……校長……いつも、校長室……で大変……そう……だから、一緒に……行かない……って思った……けど……あれ……? 何で、人……たくさん……?」
晶は、何も知らないふりをして、校長室の人だかりに驚いてみせ、エリザベートをルクオールに連れ出そうとする。
「せっかく……だから……みんな、行く?」
晶の言葉に重ねるように、七海が言う。
「たまには息抜きも必要だよね。ほら、嫌な事とかあっても美味しい物食べたりすると忘れられるし」
七海は、あえてアーデルハイトのことをエリザベートが意識するような言い方をしてみた。もっとも、事件のことは知らないふりをしている。
「あ、そうだ、向こうは今冬らしいから校長先生も防寒対策はしっかりとね。コートに帽子に靴も……どうぞ? みんなの分もあるから良ければ」
七海はにっこり微笑むと、エリザベートに服を差し出す。防寒具はエリザベートの分だけでなく、多めに用意されていた。
「うう、わたしは、アイス大会なんか、興味ないのですぅ……」
エリザベートは、必死に晶と七海から視線をそらそうとする。
そこに、小鳥遊 歌戀(たかなし・かれん)が、エリザベートと視線を合わせて、優しく話しかける。
「エリザベートさんはアーデルハイトさんのこと、本当にお嫌いですの?」
「そ、それはぁ……」
言いよどむエリザベートに、歌戀は続ける。
「アーデルハイトさんもやっぱり女の子ですもの。おばばって言ったら傷ついちゃうんですよ。エリザベートさんも本当は仲直りしたいのでしょう? 本当は一緒にアイスたべたいんですわよね?」
歌戀は、エリザベートの小さな手をそっと取る。
「私もパートナーのいいかげんな行動には振り回されててんてこ舞いですけど……あの人には内緒ですが、とても大好きなの」
少し頬を赤らめながら、歌戀は言う。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ素直になってみましょ? やっぱり校長先生たちは仲良くしてほしいですもの。……蒼空学園に遅れとっちゃいますよ?」
「そうだぞ。良いのか? 今回の事が蒼空学園の御神楽環菜に知れたら間違いなくバカにされると思うが。パートナーと仲違いしたなどと知れたら、どうなるかわからないな」
グレンも、歌戀の言葉に付け足すように言う。
「ううっ、そんなのぜぇったいに嫌ですぅ!」
蒼空学園の御神楽環菜を激しくライバル視するエリザベートに、歌戀とグレンの言葉は決定的に響いたらしい。
「ほら、皆さんもやっぱり仲良しなお二人が見たいと思います。だから、ね? みんなでごめんなさいしたらこわくないんですわよ!」
にやりと笑って、歌戀が言う。
激しく揺らいでいるエリザベートの前に、蒼空学園の鳴海 士(なるみ・つかさ)があらわれ、両膝をついて、エリザベートの両手を優しく握り、瞳を見て、話しかける。
「謝るのは……悪いことをしたから、仲直りしたいから……だけじゃ……ないんだよ。君が、悲しませた事を、傷つけた事を、その人に伝えるためにも、あるんだよ。大切な人に、ちゃんと自分の気持ちを、伝える為に……謝るんだよ」
士は、昔、小さな自分に兄がしてくれたように、静かに優しく、エリザベートを諭した。
「……」
エリザベートは、普段であれば、「子ども扱いしないでくださぁい!」などと一蹴したであろうが、今回ばかりは、言い返すこともできず、ただ、逡巡し続けているようであった。
「ねえねえ、祐太」
シャルルが、迷い続けるエリザベートを見て、パートナーをつつく。
「これだけ言っても、なかなか行こうとしないんだもん。いっそのこと、拉致って連れてっちゃえば?」
「かなり無茶な話だが、それもそうだな……」
祐太がシャルルにうなずきかけたとき、黒くて大きな影がエリザベートを覆った。
「きゃあああああああ!! なにをするのですぅ!! おろしなさぁい!!」
九頭切丸が巨体を活かしてエリザベートを担ぎ上げたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい! ホントにごめんなさい!」
睡蓮は謝りまくるが、強制連行するのは最終手段だったため、パートナーを止めようとはしない。
九頭切丸は、校長室の扉から飛び出すと、イルミンスールの校舎内をすごい勢いで走っていった。
「ら、乱暴なことしちゃって、ホントにごめんなさーい!」
睡蓮たちも、あわてて九頭切丸を追いかける。
その姿はほとんど、「ロボットにさらわれるエリザベート校長を追いかける学生達」のようであった。
「またね」
士は手を振ると、本来の自分の用事である、蒼空学園からの資料届けに戻った。
士のパートナーで魔女のフラジール・エデン(ふらじーる・えでん)は、エリザベートに優しく話しかける士の話をずっと聞いていたが、2人っきりになった廊下で、話しかける。
「士……も、謝るの……伝えたいから……?」
「そうだよ。いつか、フラジールにも、謝る日が来るかもね」
「その時は、ワタシ……あの娘みたいに……?」
「きっと、意地を張っているのかもね」
士と出会うまでの何百年もの間、人に会うことがなかったため、人間らしい感情の多くを忘れているフラジールは、まだ思い出せない感情を想像しながら、パートナーと2人で、イルミンスールの廊下を歩いていった。
「おろしなさぁいとぉ、言っているのがわからないのですかぁああああ!!」
九頭切丸に担がれたまま怒鳴るエリザベートは、本来であれば、学生達など簡単に振り払うことができるはずだった。しかし、本気で抵抗しないということは、「本当は行きたかった」ということであろうと思われた。
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