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リアクション
ーー当日。
キマク近郊の山岳地帯にある、ドーム状の巨大な洞穴を利用した特設会場は、前回と同じように、朝から行列ができるほど大勢の一般参加者で賑わっていた。
ドーム内には横長テーブルが整然と並べられ、ジャンルごとに区分けされた作家たちのブースが設営されている。
「はいはい、押さないで。列は4列。割り込んだらダメですよ」
グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)と、そのパートナー、レイラ・リンジー(れいら・りんじー)、アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)が、てきぱきと行列を整理したり、サンプル本を回収して回ったりしている。
グロリアにとっては今回が初仕事。戦場とも腐海ともよばれる内なる戦場を取り仕切るのがマジケットスタッフの仕事だ。
「ちょっとあなた」
「はあ、なんですか?」
グロリアの声に作家が反応する。
「あのねえ、生物は販売禁止ですよっ。常識でしょ?」
「いや、禁止なのはナマモノかとおもって。ナマモノは腐るけどイキモノはくさらないから」
「イキモノもナマモノもダメです。あとお風呂に毎日入ること!」
グロリアは容赦なく作家のおでこに『出店禁止』の札をはりつけた。
そんなこんななカオス空間でも、ひときわ賑わっている一角がある。行列対策として人気作家ばかりを集めた、通称『壁』と呼ばれる区画なのだが、洞穴を利用したキマクの会場では『壁』の作りようがないので、隔離ゾーンとして一般出展者とは少し離れたところにブースを設営している。
中でも一番人気は『のぞき部』のブース。なにせ実際のぞいた経験がそのまま本になっているのだから、クォリティーが高いのも頷ける。しかしのぞきは犯罪である。
「うぉぉぉすげぇなここ! エロ本やエロい衣装の女の子ばっかりじゃねーか! これがパラダイスってヤツか!?」
のぞき部の部員、鈴木 周(すずき・しゅう)が雄叫びを上げる。
「な、はるばるついてきて良かったでござろう?」
「あの娘の巨乳は反則でしょう。先生、あれは襲っていいんですか?」
「そんなことより新刊本を並べるのを手伝ってくれ。あくまでヘルプとして呼んだんだからな」
椿 薫(つばき・かおる)とサンチェ先生こと弥涼 総司(いすず・そうじ)が執筆するのぞき部本は、その人気から売れるスピードが尋常ではない。このクラスの大手サークルになると、作家の他にたいていお手伝いさんがいる。鈴木と弥涼のパートナーの魔導書・季刊 エヌ(きかん・えぬ)は、ふたりが作った作品を箱から出してはテーブルに並べていくお手伝い要員なのだ。特に『季刊エヌ』は、本体が魔導書なで、めくればめくるほどイケナイ秘密がのぞけるという究極の人型決戦兵器である。
ちなみに今回は弥涼が同人ゲーム『君がのぞく一瞬』で、椿はおっぱい同人誌『葦原明倫館校長本ハイナの夜伽』。欲望に正直なタイトルからバカ売れしている。
そのとなりにあるサークルは『スタジオ・天丼』。ケンリュウガーこと武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)、「ツクヨミ」こと十六夜 泡(いざよい・うたかた)、孔 牙澪(こう・やりん)といった作家陣にヘルプとして孔のパートナー、パンダっぽいゆる族のほわん ぽわん(ほわん・ぽわん)がついている。
スタジオ・天丼は最近ネットで新星のように登場して注目を集めた新進気鋭のヒーロー系サークルだ。主力作品は武神の描いた『十二星華への究極のご奉仕』。いったいどんな「ご奉仕」が待っているのだろう。エロいひとたちが寄ってきてはサンプル本をながめていた。
そんなところへ、日堂 真宵(にちどう・まよい)と七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がやってくる。ふたりはそれぞれお目当ての本を物色して歩いているのだ。
「それにしても土方さん、大丈夫かなぁ。なんか、すっごく自信なくしてたみたいだったけど」
「平気よ。あなたのパートナーの巡ちゃんが売り子してくれてるから、何とかなってると思うよ?」
「だといいけど……」
「ちょっとそこのおふたりさん、良かったらうちの本を見ていくでござるよ」
と、そんなふたりに椿が声をかける。
「あたしたち、ですか?」
真宵が反応する。
「そうそう。そこのお嬢さんがたでござるよ。お、お連れの方は空京でもお会いしたでござるな?」
「あは、えっと、そうでしたね。あはははは……」
空京マジケで椿のもの凄い本を見せられた歩は、固まったように笑う。だが、そんな歩をひっぱって、真宵はブースによっていく。
「アタシが探してるのは『魔王になる方法』みたいなヤバい本なんだけど、そういう感じ?」
「うむむ。魔王の代わりに鬼畜じゃダメでござるか?」
「ちょっとねえ……」
と残念そうな顔をする。が、それを横から聞いていた佐倉 留美(さくら・るみ)が、
「鬼畜欲しいです鬼畜!」
と、食いついた。明らかに下着を着てない留美を、鈴木は尋常じゃない視線で見ている。こう言うのを視姦というのだろうか。
「お。では是非どうぞ。サンプル本でござる」
「椿さん、それ女の子に読ませるのってセクハラじゃない?」
と、十六夜が突っ込むが、
「心配ご無用でござるよ。今回はハイグレードでカラーページまで入ってるでござるによって」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「おおおおお!?」
留美が驚きの声をあげた。
「どうでござるか……?」
「3冊ください!」
「ありがとうでございますっ!」と、鈴木が箱から本を差し出す。「もしパンツ見せてくれたらもう一冊サービス……」と言いかけたところで椿が慌てて口をふさいだ。
「留美さん、それそんなに面白い?」
留美と一緒に歩いていた遠野 歌菜(とおの・かな)が興味深げにサンプル本をのぞきこむ。
「へえ! 面白そう。私も欲しい!」
意外な展開である。
「だったら、オレのゲームもひとつどうだ? エロいぜ?」
「どんなゲームですか?」
「ジャンルはアドベンチャー&アクション。事故で3年は意識不明と診断された主人公が実は意識を取り戻していて、その3年間けなげに看病に通う彼女をのぞき続けるってストーリーだ」
「買いますー♪」
歌菜も負けずにはしゃぐように買い物をはじめる。いったい幾らお金を持ってきたのだろう。そんな中で、歩はなんだか孤立感を覚えていた。
「あたしってもしかして場違い? 仲間はずれ? ううん。だめだめ。ここは勇気を出して一線をこえなきゃ……」
歩がとんでもなく間違った決断を下そうとしているとき、スタジオ・天丼のマスコットキャラ、ほわんぽわんが歩に話しかけてきた。
「あのお……こんにちわでぱんだ」
「こ、こんにちは」
「スタジオ・天丼の本を見ていくでぱんだ。のぞき部の本よりは入りやすいでぱんだ」
ほあんはそういって孔の描いたゆる族マンガをほいと差し出した。
「パートナーの孔が描いた本でぱんだ」
歩がスタジオ・天丼のブースのほうを振り返ると、孔が恥ずかしそうにこっちをみている。歩はおそるおそるページをひらく。すると、そこにはGペンではなくボールペンで描かれたと思われる、小学生が描いたっぽい絵柄でマンガが描かれていた。
歩は和んだ。
これなら読める! 歩はそのマンガを1ページ1ページ丹念に読み込んでいく。そして、スタジオ・天丼のブースの孔の前まで行くと、
「これ、くださいっ」
と言った。
「本当でありますか? ボクのマンガ、買ってくれるんでありますか?」
「うん。読んでるだけで和みます♪ おいくら?」
「タダです。無料配布でありますっ! ありがとうでありますっ!」
「こちらこそ。本当にいいの?」
「いいのよ。ついでだから私の本もあげるね」
十六夜は『はじめての魔法』とタイトルされた本を差し出す。
「心配しない。普通の本よ」
「よし! では俺の本も受け取れっ!」
ケンリュウガーも『十二星華への究極のご奉仕』をわたそうとする。が、
「いや、それはNGだぱんだ。いくら人気ジャンルだからといって、ヒーローもの×メイドものは猛毒だぱんだ。納豆とヨーグルトを混ぜた食べ物がすてきな朝食じゃないのとおなじだぱんだ」
「そんなことはないっ! 冥土漢は不滅だっ!」
「あはは……一応、いただきます」
ケンリュウガーの気迫に押されるようにして歩は新刊本を受け取る。後日、歩がその本のページを開いたときまた新たなる惨劇がはじまるのだが、それはまた別の話。
そこから少し離れたところに、空京マジケットで東部戦線の指揮官をしていたウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が、ちゃっかり出展していたりする。今回は戦争には加わらずに文化活動に徹するのだとか。それでその『文化活動』として作られたのが、ウィルネストが萌えに萌えているザンスカールの森の精『ざんすかたん』の同人誌。主人公のざんすかにウィルネストの大嫌いな昆虫(いわゆるG)が這い回るという、倒錯した愛情が感じられる作品だ。
そこにひとりの客が訪れる。
「そこの作家さん。サンプル本をみせてもらえる?」
「ん?」と、ウィルネストが見上げると、そこにいたのは全身真っ白に白髪という麗人だった。このお客。ただ者ではない。そう。コミックマスターH゛こと、支倉 遥(はせくら・はるか)だ。
「俺の本が読みたいのか?」
「そうだ。あなたの価値を知りたい」
「笑止。おまえに読みこなせるのか? 俺の本は凡人には読み解けねーぜ?」
ウィルネストはサンプル本を手渡す。
「ふふ。その自信は表紙だけかな?」
「寝言はいい。読めよ」
遥はページを開く。
「なぁっ!! こっこれは……」
「どうした? 降参か?」
「感じるぞ。作者からほとばしる熱いリビドーを。ねちっこくもまろやかなハーモニーを奏でるエロ描写、そして破綻ぎりぎりで構成されたストーリーライン。何よりこのモザイク処理……」
「なんだと? 貴様この作品をそこまで読み取るとは……」
張り詰めた空気が支配する。ふたりともにらみ合ったまま微動だにしない。
が、遥は突然、
「買います」とお金をわたす。と、
「まいどありがとうございます」とウィルネストはぺこりと頭を下げた。
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