First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
シャンバラ大荒野の真ん中に位置するオアシス都市・キマク。その一角にビルを構えるのが、件の『黒豚逓信社』である。黒豚逓信社は地球で同人誌即売会が行われていた頃から大手として、比較的ボーイズラブに重点を置いた即売会を行ってきた。
そのビルのちょうど向かいにある喫茶店で、ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)と七尾 蒼也(ななお・そうや)がテーブルを囲んで密談していた。
「ふむ。では潜入工作は成功したと言うことだな?」
ゲルデラー博士がコーヒーをスプーンでかき混ぜながら訪ねる。
「ああ。とりあえず会社見学の許可はもらったぜ。でもなんかうさんくせー会社だったな」
七尾はそう言ってコーラのストローに口をつける。
「確かにいろいろとやっている会社ではあるな」
そういってゲルデラーはメモ帳をめくる。
ゲルデラーは身分を隠し、『シャンバラ・ベオバハター』なる新聞社の特約記者を名乗って情報収集をしていた。
「これまで収集した情報によるとだ、黒豚逓信社は金になる話なら何でもするブラック企業だ。非合法な取引に関わってるという噂も聞く。傘下に民兵組織まで持っておるしな」
「そういやあ、どこから見てもパラ実な連中がうろついてたな。社員証つけて」
「だが、幾ら調べてもそこまでだ。鏖殺寺院との関わりは見つからん。もっとも、もし私がハツネの立場だったら、ねつ造してでもでっち上げるがな。これはプロパガンダの基礎だ」
「じゃあ鏖殺寺院は関係してないのか?」
「おそらくな。だが、我々の任務は『おそらく』ではなく、『0%』関係がないことを証明することだ。無いことの証明はきわめて困難なのだよ」
「じゃあこういうのはどうだ? 『我々は鏖殺寺院である』って名乗って、黒豚逓信社にコンタクトをとってみるってのは? もし噂が本当なら話に乗ってくる」
「ほう」
ゲルデラー博士の目の色が変わった。そしてコーヒーをひとくちすすると、
「よき提案である。それであれば『無いことの証明』を『有ることの証明』にひっくり返せる」
と、にやりと笑みをこぼした。
「決行は今晩だ」
ゲルデラーと七尾がそんな計画を立てているころ、黒豚逓信社には別の客が訪ねてきていた。彼の名は佐野 亮司(さの・りょうじ)。パラミタ貿易で一旗あげようという若き商売人だ。彼は社長室前のロビーで長いこと待たされていた。
「佐野さま、社長がお会いになるそうです」
秘書が出てきて事務的に告げた。
「……ちっ、待たせたうえに完璧に上から目線かよ。この俺さまをなんだと思ってやがる」
佐野はそうぶつぶつ呟きながら社長室へと入っていった。
中ではマホガニーの事務机と革張りの椅子にふんぞり返った社長が待っていた。
「君かね。何か儲かる話があるとか」
「はーい。もちろんデスともっ♪ このわたし、パラミタ最高の貿易商・佐野が、御社にとってたいへん価値のあるご提案を持って参ったのです」
佐野、態度が全然違うぞ。
「ふん。詳しく聞こうじゃないか」
社長はそう言って木箱から葉巻を一本取り出すと、吸い口をカットして火をつけた。
「実は、御社がこのたびキマク近郊で開催されるマジケットスペシャルinキマクに……」
「その話なら興味はない。我が社はマジケットへの協賛を中止した」
「は?」
佐野は言葉を失う。
「青少年健全育成装甲突撃軍の介入が決定的になったからだ。当社としては営業利益にならない案件については興味がない。我が社はすでに無関係だ」
「って、もうマジケットスタッフと作家と客がキマクに向かってるんですよ? 何も知らずに」
「そんなことは知っておる。だからなんだというんだ?」
「会場の運営は? 参加者たちの身の安全はどうするんです?」
「君はわたしに時間をとらせて『表現の自由』とやらの布教に来たのかね? そういう大口をたたけるのは現金化できる表現だけだ。カスみたいな作家とその信者がこのわたしを儲けさせてくれるのか?」
この男……と佐野は歯ぎしりをした。クズみたいな商人だぜ。良い商人は買い手も売り手も幸せにする。こいつのやってることは真逆じゃねーか。
佐野はマジケットでの同人誌発送代行業務にちょこっと絡ませてもらうつもりだった。が、黒豚逓信社が手を引いて開催中止じゃそれもパーだ。それよりこの社長に一泡吹かせてやれないかと、彼は考えはじめた。
ーーそうだ。いいことを思いついたぞ。佐野は深呼吸してから切り出した。
「それでしたら、わたし、佐野亮司が、そういう状況下のマジケットで皆を出し抜いて、御社に一儲けさせてみせましょう。いかがです?」
「……君はどうも手品師か詐欺師かのどっちかなようだな」
社長は佐野の「出し抜いて」という言葉が気に入ったようだった。
「詳しく聞こうか」と、社長は葉巻を灰皿に乗せた。
そのころ、マジケットスタッフとして先に現地入りしていた比島 真紀(ひしま・まき)と、そのパートナーのドラゴニュートサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)は、そそくさと撤収準備を始めている黒豚逓信社の社員に怒りをぶつけていた。
「ちょっとっ、後は勝手にしろってどういうことですかっ?」
真紀がいくら抗議しても、黒豚逓信社の社員は口をそろえて「会社の決定だ」としか答えなかった。
と、そんなとき、黒豚逓信社の幹部社員の携帯電話が鳴る。その男は電話先の相手を短い会話を終えてから、
「全員作業中止! 梱包した機材を全部戻すんだ。社長命令だ」
と言った。
「えっ、ちょっとっ、なんでいきなり元に戻すのよっ?」
真紀にはなにがなんださっぱりわからなかった。
キマクでの本社では、佐野の提案した、とある策略が提案されていたのだ。
それは、予定通りマジケットを開催するかにみせて、当日に突如開催を中止、青少年健全育成突撃軍に作家を売り渡し、魔法書だけを没収し、ダミーの同人誌を焚書してみせ、本物は後日高額転売する、という策略だ。
そして佐野は、そのためには青少年健全育成装甲突撃軍に対抗できる、ある程度の軍事力が必要だと社長に要求していた。
「つまり、その部分をご負担願えないかと思うのですよ」
「一介の民間企業に何ができるというのだね?」
「わたしの記憶では、御社は民間軍事会社も傘下に入れているとか」
「ふはは。さすがだな。よろしい。我がグループのPMC、デブタフォースを派遣しよう」
「デブタフォース?」
「この部屋に来る前にブタみたいなゆる族の警備員に身体検査をされたろう? あれがそれだ」
「使えるのですか?」
「見てくれは悪いが精鋭コマンドだ。すぐに手配させるとしよう」
佐野は社長からコンサルタント料としてちょいとした額の小切手を切らせることに成功した。たいしたビジネスにはならなかったが、うまくいけば悪徳商人に大火傷をさせることができるはずだ。佐野はほくそえんだ。
その夜。ゲルデラーと七尾は黒豚逓信社に電話をかけた。受付が電話に出ると、ゲルデラーは「我々は鏖殺寺院だ」と名乗り、すぐに社長につなげと要求した。受付嬢は取り乱した様子で、すんなり要求に応じた。
「こんばんは社長殿。『計画』は順調かね?」
と、ゲルデラーはかまをかけた。癒着が本当ならそつなく答える。事実無根であれば何のことか解らないはずだ。
だが、このときに悲喜劇が起こった。社長は『計画』の意味を、佐野と取り交わした謀略のことだと勘違いしてしまったのだ。
「……え、ええ。まあ、順調ですよ」
社長は言った。ゲルデラーは、
「それでは本当に魔法書は確保できるのだろうな?」
と、さらに具体的に踏み込んだ。これで白黒がはっきりする。
一方で社長は、これこそが佐野の言っていた『儲け話』の正体なのだろうと確信を深めていった。鏖殺寺院への協力がばれればタダではすまない。だが、ここのところ傾きかけている業績を挽回するには絶好のチャンスだ。
「もちろんですとも」
社長は賭けに出てしまった。勝ち目のない賭けに。
「……なら問題ない。引き続き頼むぞ」
そう言ってゲルデラーは電話を切った。そのすぐそばで七尾が不安げに見ている。
ゲルデラーは何も言わず首を横に振った。
「つまり……本当に鏖殺寺院が絡んでたってワケか?」
七尾が信じられないという顔つきで問いただす。
「遺憾ながらな」
「すぐにマジケット準備会に連絡を……」
「いや。本部にはシロだと報告するのだ」
「どうして? 中止しなきゃヤバいだろ?」
「もう遅いのだよ。寒極院ハツネの目的は鏖殺寺院との対決ではなく、マジケットそのものの破壊だ。今白旗を揚げたらハツネの行動原理の正当性を裏付ける結果となり、結果、二度とマジケットは開催できなくなる」
「じゃあどうしろって言うんだよ!?」
「マジケットを開催する。そして鏖殺寺院と青少年健全育成突撃軍両方を排除する」
「できるのか?」
「それをこれから考えるのだ。どのみち、生き残る方法はそれしかないのだからな」
そんなこととも知らずに、すでに『マジケット観光社』主催のツアーはキマクへと旅立っていた。作家と一般客あわせて総勢数百名。それだけ集まったらわざわざキマクまで行かなくてもその場で即売会したほうがいいんじゃないかと、どうして誰も言い出さないのだろう。
「ほえぇっ? そんなに危ない旅行なんですか?」
世間知らずなお嬢様、佐倉 留美(さくら・るみ)は遠野 歌菜(とおの・かな)から知らされたあれこれの情報にびっくりしている。
「そーだよ。空京で開催されたときなんて会場が戦場になって廃墟になっちゃったんだよ?」
「わたくしはただ男性向けのえっちな本が欲しいだけですのに……」
そう言った瞬間、まわりの男たちの視線が留美に集中する。たわわなボディと股下ほぼゼロセンチのミニスカートの少女がそんなことを公言すれば無理もない。しかも明らかに下着を着ていない。
「ちょ、ちょっと留美さん……その発言のほうが百倍危ないと思うよ?」
危うい発言にあたふたする歌菜。夜中に襲われたらどうするんだ。
「それにしてもわたくしたちのささやかな楽しみを邪魔するなんてゆるせませんわ。ですよね?」
「わたくし『たち』って、まあ、でも私の欲しい本とは、ちょこっとちがうんだけどなぁ……あははは」
そのときふわりと風がそよぎ、留身のスカートをふわりと持ち上げる。
恐ろしい数の視線が敏感に集中する。
歌菜はとっさに留身のスカートをおさえる。
恨めしそうな「ちっ」「余計なことを」といったつぶやきが聞こえる。や、やばいぃ。このままじゃ私まで襲われちゃうよぉ……。
「この野獣どもっ。欲望をそそぐのは『非実在未成年』だけにしたまえっ!」
割って入ったのは全身白づくめでポニーテールの髪をも白く染めた謎の女性だった。
「私はコミックマスターH゛(エッヂ)! ほとばしるエロスを探求する、潰れかけの電話会社とは何の関係もないただのアシスタントだ!」
実は彼女(といっても女装なのだが)の正体は支倉 遥(はせくら・はるか)、幼なじみの少女、御厨 縁(みくりや・えにし)、そのパートナーの伊達 藤五郎成実(だて・とうごろうしげざね)と共に、マジケット防衛のためにツアーに参加していた。
「はせ……じゃなくてコミックマスターH゛。こんなところで暴れるでない。旅はまだ長いのじゃ。ほれ、もうすぐオアシスにたどりつく。そこで今宵は泊めてもらうとしよう」
縁の指さす方角には、まるで荒れ地の中の小島のように樹林がしげったオアシスが見える。
だが、そのオアシスからは奇妙な黒煙が上がっていた。一団がオアシスにたどり着いたとき、彼らが見たものは、襲撃を受けて火を放たれたれ、今もくすぶり続ける廃墟の集落だった。
やがて、森林の中からその住人らしい人々がぞろぞろと現れる。縁のパートナー、伊達 藤五郎成実(だて・とうごろうしげざね)が、どうしたのかと問うと、
「おまえらだな。マジケット参加者だっていうのは?」
と、恨めしげに訪ねてくる。
「昨晩、武器を持った連中がやってきて、家に火をつけて回ったんだよ。そしてこう言ったのさ。『恨むんならマジケット参加者を恨むんだな』ってな」
「襲ったのは装甲突撃軍か?」
「さあね。ただひとつ確かなのは、あんたらがいなきゃこんな目に遭わなかったってことさ」
伊達は言葉を失う。
「それは逆恨みだっ」と、支倉が反論しようとするが、伊達はそれを制して、
「もう行こう。いずれにせよここには居られないのだ」
と言った。
上空を編隊を組んで飛ぶ魔女たち、ハツネの航空隊が通り過ぎていった。
そのころ、本体とは離れて独自行動で現地に向かっていた日堂真宵たちは、これといったトラブルもなく旅を順調に進めていた。途中、ハツネの航空隊の魔女たちが降りてきて、持ち物を見せろと言ってきたことがあったが、真宵のパートナーの土方が、
「ほう、そんなに検閲がしたいならさせてやろう、ただしっ」
と、魔女たちの前に全百巻からなる同人誌を山積みし、
「俺の書いた本のどこが問題なのか、1ページ目から最終刊の後書きまで、隅から隅まで目を通してから言ってもらおうかっ」
と、すごんだ。
魔女たちはなんとかして四十巻あたりまで目を通したところで挫折した。
「どうした? あと六十巻残ってるぞ?」
「……負けたわ。通って良し」
「ふん。根性無しめ」
「おのれー。おまえのマンガに問題があるとしたらね、『全然面白くない』ってことよっ!」
その一言にキレた土方が妖刀村雨丸を抜いて今にも襲いかからんと暴れ出したので、それにびびった魔女たちはほうきにまたがると一目散に逃げていってしまった。
「ふう。何とか助かったわね、土方。……どうしました?」
「……真宵、俺のマンガは面白くないか?」
「何よ突然」
「いやお世辞はいいんだ」
「そんなこと無いって、土方さん」
旅を共にしていた七瀬歩がフォローする。
「それより見て! 向こうで誰かが襲われてるよっ」
七瀬巡が指さす先には、何か争っているような光景が見え、銃声が聞こえる。
「きっと他の参加者がハツネの軍隊か何かに襲われてるんだよ! 助けに行こうよ!」
だが、真宵は、
「そんなことに関わってるヒマはないわ。むしろ無事に通れる好機じゃない?」
と、関心なさげだ。
「いや真宵。助けに行くぞ。今日の俺は暴れたい気分なんだ」
土方は軍用バイクにまたがると、うおおおおおおと雄叫びを上げながら突っ込んでいった。
そんな土方たちを待ち受けていたのは、なんと装甲突撃軍のハインリッヒとケーニッヒだった。
「10時の方向約2キロ。今度のお客さんは4名だ」
ケーニッヒが双眼鏡をのぞきながら呟く。
「まったく、面白いようにワナにかかりますなあ」
横にいるハインリヒも双眼鏡をのぞいている。
ふたりのすぐそばでは、『戦闘』がおこっている。
だが、銃からは空包が撃たれ、剣と剣で切り結んでいるものたちもケガひとつしていない。特別行動隊がキマクでかき集めた盗賊だのゴロツキだのが、二手に別れて戦闘『ごっこ』をしているだけなのだ。
そうしておいて援軍に駆けつけた作家や参加者をだまし討ちにするのがこの作戦の概要だ。
「大丈夫か!? 装甲突撃軍はどいつだ?」
真っ先に駆けつけた土方が怒鳴る。
すると、いままで戦いあっていた全員が土方のほうを向いてニヤリと笑った。
「おやおや、またお馬鹿さんが釣れましたか。今日は大漁でございますな?」
歩たち3人が合流した頃には、どこかに隠れていたらしい新手の敵が、4人を完全に包囲していた。
「うそっ、何これ? だまし討ち?」
「そう言うことになりますかな。お嬢さん」
ハインリヒが表情ひとつ変えずにそう言うと、
「おい貴様ら、運が悪かったと思ってあきらめて死ぬがいい」
と、ケーニッヒもそう言って嗤った。
「……運が悪い? ふふふ」
「ほう、何がおかしい」
「全く今日は運が悪い日だ。おまえらにとってもな!」
そういうが早いか、土方は抜く手もみせずに襲いかかり、10人以上はいたゴロツキども全員をあっと今に斬り倒してしまった。
「な……!?」
「今日の俺は機嫌が悪い。もの凄くだ」
動揺するケーニッヒとハインリヒに、返り血を浴びて鬼のような形相になった土方がじりじりと迫る。
「ケーニッヒ殿、まだゴーレムがありますぞっ」
「わかっておるっ」
ふたりはハツネから貸与された装甲ゴーレム操作用の指輪をかざした。
すると、地面の2カ所に大きな穴が開き、その下から装甲ゴーレムの手が突き出される。
「うそっ、ゴーレムっ?」
歩が後ずさりする。
「残念でしたな。どんなに勇敢であろうと所詮は人間。ゴーレムに対抗することはできませぬ。さぁ! 行くのです! あの者たちを殺すのですっ!」
ケーニッヒがゴーレムに命令をする。
突き出た腕が地面をつかむ。そしてゆっくりと顔を出す。
……が、いつまでたっても穴から出てこない。
「なんとっ!?」
「出てこないではないかっ!」
掘った穴が深すぎたのだ。墓穴を掘るというヤツである。
真宵はそれをしらけた視線でながめていた。
「歩さん、もう行きましょう。相手してると時間がもったいないわ」
「そ、そうだね……あのひとたちバカみたいだし」
そういって真宵たち一行は、ハインリヒとケーニッヒを置き去りにしてキマクへ向かったのだった。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last