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マジケット攻撃命令

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マジケット攻撃命令

リアクション

 装甲突撃軍はマジケット会場すぐそばまで進撃してきていた。
 黒豚逓信社との密約を信じ、赤く塗られた親衛隊『ローテリッター』所属のゴーレムを率いる寒極院ハツネを最先頭に、全く無警戒に行進している。
 ハツネたちが到着すると、デブタフォースによって正面ゲートが開けられ、ゴーレムたちは何の抵抗も受けずに中央広場に通された。
 広場に待っていたのは、客と作家から没収したらしき同人誌の山だった。
 一般入場者と作家たちは会場の洞穴に追いやられ、デブタフォースに銃を突きつけられながらその様子を観察している。
「任務ご苦労ザマス」
「ハツネ殿。これが同人どもから取り上げた本ですブヒ。ご覧になりますかブヒ?」
 歩み出るハツネにブタウトマン大佐が敬礼する。
「いい。吐き気がする」
 レオンハルトはルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、
「なぎ払え!」と命じる。
 ルカルカがブライトマシンガンで本の山に射撃を加えると、本の山はたちまち引火して燃え上がった。
 作家や客の悲痛な悲鳴の中、本が焦がされ、燃え尽きていく。
「ほほほほ。いい気味ザマス。まさに浄化の炎ザマスね。はーっはっはっはっは!」
 ハツネが高笑いする。作家や一般客から注がれる憎しみの視線すら心地よく感じられた。ルーシェ、おまえの無念はわたしが晴らした。と、心の中でつぶやいた。
 
 その光景を物陰から伺っている男がいた。
 黒豚逓信社と密談を交わしていた貿易商、佐野 亮司(さの・りょうじ)だ。
「さてと、こいつはアフターサービスだ。黒豚さんにも働いてもらいましょうか」
 佐野はロケットランチャーの照準をハツネにあわせ、引き金をひく。
 ぽんと言う音と共に発砲煙が筋を引き、弾頭はハツネの至近距離に着弾、爆発した。
「閣下っ!?」
 レオンハルトは赤いゴーレムの肩から飛び降りると、倒れたまま動かないハツネに駆け寄って抱き上げた。
「貴様ら許さんぞ!」 
 レオンハルトは自分のゴーレムを使ってブタウトマン大佐に20ミリ機関砲を発射させた。全身に砲弾を浴びてブタウトマンはたちまち挽き肉になる。
「ワナだ! 停戦合意は破られた!」
「総員ただちに戦闘開始! 全周目標だ!」
 怒りに我を忘れた装甲突撃軍はデブタフォースに総攻撃を仕掛ける。初動で遅れ大損害を出したデブタフォースもすぐさま反撃体勢を整えて追射する。たちまち会場周辺が修羅場のような戦場になった。
「貴様! 閣下を直ちに後方へ」
 レオンハルトはすぐそばにいたレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)を呼びつける。レジーヌはハツネの状態を見て息をのむ。
「……だめです。動かしたら死んでしまいます」
「ではどうすればいい?」
「ワタシはプリーストです。ヒールの呪文が使えます。ナーシングの心得もあります」
「急げ。閣下を死なせたら貴様も殺す」
 レオンハルトはそのパートナーのシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)から光条兵器を取り出し、3人でハツネを囲むように護衛体形を組む。
 そんななか、レジーヌはヒールの呪文を唱える。傷口から血を流し続けるハツネの体を、柔らかい光のオーラが包む。
「え……うそっ!?」
「今度はどうしたというのだ?」
「ヒールが効きませんっ!」

 上空で編隊を組んで旋回を続けていた突撃軍航空総隊長茅野 菫(ちの・すみれ)は、初め何が起こったのか理解できなかった。が、インカムの無線には次第に、ハツネがどうやら死亡したらしいという情報が飛び込んでくるようになった。
「ハツネ閣下が戦死されただと!?」
「まさか、誤報だろう」
「地上では戦闘が始まってるよ?」
「第2小隊長より各機へ。我々は速やかに報復行動を開始する」
「第4小隊も続くぞ。敵討ちだ!」
 魔女たちは復讐に燃え、勝手にデブタフォースの小型戦闘飛空挺に攻撃を始めた。
「こちら航空総体隊長。全機へ! 勝手な行動は控えよ」
 菫がインカムに叫ぶが、暴走しだした魔女たちは命令を聞こうともしない。
「菫総隊長、私たちにも攻撃許可を!」
 直属の魔女たちが菫にせがむように要求する。これは予想外だったな。と、菫は舌打ちをしてから、マイクに向かって命令を発する。
「……こちら航空総体。繰り返すこちら航空総体。感情に走るな。編隊を保ち冷静に打撃戦を行え! 攻撃対象をデブタフォース空軍に集中しろ! 一機残らずたたき落とせ!」
 歓声のような応答が菫のインカムに飛び込んでくる。魔女たちは我先にとデブタフォースの飛空挺に襲いかかり、飛空挺はたちまち火を吹いて墜落する。
 これで一般人への誤射だけは抑えられるか。
「各機へ。私たちも行くぞ。目標はあのフリゲート級中型飛空挺だ!」
 菫率いる本管中隊12機は、会場上空にどっしりと浮かぶ、デブタフォースの旗艦にむかって突っ込んでいった。

 『ハツネ戦死』の情報はすぐに部隊全体に行き渡った。
 義勇軍の中に、それを「脱走のチャンス」だと思っていたものがいた。志方 綾乃(しかた・あやの)である。彼女には後ろめたさもあったし、初めからかつての仲間と戦うつもりはなかったのだ。ただ、ちょっとだけ同人誌が手に入ればいいなと思って参加しただけだからだ。
 綾乃は身の回りのものを整理すると、制服を脱ぎはじめた。
「まさか裏切るつもりじゃないでしょうね? 志方綾乃」
 綾乃がびくっとして、振り返ると、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)が拳銃を向けていた。
「そんなこと……するわけ無いじゃない?」
「そうですよね。我々は傭兵ですからね。傭兵は金次第で誰の手下にもなる。ただし任務中は裏切らない。これが最低限の鉄則ですよ」
「う、うん。わかったから、銃を降ろしてください……下着姿で恥ずかしいです」
「そうですね。制服のボタンを留めたら一緒に行きましょう。最前線へ」
 志方は判断の誤りを後悔し始めていた。

 見張り台陣地の伽羅やラルク、ファタ、クロノスを監視していたデブタフォースの兵士たちは、状況がつかめず混乱していた。
「中央広場で交戦中だブヒ? こっちが仕掛けたブヒ?」
 無線機に怒鳴っているデブタフォースの兵士たちに向かって、戦闘ほうきに乗った魔女が1機、急降下してくる。
「おぬしら伏せるのじゃ!」
 ファタが叫んだ直後、機銃弾が雨あられのように降り注ぐ。
 ほんの寸差で塹壕に潜り込んだデブタフォースの兵士たちは、なんとか一命を取り留めた。
「これで何をすればいいかわかったじゃろう? さっさとわしらの武器を返すのじゃ」
 兵士たちは顔を見合わせると、
「おまえらの武器はあそこだブヒ。勝手にするが言いブヒ」と言って会場のほうへ走っていった。
「何かあったか解りませんが、さっきの爆発音の後で状況が逆転したようです。私たちも行きましょう」
 そう言うとクロノスは武器を取り、皆もそれに従った。
「マジケット防衛委員会、これより作戦開始ですぅ」

 ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)七尾 蒼也(ななお・そうや)を無理矢理乗せたアクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)の小型飛空挺が、シャンバラ大荒野を疾走している。
「それで、結局黒豚逓信社ってのは鏖殺寺院と関係してたのかい?」
「それが実は……」
「全く無関係だ。完全なる濡れ衣である」
 七尾の言葉を遮るようにゲルデラー博士はそう告げた。
「やっぱりな。これで装甲突撃軍と正面からやり合える。さっき届いた情報じゃ、もう始まってるらしい。俺たちもいそがねぇとな」
「戦闘が始まっているだと?」
「そうだ。黒豚逓信社の民兵組織がハツネにケンカを売ったらしいんだ」
「ふむ……計算が合わんな」 
 ゲルデラーが眉をしかめる。はて。民兵組織まで繰り出してマジケットを守るのは論理的に矛盾しておるな。先制攻撃となるとなおさらだ。鏖殺寺院に魔法書を流したければ、ハツネが検閲をくぐり抜けて入手せねばならん。そのためには外面上、ハツネと交戦状態に入るのは最悪の選択肢であるはずだが……。
 と、そんなことをゲルデラーが考えていると、アクィラの飛空挺は松平 岩造(まつだいら・がんぞう)の龍雷連隊と出くわした。
「松平、兵隊をそんなに連れてどこへ行く気だ?」
 アクィラが飛空挺をとめて尋ねる。
「キマクだ。我々龍雷連隊は黒豚逓信社への総攻撃をかける」
「それだったらもう無用だな。黒豚逓信社はシロだったらしい」
 ゲルデラーは少し考えてから、
「いや、黒豚逓信社はクロだ」
 と言った。
「おいおい、さっきと言ってることが逆じゃねーか?」
「あれは戦略上の嘘、デマゴークというやつである」
「本当なのか? 七尾」
「ああ、博士に口止めされてたけど、黒豚逓信社と鏖殺寺院の関係はほぼ立証されたんだ」
「畜生、どーなってる? わけがわかんねーぜ」
 アクィラは完全に混乱していた。何を信じりゃいいんだよまったく。こんなときには直感的に物事を断定するタイプの人間のほうが動きやすい。松平は、
「よし、クロなのだな。では行くぞ!」と、龍雷連隊を率いて出発した。

 マジケット会場前広場は誰が敵か味方かも解らない乱戦状態に突入していた。同人誌を燃やされた作家や一般客も、デブタフォースと装甲突撃軍に攻撃を始めていたのだ。
 遠野 歌菜(とおの・かな)は怒りに我を忘れていた。なぜって、あれだけ買い集めた本を全部没収されて目の前で燃やされたからである。
「もうっ、いったい幾らしたと思ってるのよっ? 私の本返してよっ!」
 とっかまえた黒豚逓信社の社員の首根っこをつかんでぶんぶん揺する。
「返せと言われましてももう燃えてしまいましたし」
 と、その背後からゴーレムが襲いかかる。今にも歌菜に殴りかからんと。
 ぎらりとにらみ返す歌菜。
「邪魔ぁーーっ! 秘技、則天去私っ!」
 怪力の籠手をはめた歌菜の鉄拳がゴーレムの拳と激突する。
 ぐしゃりとゴーレムの拳が砕け、その衝撃波で腕から体全体までばきばきと崩壊が進み、ゴーレムはそのままひっくり返った。
「どう? 弁償するの? しないの?」
「ひいっ! ぜ、全力でがんばりますぅ」
 ケンリュウガーこと武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、『その身を蝕む妄執』で、周囲の人間に地獄のような幻覚を見せていた。
「ひいいっ、髭デブの肉につぶされるううっ!」
「きゃあああっ、おっさんが、おっさんがぁーっ。パンツを脱ぐなあっ!」
「はははははは! 苦しめ苦しめ、表現の自由を堪能するがいいっ!」
 ケンリュウガーの高笑いは止まらない。
 スタジオ・天丼のもうひとりの仮面キャラ、十六夜も、半面を隠す仮面を装着、ツクヨミモードになって参戦していた。ツクヨミは高速移動しながら火術の魔法で燃え上がらせた両腕で、デブタフォースを片っ端から殴り倒す。
「警察でもないあんたたちに何で干渉されなきゃいけないわけっ? みんなおとなしく焼豚になるがいいっ!」
 マジケット防衛委員会も反撃に出ていた。
 会場へ乗り込もうとするゴーレムたちの前にリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ サーズデイ(らら・さーずでい)が、爆煙と共に現れる。ふたりは仮面で正体を隠し、名乗りを上げる。
「黒薔薇の魔女、ブラックローズ!」
「白薔薇の騎士、ホワイトローズ!」
 リリとララは声を合わせ、
「非実在戦士、ここに参上っ。ハツネの下僕たちよ今すぐここから立ち去るがいいっ!」
 と、ポーズを決めた。正体を隠している割には派手な登場である。
 突撃軍兵はゴーレムに攻撃命令を出す。ゴーレムは巨大な剣を振りかざして猛然と襲いかかってくる。リリとララはひらりとかわし、
「ホワイトサンダー!」とララがリリにマジッチェパンツァーのエネルギーを送り込み、
「ブラックサンダー!」とリリが雷術の呪文を唱える。そして、
「必殺! 非実在マーブルストーム!」
 とふたりがシンクロして叫ぶ。
 稲妻が飛び交い、雷術の嵐がゴーレムを直撃、周囲のゴーレムが爆発炎上した。そしてリリとララは爆煙のなかに再び消えていった。
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)も乱戦の中、己の拳だけで大暴れしていた。岩をも砕く格闘法ドラゴンアーツを体得したラルクには、鋼鉄で装甲強化されたゴーレムとでも対等に渡り合えた。2、3体ゴーレムをスクラップにした彼の前に、ゴーレムを操っていた魔女が現れる。ラルクは反射的に殴りかかろうとする。が、おびえた声で身を縮める魔女に、
「心配しなさんな。子供と女はなぐらねーよ」と、デコピンを一発かましてやった。
 魔女は大慌てで逃げていく。
「へへへ。うっしゃ、次はどいつだっ?」